クラップロイド

しいたけのこ

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黄泉の端

祭り:幕

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 キュドッ。周囲のヤクザが聞いたのは、そんな音だけだった。


 シュウの吐いた血が空中に取り残され、彼自身は吹き飛んで城の一部に突っ込み、崩壊させた。拳から伝わり切らなかった衝撃波が辺り一面に散らばり、塵煙を巻き起こす。


 すなわち、電撃、鉄、磁力を駆使して放たれたレールガン・パンチ。胴をレールとし、拳を弾丸に見立て、体の安全など度外視で放つ諸刃の剣。


 崩壊する和式建築を見ながら、クラップロイドは右腕を抑える。節々から血を噴き出す右腕は、甲殻類じみたアーマーが所々裂け、赤と銀のグロテスクな模様を描く。



「野郎……」
「おう、これは、なんとも」

 ヨウザンが苦々しい顔でその様を見る。クジョウは脇に置いた刀を手に取り、抜きかけて……止められた。

 若頭の戦闘参加を止めたのは、誰あろう、アワナミ組の組長、ウミキ カイゾウである。

「まだ終わってねえ。そうだろがァシュウ!!」

 ビリ、と空気が震えるほどの大声に、崩落してゆく城の一角から物音が響く。キュオン……キュ、ギュゴ。ノイズ混じりの機械音。


 そして、崩落の中からアマタ シュウが現れる。血まみれ、傷まみれの彼は、肩に突き刺さった瓦礫の破片を引き抜き、折れた歯を地面に吐き捨てる。

「てめえ、一度はクラップロイドを排除したと抜かしやがったんだ! ケジメつけろや!」
「勿論ですよ」

 ギュゴ……ン。シュウは右脚の機構を作動させ、それが思うように動かぬことを知ると、歯を食いしばって構えた。

 クラップロイドも、右腕を上げ、割れ欠けたヘルメットの内から覗く瞳に闘志を燃え盛らせる。

『……俺が勝つ』
「全く……ジュウロン会といい、お前といい。思うようにならない事ばかりだ」
『俺が。勝つ』
「邪魔で仕方がない。目障りなカス共が寄り集まって、私の道を阻むなど」
『お前達を、絶対に倒す。アワナミ組。クラリス・コーポレーション。お前達だけは、許さない』

 
 戦意を練り上げる言葉を吐き出し続けながら、クラップロイドはその構えを徐々に鋭く、深くし始める。


 シュウは割れた眼鏡を放り捨てると、糸目を細く開き、機械の膝が胸につくほどに脚を上げた。そして、息を吐き出しつくし、リラックスした構えを取る。

「……手始めに貴様だ、ゴミ屑ロイドめ。スクラップにして市民ホールへの手土産にしてやる」
『……アマタ シュウ。お前は弱者を利用しつくしてきた。報いを受けてもらう』

 ゴウッ……2者の呼吸が同期し、互いの周囲で渦を巻いた。極限まで研ぎ澄まされた集中が、刃のように視線をとがらせ、重い空気を粘らせる。


 クラップロイドの右腕は、もはやロクに動かせないことが見えていた。ブシブシと噴出する血と、庇うような左腕の構えがその証明。


 ザシ!!! クラップロイドが踏み込んだ! 左拳を引き絞り、弓を構えるような姿勢のまま、レンジ内にシュウを捉える!


 だが、シュウもまた一瞬の中で加速! 全身を霞ませ、跳躍し、空中で回転しながらキックを放つ!!


 凄まじい蹴りは、空気の壁を歪ませながら、クラップロイドの頭部に直撃し……弾けさせた!!!




 そう、思った。少なくともシュウは。

 
 そして気付く。いま蹴り砕いたのは、クラップロイドの銀の残影。背中に拳が押し当てられているのを感じる。



『奪わせねえぞ』



 彼の背後、クラップロイドが呟く。跳躍で上に向かう力が、引きずり降ろされる力に拮抗し、一瞬の静寂が生まれた。


 リラックスし、力を爆発させる。クラップロイドのその瞬間のスピードは、アワナミ組若頭補佐を凌駕した。



「しまっ……」


 シュウはぞわりと全身の毛穴が開くのを感じる。この後に、落下が始まる……なぜ、自分は落ちる? 弱者? 絆? 熱?


 なぜ、自分は負ける? シュウは今ようやく、敗北を悟った。クラップロイドの駆動音が、聞こえる。


 キュ、ドゴォ!!! 杭打機じみた勢いでシュウが地面に叩きつけられ、砂利が爆発した。クラップロイドは空中、寸勁の反動を利用し、回転しながら着地した。


 シュウは雨粒じみて降り注ぐ砂利の中、這って動こうとしている。だが動けず、吐血し、顔から地面に突っ伏す。

「オヤジ、勝負ありだ。これ以上は無理だぜ」
「カーッ!! 情けねえヤツ!!」

 ヨウザンの言葉に、ウミキが怒り狂って座布団から立ち上がる。そして黒い扇を開き、びしっと倒れるシュウを指した。


「おいてめえらッ!!! 片付けしろや! そこで寝てるゴミをぶっ殺せ!!」
『ッ』


 その号令に、一斉にヤクザたちが動こうとする。だがクラップロイドは立ちはだかり、拳を構えてけん制した。

「退けィクラップ野郎!! 身内の恥ァ、身内が雪ぐわ! 見苦しいザマ晒させんじゃねえ!」
『ふざけてやがるのか! コイツは今の今まで、お前のために戦ってたんだろ!』
「誰のために戦っても負けは負けだ!! 介錯も情けよ!! 行けやクジョウ!!」


 言い合いの中、倒れたシュウは自分の親を見上げる。扇で自分を指し、殺そうとしている。


 たん、たん、たん。座敷から庭への階段を降りながら、クジョウが刀を抜き放つ。鋼鉄の冷たい輝きが辺りを照らし、威圧感が音を遠ざける。


 クラップロイドが構えを崩さず、クジョウに向き直る。銀の機械人形と向き合う若頭は、暫時動きを止め、その微笑みを湛えた顔のまま、切っ先をほんの少しだけ上げた。


 それだけで、その場の全員が黙り込むほどの殺気が満ちた。


「クラップロイド。退くが良い。そこは、お前ごと切ってしまうぞ」
『……』
「く、ジョウ……き、さ、まァ……!!」

 必死に顎を上げ、怒りの表情で歯を剥き出すシュウ。それを見、クジョウはやれやれと首を振る。

「おお、シュウ。俺は本当に楽しみにしていた。お前がクラップロイドを倒し、若頭の地位を俺から奪い取るその日を。……哀れよな、哀れよなぁ。今のお前は、ひどい見た目だぞ」
「クソ……クソォォォォォォォォッ!!!」

 バシュゥゥゥ!!! シュウはその瞬間、全身全霊で動き出した。十全に動かぬ右脚から蒸気を噴出させ、3本の手足を使い、砂利を蹴って城の外へと駆けだす。




 斬!!!!! その瞬間、クジョウは断じて一歩足りとも動いてなど居なかった。刃渡り80センチほどの刀は、決して逃げるシュウに届く間合いにない。


 だというのに、彼の右脚のヨモツ・ギアは、半分ほど斬り飛ばされた。太ももにあたる部分がなかば吹き飛び、庭に転がる。遅れ伝う斬撃の形に、一本線じみて砂利が噴き上がる。

「ぐっ……!」

 それでも走り続けるシュウを背に庇い、クラップロイドはクジョウに向かい合った。ちん、と音を鳴らして納刀するクジョウは、もう一度斬撃を放つべく身を沈めかける。

「退くがいい」
『断る』
「クジョウッ!! もういい、やめろ。てめえが怪我でもしたら大損害よ」

 クラップロイドも十全に戦意を練り上げたちょうどその時、またも声が響いた。ウミキだ。

 クジョウはそれまでの殺気をおさめると、肩をすくめて刀を担ぐ。庭の彼方では、城の塀を必死に乗り越え、シュウが見えなくなっていった。

「もういい。ヤツぁ破門だ。今夜限り、アワナミ組とは何の関係もねえ。無様極まりねえヤツ」
「では、そのように」

 特に感慨もなくウミキの言葉を肯定するクジョウに対し、クラップロイドは戦意の持っていきどころを失い、深呼吸しながら警戒を続ける。

「てめえもさっさと消えんかい! クソッタレの市民ホールなんぞ百害あって一利なし! 二度と狙うか!」
『……だめだ。お前にはもう一つ用がある、ウミキ カイゾウ』
「あぁ!? 用だとッ、てめえこの期に及んで……自分が生きてる事に感謝せんかい!!」
『キジョウ アカリを知っているな。お前の娘だ』

 ウミキは不意打ちを食らったかのように目を丸くし、そして笑い始めた。

「がっはっは、あの出来損ないの馬鹿女と作った娘か! お前、アイツに惚れでもしたか」
『違う。アイツに週1でメールしろ』
「はぁ?」

 今度こそ、ウミキは意味の分からないものを見る目でクラップロイドを見た。ヨウザンも、クジョウも、面白そうにボロボロのヒーローを見る。

「なに? 週1でめーるだぁ?」
『近況報告、元気かどうか尋ねる、その日の天気のこと、なんでもいい。週1、絶対にメールをするんだ』
「てめえに何の得がある? 狂ってんのか?」
『アイツは寂しがってる。お前は父親だ』


 クラップロイドの言葉に、座敷で爆笑の声が上がった。ヨウザンだ。腹を抱えて笑うのを、ウミキが激怒して睨みつける。


「うるっせえぞヨウザン!! 俺がいま話してんだろうが!」
「いやすいやせん、オヤジ……ガッハハハハハ!! いや、失敬、ンフッ……俺ぁ、クラップ野郎、殴れませんなァ。気に入っちまって、ふくっ……」
「あぁ?」
「ンッフ……ンフッ」

 心底面白そうに笑うヨウザンは、ふるふると震える体を抑えて小さく縮こまる。イライラと視線を戻しながら、ウミキはクラップロイドを睨む。

「それで? 週1のメールの見返りは?」
『ここで暴れないでおいてやるよ。言ってなかったが、俺には自爆スイッチもある』
「カーッ!! ナメくさりおって!! てめえが暴れて自爆したところでどんな害がある!!」

 一瞬にして真っ赤になった顔で、唾をまき散らしながら怒り狂うウミキ……しかし、2秒後にはクールダウンしている。彼は深呼吸し、座布団に座り、庭先のクラップロイドと真っ向から睨み合った。


「……だがまぁ、褒めてやる。シュウをぶっ倒してうちの組の膿を絞り出したんだ、てめえの利用価値も無かったわけじゃねえ。褒美としちゃケチくせえが、その週1のメールでてめえが満足するなら、あの出来損ないの娘に送ってやる」
『毎週、違う文面で送れ。大切な娘に送るのにふさわしい文面でな』
「やかましい、貴様なんぞに文面校正されるまでもなし! ただし、これを飲むのに1つ条件がある」

 どうやらここからが本当に話したかったことらしく、ウミキは膝を乗り出し、目を光らせてクラップロイドの割れ欠けたヘルメットから覗く瞳を見つめる。


「……質問だ。正直に答えろや」
『……質問による』
「てめえ、クラリス・コーポレーションとどういう関係だ?」


 静けさが戻る。とっくに秋祭りの花火は上がり切り、星のかすかな輝きが覗く夜空が覆う。


 遠くから、ひかえめなサイレンの音が近づいてくるのが聞こえる。もはや、この場にいる全員に時間的猶予はない。クラップロイドはしばし瞑目し、決意に目を開いた。



『……敵だ』
「なぜ、敵だと言い切る? お前は何か、連中の決定的な犯罪関与の証拠を握ってやがるのか?」
『いいや。だが、必ず証拠を掴む』

 それを聞き、ウミキは大きく息を吐いてあぐらをかく。そして、扇子で自分の顔を仰ぎ始めた。

「そんなこったろうとは思ったが……ま、てめえの人となりはよーくわかった。さっさと消えろ。俺の気が変わらんうちにな」
『覚悟してろ。お前らも、必ず潰す。今じゃなくても、必ずな』
「言ってるがいい」

 やがてクラップロイドは城の塀を飛び越え、その場から消えた。戦闘継続できるダメージではないのだ。


「……ふん。敵ながら天晴、突き抜けた阿呆ぶりよ」


 ウミキは懐からタバコを取り出すと、口にくわえ、点火を促す。火をつけに来たヨウザンを見て、彼はまた怒った。


「てめえまだ笑ってやがんのか!!」
「すいやせん、ふっ……んふっ……」


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