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2章 三浦幸子 23歳 不妊治療

11話 悲しき夫婦のすれ違い1(1)

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9話10話『不妊症』 あらすじ
検査で誠が子供が出来にくい体質かもしれないと分かる。それを知った幸子は誠に検査を受けて欲しいと頼むが、誠は自分が悪いのかと言い強く拒否。否定出来ない幸子に「子供が出来たら良いのだろう」と言い幸子を無理矢理襲う。
次の日、幸子は病院に行き再度検査を受ける。二回の検査により、誠が子供が出来にくい体質である可能性がより高くなる。幸子は誠と話し合うと決めるが、誠を見た途端謝る。それを見ていた現在の誠は憤りを感じる。

一方、幸子は病院からもらった「人工授精」のパンフレットを隠し、不妊治療について考え直すと決める。
その姿を見ていた現在の誠は神に頼む。このパンフレットを破ったあの日に連れて行って欲しいと。

一 現在 一
倒れた誠は病院に運ばれCT検査を受ける。「くも膜下出血」と診断され、命が危ぶまれる状況だと分かる。


登場人物

三浦 誠(現在)  三浦 誠(現在)  55歳の普通の会社員。
ある日、妻に離婚要求をされるが誠はその理由が分からない。
それから1ヶ月後、「くも膜下出血」で倒れてしまい生死の境を彷徨う。死んだと思い、人生の悔いとして妻の離婚要求の理由を知りたいと願う。
神に離婚要求の理由を教えてやろうと言われ、過去の妻の記憶に魂を植え付けてもらい、過去の妻目線で過去の自分とのやり取りを見ている。
おしゃべりでおちゃらけている。

妻が仕事に家事で毎日疲れていると身を持って知る。
自分の母親が幸子をいびっていた事を知りショックを受ける。また、自分も幸子に酷い事をしていた事を目の当たりにして考えを変えていく。

三浦 誠(過去)  口数が少なく最低限の事しか話さない。亭主関白。何故か、妻から不妊治療について話されるのを過度に嫌がっている。
そして子供が出来にくい体質だと分かる。

三浦幸子(現在)  誠の妻。誠に離婚要求しているが理由は話していない。

三浦幸子(過去)  化粧品販売員で百貨店で勤めている。家事を一人でこなしている。大人しい性格。実は、姑にいびられていた。

誠の母親 子供を産むように誠や幸子に強く言っている。そして誠が知らない所で嫁の幸子をいびっていた。


―――――――――――――――――――――――

11話 悲しき夫婦のすれ違い1(1)

誠は神に頼み3ヶ月後に来る。季節は冬、二人で夕食を食べていた。食事は鮭のムニエル、グラタン、にんじんとブロッコリーの温野菜、かぼちゃのスープであり温かい食事ばかりだ。

変わらず幸子が家事を一挙に引き受け疲れているが、以前の重い空気はなく穏やかに過ごしている事が夫婦の表情から伺える。


「……ねえ、あなた。」

誠は思わず表情を険しくする。


「……あ、違うの。来週、結婚記念日じゃない?今年はどうしようかなって……。」

誠は先程の緩んだ表情に戻る。


「別に良いんじゃないか?もう結婚4年だし。」

幸子は一瞬表情を暗くするが、すぐに笑う。

「そうよね、確かに新婚でもないしね。」

幸子は食器を片付け始め、洗い場に持って行く。誠はその姿を黙って見ており話を切り出す。


「……ビーフシチュー。」

「え?」

「ビーフシチューが食べたい。」

「……明日?」

「違う。」

誠はお風呂に行く。


「え?……え?」

幸子は混濁の表情を浮かべる。

(こんな言い方で分かるか!結婚記念日と言えよ!大体な、こいつは毎日疲れているんだ!たまには外食ぐらい連れて行ってやれよ!)

現在の誠は思わず思考する。そして幸子も話の前後を考え誠が言いたい事が分かったようだ。


過去の誠がお風呂から上がってくる。何か言いたそうにしているが、黙っておりそんな誠に幸子は一言呟く。

「ビーフシチュー食べてくれる?」

「……あ、ああ。それより酒!」

「はい。」

幸子はその姿に笑っている。この夫婦はいつもそうなのだ。無口な夫にそれに応える妻、平成の夫婦にしては夫が亭主関白であるがそれで上手くいっている。


(こいつが俺を立ててくれたから上手くいってたんだよな……。なのに俺は……。神様、今度こそ来週の結婚記念日にして下さい。)

『本当に良いのか?』

(はい、幸子の立場で見て来ます。)

『分かった……。』


神は誠の希望通り、結婚記念日の幸子の記憶に誠の魂を植え付ける。誠はこれから起こる事を覚えているが、やはり幸子の目線で見ないといけないと考えている。



ピピピピー、ピピピピー、ピピピピー。

結婚記念日の朝、アラームが鳴る。しかしそれは基礎体温計の音ではなく、目覚まし時計だ。

幸子は目覚まし時計を止めリビングに行く。毎日していた測定も記録もしていない。そう、幸子は不妊治療を止めたのだ。離婚したくないから子作りを決めていたが、それにより夫婦仲が悪くなっている。本末転倒だと気付いたから。誠は昔の恋人と寄りを戻したりしない、そう信じると決めたのだ。

幸子はいつも通り朝食の準備をしている。今日は土曜日、珍しく二人共休みのだ。……実は幸子は休みの希望を出していた。不妊治療の為に休みや半休を取らなくて良くなった為、結婚記念日に休みの希望が出せたのだ。鈍い誠はそんな事分かっていないがそれで良い。幸子はそれで良いのだ。

(夕食作ってくれるから、朝なんて良いのに……。昼まで寝よう。)

しかし幸子はいつも通り昆布で出汁を取りながら、朝食のオムレツの卵を溶き、中に入れるほうれん草を茹で始める。とった出汁に豆腐、あげ、わかめを入れ味噌汁を作ろうと鍋をストーブの上に乗せる。

(いつも冬はストーブだよな?時間かかるだけなのにな……。)

誠のぼやきなど知らず、幸子は夕食のビーフシチューの牛肉を出し一口大に切り分け調理酒に漬けアク抜きを行う。

(やはり外食にしたら良かった……。気が利かないな俺は……。)


七時になり洗濯機を回そうとし幸子は一言呟く。

「……あ、今日土曜日だった。」

洗濯機のスイッチを切り料理に戻る。

(土曜日?何かあるのか?)

誠は幸子の気遣いが分からない。料理に戻り、玉ねぎにんじんを刻み、他の付け合わせとしてマカロニやえびを茹でたり、クリームスープを作ったり、トマトとみじん切りした玉ねぎをオリーブオイルで和えたり、ストーブで茹でた出汁汁に味噌を入れ放置し空いたストーブで牛肉を炒め始めたりと幸子は手を休めない。

八時なり、ようやく洗濯機を回しまた料理に戻る。茹でたマカロニとシーチキンを混ぜ合わせ、作ったクリームスープに混ぜ合わせたマカロニクリーム和え、きゅうりやレタスや茹でたエビを巻いた生春巻き、その付け合わせのソース。幸子は段取り良く作っていく。


ピー、ピー、ピー。洗濯機が止まり幸子は料理を中断させ洗濯物を干している。すると……。

寝室の引き戸が開く。誠が起きて来たのだ。

「あ、おはよう。」

「……ああ。」

誠は歯磨きに向かう。幸子は洗濯物を干すのを中断し、先程まで作っていた温めるだけで良い味噌汁をコンロで加熱し始め、その横でフライパンにバターを入れ加熱し溶いておいた卵を焼き始めオムレツを作り始める。その横で山芋を擦り、ねぎを刻み納豆に乗せる為に出す。

幸子が朝食を作っている間も誠は台所の食卓に座っている。やりかけの洗濯物があっても気にも留めない。

(お前がやれよ!)

誠は過去の自分に悪態をつく。


「おまたせ。」

幸子は朝食にご飯、ほうれん草のオムレツ、納豆に付け合わせの山芋の擦ったものと刻んだネギ、豆腐とあげとわかめの味噌汁を出す。

誠は黙って食べている間、幸子は黙々と洗濯物の残りを干している。洗濯物が終わると幸子も食べ始める。


「……良かったんだがな……。」

過去の誠が呟く。

「……え?」

「ビーフシチューだけで良かったのに……。」


(はぁー?おい、お前!何時から作っていると思ってるんだ!)

「でも、さすがにシチューだけじゃ少ないから。」

幸子は苦笑いする。


「……外食にすれば良かったな……。」

過去の誠は呟く。


「そんな、寒いし家でゆっくりしましょう。」

「……ああ。」


互いに黙り込む。しかし誠は珍しく、また話を始める。

「……外にでも行くか?」

幸子は驚いて誠を見る。誠は寒いのは平気だが人が多いのが苦手だ。だからあまり外出を望まない。幸子は分かっているから外に行きたいと言わないようにしていた。しかし幸子は外出が好きな為、我慢していたのだ。


「いいの?」

「ああ、遠くには行けないがな。」


幸子は前から一緒に見に行きたいと考えていたものを話すと決める。

「あのね、イルミネーションが見たいの。」

「なんだそれ?」

「ほら駅で綺麗な光があるでしょう?あれイルミネーションというの。だからあれが見に行きたいの。」

「毎日見てるじゃないか?」

「……あ。確かに。」

お互い黙る。


確かに電車を利用する二人は冬の風物詩である、駅のイルミネーションを見ている。

「……えーと、じゃあ……。」

幸子は思い浮かばない。それぐらい誠と一緒に外を出歩く事を考えられないのだ。


「……夜に駅だな。」


「え?いいの?」

「少し歩くだけだ。夜ご飯の時間を早めたら良い。」

「ありがとう。」

幸子は嬉しそうに微笑む。

……その姿に誠は目を逸らす。


確かに通勤に駅を利用している為毎日見ている。しかし幸子は誠と一緒に見たいのだ。


不妊治療を辞めて三ヶ月、タイミングの事で空気が悪くなる事もなく二人は穏やかに過ごしている。無口な夫にそれを読み取る妻。お互いあまり話さないが、仲の良い夫婦である。


幸子は嬉しそうに食器を洗い、誠は目を逸らしテレビを見ている。話す事はないが基本二人は同じ空間に居る事が多い。朝食が遅かった為、昼食は食べずに夕食を食べてイルミネーションを見に行こうと話す。幸子が機嫌良く夕食の用意をしていると何かが足りないと気付く。


「あれ?フランスパンがない!」

昨日の買い物袋を探すが見当たらない。買い忘れたようだ。

「……別にご飯で良い。」

誠はぶっきらぼうだが実は結構優しい。本当はビーフシチューには幸子特製のオリーブオイルをまぶして焼いたフランスパンが食べたいが、寒い中買いに行くのは大変だと思い妥協している。

「でもビーフシチューにはフランスパンでしょう?買ってくるわ。すぐ帰って来るから!」

「……早く帰って来いよ。」

「うん!」

幸子はエプロンを外し買い出しに行く。現在の誠はこの先を知っているからこそ必死に思う。


(……パンなんていいから家に居てくれ。母さん来ないでくれ……。)


無情にもこの夫婦は一緒にイルミネーションを見に行く事は出来なかった……。

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