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20話 四十九日(1)
しおりを挟む産後一ヶ月を過ぎ、小春は笑う事が増えた。テレビを見て、可愛い乳児が出ても何も言わずただ笑っていた。
夜、我が子を思い出し泣く事もすっかりなくなった。家事もしっかりこなし、一見すると立ち直っているように見えた。しかし……。
ある日の夜、樹は慌てて玄関の引き戸を開ける。
「おい!いるのか!おい!」
小春を探すが見つからず焦るが、二階だと気付き駆け上がる。その部屋は樹が子供の頃に過ごした自室であり、生まれて来た子が成長した時の部屋と決めていた場所だった。だから今置いてある物は……。
「小春!」
樹が思った通り、小春は二階の部屋に居た。……亡くなった子が使う予定だったベビー用品をまとめて片付けて置いたこの部屋に……。
小春は泣き疲れたのか、ベビー服を抱きしめ眠っていた。
部屋は暖房器具などなく、まだ二月上旬の現在。部屋は寒かった。
「……あ!ごめんなさい!」
小春は慌てて飛び起きる。
「……いや、どうした?」
「ううん、なんでも……」
小春はまた笑う。
「なんでもない事ないだろう!」
樹にそう言われ黙り込んでしまう。
「あ、いや……、俺はお前が……」
「買ってきた物!」
小春は慌てて階段を駆け降り車に走る。その車は明らかに歪んで止められており、いつもと違う小春の精神状況が現れていた。
樹が慌てて小春を探した理由はそこにあった。
幸い冬の気候だったのと、生物や冷凍食品がなかった事から食品は大丈夫そうだった。四十九日が明けるまで精進料理にしており魚肉は買わなかった事が幸いした。……一つを除いて……。
「卵!」
全て割れていた。
「あー」
小春は頭を抱えて嘆き、夕飯を作っていない事にまた叫ぶ。
「……今日は卵かけご飯やり放題だな」
「ごめんなさい……」
「明日の朝はスクランブルエッグ、お弁当は卵焼き、夜はオムライスで消費出来るだろう」
「……うん。一パックだけにしていて良かった……」
二人はテレビも付けず、黙々と食事をする。いつものように順番に風呂に入り、和室に布団を敷き一緒に眠る。
「……チビちゃん……」
小春は久しぶりに亡くなった我が子を呼びながら泣き始める。樹にはどうしようもなく、ただ抱きしめる事しか出来なかった。
次の日、小春はいつも通りに戻っていた。仕事に行く樹の朝食とお弁当を作り、使った食器を洗っていた。
樹は安堵し、前から小春に聞いていた事を改めて聞く。
「……そろそろ納骨しないとな。どうするか決めたか?」
小春はその言葉にビクッとなる。樹を見つめ、また目を逸らす。
「遠慮しなくて良い。お前の両親の元に入れてあげよう」
「……それだったら私達が死んだら一緒に居られないよ?」
「じゃあうちの墓にするか?」
小春は黙り込む。
「……そろそろ住職さんに電話しないと四十九日に間に合わないから……」
「……ごめんなさい……」
「謝らなくていい。……なあ、ベビー用品寄付しないか?」
「え!」
小春は樹を見つめ、その言葉の意を知ろうとする。
「……くれた人達もチビも物達も、使える子が使ってくれた方が幸せだろう。だからうちに眠らせておくより、よっぽど良いだろう?」
「……そう……だよね……」
「会社で子供が生まれる人が居たら声かけるな。元々ベビーベッドやベビーカーは貰い物だったんだ。次の人に回さないとな」
「うん……」
使わない子供の物の片付け、納骨。それは夫婦が我が子を忘れる為に必要な事だった。
四十九日は故人の魂が「あの世」と呼ばれる所に旅立つとされる日。穢れのない小さな命は間違いなく「天国」に旅立つだろう。そしてそこには善行を重ねていた、樹と小春の両親が可愛い孫を待っているだろう。
そして、遺族が悲しみから立ち直る一つの節目と言われる。それが四十九日だ。
墓参りの時に、孫がもう少しでそっちに行くから自分達の代わりに可愛がって欲しいと樹は頼んでいた。……だから自分達は我が子を忘れて生きていかなければならない……。
樹はそう思っていた。
一方、小春の様子はより変わっていった。よく喋り、よく笑い、やたら家中を磨き上げるようになり、明らかにおかしくなっていた。
その姿に樹は気付く。過去の自分だと……。
小春は今無理をしている、止めないといけない。
そう思い四十九日の前夜、樹は小春に話をすると決める。
小春はその日も家事を一通りし、部屋中を磨き上げ、それでもまだ仕切りに動き回っていた。
樹が折を見て話をしようとするが、小春は忙しいからと言い話をしようとしなかった。こうして寝る時間となり、樹は今度こそ話をしようとするが、小春が眠いからと言い聞かない。
樹は今日話すのは無理だと思い、寝ようと小春の側で横になる。いつもの事だった、しかし今日は……。
「……もういいから……」
小春は樹に背を向ける。
「……明日で四十九日だもの、立ち直らないと……」
そう言う小春は小さく震えていた。
樹はその姿に思う。やはり今の小春は過去の自分だと……。無理をさせてしまった……と。
「……お前は今何を考えている?」
「え?」
「何を考えているのかを聞いている」
「別に……」
小春は樹を見ずに話す。
「俺はお前が知っている通り鈍い男だ!しかも口下手ときた!だからお前が何を考えているのか分からんし、上手く話す事も出来ん!だから直接聞く!何を考えている?お前はどうしたいんだ!話してくれ!」
小春は樹のその言葉にゆっくり顔を向ける。今宵は満月と数々の星々が輝きを放ち、窓からの月明かりによりお互いの顔を認識出来た。
小春は樹をじっと見る。しばらく黙り込み、自身の感情の全てを話し始める。
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