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7.新しい生活が始まる
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「ん~……」
ベッドからむくりと起き上がり、背伸びをした。
締め切ったカーテンの隙間から、朝の眩しい光が差し込んでいる。
ふと時計を見る。……7時35分。うん、いい時間だ。
「うん、今日も目覚めすっきり!」
軽くガッツポーズをして、シャッとカーテンを開け、窓をガラリと開けた。どこまでも突き抜けるような青空が、私の目に飛び込んで……。
「あ、おはよう、朝日」
飛び込んだのは、青空ではなくユウのどこまでも爽やかな笑顔だった。
初めて会った時に着ていた白い服で、ふわりと宙に浮かんでいる。
「うぎゃぁ!」
反射的に声を上げ、カーテンをシャッと閉じる。
慌ててベッドに逆戻りし、頭から布団に潜り込んだ。
パジャマ姿見られた……。寝癖がついたままの髪の毛見られた……。そして何より、起き抜けの顔!
何だってそんなところにいるのよ!
「……朝日、やっぱりその叫び声は直した方がいいと思う……」
カーテンをひらりと巻き上げ、ユウがふわりと私の部屋に舞い降りた。
布団の中からこっそり見上げながら、相変わらず優雅な身のこなしだ、と密かに感心しながら、ぐうう、と布団を強く握る。ユウの足元しか見えなくなる。
「何してんの、こんな時間にこんなところで……」
「ちょっと屋上から周辺の確認をしていたんだ。昨日はもう暗かったから、よく見えないところもあったし、念のため。今のところ異常はないけど……」
ユウが言葉を切った。
何だ?と思いこっそり見上げると……ちらりと私を見下ろしている。
「何で潜ってるの? すっきり起きたんじゃないの?」
「無理!」
「無理って何が」
きょとんとした顔。
まったく! こっちの身にもなってよー!
「恥ずかしすぎるから! 普通の女子は起き抜けの顔は見られたくないの!」
「そう? 気にしなくていいと思うけどな」
気にするよ!
「とにかく早く出てって!」
「うーん……じゃあ……」
ユウはスタスタと窓に近寄ると、足をかけて身を乗り出した。
「うぎゃあ! 落ちる!」
「さっき見たでしょ。大丈夫だから。じゃ」
ユウはふわりと浮かぶと、そのまま隣の自分の部屋に飛んでいった。
いろいろ話は聞いたけど、やっぱり慣れるのに時間かかりそう……。
ユウがいなくなった窓を見つめながら、溜息をついた。
制服に着替えて部屋を出ると、ちょうどユウも部屋を出たところだった。
「あ、おはよう」
「おはよう……」
さっきの恥ずかしさがまだ残っていて、思わず俯いてしまう。顔はすっきり洗ったし、髪もきちんと梳かしたんだけど。
「……まだ怒ってる?」
ユウが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「怒っては、いない……うん」
どう言ったらいいのかわからないから、曖昧な返事になる。
「……」
「……」
気まずい空気が流れた。
少し戸惑っている感じのユウを見て、やや気持ちが落ち着いてきた。
こんな小さなこと、あんまり引きずるのも駄目だよね。
昨日話を聞いて思ったけど、やっぱり、ユウは私たちとはちょっと感覚が違うところがあると思う。
だから、これからはお互いのことを少しずつでいいから知っていって、ギャップを埋めていかなくちゃ。
これからずっと一緒にいるのに、こんなことで距離を作ってしまうのはよくない。
私は、ユウのよき理解者にならないといけないと思う。
……いや、むしろ一番の理解者でいたい。
だから、ここはちゃんと気持ちを切り替えよう!
そう考えて、パッと顔を上げると、ユウに笑顔を向けた。
「もう怒ってない。大丈夫」
「そう?」
ユウがちょっとホッとしたように微笑んだ。
しかしあんなことが何回もあったら困るから、釘は刺さないと。
「でも!」
ユウをビシッと指差す。ユウはちょっとびくっとした。
「非常時以外は寝起き突入禁止!」
私の迫力に押されたのか、ユウは
「わ、わかった……」
と少し後ずさりした。
「よし。じゃ、この話はこれで終わりね! さぁ~、朝ごはん~」
今日は入学式。こんな小さいことでくよくよしてちゃ駄目だよね。
寮の食堂に行くと、お盆に乗った目玉焼き定食みたいなのが2個カウンターに並んでいた。
ここから持っていけばいいんだな。2個しかないってことは、私たちが最後か……。
もう8時過ぎなので、上級生は学校に行ってしまっているらしく、食堂には私たち二人しかいなかった。
一年生は10時集合だから、少しゆっくりできるね。
ユウは私の真似をしてお盆を取ると、困ったような顔をした。
「……見たことないものがいっぱい……」
飲み物はオレンジジュース・ミルク・コーヒーから選べるようになっている。
私は迷わずミルクを選んだ。だって、もう少し背が高くなりたいし。
ユウにもミルクにしておくか。身体、弱そうだし。
「そうなの? 給食とあんまり変わらないよ」
ミルクを手渡す。
「それも視ただけで食べたわけじゃないから……」
「一日一食って言ってたけど、それは朝なの?」
「うん。だから夜は朝日が僕の分も食べてね」
「太るからイヤだよ。まぁ、残しておく方法もあるかもしれないから、おいおい考えよう」
「うん」
目の前のユウはやっぱり女装のユウなんだけど、食堂のおばさんは何も言わなかった。
二人で窓際の席に座り、朝ごはんを食べ始める。
「あ、そうだ、今朝のことなんだけど」
ふと思い立って、ユウに切り出した。ユウは
「あれ、話は終わったんじゃ……」
と当惑していた。
「そっちじゃなくて。あのね、白い服着てたよね。最初会った時に着てた服」
「うん」
「周辺のチェックしてたって言ったけど、あれで宙に浮いてたらすごく目立つんじゃない? 誰かに見られたりしたらマズいんじゃないの?」
私は目の前にいたからかなりびっくりしたけど、遠目でもあれは目立つんじゃないかな……。
「うーん、そう言えばそうだね。でも、やっぱりフェルティガを使うならあの服が一番かな。こっちの服は着慣れないから動きにくくて。なるべくさっと移動するようにするけど……見間違えたってことにならないかな?」
「うーん……」
普通ならなるかもしれないけど、ユウの美少女っぷりだと無理じゃないかな……。
だって、すごく目立つもの。
「隠蔽が使えればいいんだけどね。僕にはできないから……。ま、移動するときはちょっと気をつけるようにするよ」
「隠蔽?」
「えっとね……周りから隠すフェルティガ。本当に透明にする訳じゃなくて、まわりの認識を歪ませるって感じ?」
「へえ……」
「ヤジュ様ならできるけど……」
ユウの声が不安を帯びたものになる。顔を曇らせ、ご飯を食べる手を止めてしまった。
「何かあったの?」
心配になって聞くと、ユウはポケットから宝石を取り出した。
昨日見た袋に一緒に入っていたものだ。
よく見ると、それは指輪だった。ゴールドの台座に赤色の宝石が輝いている。
「それ、何?」
「これは、ヤジュ様がずっと身に着けていた指輪」
ユウが光に当てる。宝石は赤色にも、青緑色にも見えた。
「テスラから、ミュービュリを覗ける話はしたよね。ヤジュ様の夢鏡で」
「うん」
「でも、僕にはできないんだ。だけどこうして術者が身に着けていたものを託せば、これを介して託した相手と会話ができるようになるんだ」
直通電話みたいな感じかな……。
でも、異世界にも指輪ってあるんだ。一つ学習した。
ああ、でも、ユウも花のピアスをしてるものね。
「万が一のために、ヤジュ様が僕にもたせてくれたんだ。少し手順が必要なのと、フェルティガを使うからちょっと疲れるけど。だけど……」
「……」
「ヤジュ様に繋がらない。お身体の具合が悪いのかも」
ユウはしょんぼりと俯いて
「何かあればこの宝石が反応するとは思うから、大丈夫だと思うけど……」
と呟いた。
ヤジュ様って人は、ユウにとってすごく大事な人なんだ。
そうだよね。ずっと、ユウの傍で守ってくれた人なんだもの。
ずっと二人きりの生活で……ユウの世界には、ヤジュ様しかいなかったんだから。
ユウは「朝日を守るために来た」と言っていたけれど、私の心情的には「ヤジュ様からユウを預かった」と言った方が正しかった。
それほど、ユウは精神面が心もとない感じがする。力は凄いのかもしれないけど。
「でも、ヤジュ様からはユウが視えるんでしょ?」
励ますつもりで言ったけど、ユウは顔を伏せたままだった。私はたたみかけるように続けた。
「昨日私と出会ったときも、今も、ちゃんと見守ってくれてるんじゃないかな? 会話すると疲れるんでしょ? 無駄にフェルを使わないようにしてくれてるのかもよ。それに、ユウがホームシックになっても困るじゃない」
「……そうだね」
私の言葉に思うところがあったのか、ユウは私を見てちょっと笑った。
少し明るくなったように見える。
「僕がヤジュ様を困らせちゃ駄目だよね。とにかく、僕は朝日を守り切ればいいんだから」
ユウが少し元気を取り戻したようだったので、ちょっとホッとした。
そうよね、ユウは今、何も頼れない状態なんだもの。
ここでの生活が辛くならないように、私がちゃんとフォローしなくちゃ。
「僕からは連絡しないようにする。ヤジュ様もかなりご高齢だから……疲れさせたら駄目だし」
「うん」
「僕も、いざというとき動けないと困るもんね」
そう言うと、ユウは再びご飯を食べ始めた。
小食らしく、かなりちまちまと口に運んでいる。
それにしても……私はなぜ、そして一体何から守られないといけないんだろう?
根本的なことがわからないから、今いちピンとこないのよね。
入学式が終わると、各自教室に戻ることになった。私とユウは同じクラスになった。
昨日ユウが言った通り、その辺の手筈はちゃんと整えられたらしい。
クラスでの説明が終わると、今日はお昼で下校になった。
ただし、部活動の勧誘が廊下やグラウンドのあちらこちらで行われている。
部活に入るつもりはなかったけど、面白そうだったのでユウと一緒に見てまわることにした。
「朝日、部活って何?」
辺りをキョロキョロしながらユウが聞く。
すらりとしたユウ(私には見えないけど、昨日の画像の通りならかなりの美少女)は、あちらこちらから注目を集めていた。
「放課後に活動する集まり、かな。サッカーとか野球とかのスポーツもあれば、合唱とか美術とかの文化系もあるよ」
「ふうん」
「マネージャー募集! 君、やらない?」
ラグビー部のごつい先輩が強引に私たちの前に入ってくる。
「……あ、僕は……ごめんなさい」
ユウが上級生の勧誘を丁重に断り、私の手を引っ張ってその場を離れた。
「……ねえ、朝日は何かしないの?」
私の盾になりながら、ユウが聞いた。
結構人が入り乱れているので、さりげなく、私を庇ってくれている。
「やらないよ。それより、もう見なくてもいい? 堪能した?」
「うん。……もう疲れちゃった」
ユウが若干ヨレヨレしていたので、人ごみを抜けて、一度寮に帰ることにした。
「……すごい活気だったね……」
勧誘の群れを振り返りながら溜息をつく。
ユウも私と同じように振り返ると、ワイワイ盛り上がっている運動部の集団の方を指差した。
「ねぇ、朝日は何でしないの? ああいうの、好きそうな感じがするけど」
「……本当は剣道部にちょっと興味があったんだけど……ね」
「剣道?」
「うん。ほら、私、チビでしょ? 空手をやってるけど、もっとリーチの長い武道もしたいな、とは思ったんだ。でも、剣道部ってそういう目的の部活じゃないしね」
「朝日も闘いたいの?」
「……っていうか、強くなりたい。身も心もね。最強女子を目指してるんだ」
拳を振り上げる。
そしてその拳をドンと自分の胸に当てると、ユウを見上げた。
「だから、こっちの世界の暴漢からは、私が守ってあげる」
私が力強くそう言うと、ユウは一瞬あっけにとられたような顔をしたあと、くすくすと笑いだした。
「昨日も言ったように、僕は戦闘系だよ。こっちの暴漢だって問題ないよ」
「そうじゃなくて、やっぱりフェルを使えば疲れるでしょ? 使わなくて済むならその方がいいじゃない。私も、日ごろの鍛錬の成果が出せるし」
ふんっと気合を入れる。
そんな私を眺めて、ユウは
「じゃあ僕が剣術を教えてあげる」
と言ってくれた。
「剣術?」
「朝日をガードするためには必要だから、体術も一通り教わったんだ。僕はあんまり得意じゃないけど。朝日なら、コツさえ掴めればどうにかなるんじゃないかな。興味ある?」
「あるある! すごくある!」
その場でぴょんぴょん飛び跳ねる。
身を守るための剣術なんて、何か凄そう! しかも、異世界の武道なんて。
「ありがとう! ユウ!」
「うわっ……」
興奮しすぎて、思わずユウに抱きついてしまった。
ユウが支えきれずよろける。
「あ、ごめ……」
恥ずかしくなって慌ててユウから離れた。
心なしか、ユウの顔もちょっと赤くなっていた。
「……とりあえず、基本からやってみようか?」
ユウが赤い顔を誤魔化すようにあさっての方を向いて言った。
私も小さい声で「うん」とだけ、返事をした。
ベッドからむくりと起き上がり、背伸びをした。
締め切ったカーテンの隙間から、朝の眩しい光が差し込んでいる。
ふと時計を見る。……7時35分。うん、いい時間だ。
「うん、今日も目覚めすっきり!」
軽くガッツポーズをして、シャッとカーテンを開け、窓をガラリと開けた。どこまでも突き抜けるような青空が、私の目に飛び込んで……。
「あ、おはよう、朝日」
飛び込んだのは、青空ではなくユウのどこまでも爽やかな笑顔だった。
初めて会った時に着ていた白い服で、ふわりと宙に浮かんでいる。
「うぎゃぁ!」
反射的に声を上げ、カーテンをシャッと閉じる。
慌ててベッドに逆戻りし、頭から布団に潜り込んだ。
パジャマ姿見られた……。寝癖がついたままの髪の毛見られた……。そして何より、起き抜けの顔!
何だってそんなところにいるのよ!
「……朝日、やっぱりその叫び声は直した方がいいと思う……」
カーテンをひらりと巻き上げ、ユウがふわりと私の部屋に舞い降りた。
布団の中からこっそり見上げながら、相変わらず優雅な身のこなしだ、と密かに感心しながら、ぐうう、と布団を強く握る。ユウの足元しか見えなくなる。
「何してんの、こんな時間にこんなところで……」
「ちょっと屋上から周辺の確認をしていたんだ。昨日はもう暗かったから、よく見えないところもあったし、念のため。今のところ異常はないけど……」
ユウが言葉を切った。
何だ?と思いこっそり見上げると……ちらりと私を見下ろしている。
「何で潜ってるの? すっきり起きたんじゃないの?」
「無理!」
「無理って何が」
きょとんとした顔。
まったく! こっちの身にもなってよー!
「恥ずかしすぎるから! 普通の女子は起き抜けの顔は見られたくないの!」
「そう? 気にしなくていいと思うけどな」
気にするよ!
「とにかく早く出てって!」
「うーん……じゃあ……」
ユウはスタスタと窓に近寄ると、足をかけて身を乗り出した。
「うぎゃあ! 落ちる!」
「さっき見たでしょ。大丈夫だから。じゃ」
ユウはふわりと浮かぶと、そのまま隣の自分の部屋に飛んでいった。
いろいろ話は聞いたけど、やっぱり慣れるのに時間かかりそう……。
ユウがいなくなった窓を見つめながら、溜息をついた。
制服に着替えて部屋を出ると、ちょうどユウも部屋を出たところだった。
「あ、おはよう」
「おはよう……」
さっきの恥ずかしさがまだ残っていて、思わず俯いてしまう。顔はすっきり洗ったし、髪もきちんと梳かしたんだけど。
「……まだ怒ってる?」
ユウが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「怒っては、いない……うん」
どう言ったらいいのかわからないから、曖昧な返事になる。
「……」
「……」
気まずい空気が流れた。
少し戸惑っている感じのユウを見て、やや気持ちが落ち着いてきた。
こんな小さなこと、あんまり引きずるのも駄目だよね。
昨日話を聞いて思ったけど、やっぱり、ユウは私たちとはちょっと感覚が違うところがあると思う。
だから、これからはお互いのことを少しずつでいいから知っていって、ギャップを埋めていかなくちゃ。
これからずっと一緒にいるのに、こんなことで距離を作ってしまうのはよくない。
私は、ユウのよき理解者にならないといけないと思う。
……いや、むしろ一番の理解者でいたい。
だから、ここはちゃんと気持ちを切り替えよう!
そう考えて、パッと顔を上げると、ユウに笑顔を向けた。
「もう怒ってない。大丈夫」
「そう?」
ユウがちょっとホッとしたように微笑んだ。
しかしあんなことが何回もあったら困るから、釘は刺さないと。
「でも!」
ユウをビシッと指差す。ユウはちょっとびくっとした。
「非常時以外は寝起き突入禁止!」
私の迫力に押されたのか、ユウは
「わ、わかった……」
と少し後ずさりした。
「よし。じゃ、この話はこれで終わりね! さぁ~、朝ごはん~」
今日は入学式。こんな小さいことでくよくよしてちゃ駄目だよね。
寮の食堂に行くと、お盆に乗った目玉焼き定食みたいなのが2個カウンターに並んでいた。
ここから持っていけばいいんだな。2個しかないってことは、私たちが最後か……。
もう8時過ぎなので、上級生は学校に行ってしまっているらしく、食堂には私たち二人しかいなかった。
一年生は10時集合だから、少しゆっくりできるね。
ユウは私の真似をしてお盆を取ると、困ったような顔をした。
「……見たことないものがいっぱい……」
飲み物はオレンジジュース・ミルク・コーヒーから選べるようになっている。
私は迷わずミルクを選んだ。だって、もう少し背が高くなりたいし。
ユウにもミルクにしておくか。身体、弱そうだし。
「そうなの? 給食とあんまり変わらないよ」
ミルクを手渡す。
「それも視ただけで食べたわけじゃないから……」
「一日一食って言ってたけど、それは朝なの?」
「うん。だから夜は朝日が僕の分も食べてね」
「太るからイヤだよ。まぁ、残しておく方法もあるかもしれないから、おいおい考えよう」
「うん」
目の前のユウはやっぱり女装のユウなんだけど、食堂のおばさんは何も言わなかった。
二人で窓際の席に座り、朝ごはんを食べ始める。
「あ、そうだ、今朝のことなんだけど」
ふと思い立って、ユウに切り出した。ユウは
「あれ、話は終わったんじゃ……」
と当惑していた。
「そっちじゃなくて。あのね、白い服着てたよね。最初会った時に着てた服」
「うん」
「周辺のチェックしてたって言ったけど、あれで宙に浮いてたらすごく目立つんじゃない? 誰かに見られたりしたらマズいんじゃないの?」
私は目の前にいたからかなりびっくりしたけど、遠目でもあれは目立つんじゃないかな……。
「うーん、そう言えばそうだね。でも、やっぱりフェルティガを使うならあの服が一番かな。こっちの服は着慣れないから動きにくくて。なるべくさっと移動するようにするけど……見間違えたってことにならないかな?」
「うーん……」
普通ならなるかもしれないけど、ユウの美少女っぷりだと無理じゃないかな……。
だって、すごく目立つもの。
「隠蔽が使えればいいんだけどね。僕にはできないから……。ま、移動するときはちょっと気をつけるようにするよ」
「隠蔽?」
「えっとね……周りから隠すフェルティガ。本当に透明にする訳じゃなくて、まわりの認識を歪ませるって感じ?」
「へえ……」
「ヤジュ様ならできるけど……」
ユウの声が不安を帯びたものになる。顔を曇らせ、ご飯を食べる手を止めてしまった。
「何かあったの?」
心配になって聞くと、ユウはポケットから宝石を取り出した。
昨日見た袋に一緒に入っていたものだ。
よく見ると、それは指輪だった。ゴールドの台座に赤色の宝石が輝いている。
「それ、何?」
「これは、ヤジュ様がずっと身に着けていた指輪」
ユウが光に当てる。宝石は赤色にも、青緑色にも見えた。
「テスラから、ミュービュリを覗ける話はしたよね。ヤジュ様の夢鏡で」
「うん」
「でも、僕にはできないんだ。だけどこうして術者が身に着けていたものを託せば、これを介して託した相手と会話ができるようになるんだ」
直通電話みたいな感じかな……。
でも、異世界にも指輪ってあるんだ。一つ学習した。
ああ、でも、ユウも花のピアスをしてるものね。
「万が一のために、ヤジュ様が僕にもたせてくれたんだ。少し手順が必要なのと、フェルティガを使うからちょっと疲れるけど。だけど……」
「……」
「ヤジュ様に繋がらない。お身体の具合が悪いのかも」
ユウはしょんぼりと俯いて
「何かあればこの宝石が反応するとは思うから、大丈夫だと思うけど……」
と呟いた。
ヤジュ様って人は、ユウにとってすごく大事な人なんだ。
そうだよね。ずっと、ユウの傍で守ってくれた人なんだもの。
ずっと二人きりの生活で……ユウの世界には、ヤジュ様しかいなかったんだから。
ユウは「朝日を守るために来た」と言っていたけれど、私の心情的には「ヤジュ様からユウを預かった」と言った方が正しかった。
それほど、ユウは精神面が心もとない感じがする。力は凄いのかもしれないけど。
「でも、ヤジュ様からはユウが視えるんでしょ?」
励ますつもりで言ったけど、ユウは顔を伏せたままだった。私はたたみかけるように続けた。
「昨日私と出会ったときも、今も、ちゃんと見守ってくれてるんじゃないかな? 会話すると疲れるんでしょ? 無駄にフェルを使わないようにしてくれてるのかもよ。それに、ユウがホームシックになっても困るじゃない」
「……そうだね」
私の言葉に思うところがあったのか、ユウは私を見てちょっと笑った。
少し明るくなったように見える。
「僕がヤジュ様を困らせちゃ駄目だよね。とにかく、僕は朝日を守り切ればいいんだから」
ユウが少し元気を取り戻したようだったので、ちょっとホッとした。
そうよね、ユウは今、何も頼れない状態なんだもの。
ここでの生活が辛くならないように、私がちゃんとフォローしなくちゃ。
「僕からは連絡しないようにする。ヤジュ様もかなりご高齢だから……疲れさせたら駄目だし」
「うん」
「僕も、いざというとき動けないと困るもんね」
そう言うと、ユウは再びご飯を食べ始めた。
小食らしく、かなりちまちまと口に運んでいる。
それにしても……私はなぜ、そして一体何から守られないといけないんだろう?
根本的なことがわからないから、今いちピンとこないのよね。
入学式が終わると、各自教室に戻ることになった。私とユウは同じクラスになった。
昨日ユウが言った通り、その辺の手筈はちゃんと整えられたらしい。
クラスでの説明が終わると、今日はお昼で下校になった。
ただし、部活動の勧誘が廊下やグラウンドのあちらこちらで行われている。
部活に入るつもりはなかったけど、面白そうだったのでユウと一緒に見てまわることにした。
「朝日、部活って何?」
辺りをキョロキョロしながらユウが聞く。
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「マネージャー募集! 君、やらない?」
ラグビー部のごつい先輩が強引に私たちの前に入ってくる。
「……あ、僕は……ごめんなさい」
ユウが上級生の勧誘を丁重に断り、私の手を引っ張ってその場を離れた。
「……ねえ、朝日は何かしないの?」
私の盾になりながら、ユウが聞いた。
結構人が入り乱れているので、さりげなく、私を庇ってくれている。
「やらないよ。それより、もう見なくてもいい? 堪能した?」
「うん。……もう疲れちゃった」
ユウが若干ヨレヨレしていたので、人ごみを抜けて、一度寮に帰ることにした。
「……すごい活気だったね……」
勧誘の群れを振り返りながら溜息をつく。
ユウも私と同じように振り返ると、ワイワイ盛り上がっている運動部の集団の方を指差した。
「ねぇ、朝日は何でしないの? ああいうの、好きそうな感じがするけど」
「……本当は剣道部にちょっと興味があったんだけど……ね」
「剣道?」
「うん。ほら、私、チビでしょ? 空手をやってるけど、もっとリーチの長い武道もしたいな、とは思ったんだ。でも、剣道部ってそういう目的の部活じゃないしね」
「朝日も闘いたいの?」
「……っていうか、強くなりたい。身も心もね。最強女子を目指してるんだ」
拳を振り上げる。
そしてその拳をドンと自分の胸に当てると、ユウを見上げた。
「だから、こっちの世界の暴漢からは、私が守ってあげる」
私が力強くそう言うと、ユウは一瞬あっけにとられたような顔をしたあと、くすくすと笑いだした。
「昨日も言ったように、僕は戦闘系だよ。こっちの暴漢だって問題ないよ」
「そうじゃなくて、やっぱりフェルを使えば疲れるでしょ? 使わなくて済むならその方がいいじゃない。私も、日ごろの鍛錬の成果が出せるし」
ふんっと気合を入れる。
そんな私を眺めて、ユウは
「じゃあ僕が剣術を教えてあげる」
と言ってくれた。
「剣術?」
「朝日をガードするためには必要だから、体術も一通り教わったんだ。僕はあんまり得意じゃないけど。朝日なら、コツさえ掴めればどうにかなるんじゃないかな。興味ある?」
「あるある! すごくある!」
その場でぴょんぴょん飛び跳ねる。
身を守るための剣術なんて、何か凄そう! しかも、異世界の武道なんて。
「ありがとう! ユウ!」
「うわっ……」
興奮しすぎて、思わずユウに抱きついてしまった。
ユウが支えきれずよろける。
「あ、ごめ……」
恥ずかしくなって慌ててユウから離れた。
心なしか、ユウの顔もちょっと赤くなっていた。
「……とりあえず、基本からやってみようか?」
ユウが赤い顔を誤魔化すようにあさっての方を向いて言った。
私も小さい声で「うん」とだけ、返事をした。
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