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29話 川越大輔(8)
しおりを挟むガタンゴトン、ガタンゴトン……。
佐和子と大輔は電車に揺られる。
「……何故私は電車に乗ってるの?」
「お昼を食べる為だよ。だって佐和子ちゃんバーに入るのは駄目だって。さすがに警戒……。」
「分かったから!これ以上は良いから!」
大輔はその言葉にニッコリ笑う。
佐和子はこの調子の大輔に調子が狂いっぱなしだ。
どれだけ帰ると言っても大輔は聞かず、佐和子の手を引きバーに戻るかデートに行くかの二択を迫られ、佐和子はデートを選んでいた。
── こんなに強引な人だっけ?
そう思いながら、佐和子はただ混濁とした表情を浮かべる。
圭介にはメッセージアプリにて、「友達とたまたま会ったから夜まで遊んで良い?」と聞いており、「分かった」と返ってきている。
しかし以前、地元に住んでいた時は実家や友達と遊んで遅くなると連絡したときは「ゆっくりしておいで」「泊まって来てもいいよ」「帰り気を付けてね」と優しく返してくれていた。
自分に前以上に興味はないのか……。佐和子はより悲しくなった……。
── でも体調崩した時心配してくれたよね?
── でも、世間体の為の妻としても、妻が体調崩したら一応心配ぐらいするか……。
── 圭介優しいし、もし私が道端の通行人でも心配するか……。
佐和子は一人で考え、一人で落ち込む。……また不毛な一人相撲を始めていた。
「何考えているの?」
大輔が佐和子に顔を近付ける。
「わ!……別に!」
「こら!デート中に旦那さんの事考えるの禁止!」
大輔は佐和子の手を握ろうとするが、佐和子は自身の手を慌てて遠ざける。
……その頬は紅潮していた。
「良いじゃん、デートだから。ほら、手を出して。」
「……人前だから……。」
佐和子は思わず俯く。
それを見ていた大輔は佐和子の耳元で囁く。
「お昼何食べよう?」
「……あ、持ち合わせないの……。」
佐和子はずっと俯いている。やはり大輔は女性を惹きつける魅力がある。一度意識してしまうと、意識する前には戻れなくなってしまうほどに……。
「だからご馳走するって。」
「だめ。」
「硬いなー。」
そのやり取りをしている間に駅に着く。
「乗り換えだよ。」
「……え?」
「大丈夫だから。」
大輔は佐和子の手を握り、電車を降りて行く。
あれほど手を繋ぐのを嫌がっていた佐和子だったが、その時ばかりは大輔の手を強く握りしめる。……まだ、乗り換えが怖いのだ……。
そのまま、手を繋ぎ目的地に着き駅を降りる。そこは佐和子は来た事の無い街だったが、見慣れた景色が目の前に広がる。
「……え?もしかして湖じゃなくて……。」
「うん、海だよ。」
大輔が言う通り、ここは海の街。大きなショッピングモール、砂浜で海が間近に眺められる自然公園、その他にも遊べるテーマパークが複数あった。
「海!綺麗!」
佐和子は先程までの混濁した表情を変え、海に近付いて行く。大輔に砂浜に行ける道を教えてもらい、嬉しそうに付いて行く。
「うわあ!久しぶり!やっぱり綺麗!」
佐和子の目の前には一面の青い海が見える。
佐和子が喜ぶのも無理もない。彼女は海の町出身、生まれた時から海と育ち、圭介と結婚し地元を離れるまで海を間近に眺めていた。東京に来て二年、一度も海を見れていなかった……。
大輔は以前より佐和子は海が好きだと言っていたのを当然知っている。
「よくこんな良い場所知ってるね?」
「……え?あ、サーフィンに来るから……。」
「あ、そっか!さすが!」
佐和子は無邪気に笑っている。
……佐和子は気付いていないが、この場所は遊泳禁止と看板に書いてある。自分の為に調べてくれたなんて夢にも思っていないだろう……。
しばらく海を楽しみ、お昼を食べようとなる。
佐和子の警戒心は完全に解け、大輔に黙って付いて行く。
ショッピングモールに着き、色々な食事所があるが佐和子が選んだのはファーストフードだった。持ち合わせが余りないのだ。
「うん、じゃあ行こう。」
二人は若者や家族連れの多いファーストフード店に行く。佐和子は思わず乳児に目がいくが、大輔が壁となり見せないようにする。
「……外で食べよう。」
「寒いのに?」
「せっかく綺麗な海に来たんだ。海を見て食べよう。」
「……ごめんなさい……。」
「ありがとうだろう?」
「……あ、ありがとう……。」
二人はテイクアウトを頼み、海が見える公園のベンチに座る。……大輔は少し佐和子との距離を詰めて座る。
佐和子は少し離れるが、大輔が近付いていき佐和子はギリギリの場所に座る。
「佐和子ちゃん、もっとこっちにおいでよ。ジュース引っ掛けるよ?」
「……大輔さん、もう少しあっち座ってよ。」
「やーだ。」
「……もう。」
そんな事を言いながら二人でファーストフードの、ハンバーガー、ポテト、ジュースを食べる。
「うん、美味しい!」
大輔は佐和子の食べる姿をじっと見ている。その眼差しは安堵しているように見える。
「佐和子ちゃんは何でも美味しそうに食べるね。」
「……あ。」
佐和子は大口でハンバーガーを頬張っている姿を恥じる。
「あー、そうゆう事じゃなくてー!……残さず食べる子が良いって意味だから。」
「……そう?久しぶりだから嬉しくて……。」
「普段食べないの?繁華街にあるよね?」
「……圭介、ファーストフード嫌いだから……。」
「……そっか……。」
二人は景色を見つめる。
最近の雪が嘘のように空は快晴で、海の波は穏やか。公園には梅の木があり、花を咲かせようとしている。春はもう少しだと季節を変化を感じる。
佐和子は先程までの勢いは無くなり食べなくなる。大輔に、よく食べる事を言われ気にしたからではない。佐和子はまだ……。
「……食べようか?」
「あ、良い?」
「うん、お腹空いていたし。」
大輔は無理に食べる。
佐和子はまだ完全には回復していなかった。いつもならペロッと食べてしまうのだが、脂っこい料理に胃が驚いてしまったのだ。それほど、食事が食べれなくなるほど佐和子にとって影響を与える事だった……。
「体調は戻った?」
「うん、大輔さんのおかげ!」
「……そんな事は……。」
大輔の表情が険しくなる。……大輔自身も、今回の事件はショックだった……。まだ立ち直れていなかったのだ。
「大輔さん?」
「なんでもないよ。」
大輔は佐和子が背負っている小さなリュックを見る。
「……佐和子ちゃんはいつも現金だよね?クレジットカードとかスマホ決済とか使わないの?不便じゃない?」
「あー。親がね、作ったらだめだって言っててー。お兄ちゃんも薫さん……、お嫁さんも持ってるのに私だけダメだってー!今だに子供扱いされているのー。」
「……あ、それはご両親に同意だなー。俺も聞いて安心したよ。」
「どうゆう意味?」
佐和子はブスッとした表情で聞く。
「いや。あー、ご馳走様でした。えーと、ゴミ箱は……。」
「もう!」
怒りつつ、佐和子はゴミ箱に袋などを捨てに行く。
……その間、大輔はじっと見る。佐和子ではなく、佐和子のリュックを……。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ……。」
……佐和子はまだ気付いていない、大輔の目論みを……。
「じゃあ次はこっちだ!」
大輔が佐和子の手を引く。
「だから、歩けるから!」
「良いだろう!こんな所に知り合いなんかいないよ!」
「そうゆう問題じゃなくて……!」
一つのテーマパークに着く。そこは……。
「……アイススケート?……はあー?」
「まずは体力戻さないと。さあ行こう!」
「待って!私滑れないの!」
「大丈夫、教えてあげるから!」
佐和子はまた大輔に強引に連れて行かれる。幸い、今日の服装はいつものラフなジャンパーにジーパン。支障はなかった。
しかし……。
「きゃあー!いやあー!」
「ほら捕まって。」
「いや、だからまずいって!」
「大丈夫だよ、ほら。」
佐和子は怖さから大輔の手を取る。
「足先は外側に向けて。……そう、一歩ずつ歩く練習をしてみよう。ゆっくりで良いから。」
佐和子は教えてもらいながら、歩き方、片足だけの滑り方、大輔に手を引いてもらいながら一緒に滑る練習をしていく。
「そうそう。足元じゃなくて前を見て。」
佐和子は前を見る。そこには上手にスケートを教えてくれる大輔。手を引き、エスコートしてくれる。その姿に……。
佐和子は思わず手を離してしまう。
「……あ、きゃあー!」
バランスを崩し、倒れてしまいそうな佐和子を大輔は思わず抱きしめる。
おかげで佐和子は転けずに済んだ。しかし、抱きしめ合った最中、お互いを見つめる。
「……あ!」
二人は思わず離れる。大輔もさすがにそこまでは想定していなかったのか、俯いている。
「きゅ、休憩しようか!」
「うん……。」
二人はベンチに座り、足を休める。
大輔が何飲もうと言う為、スケート靴から普通の靴に履き替え、自販機に行く。
大輔はブラックコーヒー、佐和子は甘いミルクティーを飲みながら、次は佐和子一人で滑ってみないかと話をしている。
やってみたいと言う佐和子に、早々に休憩を終わらせスケート場に戻ろうとするが……。
「……あ、先戻ってて……。」
「うん。……鞄持ってようか?邪魔だろうし……。」
「いいの?ありがとう。」
佐和子はハンカチだけ出し、大輔に鞄を預けてお手洗いに行く。化粧直しなど考えず、自然体で大輔と過ごしている。
無邪気に笑っている佐和子に対し、大輔は見た事のない表情を見せる。そそくさとベンチに戻り、佐和子のリュックを探りスマホを取り出す。
そしてあろう事か、容易くスマホのロックを解除してしまい、通話履歴を見る。
「……圭介……、こう読むのか……。」
そう呟きながら、『圭介』と書かれている電話番号を自身のスマホに打ち込み、佐和子のスマホをそっとリュックに戻す。
その後は簡単だった、電話番号をメッセージアプリ内で打ち込めば『川口圭介』と出て来た。どうやら圭介は、連絡先を知らない人でも連絡が受け取れるように設定しているらしい。
「……好都合だ……。」
大輔はメッセージアプリにある文面を打ち込み、送信する。
「お待たせ!」
佐和子が戻って来る。
「はい、鞄。」
「ありがとう。」
「じゃあ滑ろうか。」
「うん!」
佐和子は何も気付いていない。……夫の電話番号を勝手に盗み見された事も何もかも……。
…
佐和子から夜まで帰って来れないと連絡をもらっていた圭介は一人、ある場所に立ち尽くしている。
── 踏み込むかどうか?
それだけに悩み、二時間以上立ち尽くしている。
圭介が出した答えは、引き返すだった……。不甲斐ない自身を呪いながら、それでも平穏を望んでしまう自身の願望に忠実な行動を取る。
── 俺さえ知らなければ良い……。俺さえ我慢したら……。
圭介は自身に言い聞かせ、大輔のバーを後にする。
……その目からは今にも涙が溢れそうだが、必死に堪えながら歩を進める。
ピコン。
メッセージアプリの通知音がする。
「佐和子!」
圭介は慌ててポケットからスマホを取り出し内容を確認する。
……スマホを見た圭介はその内容に愕然とする。薄々分かっていた事だったが、いきなり残酷な現実を突き付けられ、直視出来ない……。
メッセージアプリには
『お前の妻は俺と不倫している』
と書かれていた……。
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