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42話 偽装不倫の行方(1)
しおりを挟む── 最初から仕組んでいた事だった……。
大輔はメッセージアプリを使用し、圭介に『お前の妻は俺と不倫している』と送りつける。
── 土曜日に佐和子ちゃんをバーに来させた事も、無理矢理デートに誘ったら押されて同意してしまう事も、バーの中か外どっちが良いか聞いたら外を選ぶ事も、俺に鞄を預けた事も、スマホのパスコードが変わっていない事も全て分かっており、計算の内だった。
「お待たせ。」
何も知らない佐和子がお手洗いから戻って来る。
「はい、鞄。」
大輔は何食わぬ顔で佐和子の預かっていた鞄を返す。
「ありがとう。」
「じゃあ滑ろうか?」
「うん。」
二人はまたスケートを滑り始める。
「そうそう、上手いよ!」
「すっごいゆっくりだけどね……。」
「手持とうか?」
「一人で大丈夫だから!」
佐和子は必死に距離を保とうとする。
「やっぱり警戒してるの?」
「ちがーう!一人で滑れるようになりたいだけ!」
「分かった、分かった。」
大輔は佐和子をからかうように笑う。
数十分経過するが、圭介からの返事は返って来なかった。
「ごめんね、ちょっとお手洗い。」
「うん、滑ってるね。」
大輔は佐和子から離れる。
── 今頃妻に連絡でもしている頃かな?……そうはさせない。
大輔は、佐和子のスマホから圭介の連絡先を入手した時、圭介の電話番号とメッセージアプリをブロックしており用意周到だった。
不倫相手と名乗る人物が「お前の妻と俺は不倫している」と言い、その後妻と連絡が出来なかったら駆け落ちを疑う。
圭介は大輔の計画の上で踊らされていた。
しかし大輔の計画に反して圭介は返事を返して来ない。既読になり20分以上、何も言ってこない。
「……ヘタレが!」
大輔は苛立ちながら、またメッセージを打ち込む。
『何か言う事はないのか?』と。
直ぐ既読になるが、変わらず返事は来ない。
── 話にならない!佐和子ちゃんは俺が……!
大輔が佐和子の元に戻ろうとした時。
ピロロロロ……、ピロロロロ……。
大輔の電話が鳴る。……川口圭介と液晶パネルに載っていた。大輔は数コールさせてから電話に出る。
「何か言う事は決まったか?」
『……佐和子を返して下さい……。』
圭介の声は震えており、大輔からしたら情けなく感じた。
「嫌だね。なんでわざわざお前にメッセージ送りつけたか分からないのか?」
『……駆け落ちするつもりですか?』
『さあ?どうだろうな?』
大輔は計画通りに事が進んでいる事を確信する。
『佐和子に代わって下さい!一度しっかり話し合いを……!』
「話し合い?お前、寂しがっている妻を散々放っておいて何今更言ってるんだ?自分から離れて行ったからって、よりを戻したい?勝手な言い分だな?」
佐和子が今までどれほど苦しんでいたと思っているのか。今まで目の当たりにしてきた大輔は苛立つ。……しかしここで感情的に叫んだら計画通りにいかない……。だから……、堪える。
「お前の妻は俺に惚れ込んでいる。その姿を見るか?」
そう言い大輔は今居る場所を指定する。
『今から行く。そして必ず取り返す!』
「やれるものならやってみろ!」
大輔はそう吐き捨て、電話を切る。
「……残され時間は一時間か……。」
大輔はそう呟き、佐和子の元に戻る。
その後二人は一時間スケートを楽しみ、大輔がそろそろ出ようと話し、出てくる。
そして、大輔は人気の少ない海岸に佐和子を誘う。
時刻は四時過ぎ、日が少しずつ傾いており反射した太陽が美しく輝いていた。
「綺麗だね。」
「うん……、本当に……。」
佐和子は何かに思いを巡らしていると大輔は分かる。
「佐和子ちゃん、東京は悪いばかりの場所じゃないよ?こんな風に美しい場所はたくさんあるし、色々な施設があるから気軽に遊びに行けるし、それに佐和子ちゃんの事気にかけている人だって……。」
「え?」
「あ、いや、ほら佐和子ちゃんの髪を切ってくれた美容師さん居ただろう?うちの常連さんだって!……あ、いや、酷い事した子も居たけど一部だから!大体の人は佐和子ちゃんの事歓迎していたし、心配もしていた。……だから東京全てを悪く思って欲しくなくって……。」
「……うん、ありがとう大輔さん。」
佐和子は大輔に微笑みかける。
「……あ!でも全ての人を信じて良いって話しじゃないからね!知らない人に絶対付いて行ったらだめだからね!」
「え?だめなの?」
「だから悪い人だって居るんだって!変なローン組まされたり、財布盗まれたり、バーに無理矢理連れ込まれたり……。」
二人は顔を見合わせ笑う。……あの時大輔が守ってくれていなかったら、大輔が佐和子を守る為に歯が折れた事を知っていたら、佐和子はこうして笑う事は出来なかっただろう。
「……俺が側に居れたら、ずっと佐和子ちゃんを守れるのにな……。」
佐和子は思わず大輔を見る。
「あ、いや、違う!……ずっと、そう、ずっと東京に居てくれたらって話だからね!」
「……あ、確かに何かあったら相談出来るもんね?」
「そうそう!……それでさ、転勤の予定とかは聞いてるの?」
「今の所聞いてないかな?でも本当にいきなりだから。」
「……そっか……。」
二人が話をしている間に日は少しずつ傾いている。大輔は時間が経つにつれ、周りを見渡し落ち着きがなくなっていく。
「……あ、時間あるよね?帰ろっか?」
佐和子が大輔の様子から、そう提案する。
「今日は夜まで帰さないと言っているだろう?逃がさないよ?」
「いや、逃げるだなんて……。」
佐和子は大輔から目を逸らす。そして、また何かを思いを巡らしたような表情になり夕日を見ている。
「……さっきから何考えているの?」
大輔は思わず聞く。
「……何にも……。」
「……旦那さん?」
「エスパーなの?」
佐和子は苦笑いを浮かべる。
「……昔、圭介と浜辺で見た夕日に似ているの……。」
「え?旦那さん外出嫌いだって……。」
「……東京のね、人多いの苦手らしいから。まあそれは私もなんだけどね。田舎出身だからか、人多いの苦手で……。」
「そっか、俺は東京出身だから分からなかったな……。どこで見たの?」
「地元の浜辺だった。何度か車を走らせて見に行ったの。」
「え?車持ってるの?すごいね!」
「いやいやいや、田舎は一人が一台持っている事が多いの!」
「一人一台!みんなすごいな!」
「だから違うんだって!電車やバスが30分に一度しか来ないんだよ?だから仕事とかで車がいるの!」
「30分に一度!」
大輔は佐和子の話にただ驚く。東京暮らしの大輔には想像もつかない話だった。
「……そこで夕日を見たんだ。」
「うん、結婚記念日に……子供の約束したんだけどね……。」
「……そうだったんだ……。」
二人は海をただ見つめる。
「世間体の為の結婚ってどうゆう意味?」
「え?」
「いや、ずっと気になっていたんだ。今時結婚しない人なんて普通にいるし、しないと出世に響くとか悪しき風習もないよね?」
「あ、うん、確かに硬いお仕事だけど結婚の有無は出世に関係ないと思う。」
「じゃあ世間的って何?良かったら話して。」
大輔は優しく話しかけてる。……残り少ない時間を自分の為ではなく佐和子の為に使おうとしている。
「……圭介はね、硬い人なの……。」
「分かってるよ。」
「だから責任を取って結婚しただけ……。」
「どうゆう事?」
「あ……、なんて言うか……。私、押し掛け女房って言っているじゃない?つまり……、迫ったと言うか……。」
佐和子は頬を赤らめる。
その様子に大輔は悟る。二人は夫婦……、佐和子が夫を愛しているのも分かる……。分かっていたが……。
「そっか……。」
大輔は佐和子から目を逸らし、海を見つめる。
「あ、引くよね?」
「違うよ!違う……。」
大輔は佐和子を見て話す。……佐和子は耳まで真っ赤だった。
── 何恥じているのだろう?俺の周りには色仕掛けしてくる女性なんていくらでもいたのに……。
「可愛いな佐和子ちゃんは……。」
大輔は思わず呟く。
「え!全然!私からキスしたんだよ!……あ!何言ってるんだろ私……。」
佐和子は自身の顔を両手で覆い顔を隠す。
「……え?それだけ?」
「あ、当たり前じゃない!もう心臓がバクンバクンうるさいし、顔熱いし、なんか嬉しくて泣けてきたし、九年付き合ってだったから……。」
「九年!嘘だろ!」
大輔はただ驚いた表情で佐和子を見る。
「あ、うん……。18で付き合って結婚したの27だから……。」
佐和子はまだ両手で顔を隠している。
大輔は唖然とする。自分なんて当日も普通だったのに、この夫婦は九年?いくら遠距離でなかなか会えなかったからって……。
「じゃあ九年間何してたの?会いに行ってたんだよね?」
「大体圭介の家でゆっくりしてたかな?話をしてゆっくりして、たまに外に連れってくれたけど、私もあんまり人多いの好きじゃないから……。」
「それだけ?」
「うん、中学生みたいだって笑われたよ!だから進展させようとも考えたんだけど全然でね。……だから諦めたの。」
「それで良かったの……?」
「うん、惚れた弱みだよね……。」
佐和子は照れ笑いして海を見つめる。
「でも最後は……。」
「結婚して欲しいと頼んで、『うん』と言われた事に舞い上がってキスしちゃったの。そしたら、ね……。」
その後は聞かなくても分かる……。
「……そっか。」
大輔は沈みゆく太陽を見つめる。
「あ、何話してるんだろう!」
佐和子はまた両手で顔を覆う。
「それで?どうなったの?」
大輔は胸の締め付けられる感覚を抑え、佐和子に聞く。
「……うん、次の日にね、圭介は謝ってきて、責任取るって言って来たの……。だから圭介が結婚を決めたのは真面目な性格故のケジメと世間体……。押しかけ女房と世間体はそうゆう意味だったの……。」
大輔はその話に一つの仮説を立てる。九年も付き合ってそうゆう事がなかったなら、そうゆう時の為に夫は用意していたのだろうか……?佐和子から聞く限り夫は真面目な人、浮気などしていなかっただろう。佐和子がそこらへんしっかりしているようにも見えない、だから夫が謝っていたのは……。
「……佐和子ちゃん、その時旦那さんひ……。」
大輔はふと視線に気付く。その先には……、待ち人がいた。
大輔は思い切り睨む。……奪えるものなら奪ってみろと……。
佐和子は大輔の顔を見て驚く。佐和子が見た事のない程に大輔は険しい表情をしていた。
「……あ、なんでもないんだ。」
佐和子に無理に笑いかけ、先程の方を見るともう誰も居なかった。
大輔は何も言わず、佐和子と共に夕日を見る。
「大輔さん……、聞いて良い?」
「うん?何かな?」
大輔は身構える。……計画がバレたのではないかと……。
「お店……、辞めるつもりじゃないの?」
佐和子はいつもに増して、真剣な表情をしている。
「……どうしてそう思うの?」
「……今回の事でいっぱい迷惑かけちゃったから……。」
その問いに大輔は溜息を吐く。
「……なかなか鋭いね……。でもね、佐和子ちゃんのせいじゃないよ。単純に俺が勝手に思っているだけ……。」
「やっぱり!ごめんなさい!」
佐和子は大輔にただ頭を下げる。
大輔は佐和子の肩を両手で触る。顔を上げて欲しいという意思表示だ。
「だから佐和子ちゃんのせいじゃないって。……聞いてくれる?」
「うん……。」
大輔は今回だけじゃなく、以前にも自分に好意を持った女性がアルバイトで来てもらっていた女子大学生や美容師の女性に嫌がらせをしていた事を話す。
「……そんな事が……。もしかしてアルバイト求人を男性だけにしているのは?」
「そう、二の舞にならないようにする為だよ。近くに女子大あるし、条件良いからって女性の問い合わせはあるんだけどね……。」
「……断ってるんだ……。」
「うん、アルバイトいないから食事出せないし、食事目当ての常連さん離れたよ……。……でもそれだけは譲らない。……自惚れかもしれないけど、俺のせいで誰かが知らない所で傷付く……、辛いからね……。」
「大輔さん……。」
「佐和子ちゃんも来てくれなくなるしね……。」
大輔は佐和子を見る。その顔は悲壮感に満ちていた……。
「私は……!……ごめんなさい。」
佐和子は大輔から目を逸らす。やはり、これ以上の関わりは控えるつもりのようだ。
「俺の事……!」
話している間に夕日は沈む。気付けば五時半を過ぎておりベンチで一時間半話していた。
暖かい日だったが、日が沈んだ事により急に冷えてくる。直ぐに帰る予定だった佐和子は薄い春用のジャンパーを着ており、この時刻になると少し冷えてきた。
「……帰ろうか……。」
「うん。」
大輔はまた遠くを見て険しい表情をする。
「……大輔さん?」
「いや、それより寒いよね……。」
大輔は佐和子の手を取り、自身のコートのポケットに入れ手を強く握る。
「え!あ、いや!」
大輔は、動揺する佐和子の手を強く握り離さない。
「こうゆうの初めて?」
「あ、あ、当たり前じゃない!圭介がそんな事する訳!」
「昔のドラマとかで流行ったよねー?」
「……うん、憧れてた……。」
「……佐和子ちゃんって旦那さん以外知らないの?」
「いやいやいや、さすがに色々知ってるよ!」
「え!……あ、いや、言い方が悪かった。つまり旦那さん以外で付き合った人いないの?」
「いる訳ないじゃない!……高一の時からずっと好きだったんだから……。」
佐和子は手を引き抜こうとするが大輔は離さない。
「こうゆう恋愛、してみたくなかったの?」
大輔は佐和子に顔を近付ける。
「し、してみたかった……。でも圭介が良かったから……。」
佐和子は慌てて大輔から目を逸らす。
「今しようよ?一時だけ……、佐和子ちゃんの手が温まるまで……。」
「……うん。」
佐和子は抵抗を止め、大輔の手を握る。……ずっとしたかった事が出来て、嬉しいのか頬を赤らめる。
二人は駅に向かって歩いて行く。
……そんな二人を圭介は黙って見ていた。その目には涙はもうなかった……。
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