【完結】君と綴る未来 一 余命僅かな彼女と 一

野々 さくら

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5話 高校一年生 青葉より光溢れる頃(2)

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「はぁはぁはぁ」
 学校では話さないと約束していたからそれを守り、こいつは追いかけてきたみたいだ。
 バカだな。連絡先知ってるんだから、メッセージ送るなり電話なりしたら良いのによ。
 ……まあ、この場所に立ち尽くしていた俺にだけは言われたくないだろうがな。
「久しぶり……だね」
 そう声を出したかと思えば、こいつはその場に膝をつく。
 それこそ下は地べたにも関わらず、完全に腰を下ろしてしまい、ゼエゼエと俯いてしまった。

「どうした?」
「ううん……。なんでも」
 言葉とは裏腹に、その息遣いは一向に落ち着かず体を動かす気配もない。
 俺は仕方がなく、付近のベンチまでこいつを連れて行くことにした。

「え? いいよ……。迷惑だし」
「こんなところで座られている方が、よっぽど迷惑なんだよ!」
 そう言い、半無理矢理こいつを背負う。
 あれ?
 後ろを振り返りたい衝動を抑え、並木道の横にある神社に向かう。
 そこには、参拝客や花見に来た一般人の休憩用のベンチがあった。

「ごめんね。夏休みダラダラし過ぎちゃったかな?」
 まだ呼吸が安定しないこいつは、鞄から水筒を取り出しゆっくり飲み始める。
 すると風が吹き髪が靡くが、それは以前とは違った。
 髪はパサパサ、肌はカサカサで艶はなく、全体的に痩せ、半袖のセーラー服から伸びる腕や足の肉付きが変わっており、背負った体は明らかに軽かった。

「なあ。……いや」
 気付けば、喉まで出ていた言葉をグッと飲み込んでいた。
 こいつの目が、そのことに触れないでと言っているようで。

 だから俺は、ただ空を見上げた。
 青く澄み切った空、もくもくと流れる入道雲、眩しく照りつける太陽。
 強い日差しを塞いでくれる青葉は、時折サワサワと枝を揺らし風の音を知らせてくれる。
 そんな時間をただ過ごした。

「夏休み執筆出来なかったの……」
 やっと呼吸を落ち着かせたこいつは、そう呟いた。
「だから、九月末の公募も間に合わないだろうし。私、何やってるんだろうね」
 靡く髪を片手で抑えたその姿は、あまりにも美しく、そして儚げで。

「そうゆう時は無理しなくて良いだろう?」
「え?」
「別にそれだけじゃねーし。それによ、無理して嫌になったら意味ないだろう? チャンスはこれだけじゃねーし」
 俺の言葉に、目をぱちくりさせたこいつは下がっていた口角をスッと上げてきた。

「藤城くんって優しいね?」
「はあー? お前、この暑さでおかしくなったんじゃねーか? ……んで、次は!」
 むず痒い感情を抑える為、声を張り上げる。
「それ言ったら、『やる気あるのか?』とか『もう見るのやめる』って突き放されると思っていたの。だって、一ヶ月半も出来なかったんだよ?」
「バカか? 無理に書いたものなんてつまんねーんだよ。そんなの見せられる身になってみろ!」
「あ、そっか。ごめん」
 変わらず口の悪い俺に、こいつは素直過ぎる返答をしてくる。

「分かればいーんだよ。……んで、次は?」
 だから、被せてそう呟く。
 こいつと相反して素直になれない俺は、優しく話したり気遣いは一切出来ない。
 だから、言葉でしか表せなかった。

 「次」の言葉に、また華を舞わせたこいつは、十一月末の文学賞に挑戦したいと口ずさんだ。
 規定は十万文字以上で残り三ヶ月。
 当然ながら学生の本分もあり、正直ギリギリだろう。
 そして見るからに体調が悪そうなこいつを、このまま挑戦させて良いのだろうか?

「大丈夫だよ。ちゃんと寝るから」
 俺の心を読んだかのように、微笑んで答えてくる。
「ああ。またぶっ倒れたら、もう読まねーからな」
「気を付けるよ」
 へへっと笑うこの姿は、悪いことがバレたいたずらっ子のような顔で、そんな顔をするのだと、まじまじと見つめてしまった。


「何?」
「い、いや! それよりお前帰れるのか?」
「うん。お母さんに迎えに来てくれているから」
「なら、良いけど」
 話で誤魔化しつつ、こいつの顔を見るが、やはり顔色が悪く頬や唇の色までくすんでいる。
 ……日陰でそう見えるだけか?
「あ、時間かかるだろうから先に帰っていいよ。ごめんね」
「はあ? ぶっ倒れた奴、放置して帰るなんて後味悪い事出来るかよ?」
「やっぱり優しいよ。藤城くん」
 俺を見てクスクス笑うその姿に。
「知るか」
 とそっぽ向く。
 この時間が永遠と続けば。
 風の音を聞きながら、ひたすら願った。

 ピコン。
 その音は、俺を現実に引き戻すには充分だった。
「あ、近くまで来てくれたみたい。ありがとう」
「ああ」
 俺達は立ち上がり、先程の並木道に戻って行く。
 こいつの足取りも戻っており問題無さそうで、車が止められる駐車場付近まで見守る。
「明日ねー!」
 あいつはゆっくりと歩いていき、俺も背向けて歩いてゆく。
 やれやれと思いつつ、気付けば足を止めている自分が居た。
 夏休み、クラスの奴らと会ったのか?
 あいつと居る間、そんな野暮なことが喉元まで出かかっていた言葉。あの話の内容的に女子とは会っていても男子共とは連絡を取り合っただけじゃないかと、予想が立てられるのにも関わらず。
 あいつと別れた途端にまた沸き立つ、腹の奥より押し寄せる苛つき。それを抑えようと、振り返っている自分がいた。すると、そこには。
 まだこっちを見ていて、俺の視線に気付くと華のような笑顔で手を振ってくる、あいつ。
 その姿に、俺はプイッと反応する。
 なんだよあいつ。さっさと帰れよ!
 腹にあった苛立ちは一瞬で消え去り、体から感じる暑さが熱さに変わっていく。その感覚を無視してズンズン歩いて行くと緑のトンネルを抜け、強い日差しに迎えられる。
 いい加減にしろよ! 熱い、熱いんだよ。
 額の汗を乱暴に拭いジリジリとする中を抜け家に着くと、俺は冷蔵庫の炭酸水に氷をぶちこみ一気に飲み干すが、その火照りは一刻に止まなかった。
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