上 下
17 / 30

16話 熱発

しおりを挟む



強い雨が降る中、二人は帰って来る。

雨に濡れた為、樹は風呂場を洗いお湯を溜め始める。

そして小春に何か飲まないか聞こうと和室に行くと、小春は遺骨を抱きしめたまま和室の入り口で立ち尽くしていた。


樹には分かる。小春が今何を考えているかを……。

「……悪い……」

「ううん、ありがとう……。片付けるの大変だったよね?」


「大した事じゃない、それより何か飲まないか?」

「……いらない」

その場は静まり返る。


「風呂入ってこい。」

「え?あなたも濡れているし……」


「いいから、入ってこい」

「……うん」

小春は風呂場に行く。脱衣所は寒く、服を脱ぐとひんやりし、それは浴室に入っても同様だった。浴室暖房がなく、古い建物である為、よりひんやりするのだ。

小春はシャワーを出し浴室内を暖かくしようとするが、初めは水でありとても寒い。


しばらくしお湯が出ても寒く、震えながら髪や体を洗いながら考える。何故こんなに寒いのか?今日はこんなに寒いのかを。

小春はようやく気付く。今日が寒いのではなく、いつもが暖かった。樹が先に入ってくれていたから……。


心が温まり、風呂から出る。

和室に戻ると部屋は暖かかった。ストーブをつけてくれていたからだ。……そして線香の香りがした。


「……ありがとう。あなたも入って。風邪引くから」

「ああ」

小春は仏壇前に座り込み、遺骨と線香をただ見ている。


「寝ろ」

樹は小春を無理矢理引っ張ろうとする。


「今だけ……、あなたがお風呂に入っている間だけ……」

いつもの樹ならこのまま引っ張って行く。しかし今日は……。

「……分かったよ」

小春の意思を尊重し、樹は風呂に入って行く。そして、いつもより早く出て来る。


「おい、湯に浸かってないだろう!もう一度入ってこい!」

樹は強い口調で話す。


「……あ、今ねお湯に浸かれないのよ」

「何訳分からない事言っているんだ!早く入ってこい!」

樹は詰め寄る。


「……出産後一ヶ月は入ったらだめらしいの。細菌とかに感染しやすいらしいから……」

「こんな寒い日でもか!」

「うん」

樹は小春の体が冷たいと気付く。


「……早く言え!」

樹は怒りながら、小春の布団をひく。


「早く寝ろ!」

「うん」

小春は髪を乾かし、布団で横になる。中には湯たんぽが入っており暖かかった。


「俺は買い物に行ってくる。大人しく寝てろよ」

「……え!私も……!」


「安静の約束だろ?それに今日買い物に行かないと明日から店やってないから、俺だけで行ってくる」


この時代は正月に店が営業しているのは珍しく、年末に買い溜めをしておかなければならなかった。


「作るから、行かないで……」

「まだ食べられないだろう?」


「食べれるよ!」

小春は無理に引き留める。それぐらい、置いて行かれるのが嫌だった。


「……チビの為の線香もいる。四十九日……だからな……。お前は側に居てやれ。一人なんて淋しいだろう?」

「……うん」


「早めに戻ってくるから、寝てろよ?」

「うん」


樹は激しい雨の中また車を走らせ、一時間程で帰って来る。

樹が和室に入ると、小春は横になっているが布団をしっかり被っていない。そして仏壇に置いておいた遺骨の位置が変わっていると気付く。……また玄関で遺骨を抱えて待っていたと分かる。

新たな線香に火を灯し、小春の元に向かう。


「ん!」

樹はまたぶっきらぼうにケーキを渡す。


「……ケーキ?」

「こうゆう時こそケーキだ」


「……ありがとう」

「コーヒーで良いか?」

小春はだめだと言おうとし、黙る。……もう我慢の必要はない。

「ありがとう……」


台所に行き二人で食事をする。

樹は卵かけご飯を食べており、食べないか聞くも、小春はいらないと首を横に振る。


「……美味しい」

「……前はコーヒーなしで、ケーキひっくり返したからな……」


「あれはあれで美味しかったわよ。だって……」

小春は黙り込む。しばらくし、また泣き出してしまう。


「あ!……悪い……」

「違うの……」

あの時の幸せな時間を思い出してしまい、涙が止まらなくなった。


結構、ケーキは半分も食べずコーヒーを飲んで寝込んでしまう。



── 余計な事言わなければ良かった……。

そう思いながら、樹は新たな線香に火を灯す。


── 何故こうなった?今頃、子供を連れ帰って……。


我が子の遺骨と蝋燭の火、そして線香からのぼる小さな煙をただ見ている。

……それは我が子を火葬した時に煙突から上がった煙にそっくりだった。


樹は咄嗟にその場を離れ、換気扇の前で煙草を吸う。

何かあった時の為に好きな酒は飲めない。だから煙草を吸う事でしか自分を支える事が出来なかった。


「……はぁー」

少し気持ちも落ち着き、テレビを付ける。

時刻は七時半、大晦日に小春と毎年見ている歌番組がやっていた。

毎年、テレビが始まるまでに風呂に入ってしまい、年越しそばを食べながらテレビを見るのを楽しみにしていた。その後に食べるつまみと酒、お菓子とコーヒーが最高の贅沢だった。


毎年楽しく見ていたが一人で見ると面白く感じず、すぐテレビを消す。


── 明日は正月、何をしようか?

樹は考える。いつもなら朝から餅と小春が作ったお節料理を食べ、昼頃に初詣に二人で行き、いつも子宝を願っていた。

今回は新生児がいるから初詣の予定はなかったが、その代わり春先にお宮参りに行き神に挨拶と感謝をしに行っていただろう。叶わなかったが……。


── 寝るか……。

樹が和室に行くと、小春は寝ておらずまだ泣いていた。


見かねた樹は黙って小春の布団に入る。


「……あなた?」


「……狭くなって悪いが……」

「ううん、ありがとう……」

小春は樹に抱きつく。


……小春は以前より、樹から漂う匂いに気付いている。しかし何も言わない……。


こうして二人が寝ている間に年が明ける。外の雨は止む事もなく降り続けていた。





元日、昨夜は早くに眠った為二人は早くに目が覚めた。しかしする事もなく布団でただ横になっていた。

樹は線香の火を途切れないようにする為に夜中に何度も起き、よって睡眠不足だった。


昼頃になり、二人は起きてテレビを付け食事をする。正月番組に幾分か気分も紛れ穏やかに過ごしていたが、CMで可愛い乳児が出てくると小春はまた泣き出し、樹はテレビを消す。……テレビですら、気軽に付ける事が出来なかった。

結局、何もする事もなく二人で寝て過ごすだけだった。



そんなふうに三が日が終わろうとした時に異変が起こる。


「はあ、はあ……」

小春の顔を紅潮させ、呼吸も早く、苦痛に顔を歪めていた。

熱を測ると、38.5℃の熱を出していた。


「おい、熱があるじゃないか!病院に行くぞ!」

樹はそう言い、病院に行く準備をする。


「……でも、明日の約束だし……」

「何言ってるんだ!ほら行くぞ!」

樹は小春を病院に連れて行く。




しおりを挟む

処理中です...