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14話 偽装不倫の代償(2)
しおりを挟む一 次の日 一
佐和子は一睡も出来なかった。しかし朝は来る。朝食とお弁当を作り圭介を送り出し、SNSとメッセージアプリを見るが連絡は来ていない。安堵と共に、嵐の前の静けさではないかと佐和子は怖くなるが、佐和子は何も出来ない。
実はあの後、メッセージアプリの差出人を調べたりしたのだが、プロフィールや画像などもなく最近の近況などを投稿していなかった。つまり嫌がらせをしている相手は全く検討がつかなった。
よって佐和子からは何も出来ず、要求通り大輔と連絡を取らないしかない状況だ。
ピコン。
メッセージアプリの通知音が鳴り響く。
「ひぃ!」
佐和子は通知音だけで体を震わす。
見たくない、でも見ないと……。また新たな写真でも送られてくるのか?それとも、銀行に写真をばら撒かれたのか?佐和子の心臓は激しく鼓動を打つ。
『昨日は返事出来なくてごめんね。寝落ちしたよ。それでどうだった?』
差出人は川越大輔。マスターだった。
「……大輔……さん。」
佐和子は無料電話をしようとする。全てを話し、助けを求めようとする。しかし……。
『川口佐和子、私はお前をいつも見ている。大輔さんと連絡を取ってもすぐ分かる。その時はこの写真をばら撒く。分かったな?』
昨日のやり取りを思い出す。電話のボタンを押しかけ手を止める。佐和子は約束通り返事を返さない。
一 夜 一
9時、圭介がいつも通り仕事から帰って来る。いつもは迎えてくれる佐和子が今日は迎えてくれない。
「ただいま。」
「……おかえりなさい……。」
佐和子は圭介と目を合わせない。いや、合わせられないのだ。
「……どうしたの?」
「……あ、ねえ、今日何かなかった?」
「……何か?何かって何?」
「何でもないの!」
佐和子は夕食を温め直し出す。そこに佐和子の分はない。
「佐和子の分は?」
「……え?先に食べたの……。」
「そっか、これからは待たなくて良いよ。」
圭介は一人食事をしている。
佐和子は圭介を黙って見ている。おそらく本当にあの写真は見ていないのだろう。今も優しさから先に食事して良いと言ってくれているのだろう。分かっている。……でも、佐和子が今欲しい言葉はそれではない……。それでは……。
佐和子は食器を洗いながら思考する。これからずっとそんな事に怯えなければならない。いっそのこと圭介に話すか?しかし、あの写真を見せて不倫ではないなんてどの口が否定するのか……。無理だ……。
佐和子は一人背負う事となる。
一 二日後 平日 朝9時 一
ピロロロロ、ピロロロロ。
佐和子のスマホが鳴る。佐和子は相手を確認せず慌てて出る。
『あ、佐和子ちゃん?』
「大輔さん……。」
相手は大輔だった。
『ごめんね急に。あの後どうなったかなって。』
「あの後?」
佐和子は、大輔から最後に来ていた「昨日は旦那さんと話せた?」というメッセージの事を忘れている。
「……あ、あれは……。」
佐和子は思い出す。大輔と金輪際連絡を取らないと約束していた事を……。
「……あ。……あのね、ごめんなさい。も、もう連絡出来ないの……。」
『え?……あ、もしかして旦那さん気付いたの?』
「違う。あ、そうじゃなくて。とにかくさようなら。今までありがとう。」
佐和子は電話を切る。
ピコン。すぐに音が鳴る。
『ごめん。こないだの事が嫌だったの?もう一緒に出かけようなんて言わない。ただ友達でいたいだけなんだ。』
大輔からメッセージが来る。
『違う、嫌じゃない!すごく嬉しかった。また一緒に』
ここまで打ち、佐和子は手を止める。連絡をしてはいけない。約束を破れば……。
佐和子はスマホを置き、アパートのベランダに出る。季節は冬、部屋着では寒いがしばらく居る。頭を冷やす為に。
しばらくし、部屋に戻って来た佐和子は検索を始める。どうしたら相手から通知が来ないように出来るかを。
検索の結果、『ブロック機能』を使えばもうメッセージは来ないと分かる。しかし佐和子は押せない。これを押したら、本当に終わりだからだ。
ピロロロロ、ピロロロロ。
またスマホが鳴る。大輔からだ。応対して事の全てを話せば良い。しかし佐和子は電話の拒否ボタンを押す。そして……。
震える手で大輔をブロックする。
スマホはその後鳴らなくなった。当然だ、ブロックしたのだから。佐和子からは今後連絡するつもりはなく、大輔は佐和子のメッセージアプリしか知らず、電話番号を知らない。家は知っているが、さすがに既婚者の女性の家に来る事はないだろう。これで本当に終わりだと佐和子は感じる。
「……大輔さん……。」
佐和子は今までの大輔とのやりとりを思い出す。
『こんな夜遅くに女性が一人で歩いていたらだめだよ。』
『え?結婚しているの?今日はどうしたの?……結婚記念日だったんだ……。』
『そっか、主婦でやりくりしているんだ。分かった、旦那さんと喧嘩した時はうちに来なよ。大丈夫、一杯200円で良いから!うちはカジュアルバーだから気にしなくて良いよ。』
『また喧嘩したの?良いけど早く帰りなよ?旦那さん、心配しているだろうから。』
『いい食べっぷりだね。出す方も全て食べてくれる方が嬉しいよ!』
佐和子に話しかけてくれる大輔はいつも優しく笑っていた……。
「うっ……、あ、ああー!!」
佐和子は一人涙を流す。泣いてはいけない、圭介に腫れた目をどう言い訳するつもりなのか?自分に言い聞かせるが、どんどん涙が溢れて来て止まらない。
佐和子が大切な人を失った瞬間だった。
一 一週間後 一
大輔をブロックして一週間が経った。佐和子は、隠し撮りをした写真をばら撒くと脅して来ている相手にあるメッセージを送っていた。その内容は「大輔をブロックした。もう二度連絡しない。」と約束したものであり、それが功を奏したのかそれ以降連絡も、写真をばら撒かれる事もなかった。
ただ佐和子は抜け殻のようになってしまった。家の事はしっかりやっているが、圭介に話しかけず、笑わず、ただソファーでぼんやりとしている事が増えた。せっかく買った、化粧品も服も袋に入ったままになっている。
「……佐和子……。」
お風呂から上がって来た圭介が佐和子に話しかける。そんな事めったにない。
「最近どうしたの?」
「……え?」
「ご飯食べてないよね?」
「違うよ……、圭介が帰って来る前に食べてるの。」
「痩せたよ……。それに最近何も話さなくなった。どうしたの?」
「別に……。」
いつもの圭介ならとっくに話を止めている。しかし……。
「最近おかしいよ!どうしたの?話して!俺はどんな話でも受け入れるから!」
圭介は佐和子を抱きしめる。こんな事初めてだ……。いつもの佐和子なら泣いて喜ぶだろう。しかし……。
「……どうして……。どうしてそんな事聞くの?」
「どうしてって佐和子の事が心配だからだよ!」
「どうしてそんな事聞くのか聞いているの。どうして?」
「だって佐和子、最近急に痩せて……!」
「どうして今更気付くの?どうして今更心配するの!気付かないなら、ずっと気付かないでよ!どうして今更……。……あなたが、あなたが私を愛してくれていたらこうならなかったのに!どうして、どうしてよー!!」
佐和子は圭介の胸元を何度も叩きただ叫ぶ。この状況でも圭介は何も言わずただ抱きしめている。……全てを受け入れるつもりのようだ。
佐和子は涙をボロボロ流す。複数人からの誹謗中傷に、いつばら撒かれるか分からない写真に、圭介にいつ離婚を告げられてもおかしくない状況。そして心の支えだった大輔を失い、精神的におかしくなった佐和子は一週間で5キロ体重が減っていた。
佐和子は圭介から離れる。
「……ごめんなさい……。」
佐和子はアパートから飛び出す。コートもマフラーも持たずに部屋着のまま雪が降る外に。
「佐和子!」
圭介は追いかけるが、佐和子の姿は見えない。佐和子は走るのが早く、圭介は遅い。到底追いつけなかった。……しかし雪が地面に残るぐらいに降っており、足跡が残っていた……。
…
佐和子はバーの前に着く。家で何かあればここに来る。いつもの癖だった。しかし、もう中で一緒には過ごせない。
佐和子はバーの近くにいる事を知られれば、今度こそ写真をばら撒かれると気付き慌ててその場を離れる。
(どうしてこうなったのかな……?私はただ圭介に振り向いて欲しかっただけなのに……。)
(違う……、違う……。それが原因じゃない。こうなったのは私が浮ついていたからだ……。可愛いなんて言葉に舞い上がっていたから……。)
(大輔さんにときめいていたよね?手を繋がれてドキドキしてたよね?女扱いされて……、頬赤らめていたよね?)
(全て悪いの私じゃない?それなのに圭介責めて何しているの?こんなのただの八つ当たりじゃない?……自分で自分の居場所失くして何がしたいの?)
『人の心を試すのはほどほどにした方が良いと思います。』
佐和子は以前お世話になった化粧品販売員の言葉を思い出す。
「本当にそうだった……。人の心を試したから罰が当たったんだ……。」
佐和子は雪がチラチラと降ってきた空を見上げて、また一人涙を流す。その雪があまりにも美しすぎ余計に涙が溢れる。
その時。
「佐和子ちゃん!」
佐和子に後ろから声をかける男性の声がする。……大輔だった。
「……大輔……さん。……あ!」
佐和子は走って逃げようとする。この姿を見られたら終わりだ。佐和子は何も考えられず、ただ一心に走る。
「待って!」
大輔も全力で走る。元々サーフィンが好きな大輔は体を鍛えており足が速い。すぐ追いつき佐和子の手を掴む。
「離してー!」
佐和子は慌てて手を引き抜こうとするが、男の大輔の力には敵わない。
「ごめん!俺の事怖くて当然だよね!もう会わなくて良いよ!連絡も取らなくて良い!だけど……!」
大輔は着ていたコートを脱ぐ。
「これだけは着て帰ってくれ!帰ったら捨ててくれて構わない!」
「……え?」
佐和子は大輔を見る。街灯の灯りで見えた大輔の顔は、いつもの優しい表情だった。佐和子は思わず入れていた力が抜ける。
「ほら、風邪引くから!」
大輔は佐和子にコートを着せ、マフラーを巻く。大きいコートは佐和子には合わずブカブカだった。
「……どうしてそこまでしてくれるの?」
「……偶然だよ。雪でお客さん来ないから早めに閉店しようとしたんだ。そしたら雪で足跡が多数あった。もしかしてと思って追いかけたんだ。不自然なぐらい目的がない足跡だったから。迷いがあるなーってね。」
佐和子はただ大輔を見つめる。そして……。
「だ、大輔さんのせいじゃないから……。」
「じゃあ良かったら話聞かせてくれないかな?」
大輔は佐和子に着せたコートのボタンを一つずつ留めながら話す。背の高い大輔がかがみ二人は同じ目線になる。
しかし、佐和子は今起きている事が話せない。
全て自分が悪い、そう思い込んでおり、何も言えずただ涙を流している。
大輔はポケットからハンカチを出し、佐和子の涙を優しく拭く。話して欲しいと優しく諭しながら……。
佐和子はその優しさにやっと口を開く。
「……助けて……。」
小さく震える声で、なんとか言葉にする。
「中で話そう。大丈夫、絶対何もしないから。」
「……うん。」
大輔は佐和子の手を握って歩く。佐和子が泣いていて前が見えていないからと必死に理由を話しながら。
「佐和子ちゃん……。」
「何?」
「俺、君の事が……。」
空が一瞬光る。音はしないが、雷が発生したようだ。普段なら一瞬光った、それぐらいで済むが佐和子には済まなかった。
「……あ、……あ。」
佐和子は慌てて大輔から離れる。
「……どうしたの?」
佐和子は何かに怯えて周りを見渡す。
「違う!これは!違う!違うのー!」
佐和子は叫び一人走り出す。
「佐和子ちゃん!」
大輔は走って追いかけようとするが、地面がぬかるんでおり転けてしまう。急いで顔を上げるが、もう佐和子は居ない。服は泥だらけで、コートもマフラーも佐和子に着せた為大輔は薄着だが、雪が降る中佐和子を探す。寒さなど忘れるぐらいに必死に……。
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