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22.闇の先(6)

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 残りは、カガリが根城としているサラサ。ここを制圧すれば、ハールの内乱も終わる。
 そう考えていたが、そう上手くはいかなかった。

「何であいつら、すぐに復活しやがるんだ!? ……って、ホムラが暴れてる」

 連絡係のセッカが、ホムラの物真似をして俺に伝えてくれた。

「復活?」
「サラサはさ、側面を深い森が囲んでて、大軍を動かしにくいんだって」

 現在、カガリの兵は500人足らず。一方、こちらは3000人を超えている。
 しかしサラサは大勢で突破するのが難しい地形になっているため、こちらは制圧を目指す攻撃部隊と森の突破を防ぐ防御部隊に分け、交代で前線に出している。

 一方、あちらは兵を分ける余裕はなく、連日前線に出ているそうだ。なのに全く体力が衰えず、しぶとく粘るらしい。
 こっちが押しているのは確かだが、どうしてもあと一歩攻めきれない状況で、ホムラがジリジリしているようだ。

「あと、ホムラがかなり狙われてるみたい。刺し違えてでもホムラの首を獲る!っていう勢いで来るから、かなりくたびれてた。ホムラじゃなくてレッカの軍が前線のときは、ちょっと仕掛けてすぐ撤退するみたいよ」

 つまり、ホムラさえいなくなれば、と考えてるってことだよな。何でだろう?
 でもまあ、確かに……レッカは前線で戦っている訳ではなく、あくまで指揮に集中している。
 レッカが大将だからレッカの首を獲ればいい訳だけど、そこまで攻め入ることは、多分不可能だよな。
 そうすると、前線で兵の士気を上げて引っ張るホムラの方が脅威に感じるのかもしれない。

 いったい前線では何が起こっているんだ。カガリの根城まであと一歩だというのに……。
 このままでは、こちらが疲弊して逆にピンチになってしまうだろう。

「ホムラは魔法でも使ってやがるのかって言ってたけど。……どう思う?」
「……前線に出て現場を見てみないと、何とも……」

 ホムラの「魔法でも使って」という台詞が気になる。
 レッカは「カガリは闇を利用しているのでは」って言ってたよな。
 普通の人間にそんなことができるかはわからないが、もしそうだとしたら、多分、俺にしか見えない。

「セッカ。俺、前線に行って実際に見てみたいんだが」
「わかった。多分、ホムラもソータの助けが必要と感じて、あたしとオリガを寄こしたんじゃないかな」

 そう言うと、セッカは紙に何かを書きつけた。そして肩に乗せていたオリガの羽に結ぶと、窓から放した。
 オリガが「キキー……」と泣きながら北の方に飛んで行った。


 やがてホムラから「是非来てくれ」という返事が届いたので、次の日になって俺とセッカと水那はイスナに向かった。
 いくら障壁シールドが張れるようになったと言っても、レッカも俺もいない場所に水那を置いておく訳にはいかない。

 親父の世話はキラミさんに頼んでおいた。親父もだいぶんパラリュス語を覚えたし、日常生活を送る分にはどうにかなるだろう。

「……ミズナ、大丈夫?」

 セッカが水那に寄り添った。そんなに長い距離ではないが、水那が徒歩で移動するのはおよそ5か月ぶりだ。もともと体力がある方でもないし、バテるのも無理はない。

「ミズナ、焦らなくていいぞ。ホムラにも明日の昼の間に着くと言ってあるし」

 この辺りはすでに制圧した場所だし、開けた平原で危険な獣がいる訳でもない。
 水那を連れて行くことはホムラには言ってあったので、多少のペースダウンは俺も気にしていなかった。

「……うん……」

 前みたいに「足手まといになりたくないから」と無理に頑張ったらどうしようかと思ったが、水那は珍しく素直に頷いた。
 ……本当に、あまり具合がよくないのかもしれない。

 そのうち夜になったので、俺達は草原で一泊することになった。
 テントを立てて寝床を用意すると、水那はすぐに眠ってしまった。

「……ミズナ、しんどそうだねぇ」
「そうだな。ずっと籠ってたし……ま、仕方ないだろ。それに障壁シールドを張りながら歩いているからな。フェルティガを使っている分、前より疲れるのかも……」

 ここはすでに戦い終わった場所だが、それでも闇は漂っている。
 恐らく、戦場に近づくほど闇が濃くなっているのだろう。
 この辺りなら、エリア的にはラティブの祠の領域なのかもしれない。
 そうなると、戦争が終わっても俺が回収に行かない限り、闇は減らないだろうな。

「……ねぇ、ソータがずっと抱っこするとかすれば、障壁シールドを張らなくても済むんじゃないの?」
「それじゃ俺がロクに歩けないだろうが」

 俺はホムラと違ってそこまで力持ちではないし……だいたい、それじゃ今まで何のために距離を取っていたのかわからなくなる。
 水那に、あの時のことを思い出させたくない。

「……ふうん……」
「ところでセッカ。この旅が終わったら、どうするんだ?」
「へっ?」

 俺が急に話題を変えたので、セッカが驚いて変な声を上げた。

「どうって?」
「ダンさんは、早く旦那を捕まえろって言ってただろ」
「あー、それかー……」

 セッカが深い溜息をついた。

「ジャスラではさ、だいたい二十歳ぐらいが結婚適齢期なんだよね。あたしはそれを過ぎてるから、父さんが焦ってるんだよ」
「じゃあ、ホムラとかは異常なのか?」
「いっ……!」

 確か30歳ぐらいとか言っていた気がする。
 この年齢は、俺の世界でも遅い方かもしれないな。
 ふと見ると、セッカが真っ赤な顔をして口をパクパクしていた。

「な……何で、ここでホムラの名前……」
「いや、独身って言ってたから」
「……」

 セッカは真っ赤な顔のまま、言葉を発せないでいる。
 これは……セッカもホムラのこと、かなり好きなのかな?

「ホム……」
「――寝る」

 セッカは俺の言葉を遮ってすっくと立ち上がると、ずかずか歩いてテントの中に入ってしまった。

「……おやすみ」

 俺の声が聞こえたかどうかは分からないが……しばらくすると、セッカの寝息が聞こえてきた。

 セッカのやつ……初恋みたいなもんなのかな。
 そういや最初に会ったとき、村の若い男たちを従えていたっけ。
 デーフィではあくまで領主のお嬢さんだから、対等に接してくれる人間なんて今までいなかったのかもしれないな。
 思ったより本気っぽいし、あんまり触れない方がいいのかもしれない。
 俺も、水那の前でその手のことを言うなってよくセッカに言ってたしな。

 そんなことを考えながら、俺は草の上にごろんと横になった。


 昼になって、俺たちは再び出発した。
 前線に近づけば近づくほど、だんだん闇が濃くなる。
 もうすでに戦いが終わっている場所にも関わらず……だ。

 水那の障壁シールドでは限界があると思ったから、闇を寄せ付けないために俺が水那の手を引いて歩いた。
 思えば手を繋ぐなんて、小5のときの……水那の親父から逃げたとき以来かも知れない。
 ……つくづく、順番がいろいろ違っていると思い知らされる。

 しかし、俺はてっきり敵の「戦う」という意思が闇を増幅させているのだと思っていたが……制圧さえすれば解決できる、というものではなかったようだ。
 カガリはひょっとして、意図して闇を濃くしているのか? 普通の人間にそんなことは可能なのか?

 いろいろと考えを巡らせながら歩き、どうにか夜になる前にイスナの拠点に着いた。
 ここはカガリの部下たちが主に住んでいた村らしく、あちらこちらに小ぶりの家が並んでいる。
 今はここを捨ててサラサに撤退しているので、どの家も無人だ。
 その中の一番大きい家がレッカ達の拠点になっていた。

 水那はかなり疲れたらしく、家に着いた途端、すぐに寝込んでしまった。
 今はレッカが障壁シールドを張って休ませているが……こんなに疲れるんなら、レッカの城に置いてきた方がよかったんだろうか。
 でも、それはそれで心配だしな……。

 そっと水那の様子を覗くと、思ったより顔色は悪くなかったのでホッとする。
 額に触れようとしたら障壁シールドで弾かれてしまった。

 そういやそうだった、と思って苦笑したあと……少し凹んだ。
 この状況が、今の俺たちの距離なのかもしれないな……。


 次の日になって、俺はホムラに連れられて前線の方に出向いた。右側の森の少し小高い山の上から戦況を眺める。
 今日は、レッカの軍が前線に出ていた。

 案の定、黒い闇がカガリの兵士たちを取り巻いている。見たところ、完全に取り憑いているのではなく兵士たちを鼓舞している感じだ。
 兵士たちの「勝ってやる」という意識に食らいついているという感じだろうか。
 おかげで、こちらの軍の兵士には闇が纏わりついていないようだが……。
 つまり兵士たちは、闇によってドーピングされているようなものだ。倒れても倒れても起き上がってくる、ゾンビのように。

 そしてその闇は……戦場の奥の、ある一点から漂ってきている。
 それは、明らかに――おかしい。

 地上に漂う闇は、みな一様だ。一つの場所から流れ出ることなんて、ありえない。
 つまり……誰かが意図的に兵士たちに纏わせているということになる。

「ホムラ……あの、森の向こうの、川を越えた奥がカガリの根城か?」
「そうだ。よくわかったな」
「闇があそこから流れ出ているからだ」
「え……」
「……間違いないな」

 あの流れを断たない限り、戦争は終わらない。
 とにかく、あそこに闇を操っている奴がいる。
 それがカガリ本人かどうかは分からないが、その元を断たなければならない。俺が行くしかないだろう。

 しかし……どうやって? 
 戦場の横をすり抜けて潜り込めるだろうか。……いや、無理だろう。普通に考えて……。
 そうだ……障壁シールド
 レッカは闇だけでなくいろいろなものを弾くフェルティガがあると言っていた。
 そしたら……姿を隠すフェルティガもあるんじゃないだろうか?

「ホムラ、俺は戻る。レッカと話がしたい」
「えっ、な、何だ? 何かわかったのか?」
「わかったが、今のままじゃ戦況は変わらない。兵士が疲弊しないよう、いったん引くことを考えた方がいいかもしれない」
「わかった」

 ホムラは兵士たちの指揮に向かった。
 俺は戦場から急いで戻ると、レッカと水那がいる拠点に行った。

「レッカ! 姿を消すフェルティガを俺にかけてくれ」
「何を、突然……。何かわかりましたか?」
「……ああ」

 俺は前線で見た様子から自分が予測したことをレッカに説明した。
 闇を操っている人間を特定し、拘束すること。闇は俺が回収すること。
 可能ならば、カガリを生きて捕らえること。
 これらのことを、少数で潜入して行わなければならないこと。

「なるほど……」

 レッカは考え込んだ。

「ラティブで何かしているという噂でしたが……ひょっとしたら、祠のことも熟知した上での行動かもしれませんね。隠れていたフェルティガエを仲間に引き入れたのかもしれません」
「フェルティガエ……」
「巫女が私に使いをよこしたときに聞いたのですが、ラティブにはヤハトラにもベレッドにも行こうとしないフェルティガエが隠れているという話でしたから」
「なるほど……」

 フェルティガエ……か。
 どんな奴かはわからないが、例えばレッカは闇を遮断できる力がある。
 自分が闇に囚われずに扱える奴がいてもおかしくはない。

「しかし、残念ながら私には姿を消すフェルティガはありません。ヤハトラに相談するしかないですね」
「……わかった」

 申し訳なさそうに言うレッカに、俺は素直に頷いた。
 闇に関わることなら、ネイアも知恵を授けてくれるかもしれない。
 俺は胸の中の勾玉に意識を集中した。……ほどなく、ネイアにつながる。

“……何じゃ”
「ネイア。カガリの軍に、闇を悪用している奴がいる」
“何だと?”
「方法は分からない。とにかく、その元を断つため、俺はカガリの根城に侵入しなければならないんだ。姿を消すような方法はないか?」
“……隠蔽カバーだな”
「あるのか?」
“ある。わらわが使者を出すときに用いている。よからぬ者に攫われたりしないようにするためにな”
「そっか。それはどうすればいい?」
“そうだな……”

 ネイアはしばらく考え込んだ。

“ヤハトラは特定の勢力に加担することはないのだが……闇の悪用となると、放ってはおけん。一週間待て。こちらから派遣する”
「本当か!」
“……仕方あるまい。では、切るぞ”

 ネイアの気配が消えた。
 よし、これでどうにかなりそうだ。

 俺がホッと息をつくと、注意深く俺を観察していたレッカが口を開いた。

「ソータさん、どうなりましたか?」
「ネイアがフェルティガエを派遣してくれるらしい。一週間待て、と」
「そうですか……。確かにヤハトラからここまではそれぐらいかかるかもしれませんね。僕の方からも迎えを出しましょう」
「頼む」

 くらりとして、俺はその場にしゃがみこんだ。
 今回は時間が短かったからよかったけど、勾玉の力は本当に疲れる。
 そんな俺の様子を見て、レッカが溜息をついた。

「ソータさん、とりあえず休みましょう。一週間あります。その間に、作戦を練りましょう」
「ああ」

 そうだよな。焦っても、どうにもならない。
 俺を起こそうと差し伸べられたレッカの手を取りつつ、俺はそんなことを考えていた。
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