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2.再会(2)
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「勾玉……?」
少女の言葉で、俺は再び神殿を見上げた。
しかし、俺の目には蠢く黒い闇ばかりで、勾玉とやらの形は全く見えなかった。
「あの闇は、女神ジャスラのなれの果てだ。神器の一つ、勾玉によって封じられている。封じたのは……太古の昔のヤハトラの巫女だ。わらわは第百二代目のヤハトラの巫女、ネイアと申す」
少女が丁寧に会釈をした。
俺も慌てて、少し頭を下げた。
かなり年下だとは思うけど……多分、このヤハトラという地で一番エラいのかな、と思って。
「勾玉をもたらしたのはミュービュリから来た、ヒコヤという男だ」
「ミュービュリ?」
「お前たちの住んでいる世界のことだ。こちらの世界はパラリュスという」
ネイアは少し溜息をついた。
「この辺りの経緯をすべて話すとなると長くなる故、端折るが……。女神ジャスラはヒコヤに懸想したが振り向いてはもらえず、やがて心を壊して闇と化した」
何となく、ヒコヤっていうのはさっきの目まぐるしい映像の中で見た男のことかな、と思った。
かなりハンサムだったし、何とも言えない雰囲気の女性に囲まれていたし。
あの女性のうちの一人が、ジャスラなのかも知れない。
「古の女王が女神テスラの力を借りてこの地中に神殿をつくり、勾玉を封じ込めて闇を抑えた。そして国を統べる女王ではなく、このヤハトラの巫女としてジャスラの闇を管理し続けることが役目となった。わらわの血筋は女神の分身を源としている故……特別な力――フェルティガを持っておる。その力でもって、このヤハトラで闇を封じ続けているのだ」
聞きなれない言葉が多くて少し面食らったが、巫女とやらが大変な使命を背負っている、ということだけは分かった。
つまり、生まれたときからずっとここにいて闇を見張ってるってことなんだ。
この場所から、一歩も出ずに……。
「しかし……実はヒコヤは、女神ジャスラに勾玉をもたらしたときに大きな失敗を犯していた。勾玉は完全な形ではなく、一部欠けてしまっていたのだ。そのことに気づいたとき、すでに女神ジャスラは封じ込められ、ヤハトラにも近づけなくなっていた。勾玉の欠片を見つけたヒコヤは欠片を飲み込み、やがて魂が生まれ変わった際に欠片をヤハトラに持ってくることを誓った」
ヒコヤなりの贖罪、というやつだろうか。
「その後……ヒコヤは何百年かごとに生まれ変わり、このヤハトラに勾玉の欠片を運んできている。お前が……その十代目。そして、最後の欠片をもつ人間だ」
ネイアが俺をビシッと指差した。
俺はドキッとして鳩尾を押さえた。
「そう……その体内にあるのだ」
「え、じゃあこれを返せば終わり?」
「そんな単純な話ではない」
ネイアはそう言うと、右手を伸ばした。
傍に控えていた女の人が何か紙切れのようなものをネイアに渡す。
ネイアは紙切れを広げ、俺に見せた。
地図のようだ。四か所に印がついている。
「お前には、これから旅に出てもらう」
「えっ!」
「これはジャスラの国の地図。印のある四か所には祠があり……」
「ちょっと待った!」
説明しようとしたネイアを俺は慌てて制した。
いくら何でも端折り過ぎだろ。訳が分からない。
「……何だ」
ネイアは少し不機嫌そうに聞き返した。
俺から見て、ネイアはかなり幼く見えた。なのに、どうしてそんな昔のことを今見てきたかのように語るのだろう。
「あの……今の話ってこの……ジャスラだっけ。この国の何千年も前の伝承、だろ? どうしてそんなにきちんと伝わっているんだ? 何かの、間違いとか……」
「間違いは、ない。すべて事実だ」
ネイアは俺の言葉を強い口調で遮ると、俺を真っ直ぐに見た。
「わらわは、過去を遡って視ることができるのだ。それが、ヤハトラの巫女に代々受け継がれているフェルティガだ」
「過去……?」
「勾玉や、この神殿に関する過去……それを遡ることで、何が起こったかを視ることができる。代々の巫女はそうして過去を視、同じ過ちを二度と起こさぬよう、闇がジャスラに蔓延ることのないようここで守って来た」
見てきたかのように、と思ったけど、実際に視た、ということか?
ネイアは黙り込んだ俺を、じっと見つめた。
そしてすっと俺の前に来ると、俺の手を取った。
「……な、何だよ」
ちょっとドキッとする。
ネイアの碧の瞳が慌てる俺の表情を捉えていた。
「お前は9歳のときに母を亡くし、父親にも友達にも隠れて泣いていたであろう」
「!」
「12歳で弓を始めたのだな。これは……何かの勝負かの? 勝利して、泣いておるようだが……」
「うわぁ! やめろ!」
「これは……去年かの。お前の周囲は女性が多いのう。好き放題し過ぎて何人かに殴られておるな」
「やめろって!」
「……」
俺が手を振り払って怒鳴ると、ネイアは口をつぐんだ。
今ネイアが言った話は、実際に俺が過去に経験したことだ。……全部。
つまり、過去を視ることができる、というのは本当だということ。
それを俺に知らしめるためにやったんだろう。……悪趣味だな。
だがそのおかげで、一応は納得できた。
このジャスラに起こった昔の出来事というのも、すべて真実なんだろう。
俺の身体の中――鳩尾に、確かに何かがある。
きっとこれが、勾玉の欠片。そして俺のやるべきことはジャスラにあったのかという、妙な実感も出てきた。
でも……。
「ネイアの話が本当だということはよくわかったよ。俺は、その……ヒコ……?」
「ヒコヤか」
「そう。その、ヒコヤの生まれ変わりだから、この地に呼ばれた、と。じゃあ、親父は? 何で呼ばれたんだ?」
「呼んでいない。誤ってついてきてしまったのだ。本来は振り落とされてミュービュリに残されるはずが……かなり強い信念の持ち主なのであろうな」
そう言うと、ネイアは俺達の会話を茫然と眺めている親父を見下ろした。
『ネイア、と、言う。よろしく』
ネイアが片言の日本語で挨拶し、頭を下げる。
親父は黙ったまま頭を下げた。口は開いたままだ。
俺たちが訳のわからない言葉でずっと話し込んでいるから、混乱しているのかもしれない。
「日本語、喋れるのか」
「少しだけだ。ジャスラでは、おそらくわらわだけだろう。ミュービュリと関わることは禁忌だからな」
「禁忌……」
「闇はミュービュリによってもたらされた故」
「……」
「で、話を戻すぞ。お前には今から旅に出てもらう訳だが……」
「ちょっと待て」
俺は再びネイアを制した。
「……今度は何だ」
ネイアがうんざりしたような顔をする。
しかし、俺にとっては重要な問題だ。
だって、旅に出るということは、これから長い時間、この世界にいないといけないということだよな。
今の話から俺はまあ、いいとして……。親父は?
「旅に出たら長い時間帰れないじゃないか。今の話だと、親父は関係ないんだろ? 親父だけでも元の世界に戻してくれよ」
「そうしたいのはやまやまだが、できぬ」
「何でだよ」
ネイアは溜息をつくとやれやれというような顔で俺を見た。
そんな顔をされても、こっちはそっちの事情が全く把握できてないんだから仕方ないだろうが。
「ミュービュリとパラリュスを行き来する方法は主に二つある。一つは、フェルティガエがゲートを開いて道を作り、それを渡ること」
「フェルティガエ?」
「フェルティガをもつ人間のことだ」
フェルティガは特別な力、だったっけ。
つまりフェルティガエは、その特別な力を操れる人間ってことか。平たく言うと、超能力者みたいなもんかな。
「ふうん……。ネイアはできるのか?」
「ゲートを開くことはできるが、渡ることはできん」
「んん?」
何だかよくわからないぞ。
「ゲートを渡るためにはフェルティガエでかつミュービュリの血を引くことが最低限必要だ。でないと渡った先で存在が維持できず、消滅してしまう」
「げっ……」
「ソータも親父殿も……ミュービュリの人間ではあるが、フェルティガエではないから渡れん。つまり、この方法は使えん」
「……」
渡っても死んじゃうんじゃ、意味ないよな。
「二つ目は、神器によって稀に生じる穴に飛び込むこと」
「穴?」
「太古の昔、ミュービュリから三種の神器がパラリュスにもたらされたことで、ミュービュリとパラリュスはかなり近い存在になった。その神器が通った後は壁が薄くなっており、稀に二つの世界をつなぐ穴が開く。この穴を使って行き来するのは、どちらの人間も可能だ」
「じゃあ、その方法で……」
「稀に生じる、と言ったであろう。お前達が来た穴はもう閉じている。それに、穴はいつ開くか、そしてミュービュリのどこにつながるかはわからん」
「……じゃあ、もう帰れないのか」
俺はガックリと肩を落とした。
この世界で旅をすることが俺の使命だったんだということは納得したけど、ずっとこの世界にいる覚悟までした訳ではなかった。
「わらわが、過去を遡り、ここに来た時点のミュービュリに帰す」
「えっ」
驚いて顔を上げると、ネイアがにっこりと微笑んだ。
思ったよりずっと可愛かったので、少しドキリとした。
「三つ目の、わらわにしかできない方法だ。だが、これはかなりの大技ゆえ、巫女は一生に一度しか使えん。親父殿を帰すのに使ったら、ソータは帰れないぞ」
「あ……」
そういうことか……。帰るなら、一緒じゃないと駄目ってことか。
「――わかった」
帰るためには、ネイアの力が必要だ。それなら、ネイアの頼みを聞かなければ俺も親父も帰れないということになる。
ネイアの言う旅とやらを終わらせなければ、どうにもならないんだ。
「……では、旅の話だ」
ネイアは手に持っていた地図を再び広げた。
「この地図の印がついている場所には祠があり、〈ジャスラの涙〉と呼ばれる結晶が安置されている。ジャスラに広がる闇を引き付けているのだ」
「闇って……この神殿で抑えているんじゃなかったのか?」
「闇の根源はここに封じてあるが、女神ジャスラは心を壊して泣きながら国中を彷徨ったため、地上にも広がっているのだ。そして……闇は、人の欲や劣等感にとりつき増幅していく。決して無くならない」
ネイアは溜息をついた。
「闇は……人の欲にとり憑く故、国の発展の推進力にはなりうる。よって少量なら素晴らしい力をもたらすと言えるが……増えすぎると危険だ」
「……どうなるんだ?」
「人々が私利私欲でしか動かなくなるため、戦となり……国は荒れる。まとまることはないであろうから……やがてジャスラは滅亡する」
「げっ……」
「お前の体内の勾玉は闇を封じることができる。よって、祠に集まっている闇を吸収し、この神殿に持ち帰り……ここにある勾玉に戻す。お前は最後の欠片の持ち主だから……これで、勾玉が完全な形を取り戻すことになる」
「そしたら……ジャスラから闇が無くなるのか?」
「……」
ネイアは黙って首を横に振ると……そっと俺に地図を手渡した。
「無くなることは……ない。とりあえず、三百年ぐらいは闇に塗れることはなくなる、というだけだ」
「え……」
じゃあ、三百年経って……また闇が蔓延したら、どうするんだろう。
「ただ、それはわらわたち、ジャスラの民の問題だ。ソータは気にしなくてよい」
「……」
「そのことに関して……一つ、頼みがある」
「へっ?」
ネイアは少し間をおくと、ポツリと言った。
「ミズナ……という名に、憶えはあるか?」
少女の言葉で、俺は再び神殿を見上げた。
しかし、俺の目には蠢く黒い闇ばかりで、勾玉とやらの形は全く見えなかった。
「あの闇は、女神ジャスラのなれの果てだ。神器の一つ、勾玉によって封じられている。封じたのは……太古の昔のヤハトラの巫女だ。わらわは第百二代目のヤハトラの巫女、ネイアと申す」
少女が丁寧に会釈をした。
俺も慌てて、少し頭を下げた。
かなり年下だとは思うけど……多分、このヤハトラという地で一番エラいのかな、と思って。
「勾玉をもたらしたのはミュービュリから来た、ヒコヤという男だ」
「ミュービュリ?」
「お前たちの住んでいる世界のことだ。こちらの世界はパラリュスという」
ネイアは少し溜息をついた。
「この辺りの経緯をすべて話すとなると長くなる故、端折るが……。女神ジャスラはヒコヤに懸想したが振り向いてはもらえず、やがて心を壊して闇と化した」
何となく、ヒコヤっていうのはさっきの目まぐるしい映像の中で見た男のことかな、と思った。
かなりハンサムだったし、何とも言えない雰囲気の女性に囲まれていたし。
あの女性のうちの一人が、ジャスラなのかも知れない。
「古の女王が女神テスラの力を借りてこの地中に神殿をつくり、勾玉を封じ込めて闇を抑えた。そして国を統べる女王ではなく、このヤハトラの巫女としてジャスラの闇を管理し続けることが役目となった。わらわの血筋は女神の分身を源としている故……特別な力――フェルティガを持っておる。その力でもって、このヤハトラで闇を封じ続けているのだ」
聞きなれない言葉が多くて少し面食らったが、巫女とやらが大変な使命を背負っている、ということだけは分かった。
つまり、生まれたときからずっとここにいて闇を見張ってるってことなんだ。
この場所から、一歩も出ずに……。
「しかし……実はヒコヤは、女神ジャスラに勾玉をもたらしたときに大きな失敗を犯していた。勾玉は完全な形ではなく、一部欠けてしまっていたのだ。そのことに気づいたとき、すでに女神ジャスラは封じ込められ、ヤハトラにも近づけなくなっていた。勾玉の欠片を見つけたヒコヤは欠片を飲み込み、やがて魂が生まれ変わった際に欠片をヤハトラに持ってくることを誓った」
ヒコヤなりの贖罪、というやつだろうか。
「その後……ヒコヤは何百年かごとに生まれ変わり、このヤハトラに勾玉の欠片を運んできている。お前が……その十代目。そして、最後の欠片をもつ人間だ」
ネイアが俺をビシッと指差した。
俺はドキッとして鳩尾を押さえた。
「そう……その体内にあるのだ」
「え、じゃあこれを返せば終わり?」
「そんな単純な話ではない」
ネイアはそう言うと、右手を伸ばした。
傍に控えていた女の人が何か紙切れのようなものをネイアに渡す。
ネイアは紙切れを広げ、俺に見せた。
地図のようだ。四か所に印がついている。
「お前には、これから旅に出てもらう」
「えっ!」
「これはジャスラの国の地図。印のある四か所には祠があり……」
「ちょっと待った!」
説明しようとしたネイアを俺は慌てて制した。
いくら何でも端折り過ぎだろ。訳が分からない。
「……何だ」
ネイアは少し不機嫌そうに聞き返した。
俺から見て、ネイアはかなり幼く見えた。なのに、どうしてそんな昔のことを今見てきたかのように語るのだろう。
「あの……今の話ってこの……ジャスラだっけ。この国の何千年も前の伝承、だろ? どうしてそんなにきちんと伝わっているんだ? 何かの、間違いとか……」
「間違いは、ない。すべて事実だ」
ネイアは俺の言葉を強い口調で遮ると、俺を真っ直ぐに見た。
「わらわは、過去を遡って視ることができるのだ。それが、ヤハトラの巫女に代々受け継がれているフェルティガだ」
「過去……?」
「勾玉や、この神殿に関する過去……それを遡ることで、何が起こったかを視ることができる。代々の巫女はそうして過去を視、同じ過ちを二度と起こさぬよう、闇がジャスラに蔓延ることのないようここで守って来た」
見てきたかのように、と思ったけど、実際に視た、ということか?
ネイアは黙り込んだ俺を、じっと見つめた。
そしてすっと俺の前に来ると、俺の手を取った。
「……な、何だよ」
ちょっとドキッとする。
ネイアの碧の瞳が慌てる俺の表情を捉えていた。
「お前は9歳のときに母を亡くし、父親にも友達にも隠れて泣いていたであろう」
「!」
「12歳で弓を始めたのだな。これは……何かの勝負かの? 勝利して、泣いておるようだが……」
「うわぁ! やめろ!」
「これは……去年かの。お前の周囲は女性が多いのう。好き放題し過ぎて何人かに殴られておるな」
「やめろって!」
「……」
俺が手を振り払って怒鳴ると、ネイアは口をつぐんだ。
今ネイアが言った話は、実際に俺が過去に経験したことだ。……全部。
つまり、過去を視ることができる、というのは本当だということ。
それを俺に知らしめるためにやったんだろう。……悪趣味だな。
だがそのおかげで、一応は納得できた。
このジャスラに起こった昔の出来事というのも、すべて真実なんだろう。
俺の身体の中――鳩尾に、確かに何かがある。
きっとこれが、勾玉の欠片。そして俺のやるべきことはジャスラにあったのかという、妙な実感も出てきた。
でも……。
「ネイアの話が本当だということはよくわかったよ。俺は、その……ヒコ……?」
「ヒコヤか」
「そう。その、ヒコヤの生まれ変わりだから、この地に呼ばれた、と。じゃあ、親父は? 何で呼ばれたんだ?」
「呼んでいない。誤ってついてきてしまったのだ。本来は振り落とされてミュービュリに残されるはずが……かなり強い信念の持ち主なのであろうな」
そう言うと、ネイアは俺達の会話を茫然と眺めている親父を見下ろした。
『ネイア、と、言う。よろしく』
ネイアが片言の日本語で挨拶し、頭を下げる。
親父は黙ったまま頭を下げた。口は開いたままだ。
俺たちが訳のわからない言葉でずっと話し込んでいるから、混乱しているのかもしれない。
「日本語、喋れるのか」
「少しだけだ。ジャスラでは、おそらくわらわだけだろう。ミュービュリと関わることは禁忌だからな」
「禁忌……」
「闇はミュービュリによってもたらされた故」
「……」
「で、話を戻すぞ。お前には今から旅に出てもらう訳だが……」
「ちょっと待て」
俺は再びネイアを制した。
「……今度は何だ」
ネイアがうんざりしたような顔をする。
しかし、俺にとっては重要な問題だ。
だって、旅に出るということは、これから長い時間、この世界にいないといけないということだよな。
今の話から俺はまあ、いいとして……。親父は?
「旅に出たら長い時間帰れないじゃないか。今の話だと、親父は関係ないんだろ? 親父だけでも元の世界に戻してくれよ」
「そうしたいのはやまやまだが、できぬ」
「何でだよ」
ネイアは溜息をつくとやれやれというような顔で俺を見た。
そんな顔をされても、こっちはそっちの事情が全く把握できてないんだから仕方ないだろうが。
「ミュービュリとパラリュスを行き来する方法は主に二つある。一つは、フェルティガエがゲートを開いて道を作り、それを渡ること」
「フェルティガエ?」
「フェルティガをもつ人間のことだ」
フェルティガは特別な力、だったっけ。
つまりフェルティガエは、その特別な力を操れる人間ってことか。平たく言うと、超能力者みたいなもんかな。
「ふうん……。ネイアはできるのか?」
「ゲートを開くことはできるが、渡ることはできん」
「んん?」
何だかよくわからないぞ。
「ゲートを渡るためにはフェルティガエでかつミュービュリの血を引くことが最低限必要だ。でないと渡った先で存在が維持できず、消滅してしまう」
「げっ……」
「ソータも親父殿も……ミュービュリの人間ではあるが、フェルティガエではないから渡れん。つまり、この方法は使えん」
「……」
渡っても死んじゃうんじゃ、意味ないよな。
「二つ目は、神器によって稀に生じる穴に飛び込むこと」
「穴?」
「太古の昔、ミュービュリから三種の神器がパラリュスにもたらされたことで、ミュービュリとパラリュスはかなり近い存在になった。その神器が通った後は壁が薄くなっており、稀に二つの世界をつなぐ穴が開く。この穴を使って行き来するのは、どちらの人間も可能だ」
「じゃあ、その方法で……」
「稀に生じる、と言ったであろう。お前達が来た穴はもう閉じている。それに、穴はいつ開くか、そしてミュービュリのどこにつながるかはわからん」
「……じゃあ、もう帰れないのか」
俺はガックリと肩を落とした。
この世界で旅をすることが俺の使命だったんだということは納得したけど、ずっとこの世界にいる覚悟までした訳ではなかった。
「わらわが、過去を遡り、ここに来た時点のミュービュリに帰す」
「えっ」
驚いて顔を上げると、ネイアがにっこりと微笑んだ。
思ったよりずっと可愛かったので、少しドキリとした。
「三つ目の、わらわにしかできない方法だ。だが、これはかなりの大技ゆえ、巫女は一生に一度しか使えん。親父殿を帰すのに使ったら、ソータは帰れないぞ」
「あ……」
そういうことか……。帰るなら、一緒じゃないと駄目ってことか。
「――わかった」
帰るためには、ネイアの力が必要だ。それなら、ネイアの頼みを聞かなければ俺も親父も帰れないということになる。
ネイアの言う旅とやらを終わらせなければ、どうにもならないんだ。
「……では、旅の話だ」
ネイアは手に持っていた地図を再び広げた。
「この地図の印がついている場所には祠があり、〈ジャスラの涙〉と呼ばれる結晶が安置されている。ジャスラに広がる闇を引き付けているのだ」
「闇って……この神殿で抑えているんじゃなかったのか?」
「闇の根源はここに封じてあるが、女神ジャスラは心を壊して泣きながら国中を彷徨ったため、地上にも広がっているのだ。そして……闇は、人の欲や劣等感にとりつき増幅していく。決して無くならない」
ネイアは溜息をついた。
「闇は……人の欲にとり憑く故、国の発展の推進力にはなりうる。よって少量なら素晴らしい力をもたらすと言えるが……増えすぎると危険だ」
「……どうなるんだ?」
「人々が私利私欲でしか動かなくなるため、戦となり……国は荒れる。まとまることはないであろうから……やがてジャスラは滅亡する」
「げっ……」
「お前の体内の勾玉は闇を封じることができる。よって、祠に集まっている闇を吸収し、この神殿に持ち帰り……ここにある勾玉に戻す。お前は最後の欠片の持ち主だから……これで、勾玉が完全な形を取り戻すことになる」
「そしたら……ジャスラから闇が無くなるのか?」
「……」
ネイアは黙って首を横に振ると……そっと俺に地図を手渡した。
「無くなることは……ない。とりあえず、三百年ぐらいは闇に塗れることはなくなる、というだけだ」
「え……」
じゃあ、三百年経って……また闇が蔓延したら、どうするんだろう。
「ただ、それはわらわたち、ジャスラの民の問題だ。ソータは気にしなくてよい」
「……」
「そのことに関して……一つ、頼みがある」
「へっ?」
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