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黄泉の端
妙案?
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「……ということらしいんだ」
珍しく神妙な面持ちで、大将 かれんさんは腕を組んでいる。後ろのホワイトボードには、ミミズがのたくったような字で「緊急! 市民ホールを守るには」と書かれていた。
「こんなこたぁ言いたかねえが、タカ坊、その情報ってのは本当に信頼できるのか?」
「いや、これはマジの大マジだよ。これ見て、おっちゃん」
「うん……俺ぁ紙っぺらとかよく読めねえしなぁ」
「いや読む努力してくれよ……」
せっかくプリントアウトしてきた情報源も特に読んでもらえず、微妙な空気が漂っていた。
先日、大将さんに事の成り行き、そしてこの市民ホールが一番激しく地上げの被害に遭うだろうことを話したところ、それは一大事だと集会の場を作ってくれることになったのだ。
だが、悲しいかな、廃れてゆく一方の市民ホールを守ろうとこの場に集まったのは、暇だった八百屋のおっちゃん、おにぎりが上手なトメさん、トメさんのライバルであるウメさん、そして大将さんと俺だけだった。
「アンタそれ上下逆だよトメさん!」
「やだよアンタ、アンタが気付くか試してたんだよウメさん!」
「よく言うよ! 老眼鏡かけなきゃ何も見えないでしょアンタ!」
「老眼鏡なんてなくても見えるよ! アンタ誰と間違えてんだい!」
「……」
だめかもしれない。トメさんとウメさんが読んでいる冊子は俺が配ったヤツじゃなくてその辺に置いてあった回覧板だ。誰もツッコミを入れてない。
胸の中に去来する、諦めの感情。そもそも、時代に取り残されたものというのは、こうして静かに廃れてゆくしかないのだろうか。まあ、俺だって、こんな用が無けりゃ市民ホールに来なかったもんな……。
「ええーいっ、皆聞けー!!」
と思っていたら、大将さんが大声を張り上げた。彼女は腕を大きく振り上げ、拡声器のスイッチを入れ、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。俺はスムーズに耳を塞ぐが、それでも十分過ぎる声量が伝わって来た。
「「「まずしなきゃならないのは!!! ホールの復興だー!!!」」」
わんわんわん。塞いだ耳で耳鳴りがする。いやまぁ、ホールの復興は分かりますけど、なんで拡声器を使う必要があったんです。
「「「そもそもイベントとか全くしなくなったから、このホールが不要だと思われてるんだ!! もう一度思い出させよう! 市民は一体となって、どんな困難にも立ち向かうってことを!!!」」」
それだけ言うと、大将さんは拡声器を切った。……俺も恐る恐る耳から手を離し、余波に備えつつ机に向かい合う。……市民は一体となって、どんな困難にも立ち向かう……か。
「……じゃあ、何かイベントを開催してみますか?」
「「「それだーーっっ!!!」」」
おもっくそ油断していた俺は、その音圧で椅子ごとぶっ倒れた。一瞬で拡声器のスイッチを入れて構えるんじゃない。
「ほー、イベントか!! いいじゃねえかタカ坊、なんか若い子にウケそうなヤツがあるか?」
「……なんか、幼稚園とか、呼んだり……そもそも学校行事とかで、手伝わせたり……まずは色々、やってみりゃいいんじゃないかな……」
椅子にすがって立ち上がり、ダメージから回復する。大将さんの声は凶器だ。拡声器を取り上げてしまいたい。
「成程、行事ねえ。それで金取ったりとかか?」
「まあ……それは最終段階かも。まずはここを、『憩いの場』だって地域の人に認識してもらう所からでしょ」
「ふーむ……」
八百屋のおっちゃんはたくましい腕を組み、顎髭をじょりじょりさすっている。大将さんはうんうん頷き、ホワイトボードにきゅっきゅと書き始める。『地域のコミュニティへ呼びかけ』。
「いずれは大きなテレビの目にも止まって、今よりもっとゴージャスになっちまうかも! ってこったな!」
「いやそこまでは言ってないけど……まあ、注目度が上がるのは大事か。もちろん良い注目に限って」
テレビ、テレビねえ。大げさに思えるが、確かに有効な手段ではあるのだ。手っ取り早く街頭スクリーンにでも映れたらなぁ……クラップロイドに変身してるときはあんなに映してもらえるのに……
……ん? クラップロイドに変身してる時は?
「あーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「どわっ!?」
「「「どうした少年!?!?!」」」
拡声器で対抗され、俺はまた音圧でずっこけた。ずっこけたまま、笑った。そうだ、この手があった! こうすれば、ホールを守れるじゃないか!!
◆
『え、えー……どうも。クラップロイドです』
「ほ、ほんとに来た……」
机を盾のように構え、大将さんはいつもより距離を取って俺と相対している。当然だ。いま、俺はスーツアップしているのだから。
「あらアンタ、光ってるねえ! 知ってるよ、『いけめん』ってやつだろ?」
「違うにきまってるでしょトメさん、『いけめん』が輝いてるのは顔だよ! コイツは全身輝いてるじゃないのさ!」
「じゃあなんだい、いけ……体?」
「アタシにもわかんないよ!」
2人のやり取りを聞きながら、俺は居心地も悪くヘルメットを掻く。
――クラップロイド、知り合いなんです。今すぐ呼べるレベルの。そんな嘘、大胆すぎるとは思った。だが、この場に居る誰にもバレない自信があった。なんせ、俺は犯罪を止めて回るタイプの人間には見えてないだろうから。
それに、トメさん、ウメさん、おっちゃん、大将さんのメンバーにバレたところで、無害すぎる。そもそもこのメンバーだからあんな強気の嘘を吐いたとも言う。
「おー、タカ坊が世話になってるなぁ! あとで写真撮って良いか? せがれがファンでよぉ!」
『あ、あはは。こちらこそ堂本くんがお世話になっているようだね! ぜひともツーショットさせてもらおう!』
「おぉ! 俺の話もしてたのか、タカ坊!」
おっちゃんが嬉しそうに言うのを聞き、ほんの少し良心が痛む。いや、騙してるわけじゃないんだ、おっちゃん……許してくれ。お世話になってるのは本当だから……。
「「「え、えーと……話は少年から聞いているか?」」」
『あー、うん。だいたい聞いた。何か催し物に出れば良いんだろう? その、拡声器要る? 要らないですよね?』
「「「そうだ! 市民ホールを守るため、共に戦ってくれるのだろう! キミがイベントに出てくれれば集客力は跳ね上がる!」」」
まあ、俺の悪目立ちも相当なものだしな。
『できる事ならなんでもする。市民ホールを一緒に守ろう』
「「「その言葉を待っていた!!」」」
……アーマー越しですらビリビリ来る大将さんの大音声にクラクラしながら、俺は彼女と握手した。
珍しく神妙な面持ちで、大将 かれんさんは腕を組んでいる。後ろのホワイトボードには、ミミズがのたくったような字で「緊急! 市民ホールを守るには」と書かれていた。
「こんなこたぁ言いたかねえが、タカ坊、その情報ってのは本当に信頼できるのか?」
「いや、これはマジの大マジだよ。これ見て、おっちゃん」
「うん……俺ぁ紙っぺらとかよく読めねえしなぁ」
「いや読む努力してくれよ……」
せっかくプリントアウトしてきた情報源も特に読んでもらえず、微妙な空気が漂っていた。
先日、大将さんに事の成り行き、そしてこの市民ホールが一番激しく地上げの被害に遭うだろうことを話したところ、それは一大事だと集会の場を作ってくれることになったのだ。
だが、悲しいかな、廃れてゆく一方の市民ホールを守ろうとこの場に集まったのは、暇だった八百屋のおっちゃん、おにぎりが上手なトメさん、トメさんのライバルであるウメさん、そして大将さんと俺だけだった。
「アンタそれ上下逆だよトメさん!」
「やだよアンタ、アンタが気付くか試してたんだよウメさん!」
「よく言うよ! 老眼鏡かけなきゃ何も見えないでしょアンタ!」
「老眼鏡なんてなくても見えるよ! アンタ誰と間違えてんだい!」
「……」
だめかもしれない。トメさんとウメさんが読んでいる冊子は俺が配ったヤツじゃなくてその辺に置いてあった回覧板だ。誰もツッコミを入れてない。
胸の中に去来する、諦めの感情。そもそも、時代に取り残されたものというのは、こうして静かに廃れてゆくしかないのだろうか。まあ、俺だって、こんな用が無けりゃ市民ホールに来なかったもんな……。
「ええーいっ、皆聞けー!!」
と思っていたら、大将さんが大声を張り上げた。彼女は腕を大きく振り上げ、拡声器のスイッチを入れ、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。俺はスムーズに耳を塞ぐが、それでも十分過ぎる声量が伝わって来た。
「「「まずしなきゃならないのは!!! ホールの復興だー!!!」」」
わんわんわん。塞いだ耳で耳鳴りがする。いやまぁ、ホールの復興は分かりますけど、なんで拡声器を使う必要があったんです。
「「「そもそもイベントとか全くしなくなったから、このホールが不要だと思われてるんだ!! もう一度思い出させよう! 市民は一体となって、どんな困難にも立ち向かうってことを!!!」」」
それだけ言うと、大将さんは拡声器を切った。……俺も恐る恐る耳から手を離し、余波に備えつつ机に向かい合う。……市民は一体となって、どんな困難にも立ち向かう……か。
「……じゃあ、何かイベントを開催してみますか?」
「「「それだーーっっ!!!」」」
おもっくそ油断していた俺は、その音圧で椅子ごとぶっ倒れた。一瞬で拡声器のスイッチを入れて構えるんじゃない。
「ほー、イベントか!! いいじゃねえかタカ坊、なんか若い子にウケそうなヤツがあるか?」
「……なんか、幼稚園とか、呼んだり……そもそも学校行事とかで、手伝わせたり……まずは色々、やってみりゃいいんじゃないかな……」
椅子にすがって立ち上がり、ダメージから回復する。大将さんの声は凶器だ。拡声器を取り上げてしまいたい。
「成程、行事ねえ。それで金取ったりとかか?」
「まあ……それは最終段階かも。まずはここを、『憩いの場』だって地域の人に認識してもらう所からでしょ」
「ふーむ……」
八百屋のおっちゃんはたくましい腕を組み、顎髭をじょりじょりさすっている。大将さんはうんうん頷き、ホワイトボードにきゅっきゅと書き始める。『地域のコミュニティへ呼びかけ』。
「いずれは大きなテレビの目にも止まって、今よりもっとゴージャスになっちまうかも! ってこったな!」
「いやそこまでは言ってないけど……まあ、注目度が上がるのは大事か。もちろん良い注目に限って」
テレビ、テレビねえ。大げさに思えるが、確かに有効な手段ではあるのだ。手っ取り早く街頭スクリーンにでも映れたらなぁ……クラップロイドに変身してるときはあんなに映してもらえるのに……
……ん? クラップロイドに変身してる時は?
「あーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「どわっ!?」
「「「どうした少年!?!?!」」」
拡声器で対抗され、俺はまた音圧でずっこけた。ずっこけたまま、笑った。そうだ、この手があった! こうすれば、ホールを守れるじゃないか!!
◆
『え、えー……どうも。クラップロイドです』
「ほ、ほんとに来た……」
机を盾のように構え、大将さんはいつもより距離を取って俺と相対している。当然だ。いま、俺はスーツアップしているのだから。
「あらアンタ、光ってるねえ! 知ってるよ、『いけめん』ってやつだろ?」
「違うにきまってるでしょトメさん、『いけめん』が輝いてるのは顔だよ! コイツは全身輝いてるじゃないのさ!」
「じゃあなんだい、いけ……体?」
「アタシにもわかんないよ!」
2人のやり取りを聞きながら、俺は居心地も悪くヘルメットを掻く。
――クラップロイド、知り合いなんです。今すぐ呼べるレベルの。そんな嘘、大胆すぎるとは思った。だが、この場に居る誰にもバレない自信があった。なんせ、俺は犯罪を止めて回るタイプの人間には見えてないだろうから。
それに、トメさん、ウメさん、おっちゃん、大将さんのメンバーにバレたところで、無害すぎる。そもそもこのメンバーだからあんな強気の嘘を吐いたとも言う。
「おー、タカ坊が世話になってるなぁ! あとで写真撮って良いか? せがれがファンでよぉ!」
『あ、あはは。こちらこそ堂本くんがお世話になっているようだね! ぜひともツーショットさせてもらおう!』
「おぉ! 俺の話もしてたのか、タカ坊!」
おっちゃんが嬉しそうに言うのを聞き、ほんの少し良心が痛む。いや、騙してるわけじゃないんだ、おっちゃん……許してくれ。お世話になってるのは本当だから……。
「「「え、えーと……話は少年から聞いているか?」」」
『あー、うん。だいたい聞いた。何か催し物に出れば良いんだろう? その、拡声器要る? 要らないですよね?』
「「「そうだ! 市民ホールを守るため、共に戦ってくれるのだろう! キミがイベントに出てくれれば集客力は跳ね上がる!」」」
まあ、俺の悪目立ちも相当なものだしな。
『できる事ならなんでもする。市民ホールを一緒に守ろう』
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