想い紡ぐ旅人

加瀬優妃

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28.まさか、どうして!?

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「じゃ、行ってきます!」

 私はユウに元気に声を掛けると、ゲレンデを滑り出した。
 午前中の練習の成果はバッチリで、とても上手く滑れていると思う。
 
 ユウはちゃんと後ろから来てるかな。
 
 そう思って振り返った瞬間、スキー板の左足の方が私の意思とは無関係に急に向きを変えてしまった。

「わっ!」

 慌ててバランスをとるが、スキー板が勝手に左の方へ左の方へと向かっていく。そこは急な斜面になっていて、窪みができていた。
 これはマズいと思って咄嗟にスキー板のロックをはずす。
 板だけ滑っていったけど、私も派手に転んでしまった。

「きゃあーっ!」 

 斜面をごろごろ転がる。やがてやや深めの穴があり、そこにズボッと身体が収まって止まった。
 幸い、石などはなかったので怪我はしてないけど、最初に激しく打ちつけたお尻が痛い……。

「――大丈夫?」

 女の人の声が聞こえ、手を差し伸べられた。

「あ、すみません……」

 その手を掴んで立ち上がり、顔を見ると――理央だった。

「理央!? どうしてこんなところに!」

 びっくりして声を上げると、理央はにっこりと微笑んで――次の瞬間、私を担ぎ上げた。

「えーっ!」

 あれ、理央ってこんな力持ちだっけ? どういうこと?
 頭がパニックになる。

 理央は
「とりあえず説明は後でするわね」
と言って何やら変な場所に飛び込んだ。

「何? 何?」

 周りの壁が曖昧な、変な感じの空間を移動する。
 飛び込んだ切れ目の奥にさっきまでいたゲレンデが見えていた。
 そして……その切れ目は、やがて閉じられてしまった。

「……ユウ!」

 思わず叫ぶ。

「ちょっと、理央!  下ろして!」
「駄目よ」

 理央は私を抱えたままひた走る。
 ……そして、急に眩しい空間に出た。

「……!」

 眩んでしまって、思わず目をつぶる。
 理央が走る音と頬に当たる風だけが感じられた。
 再び目を開けると、そこはヨーロッパにある宮殿の内部のような、長い廊下だった。
 一方は壁、もう一方は窓。光が差し込んでいる。
 石造りっぽいグレーの壁のところどころには、ろうそくのようなものがついている。
 上を見上げると、天井に蛍光灯は、ない。石がいくつも組み合わさって模様になっている、重苦しい天井。
 やがて、急に天井がものすごく高くなった。
 驚いて辺りを見回すと、円形の小さな聖堂みたいな場所に出た。真ん中には、祭壇みたいなものがある。

「何? どこ、ここ!」
「エルトラ王宮の西の塔よ」

 理央はそれだけ答えると、宙に浮かび上がった。

「えーっ!」

 理央はそのまま宙を飛び、高い天井からわずかに突き出た部分に着地した。
 下を見下ろすと、先ほど見た2メートルくらいの祭壇がとても小さく見えた。マンションとかで言うと、多分10階くらいの高さだと思う。
 扉を開ける音が聞こえた。私は理央に担がれたまま部屋に入れられる。

「……はぁ……はぁ……」

 その部屋の中央に私を下ろした理央は、何だかとても苦しそうだった。胸の辺りを押さえている。
 私……そんなに重かったんだろうか。

「……とりあえず、ここにいてね」

 一息ついてからそう言うと、理央は部屋を出てすぐにバタンと扉を閉めた。
 ガチャリと鍵をかける音がする。

「ちょっと待って! 理央!」

 取っ手をガチャガチャ動かしながら扉をバンバン叩くが、理央はもうそこにはいないようだった。
 天井裏の部屋……だろうか。さっき見た感じだと、仮にこの扉を壊してもあの高さから下に降りることは、できない。

 私は諦めて、連れてこられた部屋を見回した。
 かなり広い部屋で……二十畳ぐらいあると思う。屋根裏部屋みたいなものだからだろうか、天井は少し低い。白い天井には青と金色で幾何学模様が描いてあり、かなり手が込んでいる感じがする。
 壁は淡い黄色で、床は赤い絨毯のような柔らかい素材で覆われていた。こちらにも青と金色で天井と同じ模様が描いてある。
 中央には一人で寝るには大きい、天蓋付きのベッド。……キングサイズってやつだろうか。備え付けられているソファと同じ、白地に赤の花柄だ。
 他にも、同じ樹木で作られたと思われる机、本棚があった。
 真ん中には丸い木製のテーブルと、椅子が2脚。椅子のクッションもベッドやソファと同じ柄だ。

 ……何だか、貴族のお姫様の部屋みたい。誘拐されて閉じ込められたにしては、上等というか、待遇がいいというか……。
 でも、だからと言って「ありがとう」なんていう気には絶対になれないけど。

「……ふう」

 重いスキー靴を脱いで放り投げ、着こんでいたスキーウェアを脱ぎ捨てた。
 すると、ポケットからユウに渡すつもりだったチョコレートが転がり出てきた。
 私はチョコレートを拾い上げた。涙がこみ上げてくる。

 ユウ……ごめん。攫われちゃったよ。
 でもユウなら、私が転がった時点ですぐ追いかけてきてくれるはずなのに……。
 何かあったのかな?
 今、どうしてるだろう? 心配してるかな?
 自分の責任だって、自分を追いつめていないかな?

 私はユウのことを考えながら……ずっと、チョコレートを眺めていた。

   * * *

 部屋についている小さい窓の外が……ふと暗くなった気がした。外を覗くと、藍色の空が広がっていた。
 前にユウが話していた通り……月も、星もなかった。

 私がここに連れてこられてから、どれくらい時間が経ったんだろう。
 スキーウェアのもう片方のポケットに携帯を入れてあったことを思い出し、取り出す。
 ……もう、夜の8時過ぎだった。攫われてから……6時間以上、経っている。

 そのとき、誰かが扉をノックした。
 携帯を仕舞い、扉の方に向き直る。

「……どうぞ」
「入るぞ」

 聞き覚えのある声――夜斗が入ってきた。手には、私とユウのリュックを持っている。

「……あんたもなの!」

 夜斗も敵だったんだ。
 カッと、頭に血が上る。思い切り、夜斗の方に駆け出す。
 頭に飛び蹴りを食らわそうとすると、夜斗の腕に阻まれた。

「……っ!」

 着地した瞬間に身を翻して回し蹴りを腹に入れる。
 ――今度は決まった。

「ぐはっ」

 夜斗はよろめきながら、続けて食らわせようとした私の正拳突きを躱し、右腕を掴んだ。

「ぐっ……」

 残った左半身で攻撃しようとするが、ぐっと抱き寄せられてしまい、身動きが取れなくなった。
 夜斗は背が大きいから私はすっぽりと入ってしまう。

「なっ……何するのよ!」
「こっちの台詞だって……」

 夜斗の苦しそうな声がする。

「頼むから暴れないでくれ。でないと、手足も拘束しないといけなくなってしまう。俺が何とか懇願して、部屋に軟禁っていう形にしたんだからさ」
「……」

 確かに、誘拐されたにしては自由だ……。こんな広い部屋をあてがう、というのも。
 私を捕まえた理央は妙に挑戦的な表情になってて、違う人間みたいだった。
 だけど、夜斗は……あんまり変わった感じはしない。
 それに、確か理央は「エルトラ王宮の西の塔」って言ってた。キエラではないんだ……。
 ユウの話だとフィラとエルトラは友好関係にあったみたいだし。
 こっちの都合も聞かずに拉致されたのは腹が立つけど、話を聞く必要はあるかもしれない。

「……わかった」

 すべてに納得したわけではないけど、私は不承不承頷いた。
 夜斗の力が緩まったから、私はさっと離れてベッドの柱の陰に隠れた。

「ったく……とんだジャジャ馬だな」
「……」
「とりあえずここに座ってくれ。聞きたいこともあるしさ」

 夜斗が部屋の中央にあるテーブルセットの片方の椅子に腰かけた。もう片方の椅子を指差して私を促す。

「話すのはそっちが先。じゃなきゃ一切口きかない」
「……はいはい」

 夜斗は諦めたように返事をすると、テーブルに置いてあったティーポットを手に取り、カップにお茶を注いた。ふんわりとしたいい匂いが漂う。
 私は夜斗の向かいに座った。今から話をしようとする人間に毒を盛ることもないだろうと思って、私はお茶にちょっとだけ口をつけた。

「……おいしー……」
「エルトラのお茶は、日本の紅茶より断然美味いと思うぞ」
「確かに……」

 そう答えて笑いかけて、ハッとした。
 お茶で和んでる場合じゃないわよ。

「そうしてると可愛いのに……イテッ」

 私は夜斗の頭を拳骨で叩いた。

「誤魔化さないで。まず、理央と夜斗についてちゃんと説明して。ずっと騙してたの?」

 夜斗は頭をさすりながらお茶を一口飲むと、じっと私の方を見た。

「順を追って話すよ。まず……ここはエルトラだ」
「女王さまの国……?」
「そう。よく知ってるな」
「……」

 ふと口を滑らせてしまったけど、こっちから情報を提供するのはやめた方がいい。
 私は口をつぐんだ。

「もう、かれこれ二十年以上……エルトラとキエラは戦争しているんだ。ずっと決着もつかず、長引いていて……。それで、今年の春かな。『精霊の託宣』があった。精霊が女王に授ける神託だ」

 確か、女王は精霊の声を聞くフェルなんとか……だったっけ。

「『いくさの終焉 ミュービュリ 朝の光を以て』――これがその内容だ。女王はこれを受けて神官とともにミュービュリを夢鏡ミラーで探索し……そして、朝日を見つけた」

 夢鏡ミラー……テスラからミュービュリを覗けるんだったよね。
 でも、別人ってことはないのかな? 
 ……まあ、ないか。感覚の鋭そうなテスラの人が間違える訳ないしね。
 それに、ママに障壁シ-ルドがかかってたり、明らかにテスラと関係がありそうなことも起こってるわけだし……。

「ただ問題があって……朝日の傍には、朝日を守る謎の人物がいた」

 ……ユウのことか。

「あいつ、フィラの人間だよな」
「!」

 夜斗が唐突に言うもんだから、私はつい反応してしまって、誤魔化すことができなかった。

「……やっぱりな。何でわかったかって言うと……左耳のピアスだよ」
「お花の?」
「そう。あれはフィラでは、高位のフェルティガエの赤ん坊につける物なんだ」

 ユウはそんなこと一言も言ってなかったな……。ひょっとして、知らないんだろうか。
 知ってたら外すよね、普通。身元がわかっちゃうもの。
 それに夜斗にピアスのことを聞かれたときも、全然動揺してなかった。多分、本当に何も知らないんだ。

「あのピアスは生まれて1年後、女王の宣託を受けるときに外す。女王は赤ん坊が1年間身に着けていたそのピアスを使って、赤ん坊の能力を識別するんだ。だからユウは、フィラで生まれたけど女王の宣託は受けていないってことになる」
「……」

 女王の、宣託……。
 確かヤジュ様が引き取ってそのあとずっと二人きりって言ってたから、それは正しいかもね。

「でも……あいつ、まだ若いよな。多分、17、8……」
「……」

 初めて会ったとき、確か17って言ってたような……。

「フィラが消滅したのは、21年前だ。生き残ったフィラの民はすべてエルトラで保護したはずだし……。仮にひっそりと隠れて住んでいたにしても、計算が合わないだろ。……分かるか?」
「……!」

 夜斗の言おうとしていることが分かって、私も内心ハッとした。

 ユウの話では、フィラを消滅させたのはユウ自身だ。それは確か。
 だけど……夜斗が言うには、フィラが消滅したのは21年前。
 そのとき生まれたばかりだとしても、ユウは21歳のはず。
 ……確かに、おかしい。
 夜斗の言うことを全部信じる訳じゃない。だけど、フィラが消滅したのが21年前という、このことに嘘をつく必要はない気がするもの。

 ……じゃあ、ユウのしてくれた話が嘘なの……?

 そうだ……ユウの話を聞いたときも、思ったんだった。
 ヤジュ様がユウにした話は、おかしい。
 都合よく作られたもののように感じる。
 ユウがヤジュ様を本当に頼りにしてたから、何も言えなかったけれど。
 
 これは、夜斗の話をちゃんと聞いた方がいいかもしれない。

 私はお茶が入ったカップをソーサーに戻すと、一言一句聞き逃すまい、と夜斗をじっと見つめた。
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