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36話 川口圭介(7)
しおりを挟む地元に戻って来てから二年経った夏、子作りを初め半年が過ぎた。……しかし子供は出来なかった。
そんな時、30歳の時に出来なかった高校の同窓会を31歳でしようとなった。俺はどうしようか悩んだけど、裕太に成人式も来ていなかったからと無理矢理連れて行かれた。
こうして恥ずかしながら夫婦で参加する事となった。佐和子は三組の友人達と話しており、俺は裕太と五組の友人と話していた。
『まさか圭介が三組の渡辺さんと結婚するとはな。』
『仲良かったもんな。』
『そろそろ子供考えていないのか?』
『うーん、どうかなー?』
俺はただ笑う。こうゆう話は恥ずかしい。
『川口くん、本当に渡辺さんと結婚したんだ?』
クラス委員で優等生だった伊藤さんが話しかけてくる。
『うん。』
『へぇー、夫婦関係はどうなの?』
『うーん、そうだね。佐和子は料理上手だし、仕事も頑張ってるし、俺が買ってきたものはあまり食べられないからご飯作ってくれるし、とにかく明るくて俺には勿体無いぐらいの……。』
『もう、いいから!』
伊藤さんは去って行く。
『……あれ?なんか俺まずい事言った?』
『……圭介……、今のはまずいな……。』
裕太は呆れたような表情を見せる。
『え!何が?料理?仕事?明るさ?』
『伊藤さんに高校の時に呼び出されていただろう?』
『……え?そうだっけ?』
俺は思い出せない。
『あれは怒るわ……。』
『何が悪いの?』
俺はただ唖然とする。
するとまた別の友人が来る。俺がなりたかった医者になった友人だ。……羨ましさと嫉妬が半分ずつあった。
『よ!お前ら結婚したんだって?高校の同級生とか……、すごいよな!……子供は?』
『まだだよ。』
『30過ぎたし、検査ぐらい受けておけよ?』
『検査?』
『男性不妊……、ある話だからな?』
『……え?』
『欲しい時に出来ない……、調べたら男側だった……。もっと早く知っておけたら。そうゆう人を見てきたから……っと泌尿器科医が言っておりますー!だから悩んだらうちに来いー!』
友人は突如周りの男性達に呼びかける。
『お前の診療所の宣伝かーい!』
聞いていた友人達は皆笑う。
『……まあ、マジな話、後悔だけはするなよ?うちが来にくかったら隣の町にもあるから早めにな!』
裕太と俺にボソッと呟く。
『うん……、ありがとう……。』
友人は昔から明るくムードメーカー。今の話も冗談を交えつつ、本気のアドバイスだろう。……嫉妬していた自分を恥じた。
『……検査か……、確かにしておいた方が良いかもな……。』
裕太も納得していた。
俺はその話に、どうしようもない不安に襲われた。
── 子供が出来ないのは俺のせいかもしれない……。幼少期の栄養失調のせい?でも二次性徴はしたし、声も変わったし、喉仏あるし、体付きも成長したよな……?身長はあまり伸びなかったけど……。それにまだ半年……、たまたまだよな?
── でも、確か幼少期に熱を出したら問題とも聞いた事がある……。俺はよく熱を出していたが、病院に連れて行ってもらった記憶がない。それに、大人になってからの発熱もお金ないからと放っておいた……。やはり、子供が出来ないのは……。
── 佐和子に話さないと……。でも本当にそうだったら?どうしよう……、怖くて話せない……。
『どうしたの?』
『え?いや!』
俺は同窓会から帰る為に運転をしていた。気を引き締めないと……。
『……ねえ、伊藤さんと話をした?』
『え?……うん。』
── 佐和子?伊藤さんの事知ってるんだ。まあ、学級委員だったしな。
『何言ってた?』
── あ……、佐和子の事浮かれて話したと知られたら恥ずかしいな……。
『大した話じゃないよ!』
『……そう。』
佐和子は消えそうな声で返事した。……顔を見ようとしたけど、信号が青になり前を見る。
その後佐和子はずっと俯いていた。
── 疲れて眠ったのかな?
俺は運転しながらこれからの事を考えていた。
それから半年が過ぎ、地元に帰って来てから二年半が過ぎた年末の金曜日。その話は突然だった……。
『川口くん、ちょっと来てくれる?』
支店長に呼ばれた。
『はい……。』
俺はその瞬間悟った、辞令が出たのだと……。銀行員の辞令が出るのは金曜日。今日は……金曜日……。
── 出来るだけ近場であってくれ……。
俺はひたすら願った。しかし……。
『……東京ですか?』
『……勤務先は奥さんの実家付近でと頼まれていたのにすまない……。しかし支店長代理に加え、数人の行員が退職してどうしようもなくてな……。』
『……いえ、無理言ってすみませんでした。』
『……すまない。』
支店長は俺に深々と頭を下げてきた。
『いやいや、止めてくださいよ!そんな……。』
『……本当にすまない……。』
しかし支店長は頭を上げなかった。
……その意味は後に分かった。
その日の夜、俺は佐和子が待つアパートに向かいながら一人、物思いにふける。
── 佐和子になんて言おう……。せっかく楽しく暮らしていたのにまた東京なんて……。
佐和子も俺も田舎育ち。俺が大学生の時、佐和子はよく来てくれていたけど、人が多い東京はあまり馴染めなかった……。
前の転勤先はそれほど都会ではないけど、佐和子は場所を調べるなり、車の運転は出来ないと無理に笑っていた。
そして徒歩で行けるスーパー以外は出かけず、佐和子は家で閉じこもってしまった。
またそうならないように俺は車の免許を取得し、佐和子を連れ回すと決めていた。しかし、東京に車を保持するのは費用面でも負担となり、何より俺は東京で車の運転をする自信なんてなかった。
俺は一つの決意をする。……淋しいが、佐和子が笑っていてくれるなら……。
『……ただいま……。』
『おかえりなさい!』
佐和子は俺の顔を見た瞬間、察した表情をする。
『……次はどこ?』
佐和子は無理に笑う。
俺は謝り、東京だと伝えた。
すると、佐和子の表情が見る見るうちに強張っていった。
その姿にやはり、この提案をするべきなのだと思った。
『……佐和子、不安にさせてごめんな。……単身赴任にしよう。』
『……え?』
── 嫌だけど佐和子がまた知らない土地で萎縮する姿は見たくない……。佐和子には明るく花のように笑っていて欲しい……。だから……。
『……付いていく。』
佐和子は声を震わして呟く。
『いや、でも……。』
『付いて行くから!銀行員と結婚した時点で覚悟はしていたから……。』
『でも、また家で塞ぎ込む事になるかもしれないよ……。俺は……。』
『大丈夫!……大丈夫だから……。』
泣きそうな佐和子の姿に……。
『……ごめん。』
としか言えなかった……。
こうして佐和子は仕事をまた退職して、家族や友人と泣きながら別れ、全てを捨てて付いて来てくれた。
── せめて俺が不安な佐和子の側に居ないと……。
そう決意した。……しかしその誓いは守れなかった。
新居の希望に佐和子は転勤先の職場が近い場所、俺は治安の良い場所を希望し、職場が近い家族層の多いアパートを選んだ。
……今回は自分でも希望を口に出す事ができ、佐和子のおかげで少しずつ自分の意見が言えるようになっていた。
こうして引っ越しを終わらせ、支店長代理として新たな勤務地に赴任した。
『……支店より移動して来ました川口です。初めての役席であり、この支店ではみなさんの方が先輩です。どうかご指導よろしくお願いします。』
俺は頭を下げる。
……しかし、周りは暗い表情で小さな拍手のみだった。
今まで三つの支店で働いて来たがこんな反応が薄いのは初めてだった。
── 頼りない支店長代理だと思われたのだろう……。俺歓迎されてないな……。
最初はそう落ち込んだが、実際は違った……。
『……ただいま戻りまし……。』
俺が挨拶周りから戻ってくると、この支店が暗かった理由を目の当たりにする。
『なんだこの数字は!お前舐めているのか!』
店内に響くその怒号、支店長が若い行員相手を叱責していた。
俺はその声に思わず体が震える。……過去に母さんから受けていた叱責を思い出してしまった。
『大丈夫ですか?』
別の行員が俺に声をかけてくれる。俺の顔色が真っ青で心配してくれたらしい。
『……いえ、すみません。どうしたのですか?何かありましたか?』
『……ああ、数字を間違えたらしくて……。』
『……え?確かに間違いはだめですけど、それぐらいで?気をつけるように話したら良いのでは?』
『……支店長ですから……。』
行員は哀れみの目で叱責を受けている行員を見ている。それは皆同じで、その場に居るのも辛そうだった。
俺はその瞬間全てを悟る。前支店長代理や他の行員が退職したのはこの支店長が理由だという事を……。辞令を告げていた時の前勤務先の支店長が頭を下げてきた理由を……。
俺はこの職場に来た事により、決別した母さんと過去の自分を思い出し苦しみ、そして佐和子との関係にも影響を及ぼしていく事となる。
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