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17.闇の先(1)
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目を開けると、目の前にいかついホムラの顔があった。
「うおっ! 何だ!」
一気に目が覚める。
いろいろなことが脳裏を駆け巡ったが……イマイチまとまらなかった。
辺りを見回すと、祠の横穴ではなく、どこかの家の一室みたいだ。6畳ぐらいの、ベッドだけが置かれたこざっぱりとした部屋。
「いや~、何しても起きないからひょっとして死んでるんじゃないかと……心配したぜ」
ホムラがニヤッと笑って俺の肩をぽんぽんと叩く。
「……悪い。それで、ここは?」
「俺の家だ」
ホムラが俺にコップのようなものを差し出した。中には青色と灰色のマーブル模様の液体が入っている。漂ってくる臭いも、何だか生臭いというか……。
「迎えに行ったけど、ソータが全然起きないからよ。セッカが丸一日は目を覚まさないって言ってたから……とりあえず俺の家に連れてきた」
「そうか……ありがとう」
「とりあえずそれを飲め」
「……」
これ、飲み物なのか……。
得体が知れなかったが、ホムラの好意だと思ったので一気に飲む。
……恐ろしく不味かった。
「……ぐ……」
「ちょっとクセはあるんだけどよ。体力回復に持って来いなんだ。中身は……」
「いや、いい。……悪い予感がする」
要するに滋養強壮剤ってことだろ。聞いてしまったら二度と飲めなくなりそうだ。
吐き戻しそうになるのを必死に堪えながら、カップをホムラに返す。ホムラはそんな俺の様子を見て「ははは」と豪快に笑いながらカップを受け取った。
ふと、ホムラが真顔になる。
「……嬢ちゃんのことなんだが」
「え! ミズナがどうかしたか?」
まさか、また容体が悪くなったとか? 胸の中の疑似勾玉が上手く収まらなかったとか……。
「ニホンゴとやらしか話せないから、よく分かんないんだけどよ。セッカによると、レッカに会いたいとか、どうとか」
「ああ」
良かった、身体の方は大丈夫らしい。
俺はホッとして息をついた。
「ヤハトラの巫女にレッカに会っておけと言われたから、そのことを言ってるんだと思う。会えそうか?」
「そのことでちょっと相談があるから……落ち着いたら一階に降りてきてくれ」
ホムラはそう言うと、ドカドカと歩いて部屋を出ていった。
そうか……。水那はちゃんと、元気になったのか。
ネイアに言われたことを、きちんとやろうとしてるんだな。
だからといって俺がしてしまったことは取り返しがつかないけど……でも、引きずっていても仕方がない。
俺は俺の……使命を全うしなくては。
* * *
1階に降りると、セッカが
「今回は長いから心配したよー!」
と飛びついて来た。
「悪い。ちょっと……いろいろとあって。俺、どれくらい寝てた?」
「多分、2日ぐらいかな。ここに来てから丸1日経ってるから」
「そっか」
水那を見ると、心配そうに俺を見ている。
俺は『大丈夫だ、ぐっすり寝たから』と言って笑った。
「……で、こっちはどうなったんだ?」
「俺が戻ったとき、アブルの奴らは集落に火をつけようとするところでよ」
ホムラがフンと鼻息を荒くする。
「とりあえずぶっ飛ばして止めてたら、アブルの手下が急に我に返ったようにバタバタしだしたから1人残らず捕まえて縛り上げた。今は、集落で交代で見張ってるよ。でも、何でこんなことしたのか分からないとか抜かしやがるから……」
俺がジャスラの涙の結晶から闇を回収し、祠が新たに闇を吸収し始めたことで、軽度の奴は正気に返ったってことか。
「ただ……当のアブルとジンだけは手下が使い物にならないと分かった途端、逃げちまったけどよ」
俺はセッカを見た。セッカが「帰りの船で一応話しておいたの」と補足してくれた。
そしてセッカが心配そうにホムラの方に振り返る。ホムラはガックリと肩を落とし、大きな溜息をついている。
手下の裏切りにかなりショックを受けているようだ。
「ジン……信頼してたのによ……」
「……ホムラ」
俺はホムラの筋肉が盛り上がった分厚い肩に手を置いた。
ジンの裏切りは、ホムラのせいじゃない。ジンの心が闇に負けてしまっただけのことだ。
「前に少し話したと思うが……闇は、劣等感や欲に取り憑いて、その気持ちを増大させてしまうんだ。……ジンは、お前になりたかったのかもしれないぞ」
ナンバー2みたいな立場だったんなら……ホムラの豪快さとかカリスマ性とか、一番近くで見ていたに違いない。
大好きだった気持ちの裏返しで、自分でも知らない間にコンプレックスが膨れ上がっていたのかもしれないな、と思った。
「ふん。自分は自分にしかなれねぇよ。捕まえたら一から鍛え直しだな!」
「……そうだな」
何ともホムラらしくて、俺はちょっと笑ってしまった。
ホムラはジンを諦めてはいない。それがちょっと頼もしくも感じる。
「で、だ。レッカに会いに行きたいということなんだが……ちょっと難しい。ここからレッカの領地に入るには、アブルの領地を抜けないといけないからな。前なら、適当に邪魔する奴をぶっ飛ばしながら進めたが……今はあいつ、完全に戦争する気だからな。待ち構えてる」
「そうか……」
さっきの話によれば、アブルにとり憑いている闇は祓えていないみたいだからな。
俺が直接、浄維矢を打ち込むしかないのかもしれない。
あくまで具現化した矢だから死にはしないだろうが……精神的にはどうだろう?
「……ホムラ。アブルに取り憑いている闇をもし俺が祓ったら、戦争は避けられると思う。でも……アブル自身がどうなるかは分からない」
「……」
ホムラは考え込んだ。
いがみ合っているとはいえ、弟だからな。別に殺したかった訳ではないだろう。どうにか改心させたかったに違いない。
でも……恐らく、それは難しい。
「うーん……でも、まぁ……あいつは明らかにやり過ぎたから……な。俺の民に手を出された以上、黙っている訳にもいかないだろう」
ホムラはそう言ったが……かなり考え込んでしまった。
* * *
その日の夜になってすぐに、俺とセッカ、水那、そしてホムラは、ホムラの家をこっそり出た。
ホムラの部下を二つに分け、一つは集落で捕まえたアブルの手下の見張りを任せた。
もう一つはアブルの手下が待ち構えているという場所の手前で待機。
もし攻めて来たら迎え撃つぞ、という牽制のためと、俺たちが別ルートでアブルの元に向かっているのを気づかれないようにするためだ。
アブルの手下のうち、特に乱暴な連中は今回の集落の急襲で捕まえられたようだが、まだ安心はできない。
闇が覆っていた間は夜の山では獣が暴れていたため、アブルもこんなところからやってくるとは思わないだろう。
今でも夜の山道は多少危険だが……俺が闇を回収したため、比較的獣はおとなしいようだ。
夜通しずっと歩いていたが、やはり水那が先にへたりこんでしまった。
ホムラが
「俺が背負ってやる。嬢ちゃんぐらいなら屁でもねぇ」
と言って水那をおんぶした。
俺はてっきり水那が怯えると思ったが……水那は『ごめんなさい』と言って大人しくおぶさっていた。
ここ何日か一緒に過ごしてみて、ホムラのことは怖くないようだ。
そうこうしているうちに……夜が終わり、白い昼が訪れた。
なるべく人目につかない道を選び、遭遇した手下を気絶させたり縛り上げたりしながらどんどん進む。
やがてアブルの家が見えてきた。ホムラの家よりも、一回り大きい。
だけど、俺の目から見ると闇で真っ黒だ。家全体が黒い炎に取り巻かれているような、禍々しい気配に包まれている。
祠に吸収されることもなく――まるで家に吸い寄せられているかのようだ。
つまり、この家の主――アブルに完全に侵食している、ということなのだろう。
そして、家の周りには十人ぐらいの手下がいて、見張りをしていた。
ジンの姿は見当たらない。家の中だろうか。
俺たちは近くの林に身を潜めて様子を窺った。
「……かなりひどいな」
思わず呟くと、ホムラが
「そうか。じゃあ……仕方ねぇのか」
と諦めたように溜息をついた。
「で、どうすりゃいいんだ?」
「アブルがあの家の中にいるのは確実だ。入って闇を回収しなくてはならない。そのためには、周りの手下は邪魔だな」
「わかった」
ホムラはそう言うと、すっくと立ち上がって真っ直ぐアブルの家に向かって歩き始めた。
「ちょ……」
思わず引き止めようとすると、セッカが俺の腕をぐっと引っ張った。
「大丈夫。ホムラならあんな見張りどうってことないから。しばらく様子を見て、隙を見て家の中に入ろうよ」
そうは言うが、剣や棒を持った奴らが十人以上だぞ……。本当に大丈夫か?
集落でのホムラの戦いは、そんなに凄かったのだろうか。セッカは妙に信頼してるみたいだけど……。
ホムラはノッシノッシと歩いて悠々とアブルの家に近づくと、一番近くにいた二人の見張りに声をかけた。
「おい、アブルと話がしたいんだが」
「げぇっ、ホムラ!?」
「おい、お前ら、こっちに早く! 全員で囲んじまえ!」
あちらこちらに散っていた見張りが一か所に集まり、ホムラをずらりと囲む。
「俺はアブルと話をしに来ただけだ。お前らとやるつもりはねぇぞ」
「うるせぇ、かかれ!」
いくらなんでも、もう我慢できない。
俺は林から飛び出した。
しかし……。
「うりゃああー! てめぇら邪魔だー!」
ホムラはかかってくる敵をどんどん殴り飛ばす。相手が棒で殴りつけようが剣で切りつけようがお構いなしだ。
……というか、乱闘過ぎて、とてもじゃないが俺が手助けできる状態じゃない。
「ソータ!」
セッカが続けて出てくる。水那もその後ろから走って来た。
「今のうちに、家の中に入って! ソータの背中はあたしが守る!」
セッカがナイフと鎖を構えた。
「頼む! ……ミズナ、俺のすぐ後ろにいろ!」
俺は水那に声をかけると、見張りが落とした棒を拾った。至近距離だと弓じゃ無理だからな。
「あ、こいつら……」
ホムラに吹き飛ばされた見張りが俺たちに気づく。
「待て……」
「うるさい!」
セッカがボカッと蹴り飛ばし、そいつを腰に束ねていたロープで縛り上げた。
「ジン……むがっ……」
「アブ……」
ホムラに弾き飛ばされ、どうにか起き上がって俺を追いかけようとした奴らをセッカが蹴散らす。
そして、次々にロープで縛りあげた。
さすがセッカ、身軽さと素早さでは誰も敵わない。見張りの男たちは地面にゴロゴロ転がるだけだ。
入口に辿り着いたとき、中から扉が開き、男が現れた。
ホムラの手下……赤毛の男、ジンだ。
「ジン!」
「来るなあぁぁぁー!」
ジンがナイフを片手に血走った眼で俺に襲いかかる。
『駄目!』
水那が俺の後ろから咄嗟に叫ぶと、ジンはギクッとしたように足を止めた。
『気をしっかり持って! 駄目!』
俺はその隙にジンの腕を棒で払った。手にしていたナイフが跳ね飛ばされる。
そして、すかさず踏み込んで胴を叩きこんだ。ゴロゴロ……と転がって行く。
「ジン!」
敵をあらかた蹴散らしたホムラが地面にもんどりうって倒れたジンに気がついた。
咄嗟に駆け寄って行く。
「ホムラ……後ろ!」
セッカが叫んだ。
一人の敵がジンのナイフを拾って、ホムラに振りかざしている。
「ホムラ……さん!」
あろうことか、ジンがそいつの足元にガバッとしがみついた。
「うがあ!」
ナイフの男がジンを蹴り飛ばした。
その隙に、ホムラはナイフの男の腕をつかみ、投げ飛ばす。
「よいしょー!」
「こいつ……!」
セッカがすかさずロープで男を縛り上げた。
「ジン!」
「俺……アブル……いや、違う……ホムラ、さん……」
ジンが地面をのたうち回りながら胸を押さえている。
ひょっとして……闇と闘っているのか? 前の、水那の症状に似ている……。
「まだ間に合うかも……でも、どうしたら……」
『……わ、た、し、が……!』
俺の背後にいた水那が声を震わせながら両手で胸を押さえている。
そしてその手をいったん空に翳すと、転がっているジンの胸をぐっと押した。
「うぐ……うがぁ!」
ジンの口から真っ黒な闇が出てきた。
「ぎゃーっ! 今の、何!?」
セッカにも見えたらしい。ジンの口から飛び出した闇はうねりながらこの家の二階にぎゅんっと吸い込まれていった。多分、アブルの所に戻ったのだろう。
水那がジンの闇を祓ったのだ。浄化、とまではいかなかったが……。
よし。後は俺が、アブルの闇を回収するだけだ。
「ホムラ、ジンを見ていてくれ。セッカ、ミズナ、行くぞ!」
「おう!」
「わかった!」
『……うん!』
俺たち三人は、力強く頷くと、アブルの家に入った。
「うおっ! 何だ!」
一気に目が覚める。
いろいろなことが脳裏を駆け巡ったが……イマイチまとまらなかった。
辺りを見回すと、祠の横穴ではなく、どこかの家の一室みたいだ。6畳ぐらいの、ベッドだけが置かれたこざっぱりとした部屋。
「いや~、何しても起きないからひょっとして死んでるんじゃないかと……心配したぜ」
ホムラがニヤッと笑って俺の肩をぽんぽんと叩く。
「……悪い。それで、ここは?」
「俺の家だ」
ホムラが俺にコップのようなものを差し出した。中には青色と灰色のマーブル模様の液体が入っている。漂ってくる臭いも、何だか生臭いというか……。
「迎えに行ったけど、ソータが全然起きないからよ。セッカが丸一日は目を覚まさないって言ってたから……とりあえず俺の家に連れてきた」
「そうか……ありがとう」
「とりあえずそれを飲め」
「……」
これ、飲み物なのか……。
得体が知れなかったが、ホムラの好意だと思ったので一気に飲む。
……恐ろしく不味かった。
「……ぐ……」
「ちょっとクセはあるんだけどよ。体力回復に持って来いなんだ。中身は……」
「いや、いい。……悪い予感がする」
要するに滋養強壮剤ってことだろ。聞いてしまったら二度と飲めなくなりそうだ。
吐き戻しそうになるのを必死に堪えながら、カップをホムラに返す。ホムラはそんな俺の様子を見て「ははは」と豪快に笑いながらカップを受け取った。
ふと、ホムラが真顔になる。
「……嬢ちゃんのことなんだが」
「え! ミズナがどうかしたか?」
まさか、また容体が悪くなったとか? 胸の中の疑似勾玉が上手く収まらなかったとか……。
「ニホンゴとやらしか話せないから、よく分かんないんだけどよ。セッカによると、レッカに会いたいとか、どうとか」
「ああ」
良かった、身体の方は大丈夫らしい。
俺はホッとして息をついた。
「ヤハトラの巫女にレッカに会っておけと言われたから、そのことを言ってるんだと思う。会えそうか?」
「そのことでちょっと相談があるから……落ち着いたら一階に降りてきてくれ」
ホムラはそう言うと、ドカドカと歩いて部屋を出ていった。
そうか……。水那はちゃんと、元気になったのか。
ネイアに言われたことを、きちんとやろうとしてるんだな。
だからといって俺がしてしまったことは取り返しがつかないけど……でも、引きずっていても仕方がない。
俺は俺の……使命を全うしなくては。
* * *
1階に降りると、セッカが
「今回は長いから心配したよー!」
と飛びついて来た。
「悪い。ちょっと……いろいろとあって。俺、どれくらい寝てた?」
「多分、2日ぐらいかな。ここに来てから丸1日経ってるから」
「そっか」
水那を見ると、心配そうに俺を見ている。
俺は『大丈夫だ、ぐっすり寝たから』と言って笑った。
「……で、こっちはどうなったんだ?」
「俺が戻ったとき、アブルの奴らは集落に火をつけようとするところでよ」
ホムラがフンと鼻息を荒くする。
「とりあえずぶっ飛ばして止めてたら、アブルの手下が急に我に返ったようにバタバタしだしたから1人残らず捕まえて縛り上げた。今は、集落で交代で見張ってるよ。でも、何でこんなことしたのか分からないとか抜かしやがるから……」
俺がジャスラの涙の結晶から闇を回収し、祠が新たに闇を吸収し始めたことで、軽度の奴は正気に返ったってことか。
「ただ……当のアブルとジンだけは手下が使い物にならないと分かった途端、逃げちまったけどよ」
俺はセッカを見た。セッカが「帰りの船で一応話しておいたの」と補足してくれた。
そしてセッカが心配そうにホムラの方に振り返る。ホムラはガックリと肩を落とし、大きな溜息をついている。
手下の裏切りにかなりショックを受けているようだ。
「ジン……信頼してたのによ……」
「……ホムラ」
俺はホムラの筋肉が盛り上がった分厚い肩に手を置いた。
ジンの裏切りは、ホムラのせいじゃない。ジンの心が闇に負けてしまっただけのことだ。
「前に少し話したと思うが……闇は、劣等感や欲に取り憑いて、その気持ちを増大させてしまうんだ。……ジンは、お前になりたかったのかもしれないぞ」
ナンバー2みたいな立場だったんなら……ホムラの豪快さとかカリスマ性とか、一番近くで見ていたに違いない。
大好きだった気持ちの裏返しで、自分でも知らない間にコンプレックスが膨れ上がっていたのかもしれないな、と思った。
「ふん。自分は自分にしかなれねぇよ。捕まえたら一から鍛え直しだな!」
「……そうだな」
何ともホムラらしくて、俺はちょっと笑ってしまった。
ホムラはジンを諦めてはいない。それがちょっと頼もしくも感じる。
「で、だ。レッカに会いに行きたいということなんだが……ちょっと難しい。ここからレッカの領地に入るには、アブルの領地を抜けないといけないからな。前なら、適当に邪魔する奴をぶっ飛ばしながら進めたが……今はあいつ、完全に戦争する気だからな。待ち構えてる」
「そうか……」
さっきの話によれば、アブルにとり憑いている闇は祓えていないみたいだからな。
俺が直接、浄維矢を打ち込むしかないのかもしれない。
あくまで具現化した矢だから死にはしないだろうが……精神的にはどうだろう?
「……ホムラ。アブルに取り憑いている闇をもし俺が祓ったら、戦争は避けられると思う。でも……アブル自身がどうなるかは分からない」
「……」
ホムラは考え込んだ。
いがみ合っているとはいえ、弟だからな。別に殺したかった訳ではないだろう。どうにか改心させたかったに違いない。
でも……恐らく、それは難しい。
「うーん……でも、まぁ……あいつは明らかにやり過ぎたから……な。俺の民に手を出された以上、黙っている訳にもいかないだろう」
ホムラはそう言ったが……かなり考え込んでしまった。
* * *
その日の夜になってすぐに、俺とセッカ、水那、そしてホムラは、ホムラの家をこっそり出た。
ホムラの部下を二つに分け、一つは集落で捕まえたアブルの手下の見張りを任せた。
もう一つはアブルの手下が待ち構えているという場所の手前で待機。
もし攻めて来たら迎え撃つぞ、という牽制のためと、俺たちが別ルートでアブルの元に向かっているのを気づかれないようにするためだ。
アブルの手下のうち、特に乱暴な連中は今回の集落の急襲で捕まえられたようだが、まだ安心はできない。
闇が覆っていた間は夜の山では獣が暴れていたため、アブルもこんなところからやってくるとは思わないだろう。
今でも夜の山道は多少危険だが……俺が闇を回収したため、比較的獣はおとなしいようだ。
夜通しずっと歩いていたが、やはり水那が先にへたりこんでしまった。
ホムラが
「俺が背負ってやる。嬢ちゃんぐらいなら屁でもねぇ」
と言って水那をおんぶした。
俺はてっきり水那が怯えると思ったが……水那は『ごめんなさい』と言って大人しくおぶさっていた。
ここ何日か一緒に過ごしてみて、ホムラのことは怖くないようだ。
そうこうしているうちに……夜が終わり、白い昼が訪れた。
なるべく人目につかない道を選び、遭遇した手下を気絶させたり縛り上げたりしながらどんどん進む。
やがてアブルの家が見えてきた。ホムラの家よりも、一回り大きい。
だけど、俺の目から見ると闇で真っ黒だ。家全体が黒い炎に取り巻かれているような、禍々しい気配に包まれている。
祠に吸収されることもなく――まるで家に吸い寄せられているかのようだ。
つまり、この家の主――アブルに完全に侵食している、ということなのだろう。
そして、家の周りには十人ぐらいの手下がいて、見張りをしていた。
ジンの姿は見当たらない。家の中だろうか。
俺たちは近くの林に身を潜めて様子を窺った。
「……かなりひどいな」
思わず呟くと、ホムラが
「そうか。じゃあ……仕方ねぇのか」
と諦めたように溜息をついた。
「で、どうすりゃいいんだ?」
「アブルがあの家の中にいるのは確実だ。入って闇を回収しなくてはならない。そのためには、周りの手下は邪魔だな」
「わかった」
ホムラはそう言うと、すっくと立ち上がって真っ直ぐアブルの家に向かって歩き始めた。
「ちょ……」
思わず引き止めようとすると、セッカが俺の腕をぐっと引っ張った。
「大丈夫。ホムラならあんな見張りどうってことないから。しばらく様子を見て、隙を見て家の中に入ろうよ」
そうは言うが、剣や棒を持った奴らが十人以上だぞ……。本当に大丈夫か?
集落でのホムラの戦いは、そんなに凄かったのだろうか。セッカは妙に信頼してるみたいだけど……。
ホムラはノッシノッシと歩いて悠々とアブルの家に近づくと、一番近くにいた二人の見張りに声をかけた。
「おい、アブルと話がしたいんだが」
「げぇっ、ホムラ!?」
「おい、お前ら、こっちに早く! 全員で囲んじまえ!」
あちらこちらに散っていた見張りが一か所に集まり、ホムラをずらりと囲む。
「俺はアブルと話をしに来ただけだ。お前らとやるつもりはねぇぞ」
「うるせぇ、かかれ!」
いくらなんでも、もう我慢できない。
俺は林から飛び出した。
しかし……。
「うりゃああー! てめぇら邪魔だー!」
ホムラはかかってくる敵をどんどん殴り飛ばす。相手が棒で殴りつけようが剣で切りつけようがお構いなしだ。
……というか、乱闘過ぎて、とてもじゃないが俺が手助けできる状態じゃない。
「ソータ!」
セッカが続けて出てくる。水那もその後ろから走って来た。
「今のうちに、家の中に入って! ソータの背中はあたしが守る!」
セッカがナイフと鎖を構えた。
「頼む! ……ミズナ、俺のすぐ後ろにいろ!」
俺は水那に声をかけると、見張りが落とした棒を拾った。至近距離だと弓じゃ無理だからな。
「あ、こいつら……」
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「待て……」
「うるさい!」
セッカがボカッと蹴り飛ばし、そいつを腰に束ねていたロープで縛り上げた。
「ジン……むがっ……」
「アブ……」
ホムラに弾き飛ばされ、どうにか起き上がって俺を追いかけようとした奴らをセッカが蹴散らす。
そして、次々にロープで縛りあげた。
さすがセッカ、身軽さと素早さでは誰も敵わない。見張りの男たちは地面にゴロゴロ転がるだけだ。
入口に辿り着いたとき、中から扉が開き、男が現れた。
ホムラの手下……赤毛の男、ジンだ。
「ジン!」
「来るなあぁぁぁー!」
ジンがナイフを片手に血走った眼で俺に襲いかかる。
『駄目!』
水那が俺の後ろから咄嗟に叫ぶと、ジンはギクッとしたように足を止めた。
『気をしっかり持って! 駄目!』
俺はその隙にジンの腕を棒で払った。手にしていたナイフが跳ね飛ばされる。
そして、すかさず踏み込んで胴を叩きこんだ。ゴロゴロ……と転がって行く。
「ジン!」
敵をあらかた蹴散らしたホムラが地面にもんどりうって倒れたジンに気がついた。
咄嗟に駆け寄って行く。
「ホムラ……後ろ!」
セッカが叫んだ。
一人の敵がジンのナイフを拾って、ホムラに振りかざしている。
「ホムラ……さん!」
あろうことか、ジンがそいつの足元にガバッとしがみついた。
「うがあ!」
ナイフの男がジンを蹴り飛ばした。
その隙に、ホムラはナイフの男の腕をつかみ、投げ飛ばす。
「よいしょー!」
「こいつ……!」
セッカがすかさずロープで男を縛り上げた。
「ジン!」
「俺……アブル……いや、違う……ホムラ、さん……」
ジンが地面をのたうち回りながら胸を押さえている。
ひょっとして……闇と闘っているのか? 前の、水那の症状に似ている……。
「まだ間に合うかも……でも、どうしたら……」
『……わ、た、し、が……!』
俺の背後にいた水那が声を震わせながら両手で胸を押さえている。
そしてその手をいったん空に翳すと、転がっているジンの胸をぐっと押した。
「うぐ……うがぁ!」
ジンの口から真っ黒な闇が出てきた。
「ぎゃーっ! 今の、何!?」
セッカにも見えたらしい。ジンの口から飛び出した闇はうねりながらこの家の二階にぎゅんっと吸い込まれていった。多分、アブルの所に戻ったのだろう。
水那がジンの闇を祓ったのだ。浄化、とまではいかなかったが……。
よし。後は俺が、アブルの闇を回収するだけだ。
「ホムラ、ジンを見ていてくれ。セッカ、ミズナ、行くぞ!」
「おう!」
「わかった!」
『……うん!』
俺たち三人は、力強く頷くと、アブルの家に入った。
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どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
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