[完結] 偽装不倫

野々 さくら

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23話 川越大輔(2)

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川越大輔、35歳。身長180センチあり骨格も容姿も良く、色気気品を持ち合わせており、そしてバーの経営者。一見すると人生の成功者に思われるが、実は本人はそんな事考えておらず、むしろ「平穏を望む小心者」だと自覚している。

自身の容姿から同性からのやっかみを受ける事が多く、特に男性が女性をバーに連れて来ると、女性は連れてきてくれた男性ではなく大輔の連絡先を聞いてくる。そんなの男からしたら面目丸潰れだ。その事により大輔は何もしていなくてもやっかみをうけ、敵意を向けられる事が多い。

そして、大輔は何も悪くなかったが、以前不倫相手と勘違いされ男性に思い切り殴られた事がある。あの時の痛みと恐怖は今でも覚えている。急にバーに乗り込まれ、胸ぐらを掴まれたかと思えば問答無用で殴られた。しかも拳で……。倒れ込んだ際に頭を打ち動けなくなった時に、「このまま殺されるのではないか?」と脳裏によぎった事を今でも覚えている。

それが決定打になり、駅前に配置してあった看板と、ネットに載せていた情報を消し、新規の客を減らし常連さんに馴染んでもらうダイニングバーにしたのだ。SNSに載せる客にも店の住所は載せないで欲しいと頼んでおり、口コミに関しては制限できないが、おそらく「マスターがかっこいい」とみんな口を揃えて言っているのだろう。だからこそ、近所の常連、若い女性の客層が多く、女性を口説こうとする男性には避けられ上手くいっていたのだ。

そして今回のように男性が女性を連れて来た時は、出来るだけ距離を取ると決めていた。勿論女性と……。男性のエスコートに任せ、自分は気配を消す。それなのに今日の自分は出しゃばり勝手にジュースを出し、女性と目線を合わせ名前を告げ、酒をノンアルコールに変えて助けていた……。一部始終を感じ取っていた男達からしたら面白くないだろう……。


『マスター?マスター?』

アルバイトの声に我に返る。


賄いを作っていたアルバイトの一人が厨房から出て来ていた。先程からの声が聞こえていたのか気になって様子を見に来てくれたようだ。……そして察しがよい彼は言っている。これはまずいと……。


『おい!勘定!』

男性の一人が声を荒らげる。このままで良いのか?と大輔に言いだけな表情で。……明らかな挑発だ。


……以前は、こうゆう時アルバイトの男性が対応してくれていた。大学のラグビー部だった彼は骨格が良く、彼が睨みつけると下心のある客は女性を置いて逃げ帰っていたからだ。大輔はアルバイトの採用基準に、女性客とのトラブルになるからと女性は断っていたが、それだけでなく体格の良い男性歓迎としていた。顔採用ならぬ、体格採用だ。

しかし、彼は大学卒業と共に地元に帰ると初めから決まっており、期間を約束してでのアルバイトだった。彼が地元に帰る時は「うちに永久就職しないか?」と他人が聞けば勘違いするような発言で引き止めたが、彼はじいちゃんばあちゃんが待っているからと丁重に断り地元に帰って行った。

それから数年、そうゆうトラブルもなく店をやってこれたのに、とうとうトラブルが起きた……。頼りになる彼はいない……。その後、彼みたいな骨格の良い男性は来ず、採用したアルバイトは標準体型の普通の顔立ち、強面でもなかった。

しかしそんなアルバイトの男性は、なりふり構わず男二人の元に向かおうとする。

そんな彼を、大輔は危ないと感じ慌てて止める。


『行かせて下さい!止めないと!』

アルバイトの男性は当たり前のように女性を助けに行こうとしている。彼は女性の事は知らないし、対面すらもしていないのにだ。


……その姿に大輔は自身の臆病さを心から恥じ、そして決意する。


『……分かっているよ……、ありがとう。おかげで決意できた。』

『……え?』

『俺が行く。それが道理だよ。』

大輔は笑っているが、声は震えている。


……怖い……その感情しかない。


『……大丈夫ですか?厨房に居る高橋も呼んで来て三人で言えば……。』

『ありがとう。でも二人は警察にいつでも連絡出来るようにして欲しい。……女性が連れて行かれそうになったらすぐ呼んでくれないかな?来てくれるまでは足止めするから。』


『危険過ぎます!一人でなんて……。』

『この店の責任者は俺だよ。君達に危険な事をさせられる訳ないだろ?だから俺が落とし前付けないとね……。』


『……マスター……。……はい。』

アルバイトの男性は厨房に向かって行く。


『おい!何をごちゃごちゃ言っている?何か文句があるなら言ってもらおうか?』

『……いえ、何も。お会計でしたね。』

大輔はいつも通り会計を行う。


男性二人は、大輔に見せつけるように眠っている女性を起こす。勝利を確信したような不敵な笑みを浮かべながら……。


『……ちょっと待って下さい。女性は連れて行かないで下さい。』

『……は?』

男性二人は苛ついた表情を見せ、大輔を睨みつける。


『何故連れて行ってはいけないんだ?俺達の連れをどうしようとお前には関係ないだろう?』

『……関係あります。私は彼女から飲み代を頂いておりません。だから今彼女が帰ったら無銭飲食になります。ですから置いて帰って下さい。彼女の目が覚めたら払ってもらいます。』


『……さっきの飲み代に入ってなかったのか?』

『はい、ですから彼女は置いていって下さい!』


『……どうして先程の勘定から省いた?』

『彼女に払って欲しいからです。』


『……何故?』

『……男に酒を奢られる怖さを彼女が知らないからです……。』


『ふん!この女金ないとか言ってたぞ!俺達が払うと言うから付いて来た!どうやって徴収する気なんだよ?』

『……いくらでも方法はありますよ……。ちゃんと支払ってもらうのでご心配なく。』


『お前も結局同じか?こうゆうのを同じ穴の狢と言うんだよ!』

大輔は自分が同類だと思われている事に溜息を吐く。


『……あなた達のような男がいるからいつまでも男性と女性は分かり合う事が出来ない……と言う事ですかね……。彼女の飲み代は最初に注文したカクテル一杯。皿洗いでもしてもらい、払って帰ってもらいますよ。少なくてもあなた達に付いていくより、よほど健全な方法だと思いますけどね?』


『……何が言いたい?ハッキリ言ってくれないと俺達は分からないんだ!言えよ!』

体格の良い男性が大輔の胸ぐらを掴み拳を振り上げる。

大輔は極度の恐怖から男の顔も振り上げられた拳も歪んで見えたが、ハッキリ見えたものがある。虚ろな目をした女性と側に居る男性……。自分が引けば女性は連れて行かれる。

大輔は振り上げられた拳を力尽くで降ろさせ、自分の胸ぐらを掴んでいる男の手から無理矢理離れる。

大輔のシャツのボタンはいくつか弾け飛ぶが、そんな事を気にせず話し始める。


『……ハッキリ言え?分かった、ハッキリ言う!お前らの企みは分かっている!随分、卑劣な行為しているな!お前のような奴らを見ていると反吐が出る!さっさと失せろ!』

大輔は男達を睨みつける。その目に恐怖の感情はなかった。

『ここはな、酒を楽しむ所なんだ!日常を忘れ安らぐ所なんだ!酒は嗜む物で女を潰す為にあるものじゃない!このバーは女を落とす為にある訳じゃない!お前ら、彼女に彼氏いるの分かってるよな?判断力ない事分かってるよな?女口説けないからってこんな卑劣な手を使うなんて男の風上にもおけない野郎共だ!早く失せろ!二度と来るな!』


次の瞬間、大輔は拳で頬を思い切り殴られる。以前殴られた時より、体は宙を浮き地面に思い切り叩きつけられる。


……痛い、そんな言葉では表現出来ないぐらいの衝撃と目の前がチカチカする感覚、そして後頭部と頬が一瞬で腫れ上がり、口の中から出てくる血と異物。今自分の体がどうなっているのかが分からない。


バン!

体格の良い男性がレジに一万円札を叩きつける。

『この女の飲み代と治療費だ!じゃあな、ヘタレ野郎!……顔の良いだけのお前では女は守れない!さあ、連れてけ!』

それを聞いた、もう一人の男性が怯えている女性の手を無理矢理引っ張る。


『やっ!』

『さあ行こう!良い所に連れて行ってあげるから!』


『やだ、怖い……。だいすけさん……、叩いた……。』


女性は一部始終を目の当たりにしていた。恐怖から酔いは覚め、拒否してもおかしくなかった。

『はぁ?来るんだよ!……ほら、話聞いてあげるから……。』

男性は一瞬、女性を威嚇した表情と発言をするが、すぐに笑いかける。これがこの男の本性だろう。


女性もそれに気付き、顔を歪める。

『い、いや!いやー!助けて!けいすけー!けいすけ!!』

女性は無理矢理引っ張られる。


大輔はこの声に起き上がり、フラフラと二人の元に歩いていく。そして、女性を掴んでいた男性の手首を掴み一言叫ぶ。

『汚い手で彼女に触るな!』


その目は血走り、頬は腫れ上がり、口内からは血が溢れていた。先程まで女性に向けていた穏やかで優しい笑顔の大輔からは想像出来ないぐらいの形相だった。


『……お前、何聖人ぶっているんだ?』

そんな大輔を睨みつけ、体格の良い男性が近付いてくる。

『お前この女の事気に入っていただろう?酒の注文断って、ジュース飲ませて聖人ぶっていたがその真意はなんだ?この女を落としたかっただけだろう?』

『……違う、悪酔いしていたから少しでも改善したかっただけだ!お前ら、彼女が具合悪い事に気付かなかったのか?』

『俺達は見ていたんだよ!お前が跪いてこの女に名前を言う場面をな!はっ!結局お前もそうなんだよ!聖人ぶっても下心はある!それを同じ穴の狢と言うんだよ!』

体型の良い男性はそう言い放ち、盛大に笑う。


その姿に大輔は唖然とする。……確かにあの瞬間、女性の笑顔を見た瞬間に体が勝手に動いて跪き、女性に名前を告げていた。自分の事を、「けいすけ」ではなく「大輔」と呼んで欲しかった……。この行為はナンパだ。バーのマスターが女性客を口説くなんてあってはならない事なのに……。

大輔は口元に手を当てて俯く。殴られて腫れた頬以上に熱くなる反対側の頬の紅潮を男達に見られたくなかったから……。そして、自分の事を真っ直ぐな目で見てくる女性に見られたくなかったからだ……。


『分かったか?お前は俺達に付いて来ても、この男の元に残っても同じ運命にある!こんな下心を隠した奴より俺達の方がまだマシだろう?来いよ、可愛がってやるから……。』

初めて体格の良い男性が女性に穏やかに話しかける。……まるで大輔の気持ちを知っていながら妨害するかのように……。


しかし女性は大輔の元に行く。そして大輔の目を見つめる。……信じていると言いたげな目で……。


大輔は、より頬が紅潮する感覚を抑え周りを見渡す。

化粧室なら鍵もかかる為女性を逃がしたいが、男性が居る為通れない。外なら行けるが、泥酔状態の女性の足では追いつかれる。厨房はもう一人の男性に立ち塞がれており女性を逃す事は出来ない。

仕方がなくカウンターの奥に連れて行き、絶対出てこないように話す。

そして大輔は男達の元に戻っていく。その目には完全に恐れはなく、守るものが出来た強い男の目だった……。

『彼女は渡さない!帰れ!』

『……下心しかない男のお前の言葉など誰が信じる?』


『……確かに、彼女に下心はあった!それは認める!今守っているのも彼女だからだ!……でもな、これだけは言える!俺はお前達と違って卑劣な手は絶対使わない!酒で酔わせてなんて男の風上にも置けない!気になる相手は魅力的な言葉で口説き落とす!それが俺の下心だ!』


その言葉を聞いた一人の男は馬鹿にしたように笑うが、もう一人の体格の良い男性はこれまで以上の苛立ちの表情を見せる。

そして大輔の顎を強く握り、顔を上げさせる。じっと見て話し始める。


『……男前はいいよな?勝手に女が寄ってくる。魅力的な言葉で口説く?そんな事しなくても誰でもイチコロだろう?』

体格の良い男性は大輔の顎を掴む手を強める。

『……俺の女奪った事覚えていないのか?』

『え?』

大輔は男性の顔を見る。

『ここにこの女を連れて来たのは復讐だった……。綺麗な女なら助けると分かっていたが、こんな田舎の芋娘なんか助けないと思ったからな!なのに助けて馬鹿か?口説こうとまでして……。本当に節度ないよな?』

『……え!』

これには一緒に居たもう一人の男性も驚く。……その企みを本当に知らなかったようだ。


『だからこのバーに行こうと言ったんだ!お前はこの芋娘の事気に入っていたみたいだし丁度良いと思っていた!……せっかくお前を笑いながら今日はこの芋娘で遊ぶと決めていたのに計画が台無しだ!』

『彼女を利用しようとしたのか!』


大輔はこの男性の事も、自分が取ったいう女性の事も思い出せない。……しかし、目の前に居る女性が復讐に利用された。それだけは分かった。

『こっちの奴は気に入っていたから良いだろう?俺は興味ないけどなこんな芋娘!俺はな、綺麗な女が良い!前にお前が奪った女ぐらいの良い女!あんなのただの憂さ晴らしの為の道具だ!』

体格の良い男性が見た先に女性は突っ立っている。隠れておくように言っておいたが、自分の事を言われていると気付いたのだろう。


「芋娘」「遊ぶ」「利用」「憂さ晴らし」

女性は自分への扱いが雑だった理由を知る。

綺麗な女性とは扱いが違う……。そうゆう事だったのか……と言いたそうな表情で男性達を見ている。


『そうだ!お前なんかに本気になる訳ないだろう!お前なんて一夜のおも……!』

バシン!


体格の良い男はこの先の言葉を発する事は出来なかった。大輔が思い切り殴ったからだ。

『これ以上、彼女に下品な言葉を投げかけるな!』


殴られた男は怒りのまま大輔を殴ろうと胸ぐらを掴むが大輔は怯まない。

『……この横柄な態度……、思い出したよ!確かに以前女性連れてうちに来たな?雰囲気が違ったからすぐには思い出せなかった!あの時何故女性を口説けなかったか教えてやろうか?』

体格の良い男は思わず手を止める。……気になるようだ。

『あの時のお前は最低だった!女性の飲む物を勝手に決め、一方的に話をし、下品な言葉まで投げかけた!俺が止めなかったらあの女性に何するつもりだった?……お前の女を奪った?あの女性からしたら下品な言葉を投げかけるお前より俺の方がマシに見えたからだろう?だいたい俺は彼女にはバーの電話番号しか教えていない!』

『……え?』

体格の良い男性は大輔を掴んでいた手の力を緩める。


その話は本当だった。この時の大輔は、もう女性とは付き合わないと決めていた。だから連絡先を誰に聞かれてもバーの電話番号しか教えないようにしていた。


『それだけじゃない!お前……、いやお前らが女性を口説けないのは思いやりがないからだ!彼女がバーが初めてなのは見ていたら分かっただろう?それなのに何故困っている彼女を放って一人にした!何故何を飲むか聞いてやらない?気遣いが出来なくても、一緒にメニューを見て悩む事は出来るだろ?』


大輔はもう一人の男性を指差す。

『……お前はそれ以上に最低な事をした!彼女にコートを脱がせるのを嫌がらせた……。お前彼女に何をした?』

男性は目を逸らす。


『こんな男に惚れろ?無理に決まっているだろうが!……彼女が金額を気にして一番安いオレンジジュースを頼んだ事気付いていないのか!彼女本当は酸っぱいのは飲めないんだよ!好みを聞いたらすぐ分かる事なのに何故話を聞いてやらない?彼女、お前を彼氏と間違えていたよな?だったらその場だけで良いから優しく話を聞いてやれよ!彼女にそうゆう事を望むならせめてお前は今だけでも彼氏になってやれよ!彼女の話は聞かないのに、そうゆう事は求める……、虫が良すぎる話だな!』

大輔は男二人を睨みつける。


『女性は結果より過程を見ている!上手くエスコート出来なくて落ち込む男性客も居るが、連れの女性客は自分の事を気遣ってくれている姿に喜んでいるんだ!女性に振り向いてもらえないのは見た目ではなく、お前達が女性達に向き合っていないからだろう!分かったらさっさと失せろ!』

体格の良い男性も流石に身を引く。自身が振られたのは大輔のせいではなかった……。ようやく気付いたようだ。


二人はバーから黙って出て行く。勿論女性をバーに置いて。


『……大丈夫?』

大輔は女性の元に駆け寄るが、女性は体を縮こませる。

その理由はカウンターにある鏡で自身の姿を見た時に気付く。

血走った目、口からの出血、腫れ上がった頬、シャツのボタンが取れ露わになっている肌着、そして男を殴ったこの手……。女性が怯えるのも無理はなかった……。

『……あ。』

大輔は目を逸らす。


……最悪の出会いだ……。もっと違う出会い方が出来れば……。


大輔はそう思うが、彼女には彼氏が居る。どっちにしても無理だったと無理に自身に慰めるしかなかった……。


『マスター!』

アルバイト二人が大輔の元に駆け寄る。

『大丈夫ですか?』

『……ああ。悪いね、いらない事に巻き込んで。』


アルバイト二人は大輔をじっと見てくる。その事に対し、大輔は気付く。


……客を殴ったのを知られたよな……。軽蔑されて当然だ……。せっかく良い関係を築いていたと思っていたけど、これでおしまいだな……。


『二人ともこんな姿を見せて本当に悪かった……。今までありがとう……。』

今日でアルバイトを辞めてくれ……と言おうとした時。


『かっこよかったです!』

アルバイト二人は大輔の手を握る。その目は尊敬の眼差しだ。


『正直優しいけど、うだつの上がらない人だと思っていました!しかし、身を挺して女性を守る姿に心打たれました!すごくかっこよかったです!』

大輔は安堵し力が抜ける。客を殴った自分を理解してくれた。女性には怖がれたが、二人は理解してくれた。それで良い……。


『……ありがとう……。』

大輔は二人の手を握り返し、手の痛みに気付く。男を殴った右手は腫れ上がっていた。


『そうだ彼女は!』

三人で女性の方を見る。……女性は倒れていた。





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