漆黒の昔方(むかしべ) ~俺のすべては此処に在る~

加瀬優妃

文字の大きさ
上 下
8 / 34

7.デーフィの祠(2)

しおりを挟む
 セッカの家は、青々とした牧場の奥にドーンと建っていた。
 背後には山と森が広がっている。領主というだけあって、かなり大きい家だ。
 牧場には馬みたいな顔なのにモーと鳴く生き物や、羊みたいな毛並なのにニャーニャーと鳴く生き物が放し飼いにされていた。
 ……何だか、頭がおかしくなりそうだ。

 案内されてとりあえず部屋に入ると、一人の中年の男性が笑顔で俺達を迎えてくれた。

「わたしが領主のダンです。今日は、娘のセッカがお世話になったそうで」
「いえ……どうも」
「……」

 水那が黙ってペコリと頭を下げた。

「俺は、ソータです。で、こっちがミズナ。ミズナは言葉は分かるんですが、喋れないので……すみません」

 下手に突っ込まれたり、水那が礼儀知らずに思われても困るので、先に言っておいた。

「そうですか。しかし、今日はさぞかしお疲れでしょう。部屋に案内させますから、お話は後ほどいたしましょう」

 ダンさんはにこやかにそう言うと、メイドみたいな人を呼んで俺たちを案内させた。
 案内された部屋は二人一緒だった。
 マジか……と一瞬思ったけど、水那は俺から離れたら駄目だし、仕方ないか。
 この辺りは闇が少ないみたいだけど、何が起こるかは分からないしな。
 それに、これからも多分、こういうことが続くんだろうし。
 ……要は、俺の理性の問題だからな。

『はぁ……疲れた』

 俺は荷物を下ろして上着を脱ぐと、ゴロンとベッドに横になった。

『……私……ごめんなさい……役に……』

 近くに来た水那が途切れ途切れに言う。

『あぁ? まあ、初日だし……気にすんな……って……』

 喋っているうちに、猛烈な睡魔に襲われる。
 よく考えたら……ジャスラに跳ばされてからまったく休んでないことに気づいた。
 そりゃ、疲れるか……。
 そんなことを考えているうちに……俺はすっかり寝入ってしまった。

   * * *

「……おぉっ!」
 
 ベッドの感触が俺の家のと違う、と思い、思わず飛び起きる。
 見回すと、俺のアパートの部屋よりずっと広かった。

 そっか……。ジャスラに来たんだっけな。

『……起きた……?』

 声がして振り向くと、水那が近くに来て俺の顔を覗き込んでいた。

『うおっ』

 思わずのけぞる。
 見ると、ヤハトラを出たときの服装ではなく、何かひらひらしたドレスみたいなものを着ていた。
 圧倒的に可愛さが上がったので、思わず目を逸らす。

『それ……服、どうした?』
『ダンさんが……セッカさんに与えたけど全然着てくれないからって』
『……』

 しかし、今の俺には目の毒だ。
 俺は水那を見ないようにして部屋を見回した。
 だけど……時計らしきものはない。そりゃそうか。

『俺……どれくらい寝てた?』
『丸一日ぐらい。……もうすぐ、夜』

 そう言うと、水那はすっと立ち上がって部屋を出ようとした。

『どこに行く?』
『もし起きたら夕食を一緒にしましょうってダンさんが言ってたから……起きたって伝えに行く』
『……じゃあ、俺も行く』

 俺はベッドから起き上がると、水那と一緒に部屋を出た。
 寝過ごしたことを謝りに行くと、ダンさんは明るく笑って「じゃあ夕食ご一緒しましょうね」と穏やかに言った。
 そして水那の方を見て「ほら、センスは悪くないと思うんですけどねぇ。セッカもこういう恰好をしてくれればいいのに」と溜息をついた。

 夕食の席はダンさんと俺と水那の三人だけだった。セッカも呼んでいたが、まだ帰ってきていないらしい。
 基本的に肉が中心で、それ以外は草というか、山菜的なものだった。
 ボリュームが凄かったけど、俺的には大満足だった。……水那は勿論、食べきれなかったが。

 それ以上に感動的だったのは、水の美味しさだった。
 後ろの山に湧き水があるらしく、そこから引いているらしい。

「水が美味しい! だから料理も美味しいんですかね」

 思わず言うと、ダンさんは少し笑って
「今度のヒコヤさんは随分お若いなと思いましたが……どうやらかなりの力をお持ちのようですね」
と言った。

「えっ、前の人に会ったことがあるんですか?」

 咄嗟にそう聞いてしまったが、前の生まれ変わりは何百年も前のはずだ。
 この人がそんなに長生きしているとも思えない。

「……あ、そんな訳ないですよね」
「そうですね。お会いはしていませんが……」

 ダンさんは果実酒に口をつけると
「ヒコヤさんがジャスラに来た際の記録が我が家には残っていましてね。……そうですね、二代前からですが」
と言ってにっこり笑った。

「ご存知のように、今ジャスラは四つの国に分かれています。歴史の中では一つの国に統一されたこともあるのですが、三百年ほど経つとどうしても分裂騒動が起こってしまいましてね。そうやってジャスラはいろいろな変遷を遂げているのです。しかしこの地方は山に囲まれていますから、その歴史の中でも侵略を受けたことはないのです。時には隣国と同盟を組んだりはしていますが……実際はヤハトラの巫女に直接従っている国、と言ってよいでしょう」
「そうなんですか……」
「山の湧き水は……その昔、女神ジャスラが自らを清めるために用いたとも言われていて、闇を鎮静する働きがあるようなのです。ソータさんが美味しいとおっしゃるのであれば、その力を感じ取れたからなのでしょう」
「へぇ……」

 自分ではよくわからないけど……。でも確かに、この地方の空はとても明るく、人々も何だかとても穏やかな気はする。
 じゃあ、これから行く他の国はやっぱり荒れているのかな……。

「……ですが、こちらに来られた際は先代も先々代もお一人だったのですが、今回はお二人なのですね。しかも、とても可愛らしいお嬢さんと」

 ダンさんはそう言うと、水那にニコッと微笑みかけた。
 水那は少し困ったように俯いている。

「えっと……実は、俺の幼馴染で、闇を祓う力があるかもしれないということで、同行することになったんです」
「そうですか。では、ジャスラの民ではないのですね。それでしたら……やはり、案内人をつけた方がよいですね」
「案内人?」

 俺が聞き返すと、ダンさんが何か言いかけたが

「はい、はい、はーい! それ、あたしがやるから!」

という元気な声が聞こえ、セッカが部屋に飛びこんできた。

「セッカ! 行儀の悪い……。だいたい、食事の時間までに戻ってきなさいと言ってあっただろう」
「ごめん、ごめん。昨日仕留めたチャイの仕込みが長引いちゃってさ」

 セッカがあはは、と元気に笑いながら席に着いた。
 給仕の人がセッカの分の料理を持ってくる。

「急所一発で仕留めてくれたからさ。かなり奇麗に使えそうなんだ。ありがとう、ソータ」
「どういたしまして……。で、ダンさん。案内人って……?」

 モリモリご飯を食べる始めるセッカを横目に、俺はダンさんに顔を向けた。

「ヒコヤさんの生まれ変わりの方はジャスラの民ではないですから、ジャスラの事情には詳しくありません。旅にも支障が出る可能性がありますから、私の地方から人を同行させて、旅のお手伝いをさせて頂くということですよ。二代前から記録が残っているのは、その案内人が旅の記録をつけていたからなのです」
「なるほど……」

 だから前の人がどういう人だったか、とか知っているということなのか。
 情勢は時代ごとに違うのかもしれないが、祠の位置は変わらないだろう。
 事前にそういう知識があった方が、旅も順調かもしれない。
 俺も第三者がいた方が余計な煩悩を捨てれそうな気がするし……案内人は、いた方がいいだろうな。

「だからさ、それ、あたしがやるよ」

 セッカが料理にがっつきながら元気よく手を上げた。

「駄目だ」

 ダンさんが急に怖い顔をしてセッカを見た。

「ソータさんの旅は遊びじゃないんだ。それにお前も年頃だから、そろそろ落ち着いて旦那さんを迎えてもらわないと困るんだよ」
「そうだけどさ。旅って、何年もかかるとかじゃないじゃん」

 セッカが口を尖らせる。

「それにさ、今回はミズナも一緒なんだから、女子的なフォローが必要かもしれないし」

 まぁ、それは確かに……。
 俺には絶対分からない、女子の事情というものが出てくることはあるだろうな。
 でも……。

『……水那はどう思う?』

 隣の水那に聞いてみる。水那は首を傾げると
『半分……半分』
と答えた。
 女性の案内人がいた方が水那にとっては安心なのだが、来たら来たでやっていけるかどうか不安、ということだろうか。
 俺の知る限り、友達と一緒に居る水那を見たことはないし。
 施設ではどうだったのかはわからないけど、急にフレンドリーな性格になったとも思えないし。

「今の、何? どこの言葉? 喋れないんじゃなかったの?」

 セッカが驚いたように前のめりになる。
 その間も食べる手を休めないのはすごいが。

「俺達の国の、日本語っていう言葉だ。喋れないと言ったけど……ミズナはパラリュス語が喋れないんだ」

 いや、これも正確じゃないか。
 パラリュス語は喋れるがフェルティガが安定していなくて怖くて喋れない、ということだからな。
 でも……ま、その辺は今はいいだろう。

「そうなんだ。じゃあ今度、教えてね。一緒に旅をするんならさ、ミズナの言葉も聞けるようにならないと駄目じゃん」

 セッカはそう言うと、ニカッと笑った。
 セッカの中ではもう一緒に旅をすることになっている……。やっぱりどこか勝手な奴だな。
 でも……水那にとっては、そう悪くない台詞だったんじゃないだろうか。
 
 そう思って隣の水那を見ると、心なしか泣きそうになっていた。
 それは前によく見ていた怯えた涙ではなく、ちょっと嬉しそうな涙だな、と思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...