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24話 川越大輔(3)
しおりを挟む『大丈夫!』
大輔は駆け寄り女性の体を起こす。
『しっかりして!ねえ!ねえ!そんな!……俺……、俺君の事が……!』
『マスター、揺さぶらないで下さい!大丈夫、息はしています。救急車を呼ぶか判断しますね。』
なんと、アルバイトの二人は看護学生だった。冷静に、呼吸や脈をとり女性の状態を看ていく。
結果、救急車は呼ばなくて良いと判断した。何故なら……。
『女性は寝ているだけです。』
『はぁー?』
大輔は「この状態で?」と思ったが、濃い酒を飲み泥酔状態だった。怖い男達が居なくなり、気が緩んでもおかしくないと思い直した。
大輔は厨房の奥にある休憩室の布団を出して欲しいとアルバイトに頼む。その部屋は畳になっておりアルバイトの休憩や、大輔が仮眠を取る部屋であり仮眠用の布団を用意していた。そこに女性を寝かせると決めたのだ。
さすがに寝てしまった女性を外に放り出す事は出来ない為、目が覚めたら帰ってもらう事にした。
大輔は右手に負担をかけないように女性を持ち上げる。女性は、ややふっくらしているが軽々しく持ち上げ布団に寝かす。アルバイト達が運ぶと言ってもこれだけは譲らなかった。
『う~ん。』
女性は布団に寝かされ気持ちよさそうに寝ている。
『俺達待ってますから救急に行って来て下さい。』
『大丈夫だよ。』
『いや、しかし!』
『彼女が目覚めるのを待っていたいしね……。』
大輔は女性を見つめる。その目は……。
『分かりました。簡単ですけど治療しますね。絶対朝になったら病院に行って下さいよ?』
『ありがとう。頼めるかな?』
アルバイトは休憩室の薬箱を出し治療を始める。
『いててて!』
『……これヒビ入ってないか……?』
『うん、そう習ったよね……。』
アルバイト達は殴られた頬の治療しながら話す。
『……これ、折れているんじゃないか?』
『指が変形しているしそうだろうね……。』
目の前で広げられる不穏な話に、大輔は一人青ざめる。
先程まではアドレナリンが放出され痛みなど感じなかったが、冷静になっていく内に痛みと恐怖で足が震える。
……何故あそこまで出来たのか……?
大輔自身も分からない。
『しかし、マスターが守ってくれなかったら今頃どうなっていたか……。』
アルバイト二人は女性を見て呟く。
『……こりゃ目が覚めたらお説教だな……。夜の街の怖さを知らない子が一人で来るなと話さないと……。こんな時間まで……。時間?時間!』
大輔は時計を見る。アルバイトの時間はとっくに過ぎていた。
『ごめん!明日も学校だよね!賄い食べた?後はやっとくから食べてあがってくれないか?』
『いえいえ大丈夫ですよ。片付けぐらいやって……あ、じゃあお先に失礼します。』
アルバイトの一人は急に態度を変え、帰ろうとする。
『俺、まだ大丈夫ですよ。お手伝いします!』
もう一人のアルバイトは手伝いをかって出る。
『……おい、帰るんだよ……。』
アルバイトは小声で、もう一人のアルバイトに囁く。
『……え?でもマスターの手では食器も……?』
『……あの女性にやってもらうんだよ……。』
『あ、そっか!食器でも洗って飲み代払ってもらうと言っていたもんね!』
『……まあ、そうゆう事だ。……邪魔したらダメだから。』
『邪魔?食器洗いの……?』
『……後で話す……。』
察しの良過ぎるアルバイトの機転により二人は帰ろうとする。しかし……。
『……ごめん、やっぱり帰らないで……。バイト代多めに払うから……。』
大輔は思い詰めた表情で話す。
『……え?』
『……俺、あの男達みたいに落ちぶれたくないから……。頼む……。』
アルバイトは初めて見る大輔の表情に驚く。……そして、なんとなく察する。
『分かりました、女性が目覚めるまでお供しますよ。追加のバイト代は結構ですので、おつまみのチーズをご馳走して下さい。』
『……え?食器洗いの邪魔して良いのか?』
もう一人のアルバイトは意味が分からないようだが、一緒に残る事にする。
大輔はアルバイトに頼みチーズを開けてもらう。店に置いてある一番高級な物だ。……感謝の気持ちの現れだ。次はお礼にと自前のウイスキーを開けて欲しいと頼む。
『怪我した時はアルコールはダメですよね?』
『お客さんには勧めていないけど俺は良いの。』
『ダメですよ!いいですか、怪我した時にお酒を飲む事は血液循環が良くなり出血が促進され炎症が酷くなり、その結果痛みが増幅してマスターの体によけいに負担をかけます!』
『一杯ぐらいいいだろう?』
『だめです!!』
アルバイト二人はその後もクドクドと説明する。さすが看護学生、体に負担をかける行為は許せないらしい。
『……分かったよ……。ああ、酒飲みたい……。』
『……コーヒー飲んで良いですか?』
『ああ、勿論。』
その返事にアルバイトの一人は三人分のコーヒーを入れる。
『……ありがとう。』
三人はコーヒーを飲みリラックスする。
『マスター、大丈夫ですか?』
『ああ、ありがとう。大丈夫だよ。』
『……思っている事を話して良いんですよ……。酒も飲めないですしね……。』
アルバイトの一人は優しく笑う。
『……君は本当に察しが良いね……。ありがとう……。……彼女は俺の事を怖がっている……。本当に不毛だね……。』
大輔は額に手をやり俯く。
『……きっと分かってくれますよ。自分を守る為に必死だったと……。』
『下心剥き出しでも?』
『善意だけで動ける人間なんていません。良いじゃないですか?キッカケは下心でも。』
二人は優しく大輔を宥める。その考えは本心だっただろう。
『……ありがとう……。しかしどっちが年上か分からないな……。君達、本当に21歳?』
『そうですよ~。』
『このまま働いて欲しいけど病院の就職決まっているよね?』
『……すみません……。』
二人は苦笑いを浮かべる。「バー アモネス」にアルバイトに来てくれるのは立地的に学生アルバイトだ。彼らは卒業と同時に就職や地元に帰って行く為、どれほど良い関係を築いていても別れなければならない。大輔はバーを始めていくつもの別れを経験してきた。……淋しいが仕方がない……。
『圭介……。圭介……。』
女性の声が聞こえる。
『目が覚めたのか……。悪いけど様子を見て来てくれない?』
大輔はアルバイトの一人に頼む。
『マスターが行くべきですよ。』
『……いや、彼女は俺を怖がっているから……。まずは優しく声をかけてあげてくれないか?後で俺は彼女を叱る役をする。だから君達には味方でいて欲しいんだ。』
『そんな役割分担いりませんよ。マスターが女性に優しく話して厳しく注意して下さい。ちゃんと分かってくれると思いますよ。』
大輔はその言葉に黙り込む。そして……。
『ありがとう……、行ってくる。』
『はい。』
大輔は女性の元に向かう。女性と対面する前に鏡の前で自身を見る。
血走っていた目はいつもの優しい目に戻っており、血の付いた口元はアルバイト達が綺麗に拭いてくれ、服は新しいシャツに着替えたので問題はない。しかし、頬は腫れ上がりガーゼで隠してあるがすぐ分かる。そしてこの治療をした手を見たら彼女は何と思うのか……。大輔の心拍はまた向上を感じる。
大輔は女性に入って良いか聞くが返事がなく、まだ眠っているのかと部屋をそっと覗く。
女性は丁度起き上がり辺りを見回しているようだった。大輔に気付き驚いた表情を見せる。
そして、二人は見つめ合う。
女性はどんな反応を見せてくれるのだろうか?「人を殴るなんて最低」、「助けてくれてありがとう」、「下心があるなんて怖い」、「大輔さんと名前を呼んでくれる」。
大輔の中で期待と不安が混じり、心拍が向上する感覚を味わう。
果たして女性の発言は……。大輔だけではなく、アルバイト二人も固唾を飲み見守る。まるで、自分の子供の初恋を見守る親のような眼差しで……。
女性は混濁の表情を浮かべて一言呟く。
『……誰?』
女性の発言に三人はリアルにズッコケる。身を挺して守った女性からの残酷な第一声。不毛すぎる……。
女性はどうやら泥酔すると記憶を失くすタイプで、今日起きた事を覚えていないようだった。覚えている最後の記憶は一杯目のカクテルを飲む直前まで。つまりオレンジジュースを飲み大輔に笑いかけた事も、大輔が身を挺して守ってくれた事も、大輔の名前すらも覚えていないのだ。
さらに追い討ちをかけるように、女性は初めてのバーに緊張しマスターの顔もまともに見れなかったらしく、大輔がマスターだとも分かっていなかった……。
見かねたアルバイト二人は女性に経緯を話そうとするが、大輔がそれを止める。
『しかし……!』
『ありがとう、良いんだよ。彼女にとって怖かった記憶だから覚えていない方が良いんだ。』
『……あ。』
アルバイト達は黙る。
『俺は「バー アモネス」のマスターだよ。こっちはアルバイトの高橋君に、野村君。』
『……はじめ……まして……。』
女性はしっかり頭を下げる。その様子から普段は普通の社会人として常識的に生活をしていると分かる。
『今どうゆう状況かわかる?』
女性はしばらく黙り込み。「あっ」と声を漏らすと口元を抑え青ざめる。断片的にも記憶を取り戻したのか……?
『無銭飲食……。ごめんなさい……、お金、いくらですか?』
……思い出していなかった。
大輔は、落胆と安堵の感情半分抱きながら話を続ける。
『……そんな事は良いから今は話だよ。男達に連れられて来た事は覚えている?』
『……あ、はい。』
『何があったの?話してくれない?』
『……あの顔、大丈夫ですか?』
一部始終を聞いているアルバイトはまたズッコケそうになるのを抑える。女性は自分のせいだと分かっていないようだ……。
『大丈夫だよ、話して……。』
大輔は先程と違いタメ語で話す。それは女性をお客様としてではなく、知人として話したいと思っているからだ。
『繁華街でイルミネーション見ていたら声をかけられました。一緒に飲まないかと……。』
『君が店に来たのは11時過ぎていたよ。そんな時間に女性が一人でうろついていたの?』
大輔は思わず表情を険しくする。
『……あ、すみません……。』
女性は怖くなり俯く。
『……彼……けいすけさんと喧嘩したの?』
『え?どうして圭介を知っているのですか?』
『君ねえ……。』
女性はあの豹変を本当に覚えていないようだ。しかし大輔からしたら、自分で話した事を忘れている彼女にただ笑うしかなかった……。
『あの男達に話聞いてあげるとか言われたの?』
『はい、だからバーに行こうと……。』
『あんな怖い人もいたのに?』
『あとであの人は来て……。私がやっぱり帰ると言うと怒ってて……。だから……。』
大輔は話を聞き溜息を吐く。
『これは男達の手口だよ!初めに優しい方が声をかけて女性を釣ったら怖い方を出して帰れなくしたんだ!君を飲ませて終電に乗れなくして帰さない気だった!だめだよ、知らない人に付いて行ったら!』
大輔は自身の感情などなく女性を叱りつける。何も知らない地方出身者の女性を引っ掛けてくる悪い男が居る。夜の仕事をしている大輔はより知っているからだった。
『彼氏と喧嘩して辛いのは分かるけど、知らない男とバーに来たらだめだよ!もう少しでお持ち帰りされる所だったんだからね!』
『お持ち帰り?この店お酒持ち帰り出来るの?法律大丈夫?』
『……は?……あ、まあ酒販売免許は持ってるから……。いや、そうゆう意味じゃなくて!』
大輔は悩む。こんな天然な子に男の穢らわしさを教えて良いのか……。
『と、とにかく君みたいなおっとりした子が軽く東京に来たらだめだよ!彼氏に何か言われていないの?』
少しお茶を濁す。
『……え?あの私東京在中です……。』
『えー!』
『あと彼氏じゃなくて夫です……。』
『え?結婚しているの!……そっか……。』
大輔は女性の薬指にある指輪の跡に気付く。既婚者だと分かる。
『……どうしました?』
『あ、いや……。指輪してないから……。』
『今は外していて……。夫が東京勤務で着いてきました。』
『だから東京の夜の街の怖さを知らないのか……。事情は分かったけど、君のような20代の子が夜の街を歩いたらだめだよ!』
女性は唖然とした表情を見せる。大輔が本心で言っているかを顔色を見ながら伺うが、本心での発言だと悟り思わず呟く。
『……あの……、私32です……。』
『30越してるの!』
大輔は驚く。丸い輪郭のノーメイクの顔、地味なコートにまとまりのない髪の垢抜けない見た目。そして行動が危なっかしい所から、20代の地方から来たばかりの何も知らない女性だと思っていた。こんな抜けた30代がいるのか?大輔はただ唖然としている。
『……とにかく、こんな夜遅くに一人で歩いていたらだめだよ。出歩いて良いのは自分で自分の身が守れる人だけだからね!……ところで、どうして旦那さんと喧嘩したの?』
『……今日……、あ、昨日は結婚……。』
女性は黙り込む。
『……結婚記念日だったんだ……。』
『え?……はい……。』
その話を聞き大輔は考え込む。そして……。
『……これから家に居たくない時はうちに来なよ……。』
大輔は優しく微笑みかける。
『……え?あ、いや……。』
『……飲み代の事?お金気にして一番安いオレンジジュースにしていたもんね。仕事とかしているの?』
『いえ、無職なんで……。』
『……そっか、主婦でやりくりしているんだ。分かった、旦那さんと喧嘩した時はうちに来なよ。大丈夫、一杯200円で良いから!うちはカジュアルバーだから気にしなくて良いよ。』
アルバイトはその発言に驚く。カジュアルバー?さすがに無理があるだろう……と。
『え?カジュアル?』
鈍い女性もさすがに首を傾げる。外観や内装を思い出し疑問に思っているようだ。
『常連さん相手にしているんだ!だから馴染みやすいよ!』
『でも、さすがに200円は!それに酔うまで飲んだら高くなるし!』
『……充分酔ってたし、別に酔うまで飲まなくて良いよ?』
『え?』
『え?』
お互いに顔を見合わせる。そして大輔は気付く、女性がアルコール度数が高い酒を頼んだのは、酔うまで飲まないといけないと勘違いし度数が高い物を注文したのだと……。
……何故その発想になるのか……?
そう思ったが、あの時気付いて止めてあげれていたら良かった……と大輔は後悔した。
『……オレンジジュース作ってくれないか?』
大輔は女性の二日酔いが少しでも軽減させる為にアルバイトに頼む。
『マスターが作ったら良いじゃないですか?』
『……あ、いや、この手じゃあ……ね。』
『手伝いますから。』
『君達は本当に……、ありがとう……。』
『少し待ってて。』
そう女性に告げ厨房に向かう。
アルバイトはオレンジの皮を剥き、片手しか使えない大輔の為に果汁絞り器を抑えてくれる。大輔がオレンジを絞り女性の元にオレンジジュースを持って行く。
『はい、飲んで。酔い覚ましに良いから。』
『えーと。』
『勿論サービスだよ。安心して。』
大輔は女性にジュースを渡す。
『……ありがとうございます。』
女性は身構えジュースを飲む。しかし……。
『甘ーい!飲みやすいです!』
女性は酔った時と同じ反応をするが、口にオレンジの果汁が付かないように気を付けて飲んでいる。
大輔は少し落胆した表情をする。
『……あ、すみません。』
女性は目を逸らす。果汁を甘いと褒めたのがいけないと思い込んでしまったようだ。
『あ、いや、違うよ!甘いだろう?砂糖入れているからだよ。酸っぱいの苦手なんだろう?初め言っていたじゃないか?』
『……あ。はい。』
大輔が飲み物のオーダーを聞いた時、女性は苦手な味を聞かれると酸っぱい物だと答えていた。だから、話を聞き砂糖を入れていた。
『分かった?これからはうちに来なさい。このオレンジをアレンジした特製カクテルをご馳走するよ!オレンジは悪酔いを軽減してくれるしね。』
『……でも。』
『だから200円で良いよ。』
『メニュー表と違います……。』
『いいよ、君のにはアルコールは殆ど入れてないし、ジュースみたいな物だから単価が安いしね。』
嘘だ。果物の単価は高く、200円なんてまず儲けにならない。しかもバーには当たり前にある席料も取らないと決めている。正直マイナスだろう……。
『……迷惑だし……。』
『また変な客に連れ込まれる方がよっぽど迷惑だよ。……だからうちに来なさい。』
大輔は下心ではなく純粋な優しさで話している。
女性が酒を飲み、泣いて管を巻いている姿に大輔は感じ取っていた。相当ストレスが溜まっていたのだろうと……。
だから旦那と喧嘩した時は、バーで酒を飲み話を聞いてあげる。そう決めたのだ。……たとえ聞きたくない夫婦の話しですら……。
『はい!』
『さあ帰ろう、送るよ。……君達も帰ってくれるかい?悪いねこんな時間まで……。』
『……いえ、それより食器洗いはいいのですか?』
アルバイトはニヤニヤしている。
『あのお代は?』
『……あ、次飲みに来た時に食器洗ってくれたら良いよ。』
大輔は金銭を受け取らない。あの酒代は女性の労働で払って欲しかったからだ。
『食器?明日来ます!一日皿洗いするので任せて下さい!』
女性は敬礼のポーズをし、にっこり笑う。
『……あ、いや。君が飲んだグラスだけで良いよ……。』
『それじゃあお代になりませんよ!そうだ、まずは今のグラスと絞り器を洗わせて下さい!』
女性は腕まくりをし、食器を洗おうとするが……。
『帰るよ……。』
大輔は無理に女性を引っ張る。
『えー!私、食器洗いには自信ありますよ!』
『いいから。』
『はーい。』
大輔が慌てているのは理由があった。頬の紅潮を誰にも見られたくなかったからだ。
『では、ありがとうございました。』
女性はアルバイト二人にもお礼をし、頭を下げる。シラフの彼女はやはり礼儀正しかった。
『……あれ?何か落ちてる。』
女性が何を見つけて拾い上げる。
『……白い……歯?』
『ははは、なんだろうねこれ!親知らずの抜歯したものかな!』
『はぁ……?』
それは折れてしまった大輔の歯だった。殴られた時に折れていたが、その事も女性に言わないようだ……。
そして女性も顔を腫らした人が目の前に居るのに、歯に何も感じなかった。……鈍い性格なのだろう。
二人はバーを出て、女性の家に向かって行く。その道中に……。
夜の街を彩るイルミネーションが繁華街中を巡らせていた。
女性は歩きながら黙って見ている。
『……ゆっくり見る?』
『あ、いえ……。」
女性は首を横に振る。
『少しぐらい良いよ。』
『ありがとうございます。』
二人はイルミネーションを立ち止まり見つめる。……女性は悲痛な表情を浮かべている。
『……佐和子ちゃんと呼んで良い?』
大輔はずっと言いたかった事を勇気を出して聞く。
『……え!どうして私の名前を?』
やはり女性は、バーに連れて来た男性達に名前で呼ばれていた事を覚えていない。
『……見知らぬ男に名前は安易に教えちゃいけないよ……。』
大輔は不用心過ぎる佐和子という女性に溜息を吐く。
『……あなたは?』
『俺は川越大輔だよ。……俺の事は大輔と……。』
次の瞬間、繁華街を彩っていたイルミネーションが一瞬で消える。
『何!』
佐和子は咄嗟に大輔にしがみつく。
『わ!』
その行動に大輔は動揺しつつ、極めて冷静を装う。
『……大丈夫、消灯時間なだけだよ!ほら今2時だろう!』
大輔は腕時計を見せる。
『……え?あ!ごめんなさい!』
佐和子は慌てて離れる。
『あ、いや、むしろ二時までイルミネーションしているなんてすごいね!この地域はクリスマスまでだからかな!そういえば電気代いくらぐらいかかるんだろうね!』
大輔は不自然なくらい早口でペラペラ話す。
『……怖いの苦手なの……?』
『あ、はい。急に暗くなったから怖くなって……。あ、でも分かっていたら大丈夫ですよ!今はたまたまです!』
女性は必死に否定する。
大輔はその姿に……。
『……かわい……あ、いや、そうゆう意味じゃなくて!』
『へ?』
女性は何を言おうとしていたか分からないようだ。
『なんでもないよ!……さあ帰ろう!』
『はい。』
大輔は女性のアパート付近まで送って行く。
『ありがとうございました。明日七時ぐらいに食器洗いに行きます。』
『うん、……良かったらご飯食べていかない?賄いみたいなものだから……。』
『夜ご飯は主人となので……。』
『……あ、そっか……。じゃあまた明日……。』
『はい。』
こうして二人は出会いを果たす。女性には不自由しなかった大輔だったが、この出会いは特別だった。そしてこの出会いが大輔を苦しめていく事となる……。
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