漆黒の昔方(むかしべ) ~俺のすべては此処に在る~

加瀬優妃

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27.北へ(4)

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 カポッというウパの足音で、水那が目を覚ました。
 ちゃんと見ておきたいと言ったので、三人で中に入る。

 ここは、ラティブの祠。
 他の二つの祠と同様……奥へ進むとやがて天井が高い空間に出た。祠はかなり高い場所にある。三メートルは上……背伸びして届くような高さじゃない。

「カガリたち、どうやって盗んだんだろう?」

 セッカが不思議そうに見上げた。

「多分、梯子かなんか掛けたんだろうな……」

 近くの壁を見ると、何か擦ったような跡がある。そして、床には木屑が散らばっていた。
 やっぱり……土台でも組んでから梯子をかけて登り、直接取り出したんだな。

「……あれ? じゃ、ソータはどうやってこれを戻すの? 梯子、ないよ?」
「勾玉の力を使う」

 俺は懐からジャスラの涙の結晶を取り出した。
 そして、二人にネイアから教わったことを説明した。

 四つの祠にあるジャスラの涙の結晶は、単にジャスラの涙の雫の大きいもの、という訳ではなく、ヤハトラの勾玉の力が分けられているらしい。
 そして祠に安置することで、勾玉の代わりに闇を引き付けているのだそうだ。
 昔は各地の祠を通じてヤハトラに闇が集められていたが、闇が増加した結果、ヤハトラの勾玉は各地の祠と通じなくなった。
 そのため、勾玉の欠片を体内に持つヒコヤの生まれ変わりが直接赴いて回収しなければならなくなったのだそうだ。

「そっか。ウチに二代前からしか記録がなかったのは、そもそも初めて旅に出たのが二代前だったからなんだ」
「そういうことだな」

 おそらくそれまでの生まれ変わりは、自分の体内の勾玉の欠片を返してすぐに、そのままミュービュリに帰っていたのだろう。

「ヤハトラの勾玉で抑えている闇が多くなりすぎたってことだな」
「じゃあ、ヤハトラの闇が減れば、うまく力が働くようになるの?」
「理屈はそうだが、闇は増えることはあっても減ることはないと言ってたな」

 最初に教えられたネイアの言葉を思い出す。

「……で、どうやってその結晶を戻すの?」
「俺がここで勾玉の力を分ければ、あるべき場所に還るそうだ」

 俺は結晶を掲げ、目を閉じて祈りを込めた。胸の中の勾玉に意識を集中する。
 そして俺の手を伝い、ジャスラの涙の結晶に伝わる。
 ジャスラの涙が輝きを取り戻し……ふわりと浮かび上がって飛んでいく。
 そして、祠の丸い穴の奥に消えた。

 すると、外から祠の方に少しずつ闇が引き寄せられ始めた。
 どうにか、うまくいったみたいだな。

“……ラティブのジャスラの涙が還ってきたようだな”

 胸の中からネイアの声が聞こえた。

「……ああ」

 俺はちらりと水那の方を見た。水那は黙って頷いた。

「……それで、ネイア。大事な話がある」
“何だ?”
「ミズナが妊娠している。あのときの子供だ」
“……!”

 ネイアの息を呑む音が聞こえた。

「このままベレッドに進んでいいのか、わからない。セッカは、フェルティガエは身体が弱いからって……」
 “……そうだな。だが……暖かくして無理をしないようにしておけば、そんなに心配はせずともよい。普通の人間と変わらん”
「そっか」
“それに、ベレッドにはネーヴェがおる。多分、力になってくれるはずだ”
「ネーヴェ?」
“わらわの従姉いとこだ。ベレッドで神殿を守っている”
「わかった。じゃあ、そのまま向かう」
“しかし、ソータ……”

 それまで冷静を装っていたネイアの声が、一瞬だけひどく震えた。
 あのとき他に手段がなかったとはいえ、ネイアなりに責任を感じているのかもしれない。

“お前はいったい、その子をどうするつもりで……”
「俺の子だ。ちゃんと責任はとる」
“……そうか。安心した”

 ネイアがホッとしたような声を漏らした。

“ベレッドにはわらわから伝えておく。任せておけ”
「……ああ」

 ネイアの気配が消えた。力を使ったので少しクラリとしたが、浄維矢を使ったとき程ではなかった。
 俺はセッカと水那の二人に向き直った。

「ベレッドにはネーヴェっていうネイアの従姉がいるんだってさ。だからそのまま向かえば大丈夫だと言っていた」
「そっか……。じゃあ、なるべく安全なルートで確実に行けばいいよね」
「そうだな。それと、ネイアの方からベレッドに連絡してくれるみたいだ」

 俺は水那の方に向き直った。

「ミズナには、セッカとネイアっていう二人の保護者がいるようなものだな。よかったな。……みんな、大事に思ってくれている」
「……うん」

 水那が嬉しそうに微笑んだ。
 ミュービュリでは辛いことばかりだったかも知れないけど……血のつながりとか関係なく、大切にしてくれる人がいるのは、幸せだよな。

「……ソータも、でしょ? 保護者みたいなもんだっていつも言ってたじゃない」
「そうだな」

 俺も……水那のことは、大事に思っているよ。
 昔も、今も……ちゃんと守れなかったことを、ひどく後悔するくらいに。

 俺が頷くと、水那は
「私、も……強く、なる。みんなに……恩返し、できる、ように」
と言って、微かに微笑んだ。


   * * *


 その日からの俺たちの旅は……とても静かだった。
 ラティブの祠の山を越え、川を越えてベレッドに入ると、辺り一面は雪景色だった。
 これまでの国と違い、闇は全くない。きちんとベレッドの神殿で抑えられているからだろう。

 セッカはラティブで揃えた道具で荷台を温め、何やかんやと水那の世話を焼いていた。
 水那のお腹はだんだん大きくなって……それに伴って水那の表情も次第に和らいでいった。
 もう、母親の顔になっている。
 俺はウパを歩かせながら……これまでのことに思いを馳せた。

 セッカと初めて会った日のこと。ネジュミと闘った時のこと。ホムラと馬鹿な勝負をしたこと。ハールの戦。
 そして……水那をたくさん泣かせたこと。

 この旅を通じて初めて分かったことが、たくさんある。
 俺はまだまだ……本当に、未熟だった。
 そして今も……父親になるとはどういうことなのか分からず、内心あたふたしている。
 でもそんな自分も受け止めて……自分の言動に責任を持って、行動しなければ。
 水那が……安心して、俺の傍に居られるように。


   * * *


「……あれか」

 集落みたいなものが目の前に開けている。遠くには、塔のようなものが見えた。
 今日は雪が降っていて、かなり視界が悪い。

 ラティブの祠を出てから、1か月以上、経っていた。
 いったんウパを止めて、地図を確認する。
 ヤハトラと違い、ベレッドの神殿は地下ではなく北の岬にあるという話だった。あの遠くに見える塔がそうなのだろう。

 ただ……雪が深く、ここまで来るのに思ったより時間がかかってしまった。
 水那の体は大丈夫だろうか。

「……ソータ様でしょうか」

 急に少年の声が聞こえ、ぎょっとする。
 下を見ると、十歳ぐらいの男の子と女の子がウパの上の俺を見上げていた。何だか顔も似ている。……双子だろうか?

「……そうだが」
「お迎えに上がりました。あちらです」

 少女の方が集落の一角を指差した。
 ひときわ大きい家がある。

「ミズナ様にはここで休んでいただくようにと伺っています」
「……なるほど」

 神殿と言えば闇が封じ込められている場所だ。水那の身体にいい筈がない。
 二人の子供が雪の中を走って行った。彼らのあとについて、ウパをゆっくり走らせる。
 家の前に着くと、子供たちは入口で大人の女性に何やら報告していた。
 俺はウパを止めると、荷台を覗き込んだ。

「……着いたぞ」
「えっ? ベレッドの祠?」

 水那の身体を温めるためにぽかぽか石を準備していたセッカが、驚いたように俺の方に振り返った。

「いや、その手前の集落の家だ。ミズナはここに滞在するらしい」
「あの……とりあえず、皆さん降りてください。案内しますから」

 先ほど入口に立っていた女性が俺に声をかけた。

「……ってことらしい」
「わかった」

 セッカはぽかぽか石を片づけると、荷物から外套を取りだし、水那に着せた。
 水那は身体が重いらしく、なすがままになっている。
 俺はウパから降りると、荷台の後ろに回って降りる階段を準備した。
 セッカに支えられて、水那が現れる。
 さきほどの女性は俺の後ろにやってくると、水那に手を翳した。

「……あった……かい……」

 水那が呟く。

「念のため外気から防御ガードをさせていただきました。……参りましょう」

 女性はにっこりと微笑み、すぐ傍の扉を手で指し示した。


 水那に防御ガードのフェルティガをかけてくれた女性は、リュウサという名のネーヴェつきの神官だった。
 さっきの二人の子供の母親で、治癒と防御ガードのフェルティガエらしい。出産の経験もあるので、今回ミズナの世話をしてくれることになったそうだ。

 水那は一階の一番奥の部屋に通されて、今は横になっている。
 布団はあったし、セッカも万全の準備を整えていたけど、ずっと荷台で揺られていたからな。身体に負担はかかっていたに違いない。
 俺とセッカは一階のリビングみたいなところに通された。

「山越え、大変でしたでしょう。お疲れ様でした」

 30歳ぐらいかな……物腰の柔らかい、綺麗な声の人だ。

「ネーヴェ様は北の岬の神殿にいらっしゃいます。そこでソータ様に闇を回収していただいたら、旅は終わりです」

 リュウサはにっこりと微笑んだ。
 受付嬢のような完璧な笑顔。優しそうだし、仕事もできそうな雰囲気だ。
 この人なら水那を預けておいても全く問題はないだろう。
 だとすると……?

「あの、どうしたらいいでしょうか? 俺だけでも行って、早く回収した方がいいんでしょうか?」

 素直に聞くと、リュウサは少し呆れたように俺を見た。

「ソータ様は、どうなさりたいんですか?」
「俺は……そりゃ、ミズナの無事をちゃんと見届けたいです。旅の終わりも、三人で迎えたいですし」
「では、そうなさって下さい」

 リュウサが少しほっとしたような顔をした。

「ネーヴェ様はまだ持ちこたえられると仰っていました。急がなくてもよいと思います」
「そうですか……」
「……というか、ですね」

 さっきまでの穏やかな雰囲気は一変し、リュウサが急にキッと俺を睨む。あまりにも怖い顔をしているので、ギクリとした。

「父親なら、ずっと傍にいさせてくれ、と言うものです。ソータ様はまだまだ自覚が足りないようですね」

 うわ……めっちゃ怒られた……。

「……すみません」

 素直に謝ると、リュウサは表情をちょっと緩ませた。

「まぁ、ネイア様から……ソータ様は、悪気はないけれどかなり疎くておられると聞いています」

 どういう意味だ、と思ったが、隣でセッカがうんうん頷いていた。

「……何だよ」
「不器用なんだよね、ソータは」
「……」

 そんなこと初めて言われたぞ。

「ですからここに滞在される間、少しでも立派な父親になれるよう、僭越ながらわたくしがご指導させていただきます。よろしいですね?」

 リュウサが鋭い眼光で力強く言うので、俺は
「……お願いします」
と言うしかなかった。
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