想い紡ぐ旅人

加瀬優妃

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22.つかの間の休息、だね

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 文化祭が終わると、一気に冬の気配が近づいてくる。
 寒さに弱い私は、寮の自分の部屋にコタツを出した。

「これ、何? 新しい机?」

 私の部屋にやってきたユウが不思議そうな顔をする。

「これはね、コタツ。実家にはなかったんだけど、ちょっと憧れてて。入って」

 私はコタツから出ずにユウを手招きした。
 ユウは不思議そうな顔のまま私の真似をして足を入れた。

「わ、暖かい……」
「でしょー。……それにしても、夏以来まったく敵の襲撃がないね」

 ミカンの皮をむいて、ユウに渡す。

「あのとき実行部隊を叩きのめしたからね。こっちまで来れる兵士は少ないと思うんだ。……あ、これ甘いね。おいしい」

 甘いもの好きのユウは嬉しそうにミカンを頬張った。

「……で、テスラも暦や季節の変化はこっちと同じなんだ。今は冬に近づいてるから、無理に兵を動かすことはしないかな。今頃は、あっちはもう雪が降り始めている。戦争も小康状態になるから……どちらかというと内部的に戦力を増強させる方に力を入れると思うね。実際、去年の冬はどちらの軍も動かなかったし」
「ふうん……。じゃあ、もうしばらくはのんびりできるね。冬はイベント目白押しだし」
「えっ……まだあるの?」

 ぎょっとしたように声を上げるユウを見て、ちょっと笑ってしまった。
 ユウは文化祭でかなり疲れたらしい。こっちの世界は違う意味で大変だね、とぼやいてたし。

「学校の行事じゃなくて、国としての行事というかこの世界全般の行事というか。まず12月24日がクリスマスイブね。で、1月1日がお正月。私にはまだ関係ないけど、1月中旬に成人式。そして、2月14日がバレンタイン」
「へぇ……」

 全然ピンと来てないユウが曖昧な相槌を打つ。

「あ、でも12月24日って朝日の誕生日じゃなかったっけ?」
「うん、そう」
「誕生日は『生まれてきてくれてありがとう』『出会ってくれてありがとう』って喜ぶ日、だったっけ?」
「よく覚えてるね……」
「具体的には何をするの?」

 そう聞かれても、自分の誕生日をこういう風に祝ってくれって説明するのも変だな。
 だけど、前向きに何でも取り組もうって頑張ってきたところだし……。

「まあ、私の誕生日は置いておいて、クリスマスをそれらしくやってみようか」
「クリスマスとクリスマスイブってどう違うの?」

 何だか楽しそうなことだというのは伝わるらしく、ユウが興味津々で聞いてくる。
 私は子供のころママに聞いたように、サンタさんの話をしてあげた。

「まあ、人によって違うけどね。とりあえずツリーを飾って、ケーキとチキンを買って食べようよ」

 ユウはちょっと笑って「うん」と嬉しそうに答えた。

   * * *
 
 それから数日後。ミキちゃんが突然
「朝日、ちょっとお願いがあるんだけど……。紙山さんとセットで」
と、言い出した。

「え? 何?」
「私の叔母さんの店……ほら、貸衣装屋の。あれのね、モデルのバイトを頼みたいんだけど」
「ええっ!」

 モデル? ただの素人の私が? 何で?

 あまりにも突拍子もなさ過ぎて驚いていると、ミキちゃんが
「たまたまこの写真を見せたんだけど……」
と言って携帯を見せる。
 それは、文化祭の時の私とユウのメイド服姿の写真だった。

「クリスマス前にサンタ衣装とかを加えて新たにチラシを作るんだって。でね、ここ何年かは決まったモデルさんに頼んでたんだけど、骨折したとかモデル業をやめたとかで穴が開いたらしくて」
「え……」
「それでね、この二人に頼めないかって言い出しちゃって……」

 サンタ衣装……。大丈夫かな?

 不安そうな顔をしたのがわかったのか、ミキちゃんは
「バイト代弾むって言ってたし……とりあえず今日、行ってみてくれないかな? 駄目なら断っていいから」
と言ってくれた。
 私はとりあえず「わかった」と返事をした。
 ……で、昼休みにユウにこの話をしてみた。

「それって……つまり、いろいろな女装をするという……」
「まぁ、そうなるね」
「……」

 ユウはかなり考え込んでしまった。
 私は慌てて、
「……でも、それは私の視点であって、他の人から見たらちゃんと女の子だし」
と付け加えた。

「……朝日もするんだよね?」
「それは勿論。だって一緒にって言ったし」
「……」

 ユウはますます考え込んでしまった。
 やっぱり、そんなに嫌なんだろうか。
 実は私としては、ちょっとワクワクしてるんだけど。

「……文化祭のときね。朝日、かなり目立ってたでしょ? これ以上目立つようなことをするのは……」
「そんなに変だったかな」
「いや、逆の意味で」

 逆って何の逆だ? どうも歯切れが悪いな。
 ユウはちょっと赤面していた。

「……つまり! あのときの朝日は可愛かったから……いや、普段が可愛くないという訳ではないんだけど、何て言えばいいかな……変なのが増えても困る、というか……」
「んー……?」

 全然話がわからない。いつもは落ち着いているユウが、妙に焦っている感じ。
 私がじーっと見上げると、ユウは諦めたように溜息をついた。

「……まあ、朝日に任せるよ」

 どうしたんだろう。どんなことでも穏やかにきちんとわかりやすく説明してくれるユウが、何かちょっと……奥歯にモノが挟まったような言い方をする。
 最近、こんなことが増えたような……。

 少し気になったけど、これ以上聞いてもちゃんとは答えてくれなさそうなので、私は
「じゃあ、話だけ聞きに行こうよ。無理だったら断ってもいいって言ってたし」
と強引に押し切ることにした。
 任せると言った手前、ユウは逆らわず「うん」と頷いていた。



 放課後、そのお店に行ってバイトの内容を説明してもらった。
 来店したお客さんに配るチラシ用の写真、とのことだった。
 この時期はサンタ衣装やメイド服が売れるらしい。それで、メイド服の着こなしが素晴らしかった(?)私たちに白羽の矢が立ったみたい。
 不特定多数が見るネットには写真を載せないということだから、まぁ安全そうだしやってみることにした。
 明後日の日曜日にサイズと衣装の打ち合わせで、その次の日曜日に撮影、という流れになった。2日で2万円という、高校生にしては破格のお金だった。


「何か奇麗な衣装がいっぱいあったねー!」

 お店を出るときに興奮気味に言うと、ユウがくすりと笑った。

「楽しかった?」
「うん。ユウは……そっか、あんまり分かんないよね」
「そんなこともないよ。朝日がすごく楽しそうだからよかった」

 ここ最近、ユウとの距離がとても近く感じる。気のせいじゃないといいんだけど。
 ほくほくと温かいものを感じながら街を歩いていると、デパートの広いスペースにものすごく大きいクリスマスツリーが飾ってあるのが見えた。

「もう飾ってあるんだね。……あ、そうだ。せっかくここまで来たから、どんなクリスマスツリーが売ってるか見に行こう!」
「クリスマスツリー?」

 ユウがでっかいクリスマスツリーを見上げながら聞く。

「前に話したでしょ。クリスマスの数日前から飾る、モミの木とか一式のこと。これのことね」

 見上げている大きいクリスマスツリーを指差す。

「部屋に飾れるような小さいのが売ってたらいいな、と思って。ちょっと覗いてみない?」
「えっ、これって売ってるの?」
「うん」

 私はユウの腕を引っ張ると、そのデパートに入っていった。
 デパートの中はクリスマスモード一色で、否が応でも気分が高まった。
 雑貨屋さんに行くと、大小さまざまのクリスマスツリーが売っていた。
 バイト代と相談して5000円のツリーに予約を入れ、合わせて飾る小物も買って、撮影の日の帰りに寄ることにした。
 


 そして撮影の日。
 次から次へと着替えていろいろなポーズを撮る。可愛い服がいっぱい着れて、楽しかった。
 ユウは私から見ると女装なんだけど、写真を見るとほんとに美少女だから……カメラマンさんに頼んで、いくつか画像をデータでもらった。

「……僕の写真、そんなにもらってどうするの?」
「記念にするの」
「……あんまり嬉しくない……」

 そんな会話をしながら次々とこなしていき、夕方にはどうにか終わった。

「お疲れさまー」

 撮影が終わった頃、ミキちゃんの叔母さんである春山店長が顔を出した。
 パソコンでカメラマンさんと写真のチェックをしている。
 若いアシスタントさんが出してくれたコーヒーを飲みながらボケッとしていると、白い礼服が目に入った。
 テーブルにコーヒーを置いて立ち上がり、近づいてよく見てみる。細身の燕尾服だった。

「これ、カッコいいな。ユウに似合いそう」
「……え?」

 ユウも近くに来て一緒に見てみる。

「ほら!」
「でも、それって朝日目線の話だよね……?」
「うーん、そうかな……」

 そんな話をしていると、春山さんが私たちのところに戻ってきた。

「あら? それ、着てみたいの?」
「いえ、ユウに着せてみたいんです! 絶対似合うと思って!」

 力強く言う。春山さんはちょっと笑うと奥に引っ込んで、白い小さめのウェディングドレスを持ってきた。

「じゃあ、朝日さんはこれ着てみる? ほら、二人で並ぶと小さい結婚式みたいよ。女の子同士だけど」
「え、いいんですか?」

 思わず言ってしまってから、ユウを見る。
 ユウが嫌がったらどうしよう……と思ったけど「仕方がないな」と言って笑ってくれたので、ちょっとホッとした。

「今日はすごく助かったから、お礼よ。写真も撮ってあげるわね」

 春山さんはそう言うと、にっこりと笑った。
 着替えてみると、ウェディングドレスは誂えたようにピッタリだった。
 着替えてきたユウを見ると、本当に王子様みたいでカッコよすぎてテンションが上がった。だけど少年バージョンのユウが写真に残せないのが、逆にすごく残念だった。

「これが花嫁さんの服装なの?」
「そうだよ。奇麗でしょ」
「……うん」

 私たち二人が並ぶと、春山さんが「可愛らしいわねぇ」と言ってカメラマンさんを呼んできてくれた。

 そのとき――急に、ふと淋しさが募ってきた。それは顔に出ていたようで、カメラマンさんに
「ほら、笑顔でね!」
と言われて、慌てて微笑む。

 気づいてしまった。これは本当におままごとだ。
 だって――決して訪れない未来の写真を撮っているんだもの。

 だからこそ嬉しい。だからこそ切ない。
 そんな、不思議な気持ちにかられた。
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