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5話 変身(2)
しおりを挟む「……化粧濃いんじゃない……?」
「はぁー!!」
……落ちなかった……。
佐和子はマスターの手を跳ね除け掃除する場所を聞く。天井の埃を落としたからテーブルを拭いて欲しいとマスターは台拭きを渡す。佐和子は拭こうとするが……。
「あー!!やっぱ待って!コートが汚れる!」
「別に安物だし良いよ。」
「だめだよ!白色だし!じゃあ床掃除して。」
マスターは床拭き用のモップを渡す。
「別に良いのに。」
佐和子は床の掃除を始める。
「佐和子ちゃんはいつも化粧するの?」
マスターはテーブルを拭きながら話す。
「ううん、近所に買い物行く時とかはしないかな。面倒くさいし、化粧品も消費するしね。」
「もう少し薄めにしたら?そしたら長く使えるよ?」
「……マスター、30過ぎた女の肌舐めないで……。色々隠さないといけないの。」
佐和子は少し拗ねている。
「あ、ごめん冗談だって!……でもさ、それって化粧のやり方でカバー出来るだろう?相談とかしないの?カウンセリング化粧品とか?」
「……え?あ……。ここらへんそうゆうの少ないから……。」
「そっか、百貨店とかじゃないとなかなかないか……。行かないの?」
「……圭介、外出嫌いだから。」
「……そっか。」
マスターはこれ以上話さない。これ以上は立ち入ってはいけないと感じたからだ。
「ねえ、床下用雑巾はないの?」
佐和子は手を止めて聞く。
「あるけど何で?」
「ここ汚れ酷い。雑巾でしっかり落とした方が良いから。」
「いやいやいや!コートやスカートが汚れる!俺がやるよ!」
「えー、私何もしていないじゃない!」
佐和子が言う通り、殆ど掃除をしていない。佐和子が手伝う意味はあるのか疑問だった。
「……じゃあ悪いけど昼ご飯作ってくれない?疲れたから。」
マスターは少し表情を暗くしている佐和子に話す。
「お昼?」
「……あ、ごめん。何でもないよ!」
「勿論!何がある?何食べたい!」
佐和子はノリノリだった。マスターの許可を取り厨房に入る。
「でも私が入って良いの?」
「うん、どうせ今は食事は出せていないから……。」
「……あ、そっか。」
以前は軽食も出していたが、アルバイトが就職の為に3月に退職し9ヶ月、マスター1人で店を運営している。募集中だがなかなか人が来ない。女性は客の嫉妬の対象になるといけない為採用しない。だから余計に人が集まらないのだ。現在はすぐに出せるおつまみのみの提供としている。
「食材ないんじゃないの?」
「いや、簡単なおつまみ用の食材と、仕事終わった後一人で食事するからあるよ。」
佐和子は冷蔵庫を開ける。そこには店でおつまみとして出す用のチーズ、プチトマト、生ハムが入っていた。
「……仕事後何食べてるの?」
「ウイスキーとチーズかな?」
「何それ、チーズにはワインじゃないの?」
「いや、意外と美味しいんだって!」
二人は笑い合う。その後も保存食を見ていき賞味期限が近いと分かっていく。
佐和子は賞味期限が近いパスタを大きな鍋に入れ、何を思ったか水を入れる。
「何してるの?」
「うん、ちょっとね。それより買い物に行ってくる。」
「え?そこまで良いよ!」
「夕食も作るの!毎日それじゃあ体壊すわよ!」
佐和子は急いで買い物に行く。帰って来たかと思ったら、人参、ブロッコリー、玉ねぎ、薄いベーコンを刻み、先程の水につけたパスタとは別の鍋に水を入れ茹で始める。茹で上がったらコンソメと塩胡椒で味付けしコンソメスープを完成させる。
同時進行で、ピーマンとウインナーを素早く刻み始め、オリーブオイルで炒め、その横で先程まで水に付けて置いたパスタを明らかに短い時間で茹で水切りをする。そのパスタをフライパンで炒めながらピーマンとウインナーと馴染ませケチャップで混ぜナポリタンを作る。
「マスターお待たせ。」
佐和子はナポリタンとコンソメスープを出す。
「凄いね!」
見ていたマスターは手際の良さに驚く。
「主婦だから。」
また野菜を刻み始める。
「佐和子ちゃんは食べないの?」
「一人分しか作ってないよ。」
佐和子は話しながら野菜を刻んでいる。
「せっかくだから一緒に食べてよ。」
「え?量減っちゃうよ?」
「ほら。」
マスターは新しいお皿とフォークを出す。
二人は厨房からバーに移り食べ始める。
「美味しい!モチモチする!乾麺から作ったよね?」
「水にしばらく付けておいたら生パスタ風になるの。もっと時間あったらもっとモチモチだったんだけどね……。」
佐和子は食べながら話す。
「コンソメスープも小さく刻んであるから味が染みて美味しい。」
佐和子は驚いた表情でマスターを見ている。
「あ、変な事言ったかな?俺、料理出来ないから……。」
マスターは苦笑いする。
「……あ、違うの。料理の感想とか言われた事なかったから。」
「旦那さん言わないの?こんなに美味しいのに?」
「うん、何も言わないの。聞いても何も……。」
佐和子は遠くを見る。その表情は哀愁に満ちている。
「……美味しいよ!……それに佐和子ちゃんはすごく可愛いよ!髪似合ってるし、コートだって、セーターだって、スカートだってすごく似合ってるよ!」
マスターは急に表情を変え佐和子に話す。
「……え。」
佐和子は黙る。料理をする時はコートを脱いでおり、普段とは違うピンク色の淡いセーターに膝までの濃いピンクのスカート姿になっていた。マスターはまたいつもと違う佐和子に驚いていたのだ。
「え!……あ、ありがとう。」
佐和子は思わず目をそらし、慌ててパスタを食べ切り洗い場に持って行く。鈍い佐和子も直接「可愛い」と言われるのは流石に赤面ものだった。
(……か、可愛いなんてお父さんお母さん、お兄ちゃんと職場の先輩と常連さんが言ってくれていたじゃない。普通、普通!)
ここでいう職場は独身の時に佐和子が働いていたスーパーであり、可愛いと言っていたのは先輩のおばちゃんと、常連客の中年層から高齢層の年上が若い子を可愛がる感じだ。若い男性に「可愛い」なんて言われた事なんてなかった。……圭介にも……。
佐和子は平常心を保ち料理をする。
「ありがとう、美味しかったよ。」
マスターが食器を持ってきて鍋のお湯を捨てようとする。食器を洗おうとしているようだ。
「……あ!待って!お湯は捨てないで!」
「え?」
「まだ熱いでしょう?今捨てたら排水管が壊れやすくなるの。」
「……そうなの?」
「テレビでやってた!……あと、パスタを茹でたお湯はお皿洗うのに使うと良いの、オリーブオイルが落ちやすいから。」
「へえー。」
マスターはただ驚く。
その後も佐和子が段取り良く夕食を作る姿をじっと見ている。
…
「今日はありがとう。」
「こっちこそ。美容院代、そんな事ぐらいじゃ足りないと思うけど……。」
「いや、夕食が楽しみだよ。」
マスターは佐和子をじっと見る。
「……何?」
「あ、いや。旦那さん何で何も言わないんだろうね……。」
「何を?」
「いや、何でもないよ。誰にも見られないように気を付けてね。」
「だから大丈夫だって!」
佐和子は意気揚々と帰って行く。当然、マスターのファンを怒らせては怖いと分かっている為、誰にも見られないように警戒して。
……しかし、佐和子がバーから出る姿をうっかり見られてしまう。それが今後の二人の関係に影響を与えていく事となる。
一 夜 9時10分 一
「おかえりなさい。」
「ただい……。」
圭介は佐和子を見て明らかに表情を変える。いつも見てきた、伸ばしきった髪は綺麗なボブカットされ、化粧もバッチリきめ、服装もいつもの部屋着ではなく清楚なセーターにスカートを身にまとっている。
いくら鈍い圭介でもこの違いぐらいは分かる。
(気付いた!さあ、何て言ってくれる?髪型変えた?似合ってる?……可愛いとか言ってくれる?)
佐和子は胸の高鳴りを感じる。圭介が佐和子をじっと見つめるからだ。
しかし、圭介は佐和子から目を逸らしコートとスーツを脱ぎ、何も言わずにテレビを付ける。その後も髪型に一切触れず食事をしてお風呂に入る。
佐和子は圭介に何も言う気力もなく鏡を見つめる。
(……どうして?どうして何も言ってくれないの?気付いたよね?反応したよね?化粧も久しぶりにしたのに……。服装だって部屋着じゃなくてスカート履いてるのに?何か一つぐらい言ってくれても良いじゃない?マスターは可愛いと言ってくれたよ?不倫疑うどころか、私がどう変わっても全然気にしていないの?……やっぱりこの結婚は世間体の為の結婚だったの……?)
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