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4話 変身(1)
しおりを挟む2話3話『メッセージアプリ』
偽装不倫を企てた佐和子は、いつも付けていた指輪を外し夫に見せつけるが無反応。
マスターと次の手を話し合い、スマホのメッセージアプリを使用し、男と会っているのを匂わせた文章をマスターが佐和子のスマホに送り、それを夫に上手く見せつけどのような反応が返って来るかを見る計画を立てる。
夫に見せつける為に佐和子はあらゆる手を使い仕掛けるが、鈍感な夫は気付かない。
そんなある日、いつものマスターの匂わせメッセージの「佐和子ちゃんこないだは楽しかったよ、また会おう」から「佐和子ちゃん好きだ」に変わり送られて来る。マスターはすぐにメッセージを取り消し、送り間違えたと謝るが明らかにその言い訳は矛盾していた。しかし佐和子はその事に気付かず夫の事ばかり考えている。
佐和子は、あからさまな対応でやっと夫にメッセージを見せる事が出来るが、夫はメッセージを見ても不倫を疑うどころか気にしてもいない。メッセージアプリには「大輔」と男性の名前が出ており、何故気にかけてくれないのか佐和子は不安になる。
登場人物
川口佐和子
専業主婦の33歳。構ってくれない夫に不満を持っている。夫の気を引く為に偽装不倫を企てる。
おしゃべりで陽気な性格。酒に弱いくせに、酒癖は悪く飲むとマスターに絡む癖がある。
かなり鈍感な性格。
川口圭介
佐和子と同じ33歳。銀行勤務で支店長代理の役席。気が弱く優しい性格。佐和子が愛を求め、それに上手く応えられない。
佐和子以上に鈍感。佐和子のあからさまな態度にも気付いていない。
マスター
佐和子行きつけのバーのマスター。当て付け不倫ではなく、偽装不倫をしたら良いと提案する。
なかなかの美形であり、見つめられると落ちてしまう女性が多い。
佐和子に意味深な態度を取る事が多い。
────────────────────────
4話 変身(1)
私達は遠恋だった。しかも交通費がかかるからと3ヶ月に一度だけ会う、本当に付き合っているのかどうか分からないような微妙な関係……。
勿論、遠距離でも愛を育む人達はいくらでもいる。それは分かっている。でも私達はどうだったのだろう?私がずっと好きで、告白して、付き合ってくれたけどすぐ遠恋になって、初めは月一、しばらくして3ヶ月に一度になって、そんな関係を9年続けて、耐えられなくなった私が押し掛け女房のように無理矢理結婚したけど圭介はどうだったのだろう?
電話やメールするのは私、会いに行くのも私、話をするのも私、好きだと言うのも私、結婚したいと言ったのも私。全て私だった。
圭介は奨学金で大学に行ったから金銭的な理由で地元に帰って来れなかったり、電話が出来ないのだと思っていた。
でも違う、時代の流れからスマホに買い換えた時、メッセージアプリのやり方を教えたけど圭介からは一度もかけて来てくれなかった、メッセージすら送ってくれなかった。
圭介?圭介にとって私は何?
一 現在 一
「いらっしゃいませ。」
「……はい。」
佐和子は美容師の声掛けに俯き答える。
「大輔さんの紹介ですね。どうぞ。」
「はい。」
佐和子はシャンプー台に座り、シャンプーをする為に頭を下げられる。
「お痒い所はありませんか?」
「……はい、大丈夫です……。」
佐和子の声は小さい。普段から陽気な性格だが緊張しているようだ。それはそのはず、佐和子は結婚してから美容院に行っていなかった。地元に居る時は友達に美容師がおり気兼ねなく行っていたが、転勤族の圭介と知らない土地に移り住む事が多く馴染みの店が作れなかったからだ。だから久しぶりの、しかも東京のオシャレな美容院に緊張していたのだ。
シャンプーが終わり、カット台に案内され佐和子は座る。緊張はピークに達していた。
「大輔さんから聞いてますけど、本当に私のおまかせで良いのですか?希望の髪型とかありませんか?」
美容師の女性は佐和子に雑誌を見せながら再度聞く。
「いえ、美容師さんにお願いします。」
「……そうですか、私のおすすめは……。」
美容師は佐和子に確認を取り髪を切り始める。
(緊張する!もうマスター!後で文句言ってやる!)
佐和子は心の中でマスターに悪態をつく。
……実はこの美容院に行くように勧めたのは、大輔ことマスターであり、佐和子の予定を聞くと勝手に予約してしまったのだ。「予約しておいた、大丈夫良い美容師さんだから行っておいでよ、おまかせで頼んであるから」とメッセージアプリには軽く書いてあった。
佐和子は予約した手前行くしかなかった……。どれほど「美容院なんて行きたくない」と言ってもマスターは聞き入れなかった。そして店の住所を受け取り渋々予約時間に間に合うように店に向かう。マスターのバーからそれほど離れていない立地に美容院が存在した。……東京の駅前の繁華街に立地された美容院。佐和子の頭がクラクラするほどオシャレで高級そうな美容院だった。
(大体、ここいくらするのよ!生活費がー!!)
佐和子は自身の髪を切るのはどうでも良いが、お金にはうるさい。長年の主婦の生活が染み付いているのだ。
「大輔さんのバーのお客様ですか?」
美容師は髪を切りながら話しかけてくる。
「はい。」
「そうですか、大輔さんもよく来て下さり指名してくれますね。」
「そうなのですか!」
「ええ。」
佐和子は驚く。こんなオシャレな美容院に男性がくるなんて。しかし周りを見ると確かに男性客も居る。いかに自分の価値観が古いのかを思い知る。
「でも大輔さんがお客さん紹介するのは初めてなんですよ。」
「え?」
「しかも予約まで取ってくれて。」
「そうですか……、女性のお客さん多いのに。」
「……あ、それは私が女性だからでしょうね……。私を紹介したら嫉妬されるから……。夫に子供二人いるおばさんに誰が興味あるの?って感じですけどね!」
美容師は苦笑いする。
「え!美容師さん、結婚しているのですか!しかも子供二人!」
美容師は若々しい顔立ちに、スタイルが良くとても二人の子持ちには見えなかった。
(私なんて一人も子供産んでないのにー!何この差?)
「……あの、失礼ですがおいくつですか?」
「私?33です、子供は3歳と1歳です。もうやんちゃで。」
美容師は苦笑いする。
「え!嘘、全然見えない!……あ、すみません……。」
率直な考えを思わず叫ぶ。
佐和子には、30前の仕事にバリバリな女性だと思っていた。結婚?子供?全然生活に疲れている様子なんてないのに……。自分と同じ年齢で二児の母、自分とは全然違う。
そして、佐和子は見比べるように自身の顔を見る。丸顔にホワンとした顔立ち。小さな垂れ目に低い鼻、最近目立ってきたシミにほうれん線、美容師と同じ33なんて信じられなかった。
佐和子は思わず溜息を吐く。
「……どうしました?」
「あ、いえ、なんでも。」
「……そうですか?お客様はお近くにお勤めですか?」
「……あ、いえ、転勤族の妻なのでなかなか働けなくて……。」
佐和子は苦笑いを浮かべる。
「……え?転勤族?妻?」
美容師は佐和子を見て黙り込む。
(……あれ?何か変な事言った……。転勤族って言い回し古い?やば、恥ずかしい!)
「そうですか、大変ですね。大体どれぐらいの頻度ですか?」
美容師は話を続ける。その後、転勤族の大変さを佐和子は話す。その後は大輔との出会い、バーに通うようになった経緯、夫に対しての不満も話す。
「分かります!分かります!旦那は本当にそうですよね!こっちの気持ち全然分かってない!」
「本当そうですよね!こっちは仕事じゃなくて、体の心配してるんだと言いたくなります。」
「言っちゃえ!言っちゃえ!」
二人は大いに盛り上がる。同じ年齢で同じ妻同士、話が合うのだ。
「マスターに愚痴るのが唯一の発散なんですー。」
「なるほど、それで常連さんなんですねー。しかしあんまり頻回だと家計圧迫しませんか?」
「あー、それはマスターが……。あ、いえ、お小遣いでやりくりしてます……。」
佐和子は慌てた口調で話す。
「……そうですか。あの店は常連さんも多いし堅苦しくないから入りやすいですよね。」
「本当にそれです!バーって堅苦しいイメージあるけどあそこはなんか落ち着くというか。マスターもカジュアルバーだから大丈夫だよって言ってて。」
「カジュアルバー?大輔さんが言っていたのですか?」
「……はい。え?あれ?」
佐和子はまた間違いを言ったのかと戸惑う。
「あ、いえ。本当、落ち着いて良いですよねー。」
二人はまた談話する。
…
カットが終わる。背中まで無造作に伸びていた髪は、ボブスタイルになっていた。丸顔の佐和子にはボブスタイルが良いと勧めてくれたのだ。いつも髪を自分で適当に切り、まとまらない髪を綺麗に整え切ってくれた。
「ありがとうございます。」
「ご主人、可愛いと褒めてくれますよ。」
「……だと良いですけどね……。」
佐和子は会計に行こうとするが、美容師は外に繋がるドアを開ける。
「……あの、お会計まだですけど?」
佐和子は戸惑う。
「大輔さんからカット代は頂いています。ですからお代は頂けません。またいらして下さいね、お話したいし。」
美容師は笑う。
「えー!!マスターが?何で?」
佐和子は驚く。マスターから一切聞かされていなかった。
「何でなんでしょうね?直接お礼言いに行けば喜んでくれますよ。」
「え?……あ、ありがとうございました。」
佐和子は意味が分からず店を後にする。
佐和子はマスターにメッセージを送る。お金返したいと……。
ピコン。返事が返ってくる。
『美容院に行ってえら~い!』と書いてある可愛いスタンプが送られて来る。今流行りの、なんでも褒めてくれる可愛いペンギンだ。佐和子はこのキャラクターが大好きで、マスターも当然その事を知っている。
「可愛い!こんなマニアックなスタンプまであるのね!……って違う!お金よ、お金!」
佐和子はアプリでの電話機能を使用する。
『佐和子ちゃん、可愛いだろう?』
「うん、可愛い!……じゃなくてお金返したいんだけど。」
『え?いいよ。予約取ったのは俺だし、もう支払ったし。』
「だめ、払ってもらう理由なんてない。いくら?」
『いつも注文してくれているだろう?その分だよ。』
「注文って……、私はいつも一番安いカクテルしか頼まないし、席料も払ってない。全然儲けになってないのに……。」
『こら、外で話さない約束だろう?』
「あ!ごめんなさい。」
佐和子は周りを見渡し口を抑える。
佐和子がいつも注文している「いつもの」は店で一番安い酒を使ったカクテルだった。佐和子が初めてバーに来た時、主婦だからあまり自由なお金がないと断った佐和子にマスターが作ってくれたのだ。定価の半額以下で提供してくれ、バーでかかる席料もいらないと言われている。当然、客贔屓は問題になる為、二人だけの秘密だ。さきほど美容師と話している時、歯切れが悪くなったのはその為だった。
マスターは黙り込む。
「マスター?」
『……佐和子ちゃん、今どこにいる?』
「え?美容院出た所だけど。」
『じゃあ時間あるなら今からバーの掃除手伝ってくれないかな?それで貸し借りなしにしよう。』
「え?そんなので良いの?」
『本来なら時給払わないといけない仕事だから。だから頼まれてくれないか?』
「勿論!すぐ行く!」
『くれぐれも見られないように気をつけてね!』
「分かってるー。」
佐和子は電話を切る。美容院から歩いて5分、いつものバーに着く。佐和子は周りを見渡し、よく見る顔がない事を確認し中に入る。
「見られないように気をつける」。それには二つの意味がある。
一つ目は「圭介の職場の人が、圭介の妻がバーに入っていくのが見られないように気をつける」の意味だ。佐和子の夫の圭介は銀行勤め。銀行員はとにかく信頼が必須の仕事。その妻がたまにバーに行くぐらいは良いが、バーに入り浸るのは世間体が悪い。だからマスターはバーへの出入りは気を付けるように言っていた。圭介が結婚している事は職場は知っているが、佐和子の顔は誰も知らない。だから大丈夫だと佐和子は言うがマスターは警戒している。現に、新規の客が居る時は出入りを止めたり、佐和子が愚痴っている時に新規の客が来たら話すのを止めている。圭介の職場の人が圭介の妻だと分からないように細心の注意を払っていた。
二つ目は「マスターのファンが佐和子に嫉妬しないように気をつける」の意味だ。マスターは美形、色気もあり女性客に人気がある。美容師が言っていた「嫉妬されるから女性客におすすめの女性美容師を紹介しない」の意味はそこにある。マスターが佐和子を特別扱いしているなんて分かれば、女性客は嫉妬するだろう。マスターは自分目当ての女性客が居る時も佐和子を帰していた。
……まあ、肝心の佐和子はあまり警戒していないようだが……。
「こんにちわ。」
佐和子はバーに入って行き、マスターと顔を見合わせる。
……マスターは瞬きを忘れたのか、ただ佐和子を見つめる。
普段佐和子がバーに来る時は、乱雑に伸びたボサボサの髪を無理矢理束ねており、ノーメイク、部屋着のラフな格好にジーパン、スニーカー、冬は薄いジャンパーだ。
しかし今日は美容師に綺麗に切ってもらったボブスタイルな髪、ばっちりなメイク、白いファーの付いた「ゆるふわ」なコート、スカートにストッキング、ロングブーツ、全然違う女性に見えた。
「……マスター?」
マスターは黙って佐和子に近付いて来て、その顔を見つめる。そして、佐和子の頬を触り顔を近付けてくる……。
彼に見つめられた女性は落ちてしまう。佐和子も……。
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