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34話 川口圭介(5)
しおりを挟む俺の目が覚める。その横には……。
『むにゃ……。けいすけ……。』
寝言を言って笑っている佐和子が居た。
『むにゃ?可愛いな……。』
そう言い佐和子の頭を撫でる。
すると佐和子はより笑う。
── 結婚か……、これからはずっと一緒に居られる。まずは佐和子の両親にご挨拶……。
俺はその瞬間血の気が引く。
── 昔保健で習った……。こうゆう事をする時は避妊をしないといけないと……。あの時の佐和子の戸惑った表情は……。やってしまった!
俺は自分の両手をただ見る。
── ……俺が軽蔑している男は女性を孕ませ、責任を取る形で結婚した……。俺も同じだ……。嫁入り前の女性に手を出して最低じゃないか!
『あ、おはよ……。』
目が覚めた佐和子は俺に笑いかけてくれる。
『ごめん!』
『……え?』
『お、俺最低な事した!責任取るから!』
『責任って……、あ……。』
佐和子の笑顔が消え、俺をただ見てくる。
『……いいよ、結婚……するんだから。』
そう言い佐和子は俺から目を逸らす。
『あ、うん……、ごめん……。これから気をつけるから……。』
『……これから。……もうしてくれないの……?』
佐和子はそう言い唇を噛み締める。
『……だっていい加減な事は……。』
『もういいよ……。』
お互い黙り込んでしまう。
── そうだよな……、こんな緩い男嫌に決まってる……。
俺は朝食を用意し、二人で食べた。
『……佐和子のご両親に結婚の挨拶したいし、日程を決める為に電話してもらって良い?話をさせて欲しい。』
『うん……。』
『……いきなりだし驚くよね?……怒鳴られる事も、殴られる覚悟もしてるから……。』
本心でそう言った。佐和子がどれほど家族に愛されているか分かっている。こんなふざけた男、殴られて当然だ……。
佐和子は思わず笑う。
『……圭介の事は高校の頃から知ってるよ!勉強教えてくれる優しい人だと知ってるし!九年通ってたんだから、分かってくれているから……。』
『……そう?あ、しっかり挨拶しないと……。』
張り詰めていた空気が和らぐ。
そしてお互い顔を見合わせると、なんか急に恥ずかしくなり思わず俯く。
『……良い天気だね……。』
俺は意味が分からない天気の話をし出す。
『あ、そうだね。最近寒かったけど今日はお日様が出て少し暖かくなって……。』
天気の話はすぐ終わり黙り込む。
……佐和子も同じなのか、やたらお茶ばかり飲み「美味しいね、どこのお茶?」とお茶の味についてばかり話してきた。
俺も必死に話すけど、またすぐ話は終わる。
お互いの顔を見て、俯いて、話をして、また俯いて、何も言えなくなる。またお互いに無理に話をして食事をしてを繰り返していた。
なんとも、くすぐったい朝だった。
そして、片付けをし今後について話し合った。
結婚に向けての準備、一緒に住む部屋探し、佐和子の家族への挨拶について。
そして佐和子のご両親に電話させてもらうと、すごく喜んでくれ、お義母さんは泣いていた。……お義兄さんは「面よこせ」と一言いうだけで焦ったけど、お嫁さんが喜んでいるだけだからと宥めてくれた。
こうしてご挨拶の日程を決め話は進んでいった。
『じゃあ次は……。』
帰ろうとした佐和子は黙る。
いつもは次の三ヶ月後の約束をするが、これからは違う。思わず顔を見合わせ笑い合う。
『……あ、あのさ……、指輪買いに行こう……。東京の百貨店でオシャレなのが売ってるらしくて、……プレゼントしたくて……。』
『……え?良いの?しかもわざわざ東京に?』
『……うん。』
『……あ、ありがとう。』
佐和子は嬉しそうに笑う。……俺からプレゼントした事なんてなかったから余計にだろう……。
こうして佐和子は一旦実家に帰って行った。
俺は、まだ残る佐和子の温もりに舞い上がっていた。
別れを覚悟していたのに結婚出来るなんて……。
だからその気持ちのまま電話してしまった、母さんに……。
佐和子のご両親やお兄さん夫婦みたいに喜んでくれると錯覚していた……。
『もしもし、母さん……。俺、結婚したい人がいるんだ……。』
『……は?』
母さんはしばらく黙る。
『ちょっと待って!結婚したら仕送りはどうなるの?』
『……え?』
今度は俺が黙り込む。
── 結婚報告して来た息子への第一声がお金の事?普通、「どんな女性?」とか「家に連れて来なさい」とか、「お付き合いしている人が居るならもっと早く言いなさい」とかじゃないの?
『……母さん、相手の女性は仕事を辞めて俺に付いて来てくれるんだよ?彼女の生活を守らないと!……もしかしたら子供とかもこの先……。』
『やっぱり!あんた騙されているの!その女はあんたじゃなくて金目当てなの!目を醒ましなさい!』
『……俺、貯金なんかほとんどないし、一会社員だよ。俺の微々たるお金目当てに結婚する女性なんていないよ。……母さんは俺が結婚したい人を認めてくれないの?俺は彼女が良いんだよ?……それに、すごく良い子なんだ。俺には勿体無いぐらい素敵な人で、明るくて可愛らしくて笑うと花のように……。』
『あんたはだから馬鹿だと言ってるの!女の手口だと分からないの!』
そう言い、母さんは佐和子の事を下品な言葉で罵った。
『あんたはお母さんの言う事だけ聞いていたら良いの!』
いつもと同じ言葉を俺に投げかけて来た。
俺はその時、あのお医者さんが言ってくれた言葉を思い出していた……。
[親はどんな状況でも子供の幸せを一番に考える。もしお母さんが君の幸せよりも、自分の都合で話をしてきたらそれは愛ではないからね。離れる方法を考えなさい。……分かったね?]
── 先生……、本当にそうなんだね……。距離を取るだけじゃだめだったよ……。これ以上の離れる方法は……。
『……さよなら母さん……、俺は彼女と幸せになるから……。』
『は?何言ってるの!』
『母さんはいつも俺の事出来損ないだと怒っていたよね?それは良いよ、本当の事だから……。でも……、でも彼女の侮辱は許さない。こんな汚い言葉を放つなんて……。同じ女性によくそんな事言えるね?』
『何言ってるの!育ててやった恩を……!』
『……母さん……、母さんはどうして俺を産んでくれたの?俺の事一度は愛してくれた?』
『……は?何の話?』
『……父さんは愚息の俺を愛してくれなかった……。母さんは俺の事一度は愛してくれた……?』
── ずっと聞きたかった事を聞いた。愛していると言って欲しい……。頼むから……。母さんと縁を切りたくない……。
しかし母さんから帰ってきた言葉は……。
『……あんたが……、あんたが馬鹿だったせいで私の人生めちゃくちゃよ!だからあの人は別の女の元にいった!全てあんたが悪いの!あんたなんて産まなければ良かっ……!』
プツン。
俺は電話を切り、母さんの電話番号を着信拒否にした。
── 完全に目が醒めた。こんな時でもお金の話……。俺が選んだ人への侮辱……。そして……、俺の事やはり愛していなかった……。
俺は大声で泣いた。愛されていない……、分かっていたくせに……。
── 俺が出来たから父さんは母さんと結婚したんだろう?母さんはわざとだったんだろう!佐和子に言った下品な言葉は自分がしてきた事なんだろう!
女遊びに狂っていた父に、金と優秀な遺伝子が欲しかった母……、俺は愛なんて全くない上で生まれてきた命だった……。
『……俺には佐和子が居てくれる……。だから良いだろう?』
自身にそう言い聞かせ俺は母さんと決別して生きていく事とした……。
しばらく職場には母さんと思われる人から電話がかかってきたけど、事情を話し退職したと話して欲しいと頼んだら、かかってこなくなった……。
その後、佐和子のご家族に挨拶に行き佐和子が居ない時に、実は母は生きている事、縁を切ったと話した。
……小さな町の田舎。母さんは悪い噂もあった……。
しかしお義父さんとお義母さんは、母さんの事を知っていた上で結婚を許してくれていた。
俺は、市役所で相談し戸籍の閲覧制限をかけてもらう事にした。それにより母さんが俺を探す事は実質出来ないだろうとの事だった。
── これからは自分の為に生きる。佐和子と幸せになる。
俺はそう決めたけど、母親からの長年の呪縛から逃れる事は出来なかった。それは後の結婚生活に影響していく事となった……。
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