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黄泉の端
若頭補佐たち
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「……来ましたか」
ひょう。海からの潮風が吹き抜ける中、半分ほど崩れかけた廃墟の屋上で、シュウとクラップロイドは向き合っていた。
彼らは2人きりではない。屋上を埋め尽くすほどの数のアワナミ組員が、殺気立ってクラップロイドを待ち受けていた。前回クラップロイドに倒された者を含め、彼らは皆、復讐心と敵愾心に燃えている。
ここでクラップロイドが前回のような不意打ちに出なかった理由は2つある。1つ、廃屋の屋上は視界が開いており、不意打ち前に察知される可能性が高い。1つ、人質の姿が確認できなかった。
特に後者の要素は大きい。クラップロイドのヘルメットの内側で、堂本 貴は冷や汗を垂らす。キジョウ アカリを確認できなければ、迂闊な奇襲は命取り。今は敵と会話し、情報を引き出す段階だ。
『来たぞ。人質を解放しろ』
「呼べば来る。お前は本当に御しやすい人形ですねェ」
『人質を。解放しろ』
銀の人形は怒りを抑えつけ、冷静に呼びかけ続ける。シュウはやれやれと首を振り、眼鏡をクイと押し上げた。
「ご安心ください……彼女なら、下の車に乗せていますよ」
『……』
言われて建物ごと透視してみれば、確かに下に停められた車列のうち、1台のトランクに人が寝かされている。……この身体的特徴、キジョウ アカリで間違いない。全身をガムテープで縛られ、身動きを封じられている。
ならば、後は2人とも、どうすべきか分かり切っている。クラップロイドとシュウはほぼ同時に構えた。それに従うように、構成員が一斉に獲物を抜く。ドス、拳銃、バット、刀……。
「……あなたを片付けろとコーポレーションがうるさくてねェ。市民ホールへの関与もいただけない。恨むなら、ご自分の行動を恨んでください」
『その手には乗るか、悪魔共。俺はキッチリお前らを恨むぜ』
「くっくっ、……殺せ」
戦いが始まった。
前回と違う事があった。それは、クラップロイドに怒りの勢いは無く、代わりに冷静な引き際を手に入れていた事だ。
構成員を1人ずつ倒し、決して深追いせず、シュウの攻撃を躱しつつ防御を主体に立ち回る。粘りの形だった。
アマタ シュウは舌打ちする。クラップロイド……以前の攻撃的なスタイルよりも、数段厄介になっている。まるでガードファイトこそ彼の真骨頂と言わんばかり。いくら隙を見つけて蹴りを入れても、何もなかったかのように構えなおすその姿は驚異的だ。
クラップロイドはヘルメットの内側で深呼吸を継続し、怒りを抑えながら辺りの人数を数え続ける。残り、シュウを除き5人。銃撃を腕で弾き、バックステップでドスを躱し、刀を掴んで頭突きでノックアウトする。残り4名。
「埒が明きませんぜ!」
「ッ……」
拳銃を構えた構成員が叫んだ瞬間、シュウは一瞬の焦燥に駆られた。その焦りが彼の姿勢を乱し、蹴りを放たせた。
バチリ。クラップロイドの拳が青い迸りを放つ。シュウはその危険性を見抜く。電撃! 咄嗟に蹴り脚を戻し、構成員を掴み、力づくで庇わせる。
シュウが組員から手を離した0,1秒後、肉盾は全身から青白いスパークを放ち、白目を剥いて倒れ込んだ。残り3名。
バク転でその場を離れた若頭補佐を追わず、クラップロイドも素早いステップで距離を離す。お互いに睨み合いの段階に戻りながら、彼らは円を描くような足取りで互いの隙を探る。屋上にせわしない足音が響き、プレッシャーで空気が張り詰める。
「……成程。少々、見くびっていましたか。ですが貴方を殺してこそ市民の団結の象徴も崩れようというもの」
『お前は勘違いしてるぜ。俺を殺しても、人は団結する。それだけの力を彼らは持ってる。……お前らの敗因だ。覚えとけ』
「……」
ヘルメット越し、わずかに歪んだ声色でも、シュウは敵が本気でそう思っているのだと感じ取る。
シュウは……淡浪組若頭補佐は、この時、相対する敵の本当の危険を知った。『理想』を持っている人間。狂人のたぐいだ。
ゆっくりと息を押し出し、脚を伸ばし、威嚇する猫のように独特な構えを取る。守る相手に対する『攻め』の構え。反撃すら許さず葬ってきた敵対組織の人数は数えきれない。
クラップロイドはガードを固くしようとし、即座に振り向いて蹴りを放った。彼の背後、明らかに視界の外から攻撃を仕掛けようとしていた構成員が蹴り倒され、伸びた。残り2名。
一瞬の隙。シュウは跳び、クラップロイドの頭上で身をよじる。確実に、見えていない……だがそれでも、クラップロイドはガードしている。直上から放たれた鞭のような蹴りを腕で受け、勢いを流したクラップロイドはもう一度構え……そして、またガードの姿勢を取った。
シュウはクラップロイドを蹴った反動を使い、跳躍している……屋上、構成員の頭を蹴り、三角跳びの要領で更に襲い掛かる! 彼の後方、倒れ込む組員の首は奇妙な方向に折れ曲がっている。残り1名。
そして空中、アマタ シュウ! 彼は驚異的な滞空時間を発揮し、クラップロイドへ蹴りを放ち続ける! ガードの腕を踏み、蹴り降ろしながら跳躍、更に蹴る!
恐るべきは彼の無慈悲さ! 瞬時に部下を道具として使い、クラップロイドへの奇襲の文字通り足掛かりとする冷徹さ! アマタ シュウは蹴りを放ち続ける! クラップロイドはガードを崩され、滅多打ちにされながら、耐えるように体を折り曲げる!
アマタ シュウは蹴りながら、思い出の中に閉じ込められる。『白電戦争』でジュウロン会に捕らえられ、拷問され、アワナミ組の作戦を吐いてしまった事。ジュウロン会から派遣された『ベイ・ユアン』というアサシンが当時のアワナミ組若頭を殺害したこと。そして己の兄弟分、クジョウが若頭に抜擢され、自分は閑職へと追いやられた事……
蹴る。蹴る。蹴る。シュウは己の脚の下で、耐えるように、許しを請うように体を折り曲げるクラップロイドを見つめる。その姿は、ジュウロン会の下、拷問を受けていた自分の姿に似ている。許しは決して与えられなかった。
そしてシュウも、敵を許すつもりはない。驚異的な滞空時間の終わり際、彼は強烈無比な回し蹴りを繰り出した。その蹴りは、地球が生命を引きずり下ろすパワーと相まって、致命的な威力で振り下ろされた。
クラップロイドはその一瞬、バイザーから青い光を発し、決意するようにシュウを見上げた。その視線。ヘルメット越しでも強烈な警鐘が脳内にどよもすほどの、覚悟の視線! シュウは脚を戻そうとする。できない。既に振り下ろされた脚を戻す手段はない。
クラップロイドは身を沈めた。だがそれでは蹴りの軌道から逃れられていない。……いいや、違う! シュウは目を見開く。クラップロイドは地面を手で弾き、上下逆さになると、瞬時にサマーソルトキックへとつないだ!
バッシィィィィィィィ!!! 蹴りが交差し、力が逸れる! 一瞬だけ十字になった脚は、すぐにお互い反発するように離れ、互いにダメージをフィードバックする!
「ぐぅぅっ……!?」
蹴り脚以外の手足を使い、無様な着地を果たしたシュウは、己の片足が血を流しているのを見る。折れたか? 少なくとも筋肉は裂けた。動かすにも、怯みが一拍乗ってしまう。
『ぎっ……へっ、この程度ォ!』
クラップロイドは脚を抑え、転がりながら起き上がる。ダメージに慣れているのだろう、軽口すら叩いている。アーマーを加味したとしても、このタフネスは尋常のものではない。
互いに足を庇いながら、もう一度起き上がる。シュウの息は荒く、クラップロイドの呼吸は深い。どちらが戦場の主導権を握りつつあるのか……持久力の差が、明確な形になり始めていた。
加えて、シュウには焦りがある。この敵を今度こそ撃滅できなければ、自分に未来はない。あったとしても、負け犬として生きる、死より辛い未来だ。
『焦ってるか? 当然だよな。安心しろ、アワナミ組も叩き潰して牢屋の中にいつメン揃えてやるよ』
「バカに……バカに、しやがって……!!!」
くいくいと手招きされ、シュウのこめかみに血管が浮き上がる。挑発するクラップロイドの背後から、完璧に気配を消した組員が不意打ちを……繰り出そうとし、その顎を裏拳で打ちぬかれる。集中が、途切れていない。
崩れ落ちる組員を背に、クラップロイドは青白いバイザー光を溢れさせる。残り……シュウ、のみ。
『……まさか、怒ってるのか? ……残念だけどな。俺はお前以上に怒ってるぜ。馬鹿にすんなはこっちの台詞だ』
「なんだと……」
『市民ホールは渡さない。あそこで作られるおにぎりも食った事のないヤツが……あのステージに落ちる涙すら拭いたことのないヤツが、俺達に勝てると思うなよ』
「ダラダラと戯言をッ!! 死ねッ!!!」
シュウは激昂し、残された3本の手足を使って地面から跳ねた。回転し、怒りを乗せた蹴りを……蹴りを……蹴りは、腕に止められていた。
銀のアーマーを軋ませながら、クラップロイドは万全の防御姿勢でキックを受け止めていた。シュウは目を見開く。何を間違った。跳ねる勢いが足りず、キックの姿勢が乱れ、タイミングがずれ、否、そもそも怒りが彼の思考を……
ズドン。後悔は全て遅きに失した。シュウは己の胸に突き込まれた拳を見つめ、腕を辿り、クラップロイドの顔を見た。バイザーから、光が溢れる。
「がっ……はっ……?!」
一瞬後、シュウは吹き飛ばされ、屋上を跳ね転がり、手すりに背中を打ち付けていた。空気を全て吐き出し、もだえ、突っ伏す。
クラップロイドは油断なく構えたまま、反撃を待つ。だが、敵から呪うような視線しか飛んでこないことを悟ると、ゆっくりと構えを解き、シュウへ歩み寄り……
その一瞬、廃墟の屋上を緊張感が包み込んだ。クラップロイドが飛びのき、屋上の中央から離れた瞬間、その存在は屋根を突き破って現れた。
まず見えたのは、筋骨隆々の腕が振り上げる拳。モニュメントじみて生えたそれは、手探りで屋上の形を知ると、手をつき、付随する全身を引き上げた。
中背、筋肉の塊じみた体。凶暴さを覗かせる口元に、場違いな色合いのアロハシャツ。アワナミ組若頭補佐、『ヤガミ ヨウザン』!
彼はチラと倒れ伏すシュウを一瞥すると、クラップロイドへ向けてボクシングの構えを取った。その場に満ち満ちる重圧に、銀の機械人形も否応なく構える。連戦……いくらタフネスに長けると言えど、クラップロイドに幹部級の相手を連続して打ち破れるほどの実力はない。彼の片足は負傷している……!
「ヨウザン……!! 何をしに来た……っ」
「言っとくが、オヤジの命令じゃねえぞ。俺が独断専行で動いてる。証拠に部下は連れてきちゃいねえ」
「なんだと……!?」
「てめえが無茶すんじゃねえかと思ってな。……俺の推理は遠からずって所か」
言いながら、ヨウザンはステップを踏み始める。山のような筋肉が流動するさまを見ながら、クラップロイドはじっとガードの構えを崩さない。
「おう、クラップ野郎。うちのシュウを倒したのは褒めてやる」
『……どうも』
「褒めついでだ。俺らを逃がせ」
なんという乱暴な言葉。一体何がついでなのか、クラップロイドにも伝わらなかったらしく、彼は構えを崩さない。
「ここでやり合ってもいいぜ。確実にお前を倒せる、その自信がある。だが……俺はシュウを逃がしたい、てめえはお嬢を取り戻したい。そこに利害の衝突はねえんじゃねえのか?」
『……』
「俺らは撤退し、お嬢をお前に返す。それで良いだろ」
『二度とキジョウ アカリを巻き込むな。市民ホールもだ』
「後半のは飲めねえな。だが、お嬢を使うなってんなら、俺の若頭補佐っつうメンツにかけて誓ってやる」
ステップは止まらない。ヨウザンは少しずつ動きのギアを上げながら、いつ起きるともしれぬ激突に備える。クラップロイドは深呼吸し、脚の痛み、目の前の敵の言葉を秤にかけ続ける。
「考えろクラップロイド。ここでシュウを失えば、アワナミ組はそれこそ引っ込み付かなくなる。俺がお前をぶっ倒した後に、誰が市民ホールを総攻撃から守れる?」
『……』
「この形が最善だ。若頭補佐の脚を一本潰して、人質も取り戻す。お前は十分過ぎる戦果を挙げてるんじゃねえのか?」
口を動かしながら、ヨウザンのこめかみを汗が伝う。クラップロイドの表情はうかがい知れない。だが、彼らにとって、この交渉は綱渡りである事は明白だった。
長い沈黙が降りた。ヨウザンのステップはトップギアに差し掛かり、クラップロイドの深呼吸も屋上に響き渡るような音になってきたころ、ようやく銀の人形は一歩退いた。
「……交渉は成立と見て良いな?」
『覚えてろ。アワナミ組は、俺が潰す』
「こっちの台詞だぜ、クラップ野郎……だがま、今のところはおさらばだ」
クラップロイドは屋上から飛び降りる。それを見送り、迫るサイレンの音を聞きながら、ヨウザンはようやく全身を緩ませた。
「……行くぞ、シュウ」
「……くそッ」
アマタ シュウは脚を庇い、肩を貸されて立ち上がる。その体重を支えながら、ヨウザンは太い息を吐いた。
ひょう。海からの潮風が吹き抜ける中、半分ほど崩れかけた廃墟の屋上で、シュウとクラップロイドは向き合っていた。
彼らは2人きりではない。屋上を埋め尽くすほどの数のアワナミ組員が、殺気立ってクラップロイドを待ち受けていた。前回クラップロイドに倒された者を含め、彼らは皆、復讐心と敵愾心に燃えている。
ここでクラップロイドが前回のような不意打ちに出なかった理由は2つある。1つ、廃屋の屋上は視界が開いており、不意打ち前に察知される可能性が高い。1つ、人質の姿が確認できなかった。
特に後者の要素は大きい。クラップロイドのヘルメットの内側で、堂本 貴は冷や汗を垂らす。キジョウ アカリを確認できなければ、迂闊な奇襲は命取り。今は敵と会話し、情報を引き出す段階だ。
『来たぞ。人質を解放しろ』
「呼べば来る。お前は本当に御しやすい人形ですねェ」
『人質を。解放しろ』
銀の人形は怒りを抑えつけ、冷静に呼びかけ続ける。シュウはやれやれと首を振り、眼鏡をクイと押し上げた。
「ご安心ください……彼女なら、下の車に乗せていますよ」
『……』
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「……あなたを片付けろとコーポレーションがうるさくてねェ。市民ホールへの関与もいただけない。恨むなら、ご自分の行動を恨んでください」
『その手には乗るか、悪魔共。俺はキッチリお前らを恨むぜ』
「くっくっ、……殺せ」
戦いが始まった。
前回と違う事があった。それは、クラップロイドに怒りの勢いは無く、代わりに冷静な引き際を手に入れていた事だ。
構成員を1人ずつ倒し、決して深追いせず、シュウの攻撃を躱しつつ防御を主体に立ち回る。粘りの形だった。
アマタ シュウは舌打ちする。クラップロイド……以前の攻撃的なスタイルよりも、数段厄介になっている。まるでガードファイトこそ彼の真骨頂と言わんばかり。いくら隙を見つけて蹴りを入れても、何もなかったかのように構えなおすその姿は驚異的だ。
クラップロイドはヘルメットの内側で深呼吸を継続し、怒りを抑えながら辺りの人数を数え続ける。残り、シュウを除き5人。銃撃を腕で弾き、バックステップでドスを躱し、刀を掴んで頭突きでノックアウトする。残り4名。
「埒が明きませんぜ!」
「ッ……」
拳銃を構えた構成員が叫んだ瞬間、シュウは一瞬の焦燥に駆られた。その焦りが彼の姿勢を乱し、蹴りを放たせた。
バチリ。クラップロイドの拳が青い迸りを放つ。シュウはその危険性を見抜く。電撃! 咄嗟に蹴り脚を戻し、構成員を掴み、力づくで庇わせる。
シュウが組員から手を離した0,1秒後、肉盾は全身から青白いスパークを放ち、白目を剥いて倒れ込んだ。残り3名。
バク転でその場を離れた若頭補佐を追わず、クラップロイドも素早いステップで距離を離す。お互いに睨み合いの段階に戻りながら、彼らは円を描くような足取りで互いの隙を探る。屋上にせわしない足音が響き、プレッシャーで空気が張り詰める。
「……成程。少々、見くびっていましたか。ですが貴方を殺してこそ市民の団結の象徴も崩れようというもの」
『お前は勘違いしてるぜ。俺を殺しても、人は団結する。それだけの力を彼らは持ってる。……お前らの敗因だ。覚えとけ』
「……」
ヘルメット越し、わずかに歪んだ声色でも、シュウは敵が本気でそう思っているのだと感じ取る。
シュウは……淡浪組若頭補佐は、この時、相対する敵の本当の危険を知った。『理想』を持っている人間。狂人のたぐいだ。
ゆっくりと息を押し出し、脚を伸ばし、威嚇する猫のように独特な構えを取る。守る相手に対する『攻め』の構え。反撃すら許さず葬ってきた敵対組織の人数は数えきれない。
クラップロイドはガードを固くしようとし、即座に振り向いて蹴りを放った。彼の背後、明らかに視界の外から攻撃を仕掛けようとしていた構成員が蹴り倒され、伸びた。残り2名。
一瞬の隙。シュウは跳び、クラップロイドの頭上で身をよじる。確実に、見えていない……だがそれでも、クラップロイドはガードしている。直上から放たれた鞭のような蹴りを腕で受け、勢いを流したクラップロイドはもう一度構え……そして、またガードの姿勢を取った。
シュウはクラップロイドを蹴った反動を使い、跳躍している……屋上、構成員の頭を蹴り、三角跳びの要領で更に襲い掛かる! 彼の後方、倒れ込む組員の首は奇妙な方向に折れ曲がっている。残り1名。
そして空中、アマタ シュウ! 彼は驚異的な滞空時間を発揮し、クラップロイドへ蹴りを放ち続ける! ガードの腕を踏み、蹴り降ろしながら跳躍、更に蹴る!
恐るべきは彼の無慈悲さ! 瞬時に部下を道具として使い、クラップロイドへの奇襲の文字通り足掛かりとする冷徹さ! アマタ シュウは蹴りを放ち続ける! クラップロイドはガードを崩され、滅多打ちにされながら、耐えるように体を折り曲げる!
アマタ シュウは蹴りながら、思い出の中に閉じ込められる。『白電戦争』でジュウロン会に捕らえられ、拷問され、アワナミ組の作戦を吐いてしまった事。ジュウロン会から派遣された『ベイ・ユアン』というアサシンが当時のアワナミ組若頭を殺害したこと。そして己の兄弟分、クジョウが若頭に抜擢され、自分は閑職へと追いやられた事……
蹴る。蹴る。蹴る。シュウは己の脚の下で、耐えるように、許しを請うように体を折り曲げるクラップロイドを見つめる。その姿は、ジュウロン会の下、拷問を受けていた自分の姿に似ている。許しは決して与えられなかった。
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クラップロイドはその一瞬、バイザーから青い光を発し、決意するようにシュウを見上げた。その視線。ヘルメット越しでも強烈な警鐘が脳内にどよもすほどの、覚悟の視線! シュウは脚を戻そうとする。できない。既に振り下ろされた脚を戻す手段はない。
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バッシィィィィィィィ!!! 蹴りが交差し、力が逸れる! 一瞬だけ十字になった脚は、すぐにお互い反発するように離れ、互いにダメージをフィードバックする!
「ぐぅぅっ……!?」
蹴り脚以外の手足を使い、無様な着地を果たしたシュウは、己の片足が血を流しているのを見る。折れたか? 少なくとも筋肉は裂けた。動かすにも、怯みが一拍乗ってしまう。
『ぎっ……へっ、この程度ォ!』
クラップロイドは脚を抑え、転がりながら起き上がる。ダメージに慣れているのだろう、軽口すら叩いている。アーマーを加味したとしても、このタフネスは尋常のものではない。
互いに足を庇いながら、もう一度起き上がる。シュウの息は荒く、クラップロイドの呼吸は深い。どちらが戦場の主導権を握りつつあるのか……持久力の差が、明確な形になり始めていた。
加えて、シュウには焦りがある。この敵を今度こそ撃滅できなければ、自分に未来はない。あったとしても、負け犬として生きる、死より辛い未来だ。
『焦ってるか? 当然だよな。安心しろ、アワナミ組も叩き潰して牢屋の中にいつメン揃えてやるよ』
「バカに……バカに、しやがって……!!!」
くいくいと手招きされ、シュウのこめかみに血管が浮き上がる。挑発するクラップロイドの背後から、完璧に気配を消した組員が不意打ちを……繰り出そうとし、その顎を裏拳で打ちぬかれる。集中が、途切れていない。
崩れ落ちる組員を背に、クラップロイドは青白いバイザー光を溢れさせる。残り……シュウ、のみ。
『……まさか、怒ってるのか? ……残念だけどな。俺はお前以上に怒ってるぜ。馬鹿にすんなはこっちの台詞だ』
「なんだと……」
『市民ホールは渡さない。あそこで作られるおにぎりも食った事のないヤツが……あのステージに落ちる涙すら拭いたことのないヤツが、俺達に勝てると思うなよ』
「ダラダラと戯言をッ!! 死ねッ!!!」
シュウは激昂し、残された3本の手足を使って地面から跳ねた。回転し、怒りを乗せた蹴りを……蹴りを……蹴りは、腕に止められていた。
銀のアーマーを軋ませながら、クラップロイドは万全の防御姿勢でキックを受け止めていた。シュウは目を見開く。何を間違った。跳ねる勢いが足りず、キックの姿勢が乱れ、タイミングがずれ、否、そもそも怒りが彼の思考を……
ズドン。後悔は全て遅きに失した。シュウは己の胸に突き込まれた拳を見つめ、腕を辿り、クラップロイドの顔を見た。バイザーから、光が溢れる。
「がっ……はっ……?!」
一瞬後、シュウは吹き飛ばされ、屋上を跳ね転がり、手すりに背中を打ち付けていた。空気を全て吐き出し、もだえ、突っ伏す。
クラップロイドは油断なく構えたまま、反撃を待つ。だが、敵から呪うような視線しか飛んでこないことを悟ると、ゆっくりと構えを解き、シュウへ歩み寄り……
その一瞬、廃墟の屋上を緊張感が包み込んだ。クラップロイドが飛びのき、屋上の中央から離れた瞬間、その存在は屋根を突き破って現れた。
まず見えたのは、筋骨隆々の腕が振り上げる拳。モニュメントじみて生えたそれは、手探りで屋上の形を知ると、手をつき、付随する全身を引き上げた。
中背、筋肉の塊じみた体。凶暴さを覗かせる口元に、場違いな色合いのアロハシャツ。アワナミ組若頭補佐、『ヤガミ ヨウザン』!
彼はチラと倒れ伏すシュウを一瞥すると、クラップロイドへ向けてボクシングの構えを取った。その場に満ち満ちる重圧に、銀の機械人形も否応なく構える。連戦……いくらタフネスに長けると言えど、クラップロイドに幹部級の相手を連続して打ち破れるほどの実力はない。彼の片足は負傷している……!
「ヨウザン……!! 何をしに来た……っ」
「言っとくが、オヤジの命令じゃねえぞ。俺が独断専行で動いてる。証拠に部下は連れてきちゃいねえ」
「なんだと……!?」
「てめえが無茶すんじゃねえかと思ってな。……俺の推理は遠からずって所か」
言いながら、ヨウザンはステップを踏み始める。山のような筋肉が流動するさまを見ながら、クラップロイドはじっとガードの構えを崩さない。
「おう、クラップ野郎。うちのシュウを倒したのは褒めてやる」
『……どうも』
「褒めついでだ。俺らを逃がせ」
なんという乱暴な言葉。一体何がついでなのか、クラップロイドにも伝わらなかったらしく、彼は構えを崩さない。
「ここでやり合ってもいいぜ。確実にお前を倒せる、その自信がある。だが……俺はシュウを逃がしたい、てめえはお嬢を取り戻したい。そこに利害の衝突はねえんじゃねえのか?」
『……』
「俺らは撤退し、お嬢をお前に返す。それで良いだろ」
『二度とキジョウ アカリを巻き込むな。市民ホールもだ』
「後半のは飲めねえな。だが、お嬢を使うなってんなら、俺の若頭補佐っつうメンツにかけて誓ってやる」
ステップは止まらない。ヨウザンは少しずつ動きのギアを上げながら、いつ起きるともしれぬ激突に備える。クラップロイドは深呼吸し、脚の痛み、目の前の敵の言葉を秤にかけ続ける。
「考えろクラップロイド。ここでシュウを失えば、アワナミ組はそれこそ引っ込み付かなくなる。俺がお前をぶっ倒した後に、誰が市民ホールを総攻撃から守れる?」
『……』
「この形が最善だ。若頭補佐の脚を一本潰して、人質も取り戻す。お前は十分過ぎる戦果を挙げてるんじゃねえのか?」
口を動かしながら、ヨウザンのこめかみを汗が伝う。クラップロイドの表情はうかがい知れない。だが、彼らにとって、この交渉は綱渡りである事は明白だった。
長い沈黙が降りた。ヨウザンのステップはトップギアに差し掛かり、クラップロイドの深呼吸も屋上に響き渡るような音になってきたころ、ようやく銀の人形は一歩退いた。
「……交渉は成立と見て良いな?」
『覚えてろ。アワナミ組は、俺が潰す』
「こっちの台詞だぜ、クラップ野郎……だがま、今のところはおさらばだ」
クラップロイドは屋上から飛び降りる。それを見送り、迫るサイレンの音を聞きながら、ヨウザンはようやく全身を緩ませた。
「……行くぞ、シュウ」
「……くそッ」
アマタ シュウは脚を庇い、肩を貸されて立ち上がる。その体重を支えながら、ヨウザンは太い息を吐いた。
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