想い紡ぐ旅人

加瀬優妃

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21.私たち、少し変わったかな

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 私がクラスメイトに囲まれていると、ひょっこり夜斗が現れた。

「うわ……凄いな!」

 ストレートに夜斗が驚く。

「どういう意味よ」
「別に……」
「あ、夜斗くんのもあるよ。執事服」
「えっ、本当に?」
「トイレで着替えてきて。サイズ見たいから」
「はいよ」

 夜斗は動じることなく服を持って教室を出て行った。
 ハートが強いな……。

「夜斗くんがトイレから歩いて来るだけでも宣伝になるからね」

 実行委員長がうんうんと頷いて悦に入っている。

「あ、紙山さん」

 ユウがドアから出てきたらしい。私は振り返った。
 ユウの方は黒のロング丈のワンピース。昔のイギリス風のメイド服で、茶髪のロングストレートのカツラもつけている。すらっとしたユウにとても似合っていた。
 男に見える私でもそう思うんだから、まわりは……

「おお……」
「きれい……」
「ハンパねぇ……」
「神だ……」
と男子も女子もどよめいていた。

「……これで合ってるの?」

 ユウがカツラをちょっと気にしながら首を傾げた。制服より露出が低いので、同じ女装でもユウ的には不満はないらしい。

「うん、似合ってる。写真で見たいな」

 じゃないと私には美少女バージョンが見えないし。

「あ、朝日の携帯で撮ってあげる!」

 クラスの子が私とユウの写真をそれぞれ撮ってくれた。そのあと二人での写真も撮ってもらう。
 わくわくしながら見ると、美少女バージョンのユウが流し眼をしていた。二つ目は少し恥ずかしそうに微笑んでいる。
 このツンデレ具合……どこで覚えたんだろう。これは男子にはたまらないのでは……。

「……ユウ、すごいよ。ほら」

 ユウに携帯を見せる。

「あ、おかしくない。よかった。とりあえず最初はツンとすましてて、たまに笑ってって言われたから……こんな感じ?」
「うん。すごい破壊力」
「は?」

 そのとき、廊下からざわつきと若干の悲鳴……というより女子の黄色い声が聞こえてくる。
 何だ?と思っていると、執事服に着替えて男子トイレから戻ってきた、夜斗だった。

「夜斗くん、かっこいい!」
「どうも。さすがにトイレからここまで来るの、恥ずかしかったんだけど」
「宣伝、宣伝! あ、ちょっと三人並んで。写真撮るから。明日の客引きに使うからね」
「うわ、恥ずかしい……」

 夜斗とユウが並んで私が二人の前に真ん中に入る。
 写真部に所属しているという男子がカメラを構えた。

「後でその写真、頂戴ね」

 私が言うと、周りの子が「私たちも欲しい!」と騒ぎ出した。多分、夜斗目当てだろう。
 カメラを抱えた男子が「1枚50円だからな!」と言って笑っていた。

「朝日は笑顔。紙山さんはちょっとすましててね。夜斗くんは口の端だけ上げて笑う感じで」

 店長をやるミキちゃんが私たちに細かい指示を出す。

「はい、チーズ!」

 パチリ!

   * * *

 次の日、文化祭当日。いろんな恰好をした人がすでに結構いたから、メイド服もあまり恥ずかしくなくなった。

「はい、三人はまず客引きね。夜斗君は店付近でお願い。朝日と紙山さんは一回りしてきてね。……あ、朝日はプラカード持ってってね。目立つように」

 ミキちゃんにどんと廊下に押し出される。
 プラカード持てって……私の背が低いからかな……。

「客引き……って、何?」

 ユウが私に小声で言う。
 そんなの私もわからないけど、一緒に楽しむといった以上、手本を見せないとね。
 試しにやってみせるね、と言って、私は廊下に固まっていた男子に近づいた。

「1のAは10時から家庭科室で執事&メイド喫茶です。遊びに来てくださいね、ご主人様!」

 私は全力で笑顔を振りまくと、ひらひらと男子の集団に手を振った。
 あああ、は、恥ずかしい~~!

「うぉ、すげぇ……これぞ猫かぶり」

 近くで夜斗の呟きが聞こえたので、げしっと軽く蹴りを入れる。
 好きでやってるんじゃないのよ。ユウに「楽しもうね!」と言った手前、ちゃんとやらないと駄目なんだから。

「……僕も、それをするの?」

 ユウの顔が青ざめている。
 キエラの刺客が来たって顔色を変えたことないのに、と思うとちょっと可笑しかった。

「ユウは……すましたまま言って、最後にちょっとだけ笑うといいよ」
「……」

 ユウはしばらく何か葛藤していたみたいだけど、覚悟を決めたのか、近くの男子の集団にそっと近づいた。

「……1のAは10時から、家庭科室で執事&メイド喫茶です。ぜひ……遊びに来てくださいね。……ご主人様」

 最後は本当に恥ずかしかったらしく、自然に恥ずかしそうな笑顔になっている。

「あ、行きます、行きます」
「……10時、10時ね!」
「本物みてぇ……」

 男子の集団が完全にユウに見とれている。

「ユウ、その感じでいいよ!」
「……ほんと?」

 ユウが、まるで闘った後のような疲れた顔をしていた。かなり精神力を使ったらしい。

「うん、ばっちり! じゃあ一回りしますか!」

 言っておくけど、ユウが言い出しっぺだからね。
 しっかり頑張ってもらわないと!

 私はユウの腕を取ると、ぐいぐい引っ張って歩き始めた。
 校舎を一回りする頃には私もユウもかなりノッてきて、後ろからぞろぞろ人が付いてきていた。
 家庭科室に戻ってくると、夜斗が女子をお姫様だっこして写真を撮るという謎のイベントが行われていた。

「はーい、写真撮った人は中に入ってね~」

 ミキちゃんが女子を淀みなく誘導している。

「……何なの、これ?」
「もう、女子に大好評でね! ほら、憧れてる子が多いから……。あ、男子をいっぱい連れてきてくれたんだね」

 そう言うと、ミキちゃんは
「こちらです~! 追加料金でメイドと記念写真も撮れますよ~」
と言って今度は男子の方を誘導しに行った。

 夜斗を見ると、平然としたもので「やっと列が途切れたなー」と達成感に満ち溢れた顔をしている。
 夜斗って何でも「いいよ」「オッケー」てな感じなのよね。執事服を着るのも抵抗なかったし、女子をお姫様抱っこするのが恥ずかしい、とかもないみたいだし。
 やっぱりどこか育ちが違うのかな。

「……すごいね、夜斗」

 じーっと見上げて思わず言うと
「あ、朝日もやっとく?」
と言って夜斗が私を抱えようとしたので、ユウが
「やめて」
とかなり怖い顔ですごんだ。

 そのときちょうど理央が通りかかって「また馬鹿なことを……」とちょっと呆れ気味に呟いていた。

「せっかくだから、二人の写真も撮ってあげる」
と言って、私はポケットに入れておいた携帯電話で夜斗と理央の写真を撮った。
 理央は苦笑すると、そのまま立ち去って行った。

 自分たちが呼んできたお客さんだから、今度は接客の方に回った。
 だけど……グラスを割っちゃったり注文を間違えちゃったり、あまりうまくはいかなかった。
 その点ユウは、ウェイトレスもほぼ完璧にこなしていた。

「ユウって器用だよね」
「そうだね。慣れてくると、こなせている自分がちょっと嬉しい」
と、何だか満足げだった。

 その後も……ちょっとしたハプニングはあったけど、概ねうまくいったと思う。
 クラスとしても、かなりの収益があったらしい。
 ユウはずっと私と一緒にいたけど、特に嫌な顔もせずにいろいろなことに付き合ってくれた。
 今までと違ってただ傍観しているだけじゃなくて、一緒に参加してくれたことが本当に嬉しかった。



「……疲れたけど、参加してよかったよ」

 ユウが夜空に舞い上がる火の粉を眺めながら、ポツリと言った。

 文化祭の最後のイベント、キャンプファイヤー。
 使い終わっていらなくなった資材を集め、盛大に燃やしている。
 音楽も流れていて、みんな盛り上がっていた。
 私たちは制服に着替え、少し離れた場所でその光景を見ていた。
 ユウの顔が炎で照らされて、赤くなっている。

「朝日に言われてから、ちゃんと周りを見るようになって……何となくわかった。僕、今まで悪いことした人……いるかも」

 今まで応対に無頓着だったと、急に思い返したのかもしれない。

「これから気をつければいいじゃない」

 私はユウの背中を押した。校庭に向かって歩き始める。

「……ところで、朝日。前から思ってたんだけど、『付き合う』ってどこに付き合うの?」
「えっ……」

 びっくりしてユウの顔をまじまじと見た。
 そこが分かってなかったの? 

「僕は朝日のガードをしてるから、朝日を置いてその人たちに付き合う訳にはいかないじゃない。だからいつも『無理』って言ってたんだけど……」

 ユウがいたって真剣だったので、ちょっと困ってしまった。
 付き合うって、その人の用事に付き合う、という意味だと思ってたのか。

「えっと……具体的にどこかに行くわけじゃなくて、彼氏と彼女になるっていうことだね」
「彼氏と彼女って?」

 ユウがあどけなく聞いてくる。
 しまった、私が思うよりユウの恋愛知識レベルはかなり低かった。どう説明したものか……。

「うーんと……好きな人というか、自分にとってただ一人の相手、みたいな……」
「それってさ。僕と朝日の関係と、どう違うの?」

 不意にユウがそんなことを言うから、私はびっくりして転びそうになってしまった。
 人の気も知らないで、全く……!

「全然違う! 友達の好きじゃなくて……恋人同士ってこと!」

 『恋人』と言う意味は分かったらしく、ユウはぐっと喉を詰まらせて黙り込んだ。
 私はというと、『友達の好き』をスルーされて自分で言ったことなのにモヤッとしてしまった。

 そうして何だか奇妙な雰囲気になってしまって……私たち二人は黙ったまま、歩き続けていた。
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