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10話 偽装のデート(3)
しおりを挟む「……あ、そうよね。ごめんなさい……。」
佐和子は周りを見渡し呟く。
「……でも、手を繋ぐのもヤバいよ!マスターの……、いや大輔さん……のお客さんが見ているかもしれないよ……。」
「大丈夫だよ、平日昼間のバーから離れた繁華街。うちのお客さんは会社員が多いからね。佐和子ちゃんの方も旦那さんや同僚がここまで営業に来る事はないだろうし、見られる心配はないと思っているから……。」
「考えてくれていたの?だからここまで連れて来てくれたの?」
佐和子は近所の繁華街にしなかった理由を今知る。
二人は手を繋ぎ、佐和子が行きたがっていたショッピングセンターに着く。
「佐和子ちゃんはどうゆう店が良いの?」
「うーんと……。」
佐和子は案内標識を見て行き場所を決める。
「こっち行きたい」
エスカレーターに乗り3階にマスター……いや大輔を連れて行く。先程までの張り詰めた表情はなくなり生き生きし始める。
そのショッピングセンターは1階2階は外部のメーカーに貸し出している専門店、3階はショッピングセンターが売り出している化粧品や服、アクセサリーが売っていた。いつも買っている系列の服屋、化粧品の店に行き大輔は納得する。ショッピングセンターでは2個購入出来る物でも、百貨店では1個しか購入出来ない。特に化粧品は一つでは済まず消耗する物、高い物を買っても無くなってしまうのだ。
二人は3階を一周しウインドショッピングを楽しむ。大輔は佐和子が目を輝かせいる姿をただ見ている。
「何買うの?」
「まだ見ているだけだよ。」
「見てるだけ?それ楽しいの?」
「見てるだけで楽しいの!」
男と女の違いの会話をする。二人は笑い、大輔は佐和子をじっと見つめる。
「佐和子ちゃん……。」
「……何?」
佐和子は見つめられ、心拍数の向上を感じる。
「……あ、また化粧が濃いとか言いたいだけでしょう?」
佐和子はわざと茶化して目を逸らす。この目に見つめられるのは危険だと、さすがの佐和子も感じたのだ。
「違うよ、だから……。」
大輔は黙り込む。
「……俺も行きたい所がある。」
「あ、そうだよね。ごめんなさい私ばかり。」
大輔は黙って歩き出し、佐和子は付いて行く。エスカレーターで一階に降り、黙々と歩いて行く。そこは化粧品ブランドや洋服やバッグなどが立ち並ぶ区域であり、その金額は5000円から1万5000円ぐらいの物が売っている。百貨店ほど高くなく購入出来ない事はないが、普段3000円ぐらいの物を購入する佐和子にとっては高く感じ敷居が高いのだ。
「ねえ、どこ行くの?」
大輔は返事せず、黙って歩いて行く。確かに男性用の服や財布、鞄など売っているが大輔が買いそうな物には見えなかった。
佐和子は大輔が何を考えているのか分からないのと、あまり来ない専門店への立ち入りに落ち着きなく歩く。
しばらく歩き大輔が立ち止まったのは、佐和子が普段使用している化粧品会社の前だった。大輔は佐和子を見て話し出す。
「……佐和子ちゃん、せっかく綺麗な肌しているのに濃い化粧なんて勿体ないよ。ファンデーションの色も合ってないし、チークも濃いよ。カウンセリングに行った方が良いよ。」
「マスター、私専門店なんて行った事ないの。だから……。」
大輔は佐和子の手を引き店に入ろうとし、佐和子は大輔の手を離そうとするが力が強くて離せない。
「離して……。」
「……俺はマスターという名前じゃない。」
「あ、ごめんなさい。……大輔さん、私こうゆう所来た事ないの。……主婦は化粧品にあまりお金かけられないの……。だからごめんなさい……。」
佐和子は俯いて話す。直視して話しが出来ないぐらいに頬を赤らめながら。
「大丈夫、俺が買うから!一回相談した方が良いよ!」
「だから買ってもらう事なんて出来ないって!」
「化粧品は消耗する物だから良いだろう?」
「……え?どうゆう意味?」
「使い切れば俺の痕跡は消える。だから良いだろう?」
佐和子は大輔を見つめる。意味が分からないという表情で。
「……だから、俺は……!」
「いらっしゃいませ。」
二人の前に一人の女性が現れる。
白いシャツに黒のスーツ、膝丈のスカートを綺麗に着こなし、髪を一つにまとめ首元にスカーフを巻き、ヒールの靴を履いている40代後半ぐらいに見える女性に声をかけられる。
服装や品のある振る舞いから化粧品販売員だと分かる。
「あ、すみませんお店の前で騒いで……。」
佐和子は大輔に捕まれている手を逆に引っ張り店から離れようとする。
「良ければカウンセリングしましょうか?」
販売員は笑って話す。
「あ、でも……。」
佐和子はためらう。
「そんな身構えなくても大丈夫ですよ。肌に合ったファンデーションやチーク、アイシャドウ、口紅を合わせるだけです。購入されなくても次回の参考にして下さればこちらも嬉しいので。」
佐和子はその提案に唖然とする。
「頼んでみなよ。」
大輔も背中を押す。
「あ……、お願いします。」
佐和子は頼んでみる事にする。
「はい、こちらに。」
佐和子は店に入って行き、大輔はしばらく待っていると離れて行く。佐和子は緊張の中椅子に座りカウンセリングが始まる。
「まずは普段使っている化粧品を教えて下さい。他社製品でも構いませんよ。持っていらしたら出してもらえませんか?」
「はい。」
佐和子は鞄からポーチを出す。一番安い化粧品ばかりで恥ずかしいが、ここで嘘を吐いても仕方がない。
「我が社の物使ってくださってるんですね?ありがとうございます。」
「……いえ……。」
「その他にもお悩みはありませんか?」
「……あ、シミやそばかすが多くて……。化粧じゃなかなか消えなくて……。」
「分かりました。ではこれで合してよろしいですか?合っていない物だけテスターを使わせてもらいます。」
「え?はい……。」
佐和子は驚く。一番安い化粧品に合わせてくれるのだと。
「では、化粧品を合わせていくので化粧を落として良いですか?」
「はい、お願いします。」
販売員は化粧を落としていく。
「まずはファンデーションですけど首にクリームを塗り肌に合う色を合わせていきます。」
「え?首!」
「はい、顔に合わせると首の肌色との違いが出て浮いてきます。ですから首に合わせて下さい。」
「……なるほど……。」
販売員はファンデーションの下地とパウダーを選び、佐和子の肌に塗っていく。しかし佐和子が気にしていたシミやそばかすはやはり消えない。
販売員はコンシーラーと呼ばれる化粧品を出し使用しながら使い方を教える。するとシミやそばかすが薄くなる。
「あ!凄い!」
シミが薄くなった為、ファンデーションやチークは薄く塗る。その他のアイシャドウや口紅も薄く塗り化粧を完成させる。
佐和子は鏡を見て驚く。
「これが私!」
「はい。コンシーラーを使い気にされているシミを薄くしたので全体的に薄化粧に仕上がりました。ファンデーションが濃くなると他のチーク、アイシャドウ、口紅も引っ張られて濃くなります。ですからコンシーラーを上手く使用すると若々しく、化粧品の消費も抑えられると思います。現在使用されているファンデーションやパウダーもお肌より濃いですね。次はこちらの購入をお勧めします。」
販売員は現在使用したファンデーションとパウダー、コンシーラーの名称と金額を紙に書き始める。
「良ければ参考にどうぞ。」
販売員は書き上げたメモを佐和子にくれる。
「よければコーヒー、紅茶、ハーブティーを出しますよ。どれが良いですか?」
「あ、いや、それは……!」
「カウンセリングを受けられた方へのサービスですよ。」
「……あ、コーヒーお願いします。」
「はい。」
販売員は離れていく。その間に佐和子は自身の顔をじっと見る。完成された化粧は薄く30代の綺麗な肌が引き立っていた。鍵を握るのはあのコンシーラーと呼ばれる化粧品だと。
販売員が戻って来てコーヒーを出す。
「あの、これ全部下さい。」
「ありがとうございます。でも、ごめんなさい。ここにはテスターしかなくて……。3階の化粧品店で購入お願いします。」
「え?……あ、分かりました。」
佐和子は今まで使っていた化粧品を見ている。
「……今使っている化粧品も使って下さいね。」
「でも合ってないし……。」
「使えますよ、肌は一年ずっと同じではありません。日焼けをすれば肌の色も濃くなります。その時に色を混ぜて使えば肌の色に合わせられます。だから夏に向けて残しておいて下さい。ただ、化粧品は使用時期がありますから出来るだけ早く使いきって下さい。」
「はい。」
佐和子は喜ぶ。物を大事にする佐和子はあまり物が捨てられないからだ。新しいのを買い日焼けの時期まで片付けておこうと思い、そしてもう一つ気になる事を聞くと決める。
「……あの、コンシーラーは家では使えませんか?」
「家?はい、勿論使えますけど……、長期間の使用はあまりおすすめできません。化粧品と同じく、家に帰ったら落とす、そのような使い方が適切だと思いますね。」
「……そうですか……。」
佐和子は落胆する。
「どうしました?家で使いたい理由があるのですか?」
「え!いや、大した事では。」
佐和子は出されたコーヒーを飲む。
「お客様はなぜ綺麗になりたいと思いましたか?」
「……え?」
「良かったら教えてもらえませんか?」
佐和子は黙る。なぜ?……それは分かっていた……。
「……夫に振り向いて欲しいからです……。」
佐和子は俯き、自身の胸の内を明かす。
「そうですか、ご主人の為なら化粧も大切ですが普段の肌のケアも大切ですね。普段はどのようなスキンケアをしていますか?」
「……あ、えーと。」
佐和子は一番安い化粧品乳液を話す。
「……なるほど、確かに標準的な使用感で肌にも合いやすい商品ですね。でも気にされているシミやそばかすには合っていませんね。良ければシミやそばかすに合った商品を紹介してよろしいですか?」
「お願いします!」
佐和子は必死に頼む。ずっと悩んでいた問題が少しでも緩和される事を願って……。
「こちらです。」
それは見た事のない化粧品乳液だった。見た事ない、つまり高いという事か……。しかし欲しくなり佐和子は恐る恐る金額を聞く。
それらは、いつものと200円しか変わらなかった……。
「3階の化粧品店でも販売していますよ。ただ、購入前には必ずテスターで肌に合うか確認して下さい。いつも使用されているのと内容物が違います。合わないと感じたり、肌が赤くなったりヒリヒリしたら絶対購入しないで下さい。購入してしまうと、勿体ないからと無理して使おうとして肌が荒れ逆効果になります。」
佐和子は驚く。それは佐和子も経験した事のある失敗談だった。若い頃、化粧品と乳液を使い肌がヒリヒリしたのだ。使えば慣れていくと思い毎日使い続けたが毎回ヒリヒリとした痛みと顔が赤くなり、肌は荒れ逆効果になっていた。
その後今使っている化粧水乳液にたどり着き、痛みや赤みなく使用出来ていたが他の物は一切見ないようにしていた。……怖かったのだ、また痛みや赤みが出る事が。だから横に置いてあったであろうシミ用化粧水に気付かなかったのだろう。
「分かりました、ありがとうございます。すみません、安い化粧品の相談して……。」
「いえ、役に立てたなら良かったです。……失礼ですけど、お客様は専業主婦ですよね?」
「……え?はい。すみません、お店前で騒いでいたから丸聞こえでしたよね?」
「いや、そうじゃなくて。私も長らく専業主婦していまして、なかなか自分の物にお金使えないんですよね……。」
「そう、そうなんですよね!」
「その上、夫は化粧を変えても気付かない……。お金をやりくりして必死に買っているのに……。」
「そうなんですよねー!!」
佐和子は自分の気持ちを代弁してもらっているように感じる。
「……お連れの方は旦那さんではありませんよね?」
「……え、あ、はい……。友達です……。」
佐和子は俯く。本当の不倫ではないが顔が熱くなる。見かねた販売員は佐和子にだけ聞こえる声で呟く。
「……あの、本当に差し出がましいと思いますがご主人が大切でしたら『当て付け』とかは止めた方が……。」
「へ?」
佐和子は思わず変な声が出る。側から見るとそう見えるのだと知ると余計に頬が赤くなる。
「ああああ、そうゆうのではなく、だから……。」
佐和子はこの販売員には全て話して良いような気がして大輔との関係を話す。
「偽装ふり……!コホン、失礼しました。……ではご主人の為にという事ですか?」
「はい……。だから今日もその為の買い物に付き合ってもらっていまして……。」
「なるほど、だから家でのシミを気にして……。分かりました。」
販売員はクスクス笑う。
「いやあ、お恥ずかしい。だから店員さんが勧めてくれたのを購入してスキンケア頑張ろうと思います。」
「頑張って下さいね。……ただ。」
販売員は表情を暗くする。
「ごめんなさい、余計なお世話だけど相手の心を試すのはほどほどにしておいた方が良いかもしれませんね。」
「え?」
「相手が思った通りに動いてくれないと余計に腹が立つし、引っ込みがつかなくなる。それに……。下手したら相手を失う事になるかもしれないから……。」
販売員の表情は悲壮感に満ちている。まるで過去に何かを失ったかのように……。
「あ、ごめんなさい。あくまでやり過ぎは駄目って話ですから!……あと、あのお友達とは少し距離を取った方が良いかもしれませんね……。」
「いや、あの人とは本当に何も!」
「分かっていますよ。ただあのお友達を傷付けたくなければ……ね。」
「……それってどうゆう……?」
販売員は人影に気付く。
「あ、お友達戻って来ましたね。」
「あ、はい。」
「ではありがとうございました。またお悩みでしたらいつでも来て下さい。」
「あ、ありがとうございました。……また、来ます。」
「……ご主人のこと大事にして下さいね……。」
「え?はい……。」
まただ、販売員は笑っているがまた悲壮に満ちた表情をしている。こんな美人で何を憂いているのか……。佐和子には分からない。当然だ、人の人生なんて分からないのだから……。
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