[完結] 偽装不倫

野々 さくら

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7話 変身2(2)

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一 土曜日 一

待ちに待った土曜日が来る。今日は絶対寝かせない、今日は熱い夜を過ごす。そう決めた佐和子はお酒におつまみ、雰囲気を作る為の加湿用のアロマオイルまで雑貨屋で購入しており準備万端だ。

圭介は外出を嫌い、基本休みの日は家で過ごす。その為、佐和子が昼から怪しい準備をしている事を知っていたが黙って見ていた。何が始まるのか?考えても分からなかった。


夜になる。圭介がトイレに行った隙に、佐和子はまた電気を消し、こないだのキャンドルに灯りを付ける。前回、一つのキャンドルでは充分な明るさにならないと学習した佐和子は数個買い足しており、部屋は程よい明るさになっていた。そして加湿器にアロマオイルを数滴入れ薔薇の香りを漂わせる。こうして部屋は先程とは違う雰囲気に演出された。



トイレから出て来た圭介は驚き、また何か始まるのだと身構える。

「圭介、来て来て!」

佐和子が圭介を食卓に連れて行くと、キャンドルが四つあり食卓を彩っている。普通の感覚ならロマンチックだと思うが、この鈍チン男は……。


「えーと、黒魔術でも始めるのかな……?」

「だから何でそうなるの!ただの食事よ!」


「……あ?そうなの良かったー。」

圭介は安堵して椅子に座る。彼は一体、佐和子を何だと思っているのだろうか?


まあ、とにかく佐和子は今日のチャンスを待っており、久しぶりにお酒を飲もうと誘う。圭介はあまり飲まない方だが、佐和子の誘いに一緒に飲む。圭介はビール、佐和子は酎ハイを。


(ふふふ、飲んだわね!お酒を飲ませちゃえばこっちのもの!圭介もお酒を飲めばさすがにベロベロになるでしょう?これで今日は熱ーい夜を過ごせる!ビールはいっぱい買ってあるの!飲むのよ、圭介!)


佐和子の作戦はキャンドルによる部屋の雰囲気作りと、加湿器によりアロマオイルの香りを部屋中に漂わせる事、そしてお酒を飲ませて圭介を泥酔させる事だった。硬派の男を落とす為にはお酒に頼るしかない。佐和子は手段を選ばなかった。





一 一時間後 一


「けいすけ~、のんでる~。けいすけ~。」

「うん、飲んでるよ。」

圭介が笑いながら応対する。


「けいすけ、わたしのことすき?」

「うん。」


「すきっていってくれないといや~!」

「はは、酔ってるね。」


そう、圭介ではなく佐和子がベロベロに酔ってしまった。本人は自覚ないが酔いやすい体質なのだ。

実はいつもバーで作ってもらっているカクテルは、アルコールはほとんど入っていなかった。しかし、あれだけ泣き叫ぶ事が出来る。ある意味幸せな体質なのかもしれない。

しかし功を奏したのか、佐和子は普段飲み込んでいる言葉を圭介にストレートに話す。「好き」「淋しい」「愛して」、佐和子はいつもみたいに怒らず上手く甘えている。


「いつもごめんな。支店長代理になって二年、やっと仕事慣れて来たよ。……また転勤になるかもしれないけど、そろそろ……。」


佐和子は机に突っ伏し寝始める。圭介は笑いながら食器を片付け洗い始める。







圭介が食器が洗い終わった後、目覚めた佐和子は急に泣き出す。

「けいすけ~。」


「はいはい、居るよ。お風呂準備してたんだよ。酔い覚まして来た方が良いよ。」

「けいすけも~。はいろ!いっしょにはいろ!」


「……酔ってるね……。ほら佐和子から。」


「やだ~!けいすけとはいる!ね?ね?」


佐和子が酔うとかなり面倒くさい。しかし、圭介は笑いながら対応している。


「ここで待ってるよ。」

「ほんとう?」


「放っておくと危ないから……。話しながら入って。」

「ありがとう!だいすき!」


佐和子は圭介に抱き付く。


「はいはい。」

圭介は佐和子から離れ反対を向く。どこまでも硬派なようだ。

「もぉ~、べつにいいのに~。」

「いつもダメだって言ってるじゃないか。酔いが醒めた時に後悔するよ……。」


「いいの!じゃあお風呂から上がったら仲良くしよう!」

「え?……あ、佐和子が起きてたらね。」


「起きてるも~ん!じゃあ入ってくる。」

「……うん。」

圭介も笑っている。まんざらでもないようだ。


正直、今までしてきた『偽装不倫』は何だったのかと思うぐらい二人は良い感じだ。佐和子はお酒により自然体になり、圭介もいつもより笑いリラックスしている。二人はドア越しに話をし、明日はゆっくり過ごそと話す。


『偽装不倫』はこれで終わり……とはいかなかった……。



ピロロロロ、ピロロロロ。

スマホの着信音が鳴る。佐和子ではなく、圭介のスマホだった。


「もしもし。……え?大丈夫?」

圭介は緩んでいた表情を険しくし話をする。その顔は外で働く男の顔だ。


「……分かった、行くよ……。外で話そう。」

圭介は電話を切る。


「何の電話?」

佐和子はお湯に浸かっており、話の内容が聞こえていた。熱いシャワーを浴びた為、少し酔いが醒め口調はしっかりしている。


「……ごめん、佐和子。仕事行く事になった……。」



バシャ、ガラララ。

お風呂から上がる音と、お風呂場のドアが開く。


「何で!今日土曜日でしょう?仕事休みじゃない!何で何で!」

佐和子は裸で詰め寄る。


「ちょっとバスタオル巻いて!バスタオル!」

圭介は目を逸らし、バスタオルを渡す。佐和子はどうでも良いが、話が進まない為仕方がなくバスタオルを巻く。


「ごめん、仕事なんだ……。」

「仕事?本当に?だって土曜日のこんな夜に仕事なんておかしいじゃない!だいたい、いつも帰ってくるのが遅いのだっておかしい!9時なんて遅すぎじゃない!」

佐和子のこの主張は合っている。銀行員は確かに責任があり忙しい仕事だが、残業しても1、2時間であり7時半ぐらいには業務が終わる。勤務先の銀行からアパートまで徒歩15分であり遅くても8時前までには帰って来れる。

しかし圭介は東京支社で働き始めて明らかに帰りが遅くなった。通常で9時、遅いと10時、結婚記念日なんて11時過ぎていた。

理由を聞いても、圭介はいつも仕事だとしか話さない。そんな訳ない、ずっとそう思っていた。


「……圭介……、もしかして不倫してる……?」

「……え?」


突拍子のない佐和子の疑いに圭介はただ唖然とする。そう、佐和子は圭介が不倫しているのではないかとずっと不安だったのだ。仕事だと言い、なかなか家に帰って来ない夫。不安材料には充分だった。


「そんな事している訳ないだろう。」

「じゃあどうしてもっと早く帰って来ないの?どうして土曜日に仕事があるの?説明してよ!」


「……それは……。」

圭介は黙り込む。


「私の事好きだよね?愛してるよね?」

「勿論そうだよ。」

「じゃあ好きって言って!愛してるって言って!」


その言葉に明らかに圭介の表情が変わる。目を逸らし、口をモゴモゴさせる。


佐和子はその瞬間感じ取る。圭介は自分を愛してはいない。やはり世間体だけの結婚だったと。


「……ごめん、行かないと。風邪引くからお風呂入り直して。」

圭介は脱衣所から出て行き、コートとマフラーを巻いて出て行く。

……本当に佐和子を置いて行ってしまった。



佐和子は一人呆然とする。

圭介に愛がない事は薄々分かっていた。自分が告白し、付き合うようになり、結婚も自分が言い出した事。圭介からは何も言われていない。分かっていた。しかし、いざ知ると辛くて涙が止まらない。不倫疑惑まで出て来たから尚更だ。

佐和子はお湯に入り直す事もなく、体を拭き外着に着替えコートを着る。もう家に居たくなかった。バーに走る、ただ感情のままに。


しかし佐和子はバーの前で立ち尽くす。



……しばらくし、雪の降る街をそのまま歩いて行く。中に入りたい感情を抑えてただ一人あてもなく……。


佐和子はSNSの写真の事を思い出し、これ以上マスターに迷惑かけてはいけないと思ったからだ。


雪が降る空を見上げて、佐和子はただ涙を流すのだった……。










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