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2話 高校一年生 蝉声響く頃

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 桜が散り、青葉が茂る頃。
 昼の暖かさと打って変わり、冷える夜。
 俺は珍しく机に向かい、自室でパソコン相手に一人ぶつぶつと呟いていた。
「うん。文体、構成はよく出来ている。ただ冗長だな。絞った方が良さが出るんじゃないのか?」
 パソコンに映る文面を確認しながら、メッセージアプリに長文を打ち込んでいたが、ハッとなり打ち込んだ文章を全削除する。
 何マジになってるんだ? これは口止めの為。適当で良いだろ?
 そう思い直し、箇条書きで要点をまとめて返信する。

 俺が今やっているのは、あいつが書いた小説を読み、改善点を見つける作業だ。
 小説はまとまりが大事であり、いくら序章や終盤が良くても一つの作品として完成されていなければ、何を伝えたいのか分からない。
 あいつの作品はそれが顕著に現れており、書きたいことが多すぎてまとまっていない。
 それはまるで。

『直樹。内容はすごく良いけど、もっとテーマを絞った方が良くないか? いかに話をみせてくるかが大事だと思うから』
 そんな言葉が脳裏を掠める。

「うるせえ。裏切り者が!」
 苛立ちからノートパソコンをバンと閉めて、スマホを手に取る。
 やはり、こんな役目など……。

 ピロロロロ。
 俺がメッセージを打ち込む前に、あいつから電話がかかってきた。
 丁度いい。こんなくだらねえこと、終わりだ、終わり!
 そんな思いで、通話ボタンを投げやりに押す。

『読んでくれてありがとう。確かに冗長だし、何が言いたいか分からないよね? もう一度テーマを考えて、それに絞って書いてみるから、またよろしくね』
「ああ」
『じゃあ、明日学校でね』
 あいつは変わらずのトーンで話し、電話を切る。

 ……ってか。断るつもりだったのに、「ああ」ってなんだよ、俺?

 そう思いながらスマホを机にバンと置き、俺はまたノートパソコンを開け、その文章をまじまじと見つめる。
 ……ただ、読み手を惹きつけ、読ませてくる力がある。
 一次選考も通ったことないと言っていたが、本当か?
 そこさえ改善したら受賞の可能性はあるんじゃないのか?

 その考えが過った瞬間、ズンと重くなる腹の中。
 吐き出す溜息までもが重い。
 これは。この感情は。俺は知っている。

 バカバカしい! 俺は二度と書かないし読まない。
 こうしているのは、俺が過去に小説を書いていたと公言されない為の交換条件だ。
 それ以外の何でもない。だからあいつの気が済むまで、適当にしてれば良いんだからよ。


 こうしてやり過ごすと決めていたが、気付けば照りつける太陽はギラギラと光り、あまりの暑さに茹だる七月上旬。
 あいつは気が済むどころか今月末期限の公募に向け、最終修正の為に家に来ていた。

「ありがとう。これで出してみるね」
 無事に修正も終わり帰り支度をしていたこいつは、突如手を止めて聞いてくる。
「藤城くんは、どうして小説を書くようになったの?」と。

「別に。ただの暇つぶし」
 いつかこの問いがくると分かっていた俺は、その答えを用意していた。
「もう書かないの?」
「飽きた」
「……ごめん」
 こいつの言いたいことはなんとなく察しており力無く返答したつもりだったが、気付けば語気が強くなっている自分。
 こいつの何とも言えない表情に、「次は何書くんだ?」と聞いていた。

 すると目を輝かせたこいつは、次のアイデアを口早に語り始める。
 面白そうな内容に思わず口を挟むと、こいつはメモを取り始め、まだ存在しない物語について俺達は協議していた。

 しかし話が終わった途端。こいつは ふっと真顔になり、俺をただ見つめてきた。
「藤城くん」
「あ?」
「あのね……」
 カチカチカチカチ。
 時計の音だけが部屋中に響き渡り、俺の心臓の鼓動まで、一体化したような錯覚に陥らせてくる。

 ピコン。
 緊迫した空気が、一気に腑抜ける音がする。
 音はこいつの学生用鞄からで、メッセージアプリの通知音だった。内容を見たこいつは。
「あ、お母さんだ。帰らないと。じゃあ、今日はありがとう」
 そう言いこちらに目を向けてくるが、その目には光がなくどこか儚げに見えた。

「なあ」
「え?」
「いや」
「……うん」
 こいつは、何も言わない俺に対し、明らかに肩を落として玄関に向かって歩いて行く。

「どうしたんだ?」
 中学二年までの俺だったら、そう尋ねることが出来ただろう。
 しかし、今は。
 情けない思考を巡らせていると、こいつは足をピタッと止める。
「あのね。こんなこと言われても迷惑だって分かっているけど……。もう一度……」
 そう小さな声で呟きこちらに振り向こうとしてきた時、こいつは明らかに体をふらつかせ、力無く倒れそうになる。
 慌ててこいつを受け止めるが咄嗟なことにバランスを崩し、俺が下になる形で一緒に倒れ込んでしまった。

「おい! 大丈夫か!」
 体を起こして目を閉じたこいつの肩を揺らすが、反応はなく脱力し切っていた。
  その顔は蒼白しており、俺の記憶が不穏な空気を知らせてくる。

「……あ」
 ゆっくりと開いた目で、こちらを見つめてくる美しい瞳。
 不意に出た鈴の音を連想させる甘い声に、俺は。

「ご、ごめんなさい!」
 その叫び声と共に、こいつは慌てて離れていく。
「寝不足で」とオロオロするこいつに「帰って寝て、公募に出せ!」と突き放す。
 一応聞いたら母親が迎えに来てくれるらしく、こいつは謝りながら帰って行った。

 俺はあいつがいなくなり、はぁっと溜息を吐く。
 必死に隠していたが、鼓動が早く、顔が熱い。
 美しい瞳に、さらさらな髪。そして ふわっとした甘い香り。
 いやいやいや。これは驚いたからで、そうゆうのではない!
 そりゃ。あの出会い方も理想だったが、元々顔合わせていただろう?
 だから、そうゆうのではない!

 そう自分に言い聞かせ、ふっと呟く。
「暑いのは夏のせいだから!」
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