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黄泉の端
アワナミ組編・完
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あの後、秋祭りは大成功を収めた。
もはや市民ホールが取り壊される危険はなくなった。なぜ分かるかと言えば、俺たちの活動が認められ、市役所に発足した保護委員の役員たちが度々視察に来るようになったからだ。
「ありがとう。キミと肩を並べて戦えてよかった」
そう大将さんに言われた時、俺はようやく肩の荷が降りるのを感じた。
ヨモツ・ギア・プロジェクトにとっては大した痛手ではないかもしれないが、俺にとっては、もはや市民ホールは守るべき対象の一つだったのだ。
アワナミ組は動きを見せなくなっていった。アマタ シュウが組から消え、シノギを引き継ぐ者が居なくなったらしい。連中はまた、闇に消えた。
みみちゃんからは一文だけ、「ありがとうございました!」というメールがきた。
色々と言い訳も考えたが、結局使うのをやめた。「こっちこそありがとう」とだけ送り、俺たちはそれっきりだった。
秋が深まりはじめていた。命の気配が減り、冬の足音が少しずつ近づき始めた頃に、俺の家に来訪者があった。
ピンポーン。家の中に響くインターホン。俺は包帯まみれの腕を庇いながら立ち上がり、玄関のカメラを覗く……誰も居ない?
と思っていると、裏手の窓が開き、そこから狐面のニヨニヨ顔が出てきた。クズハだ。
「……その登場やめてくれ」
「およ、薄いリアクションじゃの。からかい甲斐のないやつ」
「前もやっただろ、それ」
「そうじゃったかの? まあよい、茶漬けはあるか?」
「……鮭茶漬けなら」
盗賊がよ……。内心ため息を吐いてリビングに案内し、茶碗を洗って差し出す。
クズハは悪びれる様子もなく湯を沸かし、勝手に箸を取り出して準備をすすめている。なんで俺よりリビングに精通してるんだ。
「アワナミ組と一悶着あったそうじゃの。なんでもアマタを打倒したとか」
「情報早いな……」
「くくく、至る所に根を張り巡らせておるからの。それにしても、最初は小僧っ子だったおぬしがここまでになってわらわも鼻が高いわ」
「はいはい」
まーた適当なこと言ってるよ。聞き流して鮭茶漬けを差し出し、狐面のスパイの向かいに座る。
「……クラリス・コーポレーションの特殊精鋭部隊、『イザナミ』について聞いたことはあるかえ?」
俺も何か食おうかと食料棚に目をやっていた時、クズハがそんな声をかけてきた。
「イザナミ?」
「うむ。全員が『ヨモツギア』を装備した、コーポレーションのワイルド・カードよ」
「いや、全然……てか、ヨモツギア? 機械義肢ってこと?」
「そうじゃ」
見たことも聞いたこともない。そんな連中をまだ隠しているなんて、コーポレーションの闇は深いな……。
「今回の市民ホール事変にも絡んで来たと情報があったのじゃが……ふむ。どうやらおぬしと会った訳ではなさそうじゃな」
「はあ。俺と会う可能性もあったのか」
「少なからず、な。こちらもあまり情報は無いのじゃが……判明している部隊員は3名。うち1人、『リュウゼツ』が今回動いたと見られるメンバーじゃ」
リュウゼツ。この件のどのタイミングで動いていたのか……素人想像だが、おそらくはアマタ シュウに接触し、ヨモツギア改造を施したに違いない。
「残りは『トキワヅ』、『ヨミ』の2人。推測に過ぎんが、この3人で、武力だけなら『ネクサス』の上位陣に拮抗しうる」
「……そこまで?」
「まさに怪物どもよ」
ネクサスも大概化け物ばかりだったが、3人で張り合うと聞かされればゾッとしない。
「今回の件は恐らく戦力の拡充を図ろうとしたのであろ。おぬしを倒せれば、シュウを部隊に引き込む算段だったのじゃ」
「俺を倒せれば?」
「ま、隠し立てしても仕方ないゆえ話すが、おぬしはどこか『コーポレーション』の武器の指標として使われておる節がある。クラップロイドにはここまで通じる、ここは改良の余地あり、とまあこのようにな」
「……」
……身に覚えがないと言えば嘘だ。GMDの頃から、戦闘を誰かに観察されているという違和感はあった。
「そう嫌そうな顔をするでない。少なくともおぬしが戦う限りは、連中の手掛かりが舞い込んでくるのじゃ」
「ポジティブだよな……」
「そりゃ、こんな仕事しとったら嫌でもメンタルは強うなる」
クズハも任務で大切な人との約束を反故にした事とかあるんだろうか。……あったとしても、聞くのも躊躇われる。
「ともかく、そろそろ連中はおぬしを目の上のコブと認識し始めるじゃろう。攻撃も激化し始める頃合いと見たが、どこか身を隠す場所のアテはあるかえ?」
「……ないよ、ない」
「それならいくつか教えてやろ。わらわの使わぬアジトゆえ、少しは安全じゃろ」
さらさらと住所を書いた紙を渡され、そんなに危険に晒されているのかと面食らってしまう。それが顔に出たらしい。
「そう心配するでない。おぬしの殺害はさほど優先度も高くならぬであろうよ」
「簡単に言ってくれるよな……」
「それよりも、気になる話がある」
自分の殺害より気にかけなきゃいけない事案ってなんなんですかね……。
「ジュウロン会がここアワナミめがけ、徐々に結集しつつある。『白電戦争』の二の舞もあり得るぞ」
「!!」
「何処かで若頭補佐の欠けを聞きつけたか、あるいは……どうなのかは知らぬが、ACPDも黙っておらぬハズ。混乱に乗じて、コーポレーションが動き出す可能性もある」
「……どうすれば」
「おぬしはいつも通りで良い。その住所も、万一を考えてのものよ」
先程の隠れ家をメモした紙切れをヒラヒラさせ、事もなげにクズハが言い切る。そして、ほんの少しだけバツが悪そうに目を逸らした。
「……わらわはジュウロン会に面が割れておるゆえ、潜入は見送りになるがな」
「面が? ……」
……そういえば、なにか大事なことを忘れているような。コイツ、以前に重大なやらかしの一端を覗かせたような……お、思い出せない……。
渋顔を作っていると、クズハはおおげさに咳払いし、湯気を吹き上げるケトルへ立ち上がって歩いて行った。
「ま、アレじゃ。『白電戦争』の再来を防げば、過去のコーポレーションの否定にも繋がる。おぬしのスタンスをはっきりさせるのに丁度良いじゃろ」
「……過去のコーポレーション?」
「なんじゃおぬし、知らんのか……いや、知らんでも仕方ないか」
チョポチョポとお湯を茶碗に注ぎ、クズハは茶漬けの袋をピッと切り裂く。そしてこちらを見た。
「『白電戦争』のキッカケを作ったのは『白電建設』。そこまでは知っておろう?」
「あぁ、うん。ジュウロン会とアワナミ組の両方につくような素振りで、結果的に煽ったみたいになったんだろ?」
「あの会社、今は解体されとるが……社員も設備もそのまま、コーポレーションの系列に吸収されとるのじゃ」
「……え?」
え?
「コーポレーションは何一つ証拠を残しておらんが……当時はSACやら公安やらから何人も白電建設に送り込まれ、誰一人帰らんかった。恐ろしい組織よ」
「じゃ……じゃあ、そもそも白電戦争はコーポレーションによって引き起こされたのか?」
「乱暴な論じゃが、裏社会を生きる者でその認識を共有せぬ者はおらん。……それほど大きな争いだったゆえ」
「……」
クラリス・コーポレーションとは、いったいなんなんだ。窓から覗く、天をつくようなコーポレーション本社ビルが、急に異質な怪物の巣に見え始める。
「……重々、気を付けるが良い。万魔殿でおぬしのような光は嫌われる」
「……」
クズハの言葉に、俺は返す言葉を失い、ただ静かにビルを見やるしかなかった。
寒空の下では、北風が吹き始めていた。
◆
「おのれ……おのれッ、クラップロイド……おのれ、クジョウ……!!!」」
がつ。がつがつ、がつん。がつん。恨みの声と、鉄を殴りつける音がひっきりなしに響く。
安アパートである。酒の瓶や汚れた服がそのままに投げ出され、シミまみれの畳が見えないほどに物が散乱している。
「おのれッ……ヨウザン……おのれ、おのれおのれ……ウミキ……ウミキ カイゾウ……!!」
その怨嗟の声が最高潮に達しようとしていた時、玄関ドアを乱暴に叩く音が響く。
「もしもし? サトウさん?」
ぴた、と声と音が止むが、しかし玄関の外からの声は止まない。
「居るのは分かってるんですよ、昨日から騒音の苦情が凄いんで。あのねえ、警察から色々訊かれとるんですわ! アマタ シュウじゃないんですよね、貴方っ……」
キュオン。その時玄関が開き、外でがなり声を上げていた大家が面食らった顔になる。
「い……いらっしゃるならそう言ってくださいよ! アンタねえ、ちょっとおかしいんじゃ……」
「私がアマタだと、警察が?」
「は……はあ、そうですけど。違うんですよね? サトウ カズノリって名乗ったじゃないですか……」
「もちろん、違いますよ」
「ち、違うんならもう良いですよ」
キュオン。玄関の内側から鳴る音に、大家は恐れるように会話を切り上げようとする。
だが、糸目の男は笑顔を浮かべ、チェーンを外してドアを開いた。彼が纏うボロ布のような服は、右脚の不穏な光を隠せていない。
「……アマタ シュウはアワナミ組の若頭補佐でしょう? こんなところに居るはずがない」
「そ……そう……ですね。その……脚……」
「事故に遭いましてねェ。義足というやつです……恐ろしい事故でしたよ。クラップロイドめ……」
「は……はあ? クラップロイド?」
大家が聞き返すと、それまで男が浮かべていた笑みが深まった。歯を剥き出し、目を見開き、口の端だけが吊り上がる。
「大家さんも知っているでしょう。アイツに殴られたんですよ……何処だったかな……あぁ、確かここだ」
彼が服を捲れば、脇腹に痣が見える。そして、カミソリか何かでぐちゃぐちゃにされた虎の刺青……。
「ひっ」
「怖がらないでください。私はアマタ シュウではありません。彼は死にましたよ……アワナミ組に裏切られた時にねェ」
「た、たすけ、て……」
「たすけて? なぜです? あなたは助けを必要としていませんよ」
キュオン。一方の笑みが深まる。一方の冷や汗が滴り落ちる。
「は、話しません。誰にも言いませんから」
「……それは、うちの業界では『口約束』と呼ばれていましてねェ」
「……」
「運が悪かったんですよ、貴方は」
「う……うわあぁぁぁぁぁぁあああぁあ!!!」
キュオン。
もはや市民ホールが取り壊される危険はなくなった。なぜ分かるかと言えば、俺たちの活動が認められ、市役所に発足した保護委員の役員たちが度々視察に来るようになったからだ。
「ありがとう。キミと肩を並べて戦えてよかった」
そう大将さんに言われた時、俺はようやく肩の荷が降りるのを感じた。
ヨモツ・ギア・プロジェクトにとっては大した痛手ではないかもしれないが、俺にとっては、もはや市民ホールは守るべき対象の一つだったのだ。
アワナミ組は動きを見せなくなっていった。アマタ シュウが組から消え、シノギを引き継ぐ者が居なくなったらしい。連中はまた、闇に消えた。
みみちゃんからは一文だけ、「ありがとうございました!」というメールがきた。
色々と言い訳も考えたが、結局使うのをやめた。「こっちこそありがとう」とだけ送り、俺たちはそれっきりだった。
秋が深まりはじめていた。命の気配が減り、冬の足音が少しずつ近づき始めた頃に、俺の家に来訪者があった。
ピンポーン。家の中に響くインターホン。俺は包帯まみれの腕を庇いながら立ち上がり、玄関のカメラを覗く……誰も居ない?
と思っていると、裏手の窓が開き、そこから狐面のニヨニヨ顔が出てきた。クズハだ。
「……その登場やめてくれ」
「およ、薄いリアクションじゃの。からかい甲斐のないやつ」
「前もやっただろ、それ」
「そうじゃったかの? まあよい、茶漬けはあるか?」
「……鮭茶漬けなら」
盗賊がよ……。内心ため息を吐いてリビングに案内し、茶碗を洗って差し出す。
クズハは悪びれる様子もなく湯を沸かし、勝手に箸を取り出して準備をすすめている。なんで俺よりリビングに精通してるんだ。
「アワナミ組と一悶着あったそうじゃの。なんでもアマタを打倒したとか」
「情報早いな……」
「くくく、至る所に根を張り巡らせておるからの。それにしても、最初は小僧っ子だったおぬしがここまでになってわらわも鼻が高いわ」
「はいはい」
まーた適当なこと言ってるよ。聞き流して鮭茶漬けを差し出し、狐面のスパイの向かいに座る。
「……クラリス・コーポレーションの特殊精鋭部隊、『イザナミ』について聞いたことはあるかえ?」
俺も何か食おうかと食料棚に目をやっていた時、クズハがそんな声をかけてきた。
「イザナミ?」
「うむ。全員が『ヨモツギア』を装備した、コーポレーションのワイルド・カードよ」
「いや、全然……てか、ヨモツギア? 機械義肢ってこと?」
「そうじゃ」
見たことも聞いたこともない。そんな連中をまだ隠しているなんて、コーポレーションの闇は深いな……。
「今回の市民ホール事変にも絡んで来たと情報があったのじゃが……ふむ。どうやらおぬしと会った訳ではなさそうじゃな」
「はあ。俺と会う可能性もあったのか」
「少なからず、な。こちらもあまり情報は無いのじゃが……判明している部隊員は3名。うち1人、『リュウゼツ』が今回動いたと見られるメンバーじゃ」
リュウゼツ。この件のどのタイミングで動いていたのか……素人想像だが、おそらくはアマタ シュウに接触し、ヨモツギア改造を施したに違いない。
「残りは『トキワヅ』、『ヨミ』の2人。推測に過ぎんが、この3人で、武力だけなら『ネクサス』の上位陣に拮抗しうる」
「……そこまで?」
「まさに怪物どもよ」
ネクサスも大概化け物ばかりだったが、3人で張り合うと聞かされればゾッとしない。
「今回の件は恐らく戦力の拡充を図ろうとしたのであろ。おぬしを倒せれば、シュウを部隊に引き込む算段だったのじゃ」
「俺を倒せれば?」
「ま、隠し立てしても仕方ないゆえ話すが、おぬしはどこか『コーポレーション』の武器の指標として使われておる節がある。クラップロイドにはここまで通じる、ここは改良の余地あり、とまあこのようにな」
「……」
……身に覚えがないと言えば嘘だ。GMDの頃から、戦闘を誰かに観察されているという違和感はあった。
「そう嫌そうな顔をするでない。少なくともおぬしが戦う限りは、連中の手掛かりが舞い込んでくるのじゃ」
「ポジティブだよな……」
「そりゃ、こんな仕事しとったら嫌でもメンタルは強うなる」
クズハも任務で大切な人との約束を反故にした事とかあるんだろうか。……あったとしても、聞くのも躊躇われる。
「ともかく、そろそろ連中はおぬしを目の上のコブと認識し始めるじゃろう。攻撃も激化し始める頃合いと見たが、どこか身を隠す場所のアテはあるかえ?」
「……ないよ、ない」
「それならいくつか教えてやろ。わらわの使わぬアジトゆえ、少しは安全じゃろ」
さらさらと住所を書いた紙を渡され、そんなに危険に晒されているのかと面食らってしまう。それが顔に出たらしい。
「そう心配するでない。おぬしの殺害はさほど優先度も高くならぬであろうよ」
「簡単に言ってくれるよな……」
「それよりも、気になる話がある」
自分の殺害より気にかけなきゃいけない事案ってなんなんですかね……。
「ジュウロン会がここアワナミめがけ、徐々に結集しつつある。『白電戦争』の二の舞もあり得るぞ」
「!!」
「何処かで若頭補佐の欠けを聞きつけたか、あるいは……どうなのかは知らぬが、ACPDも黙っておらぬハズ。混乱に乗じて、コーポレーションが動き出す可能性もある」
「……どうすれば」
「おぬしはいつも通りで良い。その住所も、万一を考えてのものよ」
先程の隠れ家をメモした紙切れをヒラヒラさせ、事もなげにクズハが言い切る。そして、ほんの少しだけバツが悪そうに目を逸らした。
「……わらわはジュウロン会に面が割れておるゆえ、潜入は見送りになるがな」
「面が? ……」
……そういえば、なにか大事なことを忘れているような。コイツ、以前に重大なやらかしの一端を覗かせたような……お、思い出せない……。
渋顔を作っていると、クズハはおおげさに咳払いし、湯気を吹き上げるケトルへ立ち上がって歩いて行った。
「ま、アレじゃ。『白電戦争』の再来を防げば、過去のコーポレーションの否定にも繋がる。おぬしのスタンスをはっきりさせるのに丁度良いじゃろ」
「……過去のコーポレーション?」
「なんじゃおぬし、知らんのか……いや、知らんでも仕方ないか」
チョポチョポとお湯を茶碗に注ぎ、クズハは茶漬けの袋をピッと切り裂く。そしてこちらを見た。
「『白電戦争』のキッカケを作ったのは『白電建設』。そこまでは知っておろう?」
「あぁ、うん。ジュウロン会とアワナミ組の両方につくような素振りで、結果的に煽ったみたいになったんだろ?」
「あの会社、今は解体されとるが……社員も設備もそのまま、コーポレーションの系列に吸収されとるのじゃ」
「……え?」
え?
「コーポレーションは何一つ証拠を残しておらんが……当時はSACやら公安やらから何人も白電建設に送り込まれ、誰一人帰らんかった。恐ろしい組織よ」
「じゃ……じゃあ、そもそも白電戦争はコーポレーションによって引き起こされたのか?」
「乱暴な論じゃが、裏社会を生きる者でその認識を共有せぬ者はおらん。……それほど大きな争いだったゆえ」
「……」
クラリス・コーポレーションとは、いったいなんなんだ。窓から覗く、天をつくようなコーポレーション本社ビルが、急に異質な怪物の巣に見え始める。
「……重々、気を付けるが良い。万魔殿でおぬしのような光は嫌われる」
「……」
クズハの言葉に、俺は返す言葉を失い、ただ静かにビルを見やるしかなかった。
寒空の下では、北風が吹き始めていた。
◆
「おのれ……おのれッ、クラップロイド……おのれ、クジョウ……!!!」」
がつ。がつがつ、がつん。がつん。恨みの声と、鉄を殴りつける音がひっきりなしに響く。
安アパートである。酒の瓶や汚れた服がそのままに投げ出され、シミまみれの畳が見えないほどに物が散乱している。
「おのれッ……ヨウザン……おのれ、おのれおのれ……ウミキ……ウミキ カイゾウ……!!」
その怨嗟の声が最高潮に達しようとしていた時、玄関ドアを乱暴に叩く音が響く。
「もしもし? サトウさん?」
ぴた、と声と音が止むが、しかし玄関の外からの声は止まない。
「居るのは分かってるんですよ、昨日から騒音の苦情が凄いんで。あのねえ、警察から色々訊かれとるんですわ! アマタ シュウじゃないんですよね、貴方っ……」
キュオン。その時玄関が開き、外でがなり声を上げていた大家が面食らった顔になる。
「い……いらっしゃるならそう言ってくださいよ! アンタねえ、ちょっとおかしいんじゃ……」
「私がアマタだと、警察が?」
「は……はあ、そうですけど。違うんですよね? サトウ カズノリって名乗ったじゃないですか……」
「もちろん、違いますよ」
「ち、違うんならもう良いですよ」
キュオン。玄関の内側から鳴る音に、大家は恐れるように会話を切り上げようとする。
だが、糸目の男は笑顔を浮かべ、チェーンを外してドアを開いた。彼が纏うボロ布のような服は、右脚の不穏な光を隠せていない。
「……アマタ シュウはアワナミ組の若頭補佐でしょう? こんなところに居るはずがない」
「そ……そう……ですね。その……脚……」
「事故に遭いましてねェ。義足というやつです……恐ろしい事故でしたよ。クラップロイドめ……」
「は……はあ? クラップロイド?」
大家が聞き返すと、それまで男が浮かべていた笑みが深まった。歯を剥き出し、目を見開き、口の端だけが吊り上がる。
「大家さんも知っているでしょう。アイツに殴られたんですよ……何処だったかな……あぁ、確かここだ」
彼が服を捲れば、脇腹に痣が見える。そして、カミソリか何かでぐちゃぐちゃにされた虎の刺青……。
「ひっ」
「怖がらないでください。私はアマタ シュウではありません。彼は死にましたよ……アワナミ組に裏切られた時にねェ」
「た、たすけ、て……」
「たすけて? なぜです? あなたは助けを必要としていませんよ」
キュオン。一方の笑みが深まる。一方の冷や汗が滴り落ちる。
「は、話しません。誰にも言いませんから」
「……それは、うちの業界では『口約束』と呼ばれていましてねェ」
「……」
「運が悪かったんですよ、貴方は」
「う……うわあぁぁぁぁぁぁあああぁあ!!!」
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