漆黒の昔方(むかしべ) ~俺のすべては此処に在る~

加瀬優妃

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23.闇の先(7)

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 ネイアがフェルティガエを派遣すると言ってから、1週間後。レッカが出した迎えと共に、二人のフェルティガエがイスナに到着した。
 隠蔽カバーの維持できる時間、身体への負担などを聞き、どう使えばよいか考える。
 
 そうして決まった俺たちの作戦は……姿を消してカガリの根城に忍び込み、闇の回収を俺がする。
 その際にもし邪魔な敵がいれば、セッカが食い止める。
 闇にとり憑かれたフェルティガエがいれば、水那が祓う。
 そして……カガリについてはホムラが仕留める、ということになった。

 カガリを戦場の方に気を引くためにはホムラが前線の軍に残った方がいいと思ったのだが、

「カガリを仕留めるなら、他人にはさせない。兄として、俺がやる」

と言ってどうしてもきかなかった。
 ホムラが戦場にいなければ、カガリの気を引くことは難しい。何かの罠かも、と勘繰られそうだ。
 そこで、ヤハトラのフェルティガエが、レッカの息子であるエンカに幻覚を仕掛けてホムラに見せかける、ということになった。


 そして今、俺たち四人は森の近くを歩いていた。
 横の草原では、ホムラの兵士たちが休息している。
 そして……その真ん中には、エンカが化けたもう一人のホムラがいた。

「本当に見えないんだね、あたしたちの姿……。それにエンカも、ホムラにしか見えないね」

 セッカが感心したように言う。

「そうだな。声も聞こえないみたいだしな」
「まだ、戦いは始まらないよね」
「ああ。俺たちが目的地に着くまで待機だしな。今はホムラの軍は退かせているし……。向こうももう少し待っててほしいが。軍をどういう風に煽っているのか見たいし」

 俺とセッカが話しながら歩いている横で、ホムラはずっと黙り込んでいる。
 その背中には、水那がいた。
 前のように移動で疲れてしまっては元も子もないので、ホムラが背負っていくと言ってくれたのだ。

「……大丈夫?」

 水那が心配そうにホムラに声をかけた。

「ああ。昨日はよく寝たしな」
「……違う。……心」
「……大丈夫だ」

 ホムラは溜息をついた。ホムラの肩にはオリガが乗っている。
 今はホムラと同じく姿が消えているが、ホムラの傍から離れれば姿が見えるようになる。
 オリガが飛び立つときが、ホムラ軍が戦いに入る合図だった。

「カガリが何を考えているのか……この目で確かめる」

 ホムラはぎゅっと拳を握りしめた。


 
 カガリの領地に入る。カガリの兵士たちはまだ休憩中のようで、てんでバラバラに散っていた。
 あちらこちらで疲れたように転がっていて、とても士気が高いとは言えない。肉体は限界をとっくに超えているだろうことは、遠目で見てもよく分かった。

 それらを横目で見ながら通り過ぎると、ひときわ広い空間に出る。
 短い草が踏み荒らされた、空き地のような場所。その奥に、カガリの屋敷があった。何人かの兵士が入口の番をしている。

「ソータ。今、闇はどうなってんだ?」
「漂っているが……前みたいな根源らしきものは見当たらないな。まだ意図的に流している闇ではないようだ」
「そうか。まずどういうことなのか、それを見極めねぇとな」

 俺たちは屋敷の前で足を止めた。何かしらの動きがあるのをしばらく待つ。
 ホムラが兵を退いてからも、カガリ軍は毎日何かしらの攻撃をしかけてきていた。
 今日も、必ず……指示を出すはずだ。エンカが化けたホムラが前線にいるなら、絶対に。

 しばらく待っていると……バルコニーに一人の男の姿がちらりと見えた。

「……カガリだ」

 ホムラがボソッと呟いた。

「おい! 今日のカガリ様の指令だ! 集まれ!」

 隊長らしい男が叫ぶ。
 その部下と思われる三人ほどの男たちが、自分たちの部下を集めに行った。
 すぐにあちらこちらから、兵士が集まる。集まった人数を見ると、やはり前線に出ている全体と変わらない。
 やっぱり、たったこれだけで連日戦っていたのだ。

 近くで見ても、やっぱり顔色は悪いし、身体がボロボロの奴もいる。
 だけど……瞳だけは急にギラギラし出した。さきほどまでとは雲泥の差だ。

「全員、整列!」

 隊長が号令をかけた。
 バルコニーに、カガリと十五歳ぐらいの二人の少女が現れた。二人の顔は瓜二つで、まったく見分けがつかない。多分、双子なんだろう。

 その片方の女の子が、何か透明な珠を高く掲げる。そしてもう片方の女の子が、祈りながら手を珠に手を翳す。
 珠から出た闇が漏れ出し、前方、つまり兵士たちへと広がっていく。

 カガリや女の子達の方に流れないところ見ると……障壁シールドか何かで弾いているのかもしれない。

「……諸君! 勝利はもうすぐだ!」

 カガリが演説を始めた。
 茶色い髪の、長身の男だ。顔はかなりカッコいい。それに、声がすごくいい。
 ホムラとはまた違うカリスマ性を持った男だと思った。
 ただ……目つきはかなり気に入らなかったが。

「諸君らの働き、一人一人を見ているぞ。活躍したものには、隊長の地位をやる。そしてホムラの首を獲った者は、このハールの国を担うものとして歓迎しよう!」

 ウオォォォーッ……という地響きのような声が上がる。
 闇の力を使い……「気に入られたい」「偉くなりたい」「豊かになりたい」という欲を煽っているのか。

「わたしは、このハールを総べる。そうすれば、次はラティブ……いずれは、ジャスラ全土を治めるつもりだ!」

 ウオォォォーッ……。

 兵士たちは陶酔しきった目でバルコニーのカガリを見上げていたが、こいつらを取り立ててやろうなんてカガリが考えているとは、到底思えなかった。
 ホムラの首に執着しているのは、ホムラさえいなければ配下の兵士を寝返らせることなど簡単だと考えているからだ。
 この兵士たちはホムラを狩るまでの使い捨てであって……だから、こんなに連日こき使っているに違いない。
 今は黒が少なくても、白を黒に変えてしまえば、圧倒的無勢が圧倒的多勢に変わる。……オセロのように。

「……ホムラ。カガリは闇に浸食されていない。あれが、本性だ」

 俺は小さい声でホムラに言った。
 ホムラはぐっと眉間に皺を寄せると
「……わかった」
とだけ答えた。

「いいか。今日はホムラが前線に出てきている。……殺れ!」

 ウオォォォーッ……!

 カガリが草原を指差すと、兵士たちはくるりと振り返り走り始めた。
 二人の少女が大量の汗をかきながら闇を操る。兵士の士気が落ちないように。
 エンカにはレッカが障壁シールドをかけたので、少々のことでは傷つかないはずだ。

「行くぞ!」

 ホムラは怒鳴ると、オリガを放った。
 バサバサ……と音を立てて飛び立ったが、兵士たちの喧騒に紛れ、カガリには聞こえなかったようだった。

 ホムラとセッカが駆け出す。水那はホムラの背中で集中している。
 俺は……胸の中の勾玉に意識を集中させた。
 セッカがバルコニーにロープを引っかけ、登ろうとしているのが視界の端に映った。まだ、隠蔽カバーは効いているようだ。カガリたちが気づく様子はない。

『――ヒコヤイノミコトの名において命じる。……汝の聖なる珠を我に。我の此処なる覚悟を汝に。闇を討つ浄維矢せいやを賜らん……』

 右手に現れた光の矢……それをつがえ、少女の持つ珠に狙いを定める。
 珠を掲げていた少女が、ビクリと震えたのがわかった。

「はぁーっ!」

 珠の真ん中にピタリと焦点が合う。
 俺は全身全霊をこめて矢を放った。
 浄維矢が、珠の中心を貫く。

「きゃーっ!」

 その衝撃に、少女の手から透明の珠が転がり落ちた。
 突然の出来事に、カガリが
「な、何だ!」
と慌てふためいている。
 しかしホムラが目の間に現れると、顔面蒼白になった。

 辺りに漂っていた黒い闇が……光に絡めとられる。
 そして、これまでに見たことが無いぐらいの大きな光の珠が出現した。
 矢の軌道をなぞり……凄まじい勢いで、俺の胸の中に納まる。

「ぐううっ……」

 グラリとして跪いた瞬間、少女と俺の目が合った。術を使ったことで、全員の隠蔽カバーが剥がれたのかもしれない。

「あ、あ、あ……」

 光の珠から漏れたわずかな闇が、少女を狙う。
 水那は転がった透明の珠を拾うと、すぐさま手を翳して闇を振り払った。

「……駄目!」

 闇が……水那の手に触れると、泡のように消える。
 まさか、あれが浄化?

 水那がふらりとよろけたのが分かって、俺は慌ててバルコニーにダッシュした。
 セッカが張ったロープを使ってどうにかよじのぼる。

「こら、おとなしくしろー! ……って、うわ!」

 セッカが二人の少女にロープを巻きつけようとすると、ホムラの攻撃を躱したカガリが転がってきた。
 俺は水那を抱きかかえると、すかさず距離をとった。
 水那はかなり疲れているようだが、意識は失っていなかった。

『大丈夫か?』
『大丈夫……でも、この珠……』

 水那が何か言いかけたが
「「カガリ様!」」
という少女たちの声にハッとして、気を取られた。

「アズマ……シズル……」

 カガリが優しく、二人の名を呼ぶ。
 その声はかなり空々しかったが、二人の少女は涙をこぼしてカガリに縋りついた。
 どうやって言いくるめたのか、二人はかなりカガリに心酔しているようだ。
 仰向けに倒れているカガリの上に二人で折り重なる。セッカが引っ張ったが、どうしても動こうとしない。

「こらーっ! そいつはあんたたちをいいように利用してただけだ!」
「違います! カガリ様はヤハトラにもベレッドにもやらず、幸せにしてくれると仰いました!」
「闇に弱いフェルティガエに闇を扱わせるとか、マトモじゃないよ! 大事にしてるわけないじゃん!」
「違います……違います!」

 二人の少女がどうしても退こうとしない。カガリがニヤリと笑うのが分かった。

“ソータ! これはラティブのジャスラの涙じゃ!”

 急に胸の中からネイアの声が聞こえ、俺は驚いて腰を抜かしそうになった。

「な……何!?」
“ミズナ! 特別に許可する。ジャスラの涙を用いてその場を収束せよ!”
「……!」

 水那がハッとしたように目を見開いた。手に持っていた透明な珠を握りしめる。
 そしてガバッと起き上がると、二人の少女の方に向き直った。

「【……!】」

 二人の少女が水那の声に反応し……ぎょっとしたように振り返る。

「【…………!】」

 二人の少女が弾かれたように飛び退いた。セッカがすかさず二人を捕まえる。
 そしてカガリは驚いて起き上がったが、ホムラが目の前に立ちはだかっていた。

「あと……あともう少しだったのに! ホムラ、貴様ぁ!」

 カガリが剣を取り出してホムラに切りかかる。
 ホムラは有無を言わさずカガリを殴り飛ばした。
 カガリの身体が勢いよく投げ出され……バルコニーから落ちてゆく。

「……ぐあっ!」

 地面に落ちると、激しく転がった。
 ホムラもバルコニーから飛び降りた。カガリから少し距離を取り、仁王立ちになる。

「……カガリ。降伏するなら命までは取らん。剣を捨てろ」
「……」

 カガリがガックリと肩を落とし……剣を投げ出した。
 ホムラがゆっくりと、カガリに近寄っていく。
 その瞬間、カガリの瞳が嫌な光を放った。

「――ホムラ、駄目ぇ!」

 セッカがバルコニーから飛び降りて、鎖でカガリを拘束しようとした。
 しかし間に合わず、カガリは隠し持っていたナイフでホムラに切りかかった。

「――!」

 ホムラは腰の剣を抜くと、凄まじい速さでカガリを切り伏せた。
 身体の正面を斜めに斬られたカガリは……衝撃で背後の樹まで吹き飛ばされた。

「ぐっ……が……」

 カガリは悔しそうにホムラを睨みつけると、そのまま息絶えた。

 俺はハッとしてバルコニーを見回して……ホッとした。
 幸い、双子の少女も水那も気絶していて、この現場を見ずに済んだからだ。

「お前のねじ曲がった性格なんざ、お見通しだ」

 ホムラはそう呟いて剣の血を払うと、すっと鞘に納めた。
 その声は……怒っているようにも、悲しんでいるようにも聞こえた。



「――この、バカー!」
「うおっ!」

 セッカがホムラに激しく飛び蹴りした。
 不意打ちを食らってホムラがよろめく。俺も思わず「げっ」と言ってしまった。

「何すんだ、セッカ!」
「し……」
「し?」
「死ん……」
「……」

 俺からはセッカの背中しか見えなかったが……わなわなと震えているのが分かった。
 セッカの顔を覗き込んでいるホムラの表情が、驚きから……やがて笑みへと変わっていく。

「死んじゃうかと……ホムラが死んじゃうかと思ったじゃん! このバカー!」

 セッカが大声で泣き出した。

「わーん! バカー!」
「悪い、悪い。ほら、生きてるから。余裕、余裕」
「やっぱりバカだー!」
「……へいへい」

 ホムラが泣きじゃくるセッカを抱きしめた。
 何だか見たらいけないような気がして、俺はくるりと背を向けた。

 ……死体の横で何を繰り広げているんだろう、あいつら……。

 思わず溜息をつく。
 そういえば……草原の方はどうなったんだ?

 俺がふと我に返ったとき……遠くから、「キキーッ」と鳴きながらオリガが飛んでくるのが見えた。
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