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10話 生まれて来た天使
しおりを挟む死産が分かり一日が過ぎた。小春は亡くなった我が子を産む為に処置を受け、陣痛促進剤を点滴にて受ける。
点滴を受けながら二人は窓から外の景色を見る。
空は前日から雪がチラチラ降って曇っており、積もった雪が木々や建物に積もっている。
「……これで良いんだよね?」
小春は小さい声で呟く。
「ああ、外の世界を見せてあげよう……」
樹は小春の手を握る。
二人はただ、降り積もる雪を黙って見て過ごす。
自分達が選んだ選択は間違っていないと自分に言い聞かせてながら……。
……しばらくし痛みが出て来たのか、小春は表情を歪める。
「……大丈夫か?」
「……うん、大丈夫」
小春は無理に表情を緩める。しかし傍目からでも無理していると分かる。
樹は小春の手を強く握る。お互いの顔を見つめ、ただ我が子が産まれて来てくれる事を待つしかなかった……。
五時間後……
「痛い……、痛い……」
小春は我慢出来ない痛みにただ耐えており、樹はただ手を握っている。
男はそれ以外出来る事は無いからだ。
「大丈夫?」
助産師が様子を見に来てくれる。
「……はい、大丈夫です……」
小春はそう言うが相当我慢していると見える。助産師は小春の背中を押し、楽になる場所を探す。
「お父さん、お母さんの背中を押してあげて。その方が楽になるから」
助産師は場所を教えてくれる。
「して欲しい事は言った方が良いからね。我慢しないでね」
そう言い、助産師はまた様子を見に来ると言ってくれる。まだ生まれる気配はないとの事だった。
「ここか?」
「うん……、ありがとう……。楽になってる……」
小春は我慢するしかなかった。陣痛が来ないと出産は出来ない。だからただ耐えるしかなかった……。
十時間後……
悲しい出産から十時間経つが、まだ産まれる兆しがなく、小春はただ痛みに耐えている。
「……痛い……。痛い……」
「もう少しだ……、もう少しで生まれるて来てくれる。」
小春は小さく頷くが、思わず漏れる「痛い」の言葉以外出てこない。それほど気力も体力も消耗していた。
一方、樹も必死だった。陣痛が強くなるにつれ、強く押さないと痛みが軽減しないように見えた為、力の限り強く押した。痛みから指の感覚は失くなり、小春が痛がる声を聞きながら、ただ早く生まれて来てくれる事を祈るしかなかった。
「もう、もう無理……。もう……」
小春の目からまた涙が溢れ出す。
「もう、良いの。私も……、私も一緒に……。この子と一緒に……」
「何馬鹿な事言っているんだ!そんな……、馬鹿な事……」
「だって、私……。この子が居なかったら生きていけない……」
樹は黙り込む。かける言葉が見つからないのだ。
小春の涙は止まらない。我が子の死を知りどれほどの涙を流しただろう。しかし、止めどなく溢れてくる。
樹はただ小春を抱きしめその言葉に応える。死なないでくれ……と伝えるかのように……。
それから二時間が経ち、やっと胎児の頭が出てくる。陣痛促進剤を使用し十二時間。小春の精神体力共に限界だった……。
「分娩室に行きましょう」
小春は陣痛の間に助産師に連れられ分娩台に乗る。これからが一番の激痛が待っている。
「もう少しです。頑張りましょう」
「……は……い」
小春は必死にいきむ。本来なら胎児と母親が力を合わせて出産するものだが、お腹の胎児は亡くなっている。その為、小春一人で頑張らないといけないのだ。
「うー!うー!はぁ、はぁ、はぁ。痛い!痛い!」
樹はただ小春の手を強く握る。
── 頼む、早く生まれてきてくれ……。早く苦しい時間を終わらせてくれ……。
樹はひたすら願った……。
「ああー!!」
分娩台に乗り一時間、何かが出て来た感覚がする。その瞬間、痛みがスッと引いていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
出産を終えても分娩室の中は静かだった。可愛い産声も、夫婦の歓声も、おめでとうの言葉もない。これが亡くなった子供を産むという事だった……。
「お疲れ様でした。よく、頑張りましたね。お母さん」
医師が来て、生まれた子供の診察し始める。
12月25日、23時51分、2648gで生まれたその子は可愛い男の子だった……。
40週と1日の短すぎる生涯を遂げた息子は安らかな表情で亡くなっていた。
「……チビちゃん……。」
小春は生まれて来た我が子に手を伸ばす。
「待って下さいね。今先生が診てくれていますから……。」
しばらく二人は待つ。我が子が亡くなった理由が分かるかもしれない。理由を知った所で我が子は戻って来ない事は充分過ぎるほど分かってはいるが、それでも理由は知りたかった……。
医師はしばらくし助産師を呼ぶ。赤ちゃんの対応を頼み、夫婦の元にやって来る。
「……赤ちゃんの異常は見つかりませんでした。そして、へその緒が捻じていた痕が見つかりました。おそらくお腹の中で元気に動いていた際に、へその緒が捩れてしまって酸欠を起こしたのだと思います……」
「……そう……ですか……」
赤ちゃんの死因は事故だった……。これは医師も、母親も防ぐ事は出来ない、抗えない悲しい運命だった……。
「赤ちゃんは……?」
「今から助産師が赤ちゃんの体を綺麗にします。寒いからお洋服も着せてあげないと……。お母さんの体が回復したら病室に連れて行きますからね」
「……はい」
そう、小春は分娩を終わらせたばかり。まずは自分の体を回復させる事を考えないといけなかった。
二時間程、分娩台で休んだ小春は助産師に体を支えてもらい病室まで歩く。死にたいとまで思ったが、体は回復している。
何故、お腹の子供と共に連れて行ってくれなかったのか。その事ばかり小春は考えてしまう。
ベッドで横になり、窓から空を見る。雪は変わらず降り続いており、暗い空から白く美しい雪がただ静かに降り注いでいる。
「……お母さん、お父さん、赤ちゃんですよ。」
亡くなった子供は他の乳児と同じように、キャスターの付いた病院のベビーベッドに乗せられ、乳児が着る白いベビー服を着せられ連れて来られた。しかし一つ違うのは、顔に白い布がかけられている事だった。
小春はゆっくり布を外す。そこには可愛い顔をした男の子が目を閉じていた。
「……可愛い……、なんて可愛いの……。あなたそっくり……」
「……本当だな……、俺に……」
樹は言葉に詰まる。
その子は樹にそっくりだった……。
二人は我が子の頬を触る。亡くなって数日経った体は冷たくなっていたが、その頬は柔らかくプニプニしており小春のお腹の中で成長を遂げていたと見て取れる。
本来なら子供が生まれ、対面したこの瞬間が人生で最高に幸せな瞬間となるが、この夫婦は違う。
生まれた我が子にこの先はなく、待っているのは悲しい別れだけ。どれほど激痛に耐え子供を産んでも子を育む褒美はない。
何の為に十年の不妊治療に耐え、悪阻に耐え、数々の不調に耐え、お腹の子の命を守って来たのか……。
……我が子に対面し、その命を育みたかったからだ……。
小春はそんな思いを一言も発せず、我が子を抱き上げ窓に近付く。そして幻想的に降る雪を見せる。
小春は我が子を強く抱きしめる。生まれてすぐ別れなければならない我が子を想いながら強く……。
……夜は明けていき、外は少しずつ明るくなっていく。東の空は東雲色に包まれていった。
連日の雪は降り止み、明るい日差しが差し込んでくる。それは積もった雪が照らされ、美しく幻想的な景色だった……。
「見て……。外はね、こんなに美しいの……。」
そう言葉にし、我が子に笑いかけるが涙は止めどなく溢れてくる。
青空が、陽の光が、照らされた雪が美しければ美しい程、何故我が子はこの美しい世界に生を受ける事は出来なかったのかと、余計に涙が止まらなくなる。
日が上り雪が溶け落ちていく雫、空に広がる雲と青空、茜色に染まった夕日、冬の透き通った空に見える満面の美しい星々。
そしてまた夜が明けようとするが、小春は我が子を離さず窓から外の景色を一緒に見続けている。
どれほどの涙を流し、嗚咽を漏らし嘆き苦しんでも、その涙が枯れる事はなかった……。
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