[完結] 偽装不倫

野々 さくら

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6話 変身2(1)

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4話5話『変身』
マスターに旦那の気を引く為に髪を切りに行くように半ば強引に勧められた佐和子は美容院で髪を切ってもらう。
マスターが美容院代を払ってくれた事に驚き、お金を返したいと連絡を取る。しかしマスターはお金はいいからバーの掃除を手伝って欲しいと頼む。
佐和子がマスターの元に行くと、マスターは佐和子に顔を近付け見つめてくる。しかし、出た発言は「化粧が濃い」だった。拗ねながら掃除をする佐和子だが、マスターは佐和子の服が汚れると掃除をさせない。代わりに昼食を作って欲しいと頼んでくる。
佐和子は張り切り昼食と夕食を作る。美味しいと喜ぶマスターに、佐和子は圭介は言ってくれないと胸の内を話す。マスターは料理は美味しいし、佐和子は可愛いと褒める。佐和子も赤面し、まんざらでもない。
夕方になり佐和子は帰えろうとするが、出入りを見られないように気を付けるように言われる。マスターは女性客からの人気があり、もし営業時間外の出入りを見られたら嫉妬される為気を付けないといけなかった。佐和子も帰る際、気を付けていたが誰かに見られてしまう。
そんな事を知らない佐和子は夫の帰りを待つ。夫は一瞬反応したが、何も言わない。佐和子は何故なにも言ってくれないのかと考え、この結婚は仕事の為なのかと苦悩する。


登場人物
川口佐和子
専業主婦の33歳。構ってくれない夫に不満を持っている。夫の気を引く為に偽装不倫を企てる。
おしゃべりで陽気な性格。酒に弱いくせに、酒癖は悪く飲むとマスターに絡む癖がある。
かなり鈍感な性格。
実は料理や掃除は上手い。

川口圭介
佐和子と同じ33歳。銀行勤務で支店長代理の役席。気が弱く優しい性格。佐和子が愛を求め、それに上手く応えられない。
佐和子以上に鈍感。佐和子のあからさまな態度にも気付いていない。

マスター(川越大輔)35歳
佐和子行きつけのバーのマスター。当て付け不倫ではなく、偽装不倫をしたら良いと提案する。
なかなかの美形であり、見つめられると落ちてしまう女性が多い。
佐和子に意味深な態度を取っている。


関係
圭介と佐和子
同じ地方出身で同じ高校の同級生。遠距離恋愛9年で結婚。遠恋に耐えられなかった佐和子が圭介に着いていくから結婚したいと言った経緯があった。佐和子いわく、圭介はあまり喜んでいなかったらしい。

佐和子とマスター
実は佐和子のバーでの飲み代を半額にしており、通常バーではかかる席料も取っていない。客贔屓だと言われない為に二人だけの秘密にしている。


────────────────────────

6話  変身2(1)


圭介と付き合い始め、可愛いと言ってもらう為に私なりに頑張った。男性が好みの化粧や服装を雑誌で研究して購入し、着合わせや化粧の練習を何度もした。会う度にどうかを聞いた。しかし圭介は目を逸らし何も言ってくれなかった。可愛いどころか、似合ってるとか、良いんじゃないかとかのお世辞すら……。私に興味ないの?ねえ?どうして私と結婚したの?世間体の為の結婚だったの?







一 現在 一

佐和子はメッセージアプリで、昨日圭介が髪型も服装も化粧も何も言わなかったとマスターに報告する。


すると、すぐにアプリの無料電話がかかってくる。

『旦那さん本当に何も言わなかったの!』


マスターは佐和子が「もしもし」と言う前に話し出す。


「うん。一応気付いたみたいなんだけど、なーんにも言わなかった。」

『どうして?何か心当たりある?』


佐和子は分からないと否定する。……流石に世間体の為の結婚だろうとは話せなかった……。


『……そう。じゃあ次は部屋の雰囲気を変えよう。非日常を演じるんだ。』

「何それ?」


『何故うちの店に飲みに来る人がいると思う?あれはね、非日常を楽しみに来ているんだ。常連さんも言ってるよ、ここに来ると日常を忘れられると。だから部屋を変えてみる、それで旦那さんも変わるかもしれないよ。』

「『偽装不倫』は?」


『あんな鈍い旦那さんに遠回しに仕掛けても気付かないよ。まずは佐和子ちゃんの変化をはっきり自覚してもらわないと。』

「……確かに……。どうしたら良いかな?」


二人は黙り込み考える。



『……そうだな、うちの店なら薄暗い照明で演出するけど家庭でするのは難しいしな。……佐和子ちゃんはメッセージアプリ以外のSNSはやらないの?』

「SNS?全然興味なくてやってない。マスターはやってるよね?」


『はは、佐和子ちゃんらしいね。ごめん、俺もメッセージアプリ以外やってないんだ。』

「そうなの?……そういえば、ホームページもないよね?どうして?」


『……あんまりお客さん増やしたくないんだ。だから今まで通りで良いんだよ。』

「そっか。」


『それより、SNSで調べてみたらどう?綺麗な写真が投稿されているみたいだし。』

「ありがとう、やってみる。」


『うん、俺の方でも探してみるよ。俺はネット、佐和子ちゃんはSNSにしよう。』

「うん!」


佐和子は電話を切る。そして今若者の中で流行りのSNSをダウンロードする。


「登録?見るだけなのにー。」

佐和子は渋々アカウント登録する。すると検索出来るようになった。


しばらく検索を続けるが、参考になる写真は見当たらない。


「だめかー。難しいよこれ!」

佐和子はソファーに寝転がり、「オススメ」と呼ばれる場所を軽く見る。


── しばらくしてスマホを胸元に置き、しばらくぼんやりする。その表情は険しく、痛々しかった……。


「そうだ!マスターのバーについて調べてみよう!」

佐和子は無理に明るく声を上げ検索を始める。

ちょっとした好奇心だった。バーに来ている他のお客さんがどんなお酒を頼んでいるのか。それぐらいのつもりだった。……しかし佐和子はこの検索を激しく後悔する。


『バー アネモネ』と検索すると写真が多数出て来た。店のアカウントではないが、マスターは商品の写真撮影やネットに出す事を許可しており、時には写真撮影のサービスをしている。だからカクテルや、カクテルと一緒に写っている人達の写真が多い。それは良い、本人達が自分達の写真を出すのは。

……ただ、盗撮はしてはいけない。そして、写真の中に明らかに盗撮と思われる一枚があった。バーのカウンター席に座る佐和子に、話をしていると思われるマスター。おそらく店の中で撮られたものだろう。幸いな事に佐和子は後ろ姿で顔は写っていなかった。しかし知っている人が見ると佐和子だと分かる。


「……何?これ?」

佐和子は写真をタップする。すると……。


『いつもマスターに絡む、ウザいおばさん。何もかもダサい!店の品位が下がる!もう店くるな!』

……と書いてある。


佐和子の心臓は激しく鼓動を打つ。恐る恐るコメントを読むと、そこにも佐和子に対する誹謗中傷が書かれている。マスターのファンの女性達だと気付いた佐和子は、ここまで嫌われていたのだと知る。

そして佐和子だと思われる写真はもう一枚ある。慌てて開くと、また佐和子の後ろ姿が写ってある。白いコートを着ている事と周辺が暗く街灯が付いている事から美容院の後マスターに夕飯を作り帰える時に撮られたのだと分かる。その文章には……。


『おばさんのくせに若作り。痛すぎw』

……と書いてある。また佐和子だと特定出来ない写真だが、バー付近で撮られており出入りを見られてしまったのだと気付く。その投稿にもコメントが多数来ており、佐和子に対する誹謗中傷が目立つ。

佐和子は、盗撮しネットに上げ誹謗中傷する悪意のある人間が本当に居るのだと恐怖を感じる。


それと同時に、マスターが言っていた「気を付けなければならない」の意味を痛感する。ファンの子が居る時は入店を断り、さりげなく帰してくれていた。ファンの子が来た時はさりげなく帰るように言ってくれていた。そうゆう事だった。

その他の投稿も見ると、仕事や日常の愚痴などのリアルでは口に出せない事ばかり書いてある。いわゆる『裏アカ』と呼ばれるもので、佐和子の事も一つの悪口として書かれていた。『バー アモネス』とタグ付けされており、バーについて調べようとした人が簡単に見つけられるようになっていた。


「……どうしたら消してもらえるの?いやだ、こんなの……。」


佐和子は震える手で打ち込む。『これ私です。お願いします、消して下さい。』と……。

しばらく待つも返事は返ってこず佐和子は自身の写真を見つめている。バーに居るのに乱れた髪を無理に一つにまとめ、緩い部屋着でいる姿が写されている。

(……私こんな風に思われていたんだ……。ダサい……、そうよね。髪ぐちゃぐちゃだし、服もヨレってる。店の品位を下げる……、本当だよね……。)


佐和子はもう一枚の写真を見る。白いコートに赤のスカート、確かに若作り過ぎだと感じる。実際は若作りではなく、美容院に着て行く服が他に無かっただけだった……。

佐和子はソファーに横になり脱力する。



ピロロロロ、ピロロロロ。

スマホから着信音がし、佐和子はビクつく。恐る恐るスマホを見るとマスターからだった。


佐和子は安堵の溜息を吐き、電話に出る。


「……もしもし……。」


『……佐和子ちゃん?どうしたの?』

マスターは佐和子の声が明らかに違いに気付いてくれたようだ。


「何でもないの。それより何?」

『あ、ああ。あれから調べたんだけど、それらしいページが見つからなくてね。佐和子ちゃんはどう?』


「……ない……かな。」

佐和子はあの投稿の事を話さない。……自身のせいだと分かっているからだ。


『……そっか、ごめんねネットは難しいね。それでさ、うちがバーのリノベーションした時にさ、雰囲気を掴もうと買った雑誌が見つかって、良かったら見にこない?良ければあげるよ。』

「……え?」


いつもの佐和子なら一目散に雑誌をもらいに行くだろう。雑誌を見ながらマスターと計画を立て、圭介の昨日の反応を話し、虚しい胸の内を話すだろう。しかし……。



「ありがとう、でもいいや。」

『そう?あ……、確かにこの雑誌古いかも……。でも、参考になったのはアロマオイルを加湿器に入れたりとか、キャンドルとかだって。手間ないし、試すにしても低コストだから始めやすいよ。』


「確かに。ありがとう、やってみる!」

『今日は上手くいくと良いね!』



佐和子はしばらく黙り込む。

「マスター……、本当にありがとう。」

『どうしたの急に?』


「ううん、じゃあね。」

『報告待ってるよ。』


電話を切る。佐和子は先程のSNSの投稿を見るがやはり反応はない。アカウント主は仕事の愚痴の内容から、おそらく土日が休みの会社員。今日は平日、仕事中だろう。


佐和子はこんなくだらない事する奴より、圭介の気を引く事を考えた方が良いと分かっているがなかなか割り切れない。心の中に大きなモヤがあるからだ。

その気持ちを振り切る為に買い物に行こうと着替えをする。『偽装不倫』を始め、圭介に少しでも気付いてもらおうと最近明るめの格好をするように心がけていた。しかし佐和子はまた地味な格好に戻してしまう。







佐和子は普段は絶対行かないおしゃれな雑貨に行く。アロマオイルやキャンドルを見る為だ。圭介の気を引く為に来ただけだったが佐和子は段々楽しくなっていく。

ハートや星、花柄のキャンドル。多数の種類のアロマオイル。その他にも可愛いお皿にマグカップ。おしゃれなキッチン用具。その他にも、佐和子に似合いそうな水色の淡いセーターや、ふわっとした黒いスカート。女性を特にときめかす物が陳列されている。

佐和子は全て買いたい衝動を抑えて、ハートのキャンドル一つだけ購入する。本当は水色のセーターや黒いスカートも欲しかったが他人の目が気になり購入しなかった……。それ程、あの投稿はショックだった。



一 その日の夜 一

佐和子は圭介が帰ってくる時間に合わせ電気を消し、キャンドルに火を灯す。そして玄関に行き圭介を出迎える。

「おかえりなさい。」

圭介は驚く。それはそうだ、部屋の電気が付いておらず妻がろうそくを持って出迎えるのだから。


圭介は佐和子の顔を見て一言呟く。


「……電気代、滞納したの……?」

「なんでその発想になるのよ!」


圭介は電気を付け、滞納していない事を確認している。

「電気は付けないで!今日はこれだけで過ごすの!」

「……え?ろうそくだけ?……今日防災訓練の日だっけ?」


「だから何でその発想になるの!」

「……今日は佐和子の誕生日じゃないし……。えーと……。」

圭介はまた何を忘れてしまったのかと焦って思い出そうとするが分からないようだ。

結婚記念日は終わったばかりだし、本日は圭介も佐和子も誕生日ではない。この夫婦にとってはただの平日。圭介が分からないのは当然だった。


「ただの気分転換よ!」

「……気分転換?そう……。」


圭介は何か腑に落ちないようだが納得し、暗闇の中食事する事を受け入れる。彼は不器用な性格だが心優しく佐和子の希望は聞きたいと思っている。

圭介からしたら、電気が使えるのにろうそくの灯りで食事をする意味がよく分からないが佐和子が嬉しそうならそれで良い。……だって圭介は……。


「圭介?圭介?」

圭介は食事をしながら寝ている。薄暗い部屋に仕事の疲労、寝てしまうのは無理なかった。佐和子は圭介が眠ってしまった事に気付く。その表情に怒りはなく、むしろ申し訳なさが伺える。

佐和子は電気を付け、キャンドルを消す。


「圭介起きて。ご飯食べないと体壊すよ。」

佐和子は優しく声をかける。仕事で疲れているとよく分かっているからだ。


「……あ!ごめん!」

圭介は起きて慌てて食事をする。


「あれ?防災訓練……、じゃなくて気分転換は?」

圭介は寝ぼけて、また爆弾発言をしてしまう。しかし佐和子は……。


「もう終わったよ。お風呂入れるからご飯食べて。」

「……ごめんな。」

佐和子はいつも圭介に怒っているイメージがあるが、実はそうではない。基本は優しく、仕事が大変な圭介を支えたいと思っている。怒っているのは淋しさや、愛を求めているからこそなのだ。


圭介は眠そうに黙々と食事をする。しかし佐和子は諦めない。平日は疲れているからやめよう、だから……。決戦の日は土曜日と決意する。






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