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19.自覚してしまった
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「……朝日みたいな対応が正しいの?」
寮に帰る道すがら、ユウがぶすっとして聞いてきた。
後片付けが終わり、やっと二人きりになった、と思ったところだった。
何やら腹に据えかねているようだ。
「私のは、あれは告白とは違うでしょ」
「違いがわからない」
「……」
いつになくかなり機嫌が悪い。だけど私には、ユウが何に対して怒ってるのかよくわからない。
そもそも、怒ってたのは私の方なのに。
とにかく、ユウの意識をもうちょっと何とかしたい。そう思った。
「私がユウに言いたいのはね。ああいうおフザケじゃなくて、本気で好きになってくれる人もいるんだよっていう……」
「僕はそういう人の期待に添えない。僕が何のためにここにいるか、わかってる? それどころじゃないでしょ。だったら、きっぱり突き放して、僕に関わる人間を極力無くした方がいい」
ユウはそう言い捨てて、早足で歩き出した。
その背中を見て、何が私の心に引っかかっていたのか――気づいてしまった。
ユウは私のガードをするために、ここにいる。それは私にもわかってる。
でも、そのことしか考える必要はないと思ってる。
だから、この世界に馴染む気もないし、理解しようともしていない。
それは、私のこともガードの対象であるとしか思ってなくて……全然私のことを理解しようとはしてくれないということ……。
私は、ユウのことをもっと知りたい、もっと理解したいと思っているのに。
ユウは、私のことを全然見ていない。もっとちゃんと、私を見てよ。
そこまで考えて、気づいてしまった。
――私、ユウのことが好きなんだ。
「朝日のガードだから」守るのは当然――じゃあガードする必要がなくなったらどうするの?
「朝日のガードだから」いつも傍にいる――じゃあ傍にいたいって気持ちは全くないの?
「朝日のガードだから」自分のことは気にしなくていい――じゃあユウがいなくなったとき、残された私の気持ちはどうなるの?
そういうこと、全部、ユウにとってはどうでもいいの?
すべてが終わったら、ここでの思い出も――私のことも、全部切り捨ててしまうの……?
「……っ」
「……朝日?」
気がついたら、私はボロボロと涙をこぼしていた。
ユウが振り返って、ぎょっとしたような顔をした。
「朝日? どうしたの? 何で泣いてるの?」
両肩に手を置いて、私の顔を覗き見る。見られたくなくて、私は両手で顔を覆った。
「……何でもない!」
「何でもない訳ないでしょ?」
「……」
今のユウに何を言ったって……。
「ユウには、私の気持ちなんてわからない……!」
私はユウの手を振り払って駆け出した。
「朝日!」
ユウが追いかけてくるのがわかったけど、私は一度も振り返らずに走った。
寮の階段を駆け上がり、自分の部屋に閉じこもる。
「……朝日……」
ドアの外からユウの声が聞こえた。
けれど涙がとまらなくて、私は返事もせずにずっと嗚咽していた。
ユウがドアの前でずっと佇んでいる気配がした。
こんなときでも、ユウは私を守ることを忘れない。
いつでも、どんなときでも私のガードで、それ以上でもそれ以下でもない。
自分の気持ちに気づいてしまったら、どうにも感情をおさえることができなかった。
どれだけユウを好きになっても、未来には別れしかない。
それがわかり過ぎるくらい……わかってたから。
しばらく泣いたら、気持ちが落ち着いてきた。
……ちょっと、感情的になり過ぎたかもしれない。私のあの言動じゃ、ユウは訳が分からなくて困ってしまったかも。
だって、ユウには使命があって……それを忠実に守ろうとしているに過ぎない。
私の気持ちなんてわからない、なんて言ってしまったけど、今まで生きてきた世界さえ違うユウに、一緒にいるだけで理解しろというのは、無理なことだ。
わかってほしいなら、私の方から努力しなきゃ。
まず、今の生活を一緒に楽しむことから始めよう。
ずっとヤジュ様と二人きりだったユウが学校に来て、他人を警戒してしまうのは仕方がないことなんだ。
他人と関わる余裕がないのも無理はない。
私が、ユウとこの世界をつなげる努力をしなくちゃ。
それが、私を理解してもらうことにつながる気がする。
「……」
ふと顔を上げてドアの様子を伺うと、ユウの気配はなかった。
ずっとドアの前に立ち続けていたら変だから、自分の部屋に戻っているのかもしれない。
私を守ることを一番にしているユウだから、絶対近くにいるはず。
私はユウの部屋と隔てている壁に近寄って、耳をあてた。
当然、何も聞こえなかったけど……ユウがそこにいる気がした。
……好きだよ……。
多分、ユウに言うことは一生ないだろうその言葉を、そっと口の中で呟いた。
* * *
「……ユウ、いる……?」
気持ちを落ち着けてから、私は自分の部屋を出て隣のユウの部屋をノックした。
「……いるよ」
「入っていい……?」
「……いいよ」
私はそっと顔を覗かせた。
ユウはベッドに寝転んで、目を瞑っていた。
私の部屋と隔てている壁のそばだった。やっぱり、ユウはそこにいた。
少し気持ちが通じた気がして、私はちょっと微笑んだ。
ドアを閉めて、ユウが寝ているベッドの傍に座る。
「あの……ごめんね……。いきなり訳わかんないこと言って、泣いちゃって……」
「……」
「あのね……」
私はベッドに腕をついて、ユウの横顔を見た。
「私が悲しかったのはね……ユウがね、私のガードさえしていればいいって感じで、この世界に興味を持ってくれないことだったんだ」
ユウが目を開けて私の方を見た。ちょっと驚いた顔をしている。
「でも、それはね……違う世界で生きてきたユウには仕方がないことだったんだ。それなのに我儘言って泣いちゃって、ごめんね」
「いや……」
「あのね」
とにかく言いたかったことは全部言わなきゃ。私はユウの言葉を遮った。
「ユウにお願いがあるの。私が楽しいと思ったこと、やりたいと思ったこと、ただそばで眺めるんじゃなくて、一緒に経験してほしいの。ユウはいつかこの世界から去る日が、来る……」
そこまで言うと、自分で言った言葉なのに辛くて、また涙が出てきてしまった。
いつか――ユウがこの世界から去る日がくる。
私の前から、いなくなる日が。
「……ごめん。えっと……そのときに、この世界で過ごした日々のこと……いい思い出にしてほしいなって。何ていうか……」
ユウは起きあがって右手を伸ばすと、私の頬の涙を拭った。
「ユウと……ちゃんと一緒に過ごした思い出を作っていきたいの」
やっとそれだけ言うと、また涙が出てきてしまった。
「……ごめん……また泣いちゃった……」
私は顔を逸らして自分の手で涙を拭った。
精一杯伝えたけど、ユウがどんな顔をしているか見るのが怖かった。
ユウがベッドから降りて、私の隣に座る気配がした。
そして、そっと私の肩を抱いた。
「俺こそごめん。ちょっとイラついてたから……キツい言い方したよね。ごめん」
「……」
私は俯いたまま首を横に振った。
「最初は確かに、朝日を守るためにはどうしたらいいかってことばかり考えていたんだ。朝日の周りにあるもの全てにすごく警戒していて……。だから、他人とは関わり合いたくなかった。朝日にも、危険だからあまり関わってほしくなかった。でも……」
ユウの腕の力が強くなる。
「夜斗や理央が現れて、周りが賑やかになって……。大勢の中にいる朝日がすごく楽しそうで、俺は入れないって思っていたかもしれない。……いや、『俺にはできない』を『俺はする必要がない』って言い換えてたんだ。……多分」
私はようやく顔を上げて、ユウの顔を見た。
私の話が、ちゃんとユウに伝わってるって感じられたから。
「俺は、この世界に対してちゃんと向き合ってなかったかも知れない。朝日の言いたいことって……これで合ってる?」
「……うん」
ユウが右手の親指で私の涙を拭ってくれた。
「……また泣いてる」
ユウが困ったような、照れたような、不思議な表情をしていた。
またユウを困らせてしまった、と思って私はパッと立ち上がった。
「ご、ごめん!」
「え……」
「あの、もう大丈夫だから! ね!」
「……」
「これで仲直り、でいいよね? 駄目?」
「……駄目」
ユウはそう言うと、立ち上がって私の腕を取り、ベッドに座らせた。
何だか……今まで見た中で一番男の子っぽい顔をしていた。
「……今日はすごく疲れたから、膝枕して」
そう言うと、私の返事も待たずに膝の上でゴロンと横になった。
ユウの我儘がちょっと嬉しくて……私はしばらくの間、そのままユウに膝を貸してあげていた。
寮に帰る道すがら、ユウがぶすっとして聞いてきた。
後片付けが終わり、やっと二人きりになった、と思ったところだった。
何やら腹に据えかねているようだ。
「私のは、あれは告白とは違うでしょ」
「違いがわからない」
「……」
いつになくかなり機嫌が悪い。だけど私には、ユウが何に対して怒ってるのかよくわからない。
そもそも、怒ってたのは私の方なのに。
とにかく、ユウの意識をもうちょっと何とかしたい。そう思った。
「私がユウに言いたいのはね。ああいうおフザケじゃなくて、本気で好きになってくれる人もいるんだよっていう……」
「僕はそういう人の期待に添えない。僕が何のためにここにいるか、わかってる? それどころじゃないでしょ。だったら、きっぱり突き放して、僕に関わる人間を極力無くした方がいい」
ユウはそう言い捨てて、早足で歩き出した。
その背中を見て、何が私の心に引っかかっていたのか――気づいてしまった。
ユウは私のガードをするために、ここにいる。それは私にもわかってる。
でも、そのことしか考える必要はないと思ってる。
だから、この世界に馴染む気もないし、理解しようともしていない。
それは、私のこともガードの対象であるとしか思ってなくて……全然私のことを理解しようとはしてくれないということ……。
私は、ユウのことをもっと知りたい、もっと理解したいと思っているのに。
ユウは、私のことを全然見ていない。もっとちゃんと、私を見てよ。
そこまで考えて、気づいてしまった。
――私、ユウのことが好きなんだ。
「朝日のガードだから」守るのは当然――じゃあガードする必要がなくなったらどうするの?
「朝日のガードだから」いつも傍にいる――じゃあ傍にいたいって気持ちは全くないの?
「朝日のガードだから」自分のことは気にしなくていい――じゃあユウがいなくなったとき、残された私の気持ちはどうなるの?
そういうこと、全部、ユウにとってはどうでもいいの?
すべてが終わったら、ここでの思い出も――私のことも、全部切り捨ててしまうの……?
「……っ」
「……朝日?」
気がついたら、私はボロボロと涙をこぼしていた。
ユウが振り返って、ぎょっとしたような顔をした。
「朝日? どうしたの? 何で泣いてるの?」
両肩に手を置いて、私の顔を覗き見る。見られたくなくて、私は両手で顔を覆った。
「……何でもない!」
「何でもない訳ないでしょ?」
「……」
今のユウに何を言ったって……。
「ユウには、私の気持ちなんてわからない……!」
私はユウの手を振り払って駆け出した。
「朝日!」
ユウが追いかけてくるのがわかったけど、私は一度も振り返らずに走った。
寮の階段を駆け上がり、自分の部屋に閉じこもる。
「……朝日……」
ドアの外からユウの声が聞こえた。
けれど涙がとまらなくて、私は返事もせずにずっと嗚咽していた。
ユウがドアの前でずっと佇んでいる気配がした。
こんなときでも、ユウは私を守ることを忘れない。
いつでも、どんなときでも私のガードで、それ以上でもそれ以下でもない。
自分の気持ちに気づいてしまったら、どうにも感情をおさえることができなかった。
どれだけユウを好きになっても、未来には別れしかない。
それがわかり過ぎるくらい……わかってたから。
しばらく泣いたら、気持ちが落ち着いてきた。
……ちょっと、感情的になり過ぎたかもしれない。私のあの言動じゃ、ユウは訳が分からなくて困ってしまったかも。
だって、ユウには使命があって……それを忠実に守ろうとしているに過ぎない。
私の気持ちなんてわからない、なんて言ってしまったけど、今まで生きてきた世界さえ違うユウに、一緒にいるだけで理解しろというのは、無理なことだ。
わかってほしいなら、私の方から努力しなきゃ。
まず、今の生活を一緒に楽しむことから始めよう。
ずっとヤジュ様と二人きりだったユウが学校に来て、他人を警戒してしまうのは仕方がないことなんだ。
他人と関わる余裕がないのも無理はない。
私が、ユウとこの世界をつなげる努力をしなくちゃ。
それが、私を理解してもらうことにつながる気がする。
「……」
ふと顔を上げてドアの様子を伺うと、ユウの気配はなかった。
ずっとドアの前に立ち続けていたら変だから、自分の部屋に戻っているのかもしれない。
私を守ることを一番にしているユウだから、絶対近くにいるはず。
私はユウの部屋と隔てている壁に近寄って、耳をあてた。
当然、何も聞こえなかったけど……ユウがそこにいる気がした。
……好きだよ……。
多分、ユウに言うことは一生ないだろうその言葉を、そっと口の中で呟いた。
* * *
「……ユウ、いる……?」
気持ちを落ち着けてから、私は自分の部屋を出て隣のユウの部屋をノックした。
「……いるよ」
「入っていい……?」
「……いいよ」
私はそっと顔を覗かせた。
ユウはベッドに寝転んで、目を瞑っていた。
私の部屋と隔てている壁のそばだった。やっぱり、ユウはそこにいた。
少し気持ちが通じた気がして、私はちょっと微笑んだ。
ドアを閉めて、ユウが寝ているベッドの傍に座る。
「あの……ごめんね……。いきなり訳わかんないこと言って、泣いちゃって……」
「……」
「あのね……」
私はベッドに腕をついて、ユウの横顔を見た。
「私が悲しかったのはね……ユウがね、私のガードさえしていればいいって感じで、この世界に興味を持ってくれないことだったんだ」
ユウが目を開けて私の方を見た。ちょっと驚いた顔をしている。
「でも、それはね……違う世界で生きてきたユウには仕方がないことだったんだ。それなのに我儘言って泣いちゃって、ごめんね」
「いや……」
「あのね」
とにかく言いたかったことは全部言わなきゃ。私はユウの言葉を遮った。
「ユウにお願いがあるの。私が楽しいと思ったこと、やりたいと思ったこと、ただそばで眺めるんじゃなくて、一緒に経験してほしいの。ユウはいつかこの世界から去る日が、来る……」
そこまで言うと、自分で言った言葉なのに辛くて、また涙が出てきてしまった。
いつか――ユウがこの世界から去る日がくる。
私の前から、いなくなる日が。
「……ごめん。えっと……そのときに、この世界で過ごした日々のこと……いい思い出にしてほしいなって。何ていうか……」
ユウは起きあがって右手を伸ばすと、私の頬の涙を拭った。
「ユウと……ちゃんと一緒に過ごした思い出を作っていきたいの」
やっとそれだけ言うと、また涙が出てきてしまった。
「……ごめん……また泣いちゃった……」
私は顔を逸らして自分の手で涙を拭った。
精一杯伝えたけど、ユウがどんな顔をしているか見るのが怖かった。
ユウがベッドから降りて、私の隣に座る気配がした。
そして、そっと私の肩を抱いた。
「俺こそごめん。ちょっとイラついてたから……キツい言い方したよね。ごめん」
「……」
私は俯いたまま首を横に振った。
「最初は確かに、朝日を守るためにはどうしたらいいかってことばかり考えていたんだ。朝日の周りにあるもの全てにすごく警戒していて……。だから、他人とは関わり合いたくなかった。朝日にも、危険だからあまり関わってほしくなかった。でも……」
ユウの腕の力が強くなる。
「夜斗や理央が現れて、周りが賑やかになって……。大勢の中にいる朝日がすごく楽しそうで、俺は入れないって思っていたかもしれない。……いや、『俺にはできない』を『俺はする必要がない』って言い換えてたんだ。……多分」
私はようやく顔を上げて、ユウの顔を見た。
私の話が、ちゃんとユウに伝わってるって感じられたから。
「俺は、この世界に対してちゃんと向き合ってなかったかも知れない。朝日の言いたいことって……これで合ってる?」
「……うん」
ユウが右手の親指で私の涙を拭ってくれた。
「……また泣いてる」
ユウが困ったような、照れたような、不思議な表情をしていた。
またユウを困らせてしまった、と思って私はパッと立ち上がった。
「ご、ごめん!」
「え……」
「あの、もう大丈夫だから! ね!」
「……」
「これで仲直り、でいいよね? 駄目?」
「……駄目」
ユウはそう言うと、立ち上がって私の腕を取り、ベッドに座らせた。
何だか……今まで見た中で一番男の子っぽい顔をしていた。
「……今日はすごく疲れたから、膝枕して」
そう言うと、私の返事も待たずに膝の上でゴロンと横になった。
ユウの我儘がちょっと嬉しくて……私はしばらくの間、そのままユウに膝を貸してあげていた。
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