想い紡ぐ旅人

加瀬優妃

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30.できることを考えなきゃ

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「……!」

 ガバッと起き上がる。どうやら泣き疲れて寝てしまったみたいだった。

「起きたのか」

 声がした方を見ると、部屋の隅で夜斗が絨毯の上に座っていた。

「あんた、何を……!」
「監視だよ、監視」

 面倒臭そうに頭をポリポリ掻く。

「監視ならせめて女の人にしてよ!」
「無理。エルトラの民は怖がって近寄らないよ。お前、フェルティガ効かないだろう。リオは体術はからきしだからお前が暴れたら抑えられないし」
「……」

 私は手櫛で髪を整えると、もぞもぞと布団から出た。

「……ちょっと。この部屋、シャワーないの?」
「ある訳ないだろう」

 頭をすっきりしたいのに、シャワーも浴びれないのか……。
 ああ、そうか。お風呂に入る習慣はないって、ユウが言ってたっけ。

 そのとき、ドアをノックする音が聞こえた。

「入るわよ」

 重そうな扉が開き、やや不機嫌そうな顔をした理央が現れた。手に何か白い布を持っている。

「朝日。今から女王のところに行くから、これに着替えて」
「い、や!」

 何でいちいち言われた通りにしないといけないんだ。
 そっぽを向くと、理央が溜息をついた。

『ヤト。どうなってるのよ』
『シャワーがないからむくれてる』

 そんな理由じゃないわよ! ……と思ったけど、テスラ語が解らないふりをした方がいいと思い、そのまま黙っていた。

 理央はちょっと考えると
「泉になら連れて行ってあげるわ。それに……女王ならユウが今頃どうしてるかもわかるわよ」
とやや面倒くさそうに言った。

 ユウが今どうしてるか……。
 その言葉につられ、私は小さく頷いた。

   * * *

 来た時と同じように、理央が私を抱えて塔を飛び下りる。
 廊下を抜けて外に出ると、奇麗な泉の前についた。

「理央って力持ちだったんだね……」

 黙って私を下ろす理央を見ながら思わず呟く。
 昨日はあんなに苦しそうだったのに、今日は息ひとつ乱れていない。

「これは自分にフェルティガをかけて強化しているのよ。朝日に効かなくても、自分には効くから」
「ふうん……」

 そう言えば、ユウも片手で軽々と私を抱えてたっけ。
 ユウ……どうしてるかな……。

「ほら、早く浴びてちょうだい。……何それ?」

 理央が私の持っている洗面道具を見て不思議そうな顔をする。

「歯を磨いたり体を洗ったりする道具だよ。夜斗が、私のリュックを持ってきてくれたから……」
「……」

 理央はちょっと顔をしかめると
『……あのお人好し。何をどうでもいいことに労力使っているのよ。本当、戦争に向かない子ね』
とテスラ語で毒づいた。

 ……そうか、夜斗はお人好しなのか……。まあ、そうかも。
 手足を拘束されずにすんだのも、夜斗がお願いしてくれたからだって言ってたもんね。
 ……だけど、私にキスしたのは万死に値するけど!

 私はムシャクシャした気分のまま歯を磨いて顔を洗い、服を脱いで泉に入った。
 まわりを見渡すと、雪原の中にエルトラ王宮がそびえ立っていた。少し離れたところに高い塔が見える。……あそこが、私がいたところか。
 外は雪景色で震えあがるほど寒いけど、泉の水はなぜか冷たくない。
 儀式で身を清めるときに使うって言ってたっけ。不思議な力が働いているのかもしれないな。

 少し、気持ちが落ち着いてきた。
 訳も分からず怖がってたって、何も解決しない。
 少しでも情報収集して、私ができることを考えた方がいい。
 今エルトラにいるのも、エルトラのことを知るいい機会だと考えよう。
 だって、キエラと違って一応丁寧に扱ってくれているし。

「理央は、学校に来てどうだった?」

 とりあえず理央が何を考えていたのか知りたくて、聞いてみた。

「どうも何も……。表面を取り繕うのに大変だったわ」
「……」

 確かに、理央は積極的に関わろうとしてなかったもんね。
 体育祭も、文化祭も、隅でずっと眺めていただけのような気がする。

「夜斗は結構みんなと混じっていろいろやっていたように見えたけど……」
「あの子は不器用なのよ。頼まれたら嫌とは言えない性質たちだし。……でもまあ、あなたたちに思った以上に近づけたし、役には立ったわね」

 ……つまり、理央は設定に忠実に、要領よく立ち回っていた、ということか。
 完全に任務として、だった訳ね。
 確かに、財閥のお嬢様だから声はかけづらい……みたいな存在になってたもの。

 でも、夜斗は……思えば、財閥の息子っぽくはなかったよね。
 体育祭でも文化祭でもいろいろやらされてたし……。
 あれは、溶け込むための作戦とかじゃなくて、素だったんだ。
 ……何だろう、なぜかホッとした。

「昨日、すごく苦しそうだったけど……今日は私を抱えて大丈夫なの?」

 何だか気になったので聞いてみると、理央は
「……あれは、ゲートを越えた直後だったからよ」
とだけ答えた。

 ゲートを越えるって、そんなに体に負担がくるものなのか。
 私はまだ一回目だから、何ともないのかな。

 泉から出ると、外で体を洗い、泉の水で体の泡を流した。泉の水のおかげか、あんまり寒くない。
 理央に渡された白い服は丸首の裾の長いワンピース……というか、絵画のキリストが着ている様な凹凸のないズドーンとした服だった。
 動きづらい服だな……。これじゃ駄目だ。後で着替えよう。
 脱いだトレーナーとズボンをきちんと畳んで袋にしまう。

「もういいわね。いくわよ」

 理央が再び私を抱えた。そしてものすごいスピードで飛ぶように走ると、王宮の中に入り、長い廊下を駆け抜け、一つの大きい扉の前に辿り着いた。そこには夜斗が待っていた。
 理央に下ろされると、私は夜斗に後ろ手で両腕をガッチリ掴まれた。

「何す……」
「女王に無礼があったらまずい。悪いことは言わないから、大人しくしておけ」

 夜斗が耳元で囁いた。
 何だか江戸時代の罪人みたいなスタイルで全然納得できなかったけど、とりあえず従うことにした。
 女王には聞きたいこともあるし、おとなしくしておくか。

 目の前の扉が開いた。
 とても大きな広間だ。ウチの高校の体育館よりも大きいかも。
 床も壁も白い。天井も高くて、金色と青の幾何学模様が描かれている。……あの、今閉じ込められている部屋の天井と同じ模様だとは思うけど……白さが眩しくて、より荘厳に感じる。
 視線を戻すと、奥の数段高い……玉座と思われる場所に誰かが座っているのが見えた。
 そこまでの道には赤い絨毯が敷かれていて、部下みたいな人が両膝立ちでずらりと控えている。

 私達はその真ん中を進むと、中央の辺りで座らされた。
 奥の玉座には、大きな椅子に一人の女性がゆったりと腰かけていた。
 ママよりかなり年上だと思うけど……青い瞳の、奇麗な人だ。
 これが、エルトラの女王……。何か、圧倒的な威圧感がある。

『……お前がアサヒか。確かに……フェルティガが効かないようだな』

 女王がゆったりと口を開く。理央と夜斗は私の両側で頭を垂れていた。

『ヤトゥーイ。宣託を授けてほしいということであったな』
『はい。俺から見て、ただならぬ力を秘めているように感じるので……。フェルティガが効かない理由もそれでわかるのでは……と』
『リオネールはどうなのだ』

 女王がちらりと理央を見た。理央は顔を上げると

『私も、アサヒが何者なのかを知る上で重要なことだと思います』

と答えた。

 宣託……女王が能力を識別できるって言ってたっけ。それをやろうとしているのか。
 確かに、自分でも不思議なことがあるから、興味はある。
 でも、私は花のピアスをしていないから……どうするのかな。

 女王は少し考えると
『……よかろう。長い間つねに身につけている物はないのか』
と言った。夜斗が
「朝日、何かずっと身に着けていたものはないか」
と、女王の言葉を日本語に訳す。

「ないよ、そんなの……」
『体の一部を貰うしかないようだの』

 女王がポツリと呟いた。ギクリとして、思わず拳を握り締める。
 ひょっとして、指とか切り落とすって言うんじゃ……。

「大丈夫だ。俺に任せろ」

 夜斗が私にしか聞こえないくらいの声で耳元で囁いた。
 そして私の手を離しナイフを取り出すと――私の髪をバッサリ切った。

「きゃっ……」

 やだ! 大事にしていた……髪が!

『フレイア女王。この髪でどうでしょうか』

 夜斗が傍に控えていた人に『神官どの、これを女王へ』と言って私の髪を渡した。神官が恭しく受け取り、静々と運んで女王に届ける。

「夜斗! 何で……!」

 文句を言おうとしたら、すごい勢いで理央に口を塞がれた。夜斗もガッチリと私の両腕を拘束する。

「黙って! フレイア様の前でみっともない。後にしてちょうだい」

 理央が物凄い形相で凄んだ。その迫力に押されて黙り込む。
 だって……すごく……大切な……思い出だったのに……。
 少し涙が込み上げてきた。

『……ま、できなくはないのう』

 女王はそう言うと、私の髪に手を翳し、目をつむった。
 ぱあーっと光が放たれた。女王自身が神々しく輝いている。
 これが女王の託宣……!

 あまりの眩しさにびっくりして、涙が引っ込んだ。
 エルトラの民がかしずく訳だ。事情を知らない私でさえ、頭を垂れたい気持ちになってくる。
 実際、脇に控えていた神官たちと理央は、ひれ伏していた。じっと凝視しているのは、私と夜斗だけだ。

 女王は天を仰ぎ、何事かを呟いている。
 そしてしばらくすると……徐々に光が弱まっていた。それに合わせ、女王の顔も徐々に下がっていく。
 女王が下を向いたとき、完全に光は消えた。

 女王はしばらく経ってから顔を上げ、手に持っていた扇で仰いだ。
 だけど……ちょっと疲れているようだった。

『……面白い娘だのう。しかしこれは娘に伝えるべきか否か、悩ましいことじゃ』

 女王が少し笑った。顔の右側にくっと皺が刻まれる。

『……フレイヤ女王。恐れながら……』

 夜斗が口を開いた。

『朝日はテスラ語が分かりませんので、とりあえずそのまま伝えていただければと思うのですが……』
「……」

 てっきりさっきの反応で夜斗にはバレてしまったかと思ったけど……大丈夫だったみたいだ。

『……なるほどの』

 女王は私をしげしげと見つめた。

『では……宣託を授ける』

 女王の青色の瞳が不思議な光を帯びた。

『この者は……フェルティガが効かない体なのではなく……自分に向けられたフェルティガを吸収し、蓄えることができるのだ。しかも、無限にな』
「……!」

 理央と夜斗の表情が変わった。
 フェルティガを、蓄える……?
 テスラ語が通じないと思われているから表情には出せないけど……それはそんなに凄いことなのかな、と思った。
 ユウや夜斗みたいに、鮮やかに使いこなせる方がいいと思うけどな。

『蓄えるからには放出することもできる……ということじゃ。しかもこれまでにいろいろなフェルティガを吸収しておるから、ありとあらゆる術が使える可能性があるのう……。ただ、そちらは不得手のようじゃな。だが……訓練さえすれば、本人の意思により発動できるだろう』

 えっと……。つまり今はまだ私は取り込むばっかりで何も出せない状態だけど、頑張ればユウみたいに敵をぶっ飛ばす力を出したり、夜斗みたいに敵を操る術をかけられるってこと?
 それって……凄い!

 思わず笑顔が出そうになるのを、頑張って抑える。
 だけど、どうやって訓練すればいいんだろう……。
 そう思いながら両隣を見ると、理央の顔は蒼ざめていて、夜斗の顔はしかめっ面だった。

『キエラとの戦を終わらせる鍵には違いないのう……』

 女王は楽しそうに笑った……けれど、その表情には何か含みがあって、私は少し嫌な感じがした。

『……ああ、あともう一つわかったことがあるぞ』

 女王が理央と夜斗の顔を見比べた。

『この者は、絶えたと思われたチェルヴィケンの直系の血を引いておる』
『何ですって……!』

 理央がギョッとしたように叫び、私の顔を見た。
 私は何のことかわからず、キョトンとしてしまった。

 でも……何か聞き覚えのある語感というか……。
 そうか、夜斗の苗字。それと……ユウの苗字。
 フィラの三家の名前と似てるんだ。
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