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25.北へ(2)

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 ウパ車がラティブの領土内を進むにつれ、草や木ばかりだった周りの景色が徐々に変わって行った。
 ところどころ、人が住んでいるらしい家や小屋がある。
 そして畑や田んぼが見渡す限り広がっていた。今まさに収穫している畑やもうすっかり収穫が終わった畑がある。
 そして、畑を耕している人や、収穫した野菜を積み込んでいる人々がいた。

「ラティブは農耕が盛んでね。適度に日が照って、適度に雨も降って、ちょうどいいんだってさ」
「ふうん……」
「1年を通じて、いろいろな野菜が採れるの。ベレッドとは交流があるみたい。デーフィとは山に阻まれて直接やりとりできる場所はないし……ハールはアブルがかなりやらかしてから、交流が途絶えちゃったみたいだけどね」

 やがて、何だか少しにぎやかな場所が見えてきた。道沿いにパラソルみたいなものを立て、店を出している人たちがいる。
 よく見てみると、食べ物の店が多いようだが、服や靴を扱う店や鍬などの農耕具を扱っている店もあった。

 闇が少し漂っていたが、俺が懐に持っているジャスラの涙は何も反応しなかった。
 祠から外に出されたため、徐々に力を失っているようだ。確かに……輝きが消えている。

「んー……」

 セッカが脇に寄せてウパを止めた。

「これ以上はウパで入らない方がよさそう。人が増えてきたからね」
「ネイアが荒れてるって言ってたが……適当に止めておいたら、盗まれるよな?」
「そりゃそうだね。闇とは関係なく、悪い奴はどこにでもいるからね。だから、あたしが行ってくる」

 セッカはウパを降りると、荷台から荷物を下ろして担いだ。
 ホムラがくれたハールの干魚の他に、チャイの干し肉、山菜などが入っている。
 ものすごい量なのだが、相変わらず全然へっちゃらな顔をしている。
 セッカって、ほんとに頼りになるよな。

「これで、防寒具と布団を仕入れてくる。二人はウパと荷物を見ててね」
「わかった。気をつけてな!」
「任せといてー!」

 セッカが軽やかに走って行った。
 あの荷物を抱えて……本当に尊敬するよ。

 俺はウパから降りると、辺りを見回した。
 死角をなくして、誰か襲いかかってきてもすぐに応戦できるようにしないとな。
 親父に剣を習ったので、腰には木刀も差している。まぁ、修羅場をくぐり抜けたことだし……多少のことには対応できるだろう。

『思ったより、長い旅になったよな』
『……うん』
『……』
『……』

 俺たちはしばらく黙りこくっていた。
 さっき「ミュービュリに帰るのか」ってホムラに聞かれて……俺は、多分、と答えた。
 何だか濁した返事になってしまったのは、水那がどうするかわからなかったからだ。
 そもそも、ネイアが水那をヤハトラで匿っていたのも、水那はミュービュリに帰る場所がなかったから、というのもあるから。

 ……どうするつもりなんだろう。
 俺と一緒に帰ろう、と言って、果たしてついてきてくれるんだろうか?
 それとも……浄化の力を身につけて、ヤハトラに一生いるつもりなんだろうか。
 水那はどうするつもりなんだろう。
 いや……俺は、どうしたいんだ?

『水那、もし……』
『……え?』

 水那が俺の顔をじっと見た。

『……いや、やっぱり、いいや』
『……』

 自分の気持ちも分からないのに、いたずらに聞いては駄目だ。
 ベレッドに着くまでに、自分で答えを出さなくては。

 水那は俺の顔を不思議そうに見ていたが……やがて、目を逸らすと、膝を抱えて丸くなった。

   * * *
 
「たっだいまー!」

 セッカが大きな荷物を背負って帰って来た。

「こっちは残った分ね。で……布団と、防寒具。……あ、雪道用の靴も」
「おお、すごいな。……必要な物は、これで揃ったのか?」
「うん、だいたい。食料も……多分、ベレッドまでもつと思う。でも、無駄に食べすぎないでね」
「ああ」

 セッカは大きい布を広げると、荷台の屋根に取り付け始めた。

「手伝うよ」
「ありがと。そろそろ風も冷たいからね。覆いをしないと」

 セッカと俺が荷台によじ登って外から布をかぶせる。中にいた水那が内側から布を固定する作業をした。

「まあ……こんなもんかな」

 セッカは手をパンパンとはたくと、ぐるりと荷台を見回した。

「じゃ、山岳地帯に向かおうか。……あ、そうだ」

 懐から紙切れを取り出す。

「祠に向かう道から少しだけ逸れるんだけど、お湯が湧いた場所があるんだって」
「お湯?」

 それって温泉みたいなものかな?

「デーフィはさ。年中暖かいから、お湯につかる風習ってないんだよね。ハールもそう。パパッと水浴びして終わりでさ。だけどこっちは、冬は寒いからお湯に入るんだって。金持ちは自分の家にわざわざお湯を引くらしいよ。だけど、普通は自然に湧いたお湯に入りに行くんだってさ」
「へぇ……」

 やっぱり天然露天温泉みたいなことなんだろうな。

「だからさ。ちょっと行ってみない?」

 そう言うと、セッカは紙切れを俺に見せた。ラティブの人間に教えてもらったらしい地図が描いてある。
 見ると、祠の手前でベレッドとは逆側に進んだところにあるようだ。とは言っても、ほんの少しの寄り道で済みそうではある。

「まぁ、いいんじゃないか? そんなに遠回りでもないようだし」
「ほんと? やった!」

 この旅が終わったら、セッカもこんなところにまで来ることはないだろう。
 旅行じゃないけど、それぐらいの寄り道はいいよな。
 俺も水浴びばかりでイマイチ疲れが取れた気がしていなかったし、ちょっと興味はある。

「よーし、じゃ、行こう!」

 セッカは素早くウパに乗り込むと、手綱を引いた。馬車がゆっくりと動き始める。
 元来た道を戻り、三差路を今度は山の方に向かって走らせた。畑は見えなくなり……再び林と野原ばかりになる。

 その日は山の麓に辿り着いたところで夜になった。夜の山道は暗く、危ないので登らずに休むことになった。
 俺とセッカで交代で馬車を見張ることにした。水那も手伝うと言ったけど、一人で守らせる訳にも行かないので、セッカが起きているときに付き合ってもらうことにした。

 次の日の昼になって、俺達は再び出発した。山道をゆっくり登り始める。
 道は悪く、片側は崖なのでかなり慎重に進んだ。

「んーと……祠に行くには右なんだけど、お湯は左」
「そうか」

 左に進路を変え、林の中を進むと……やがて、パッと開けた場所に出た。
 目の前に湖が広がっている。ところどころ大きな岩がある。

「……これがお湯?」

 不思議に思って、ウパを降りて近づいてみる。
 確かに湯気が出ている。手を突っ込むと、わりと熱い。

「これ全部がそうなんだ。すごいな!」

 驚いて声を上げた。
 見ると……遠くの方で、岩の陰に隠れて入浴している人がいるようだった。男も……女も。

「えっ……混浴!?」
「そりゃそうじゃない? 勝手に入りに来てるんだもの。だから、素っ裸で入る人はあんまりいないんだって。いても……岩の陰とか、自分で囲いを持ってきて入るって聞いた」

 セッカはそう言って遠くを指差した。確かに……板みたいなものを立てて入っている人もいる。

「じゃあ、あたし達はあの岩の陰にしようか。移動しよ!」

 セッカが言うので、俺は再びウパに乗り込んだ。セッカが指差していた岩の裏側まで来て、ウパを止める。

「ソータ、先に入っていいよ。あたし達はいろいろ準備があるからさ」
「わかった」
「心配しなくても覗いたりしないからー」
「当たり前だ!」

 セッカがウパを降りて荷台の奥に消えた。
 周りを見てみると、大半の男は下だけ履いたまま入っていた。
 俺は風呂といえば全部脱ぐものだと思ってたけど、さすがに抵抗があったので、下だけ履いたまま入った。

 うおー、生き返るなー。
 温泉みたいな匂いはあまりしないな。ただのお湯だろうか。
 でも、旅の疲れを心地よく拭ってくれる気がする。

 ……しかし、こちらからこれだけ見えるということは、周りからも見えるということじゃないのか?
 俺はともかく……セッカと水那はどうするんだ? まさか、全部着こんだまま入る訳じゃないだろう。
 よさげだったから深く考えずに来てみたが……ひょっとして、かなり問題があるんじゃないだろうか。
 ……というか、二人がお湯に入っている間、俺はどうしてりゃいいんだろう。

 そんなことを悶々と考えていると、結構のぼせてしまった。
 だいぶん待ったらしいセッカが、馬車の陰からひょっこり顔だけ出した。

「……ソータ、長すぎじゃない?」
「……そうかも」

 立ち上がると、ちょっとくらっとする。「そこに着替えを置いといたから」というセッカの声が聞こえた。
 見ると、ウパの背に新しいズボンが乗っている。これからどんどん寒くなるためか、少し厚手の生地だった。

「かなりのぼせた。荷台で寝てていいか?」
「いいよ。馬車はあたしが注意して見ておくから」

 そう言うと、セッカはビキニみたいなカッコをして現れた。

「それで入るのか?」
「うん。いざというとき動けないと困るしね」
「……ミズナは?」
「拒否されちゃった」

 そりゃそうだろうな。俺も困る。
 ……というか、俺はセッカのこんな姿を見てよかったんだろうか。ホムラに殴られそうなんだが。

「でも、絶対入った方が身体も温まるしいいと思うから、寝巻で入るって」

 水那が荷台からゆっくりと降りてきた。キラミさんから貰った、古びたワンピースを着ている。

『……きゃっ』

 水那が少しよろけて、前のめりに倒れそうになった。俺は慌てて腕を伸ばして支えようとしたが……。

『やっ……』

 水那がパッと俺の腕を払う。
 俺は内心かなりショックで、
『えっ!』
と思わず声に出してしまった。
 俺の表情に気づいた水那はハッとしたような顔をすると、慌てて首を横に振った。

『あ、ごめんなさい……。違うの』
『……』
『ちょっと、えっと……ごめんなさい』

 気まずそうに俺の横をすり抜け、そのままセッカの方に歩いていく。
 俺は動揺を隠せないまま、よろよろと荷台に上がった。服を着替え、ごろりと横になる。

 おかしいな……。いつからだ?
 確かに、俺は水那に触らないようにはしていた。
 でも、カガリの家で抱きかかえたときも、特に嫌がらなかった気がする。
 だけどあのときは力を使った後で……単に疲れて振り払えなかっただけ、とかなのか?
 でも……こんな拒否のされ方は初めてだ。

「気持ちいいねー」

 呑気なセッカの声が聞こえてきた。

「ミズナ、本当にその格好でいいの? 何だか気持ち悪くない?」
「……だいじょ、ぶ」
「んー……」

 特に機嫌が悪い訳でもなさそうだが……。
 しかし……俺はいったい何をやらかしたんだろうか?

 考えている間に何だか気分が悪くなってきた。本当に湯あたりしてしまったのかもしれない。
 意識がだんだん朦朧としてきて……セッカと水那の声が、だんだん遠ざかっていった。
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