クラップロイド

しいたけのこ

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黄泉の端

家族の話?

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 危険な賭けだった。俺はトランクを開け、目を丸くしているキジョウの拘束を解除しながら、全身にびっしょりと感じる脂汗を不快に思う。まさかシュウだけでなく、ヨウザンまで来るとは。

 アワナミ組幹部、2名。1名は退けたが、2人連続となるとキツすぎる。打ち破った1人も、感情の波の急所を突いたにすぎない。実質、奇襲だ。

「ぶはっ……あ、ありがと……」
『大丈夫か。フラフラしてないか。立てるか』

 言いながら、憔悴した様子のキジョウをスキャニングする。……良かった、問題ないようだ。軽度の脱水症状も、水分を摂取すればすぐに治るだろう。

「シュウは?! アイツ、アンタのこと殺すって」
『撤退してった。ヨウザンにキミを巻き込まないよう約束させたから、もう問題ない』
(ぺっぺっ。最低限の処置をしたらさっさと帰りましょうご主人様)

 ひどいAIもあったもんだ。脳内のパラサイトに溜息を吐きそうになり、ぐっとこらえてキジョウの手を引く。

 彼女は誘拐事件当時から服装が変わっていないようだ。ボロボロのブラウス、崩れた化粧が色あせている。……おそらくは、俺を助けたあと、ずっと捕らえられていたのだろう。

『……すまない。俺を助けてくれたんだろう』
「え……いや、あたし……あの子、助けた時点で組のこと裏切ってたから」
『そろそろ警察が来る。……キミがウミキの娘だと分かると色々と厄介かもしれないが、俺がキミを連れ帰るのと、警察に保護されるの、どっちがいい』
「え? 連れ帰る……って、違法じゃないの?」
『元から違法な活動なんでね』

 テツマキさんが居なくなってからは警察とは正に犬猿の仲だ。俺を確認するなり、手錠を取り出して駆けて来る人もいる。

『シュウはしばらくキミの保護には来られないかもしれない。俺もあんまり警察とはお関わりになりたくないけど、キミの意思に任せる』
「ど、どうすれば……」

 キジョウは混乱し、震えているようだ。すがるように俺を見てくる。

『……市民ホールにでも行くか? 俺は近づけないけど、知り合いに匿ってもらうようかけ合わせてみる』
「しみんほーる……うん」

 うつろな目で頷く彼女を、俺は米俵のように抱え上げた。

 近づいてくるサイレン音。急ぐべく、脚に力を籠めて跳躍した。





「……成程」

 大将さんが頷く後ろで、キジョウは味噌汁とおにぎりを食べている。その動きは緩慢だ。


「はい。ちょっと特殊な事情みたいで、クラップロイドから彼女のことを託されて」
「あんたタカちゃん、アタシになんで言わないのさ! 最近は孫も帰ってこないんだから暇でしょうがなかったんだよ、うちで可愛がってやるよ!」
「駄目に決まってんでしょトメさん、この子だって家があるんだよ! 親が心配するに決まってるでしょ!」
「……親は、心配しません」

 いつもの怪獣じみた暴れっぷりはどこへやら、キジョウはぼんやりした表情でそう呟く。これにはトメさんとウメさんも顔を見合わせ、心配そうに黙り込んでしまった。

「うーん。とりあえず、誰の家に泊めるにしても、『友達の家に泊まる』くらいは連絡した方がいいだろうな!」
「……」

 言われるがまま、キジョウは携帯を取り出し、連絡を始める。まるであやつり人形のようだ。

「うーん……うちはまあ、友達だって言えば泊めてあげられるだろうけど。泊めるような友達はだいたい紹介してるしぃ、不審がられちゃうかもな……」

 乙川 まみさんは、顎に指を当てて考え込んでいる。その隣でみみちゃんも似たようなポーズを取っている。

「おにいさんの家に泊めてあげるわけにはいかないんですか?」
「いや、俺男で、一人暮らしだし……」

 それに、キジョウだって流石にごめん被るだろう。ぶっちゃけ俺もごめんだ。

「やっぱりうちに来な、アカリちゃん。うちはね、古いけど、それなりに大きい家だからね」
「……でも」
「1人2人増えたところで、家の中で何するかなんて変わりやしないよ! うちは服屋だから、アンタに似合う服だって見繕ってやるから!」
「やだよトメさん、アンタがさつじゃないか! うちで預かるよ!」
「何言ってんだいウメさん、アンタの家なんて風呂しかないじゃないか!」

 ……とりあえず、トメさんとウメさんのどっちかが預かってくれそうだ。キジョウが今自分の家に帰っても、心のケアはしてもらえないだろうし……あの2人が適任な気もする。

「うむ。とりあえず、今日も一日お疲れ様! 来週の百人一首大会への出場者も、それなりに集まって来たし……解散で!」

 大将さんの一声で、俺達はその場を解散することになった。



 市民ホールの玄関で靴を履いていたところ、後ろから声をかけられた。振り向くと、何やら思いつめた顔のまみさんが立っている。

「あのさ、タカッち。いまちょっといい?」
「えっと、はい?」

 何かやらかしたか……? 彼女の表情を見ていると不安になってくる。

「ちょっと……裏来てくれない? ここじゃアレだし」
「アレ? ……ああ、はい」

 裏に呼び出されるのにいい思い出はないが、しかしその呼び出しをスルーするのも躊躇われる。

 それに、ほんの少し元気が無さそうなのも気になる。いったい何があったというのか。まみさんについて行き、人気のない場所まで来ると、彼女はくるっとこちらを向いた。

「……えっと、ぶっちゃけいい?」
「ぶっちゃけ? うん」
「タカっち、クラップロイド?」
「違います」

 ……はっ、駄目だ即答してしまった。こういう時はまず『クラップロイド? 俺が?』って言わなきゃならないのに!

 まみさんはその返答スピードで何やら確信を得てしまったようだ。夕闇の中で目を光らせ、俺を見つめてくる。

「そうなんだ。あれ、隠せてないっしょ」
「……いや、ぜんぜん何のことか分かんないです。帰って良いですかね?」
「私でも分かるのに、悪い奴らにバレてないのって奇跡的だよね」

 いやもう確定事項として話してきますけど。今日の出撃は確かにバレやすかったか……挙動不審だったもんな……。

「タカッちも反省してるし、クラップロイドも来ないからって、みみちゃんをここに来させるのに賛成してたけど……これ、やっぱやめた方がいいっぽいね」
「……」
「ごめんけど、今日でうちら、サヨナラだわ。みみちゃん巻き込んでほしくないし」

 成程、やってしまった。これは大失敗だ。一度、事件にまきこまれた家族の心理としては、彼女のそれが正しいに違いない。みみちゃんの方がおかしいのだ。

「待ってくれ、悪かった。俺が来なければいいのか?」
「そうじゃなくてさ。タカっちが市民ホールにこだわってる理由を考えたら、怖くてみみちゃんを近づけさせたくないってコト」

 ……彼女の賢さを嘗めていたかもしれない。俺の最初の動機クラリス・コーポレーションすら、うっすらと見抜かれている。

「おねえちゃーん!! かえりますよー!!」


 遠く、みみちゃんが呼ぶ声が聞こえる。黒くなってゆく空の下で、俺達は一瞬だけ視線を交わした。


「あの子、タカっちの事好きだったよ。……一生懸命頑張ってるのがカッコいいって。いい子だよね」
「……」
「いい子で、家族なんだ。だからまきこまれてほしくないって、おかしいことじゃないっしょ」


 まみさんは俺に背を向け、歩き出した。そしてみみちゃんと手を繋ぎ、夕暮れる街の向こうへと消えていった。


 去り際、みみちゃんが俺に手を振った。俺は手を振り返せなかった。





「なぜ助けに来たんです」

 真っ白なベッドの上で、脚を吊られたシュウはそう尋ねる。アワナミ組御用達の病院は、今日は大物の患者を迎え、大変に騒がしかった。

 骨折、全治2か月。市民ホールが完全に復興するのに、間に合わない時間を宣告されたのだ。シュウの顔は抜け殻じみていた。


 隣でスポーツ誌を読んでいたヨウザンは顔を上げ、シュウを見る。

「あ?」
「なぜ見殺しにしなかったんです」
「殺してほしかったってか? くだらねえ感傷だな」

 そう言い放ち、ヨウザンは雑誌を置く。脚を組み、兄弟分に視線をやる。

「さんざん忠告したんだ。その脚は勉強料だと思え、てめえの……我慢弱さに対する、な」
「……高くついたものですねェ……」
「いっちょ前に弱ってんじゃねえや、気味わりぃぜ……」

 彼は立ち上がり、真っ暗な窓のカーテンを引く。それを目で追いながら、シュウは弱弱しく続けた。

「……私はもう、死んだも同然ですよ。このままヒラの組員まで落ちるなら、華々しくジュウロン会にでも特攻して……」
「冗談でもやめろ。胸糞わりぃ……生きてりゃいいんだ。組の中での立場なんぞ、あとからいくらでもやり直せる」
「……」
「コーヒーでも買ってきてやる。頭冷やしてろ」


 病室からヨウザンが出て行き、ひとり取り残されたシュウは、ベッドのフレームに拳を叩きつけた。手の甲が割れ、血が溢れるのにも構わず、何度も叩きつける。


「クラップ……ロイド、ッ……!! クラップロイド、クラップロイドォォォ……!! アイツさえ、居なければッ……アイツさえ……!!」


 凄まじい怨嗟の声。闇が覆い始めた病室の中で、その声を聞き届けるものはいない。……1人を除いて。


 こつ、と靴音がした。反射的にそちらを見たシュウは、細い目を見開く。


「お前、なぜここが……」
『どうやらアマタ シュウは失敗しそうだという情報を手に入れたので……真偽のほどを確かめに来た次第です。なるほど、これなら納得ですが』
「ま、待ってくれ、シノギならこなす。私でなくとも……」
『私は「貴方」に依頼料を払ったつもりでしたが』

 変声機越しなのか、奇妙に歪んだ声が病室に響く。部屋の隅で、その存在は闇に包まれ、顔を見ることが出来ない。

 シュウは焦ったように声を絞り出す。その頬を滑り落ちるのは、汗だ。

「ま……待ってくれ。待ってください。まだやれる……クラップロイドなんて、すぐに片づけられる」
『ご安心ください。今回、私は貴方を消しに来たのではない』
「は……? なら、なぜ?」

 『その存在』は、闇の中から数歩、歩み出た。そして手を伸ばし、シュウの包帯で巻かれた脚に触れる。

『ビジネスパートナーである貴方に、ご提案をしようというのですよ。聞けば、どうやらアワナミ組の若頭補佐から降ろされそうだとか』
「……」
『この脚……動かしたいですよね。今すぐ動かして、クラップロイドを討ち取りに行きたい。そうじゃないですか?』
「……いったい、何の提案なんです」

 話が進むうち、シュウの目から恐怖が消えていく。そして怒りと焦燥がその目に宿り始めた。

 『その存在』は、目を細め、その感情的な視線を受け止めて、言った。


『ヨモツ・ギア・プロジェクト。被験者になる気はありませんか?』







「おう、ちっとは頭も冷えたか……」

 2人分の缶コーヒーを手に戻って来たヨウザンは、誰も居ない病室に出迎えられた。


 はためくカーテンにかけより、その窓が開いていることを確認した彼は、缶コーヒーを握り潰して舌打ちすると、即座に彼の部下へ捜索命令を出した。


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