クラップロイド

しいたけのこ

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黄泉の端

蠢く水面下

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『何処へ行っていたんだ! 心配したぞ!!』
「いや、本当にすみません。友達を見つけて、ちょっと話し込んでたらすっかり遅くなってて」
『全く、仕方ないな! 次からは気を付けて、今日はもう帰っていいぞ! おばあちゃん達にはこっちから説明しとく!』
「ありがとうございます。大将さんも、雨に気を付けて」
『ん! 今日もお疲れ!』

 ピッ。耳元で通話が切られ、俺は帰路につくことにした。ざあざあ鳴る雨音の中で、俺は今日立ち会ったミステリーに関しての推理を止められないでいた。

 まず、鬼城 灯(キジョウ アカリ)。彼女は明らかに怯えていたにも関わらず、俺の元から離れ、あの糸目男……シュウに着いていく事を決めた。

(親分に報告しなければならない。あなたとコイツが密会していた、とね)

 海鬼 戒蔵(ウミキ カイゾウ)。大鯨会直系のヤクザ組織、アワナミ組の組長。

 大鯨会とは、現在の関東の裏社会を牛耳る巨大な暴力団シンジケートである。警察ですら摘発に慎重にならざるを得ないほどのその勢力は、年の一度の会合を行うだけで、表社会にも戦時下のような緊張感を生む。

 そして、アワナミ組。過去、テツマキさんから聞いたことがある。数年前、地元の事業乗っ取りを図ったジュウロン会との全面抗争で、警察との三つ巴になり、2週間ほど血みどろの戦いを続けていた組だ。

 この抗争は結局は3組織の痛み分けのような形になり、アワナミ組は有能な幹部を複数、そしてジュウロン会は土地を失い、アワナミ市から撤退する事になった。

 一般人にも多数の死者を出したこの抗争は、発端となった建設会社の名前を取って『白電戦争』と呼ばれ、警察にとっては忌々しい記憶として、ジュウロン会にとっては乗り越えるべき壁として、そしてアワナミ組にとっては土地を守った輝かしい功績として語り継がれたことだろう。



 ウミキ カイゾウは、抗争当時からのアワナミ組組長だ。筋金入りの武闘派で知られる彼は、もうかなりの年齢であるにも関わらず、その組長としての席を後継者に譲ることはせず、方々の組織へにらみを利かせる古だぬきとして存在感を発し続けている。


 まあ、早い話が、チョー怖い爺さんなのだ。もしキジョウの父親がそのウミキであるなら、アイツがあそこまで怖がっていたのにも説明がつく。……苗字が海鬼じゃなく鬼城なのは、どういう事情なのかは知らないが。


 なんかまた深入りしすぎそうだ。家に帰り着き、傘をたたんで上がり込む。明かりをつけ、リビングへ歩いてゆく。


 風呂を沸かしながら、夕食の準備に取り掛かる。つい慣習的にテレビを付けると、いきなりリポーターの顔面がドアップで映り込んだ。


『えー、ご覧になれますでしょうか。こちら、再三の立ち退き要求にも従っていなかったキアング・ビルディングのマンションになります』

 どうやら緊急生中継のようだ。緊迫した表情で、男性リポーターが背後にある大きなマンション……いや、半ば瓦礫の山と化したそれを示す。


 衝撃的な映像だった。まだ黒い煙を上げる瓦礫には、どうやら車が突っ込んだようで、生活感のある内部が晒されてしまっている。

 幸いにも怪我人は居なかったようだが、警察が撮影を止めさせようと躍起になっている。やがてカメラ映像が途絶え、スタジオに視点が戻される。



『えー、このような非常に悪辣な地上げ行為に関して、アワナミ組の関与が疑われていますが、現在警察からの公式な発表はなされておらず……』



 アワナミ組の、地上げ。なんてやり方だ。まるで大昔の混沌とした経済時代をそのまま現在に蘇らせたかのような手法に寒気を覚える。法も警察も存在しないかのような、傍若無人なふるまい。


 そして、それが許されているのだ。ざわりと、心の奥で何かに火が点く。組織の巨大さ、強大さを盾に、こんな無法を押し通している。なんの罪もない人々を、食い物に……。


「……」


 バキリ。手元で鳴った音にハッとして下を見ると、フライパンの柄がへし折れていた。またやった……。ほんの少しでも加減を間違うとすぐにコレだ。怪我しないよう、折れた柄を布で包み、破片を捨てる。

「……パラサイト。ヨモツ・プロジェクトの工場建設予定地をマッピングできるか?」
(情報整理を開始します。……完了。表示します)

 視界に映されるアワナミ市の地図に、土地が赤く塗りつぶされてゆく。……実に様々な場所が候補地として挙げられている。しかし、あんな派手な地上げをしてまで手に入れたい土地というのはどんなのだろう?

「さっきの地上げマンションの場所も重ねてマッピングできるか?」
(私にできない事はそんなにありません)

 得意げな脳内同居人は、マンションの座標を紫に染める。……なるほど納得した。さきほどのマンションは、コンビナートにほど近い。港から入った物資をそのまま使えるのだろう。それにしたってあそこまでやるかね……。



 この時には既に、俺の脳内で『クラリス・コーポレーション&アワナミ組』という極悪タッグが出来上がっていた。アワナミ組が市民から土地を取り上げ、クラリス・コーポレーションへ売りつける。恐ろしいが、コーポレーションの前科(推定)をかんがみれば説得力もある。



「……ん?」



 結論を出しかけた俺は、しかしマップを見るうち、妙な違和感に囚われた。工場予定地はどれも、レストランだったり、ホテルだったり、土産物店だったり……いや、それはいい。

 予定地に既に立っている建物の名前が、どれも微妙に日本語から外れた漢字を使用されているのだ。形が違ったり、そもそも見たことのないものだったり、様々な……。

「パラサイト、ここの施設の管理人って誰だ? ここと、ここも調べてくれ。あとここも」
(了解、情報収集開始。……完了。『go-go-强大-night』ペ・ギユン、『好吃-好喝』チャン・リー、『记忆』ワン・ウェイ)
「……成程?」

 どれも知らない場所だが、ひとつハッキリしたことがある。クラリス・コーポレーションは『中国人が管理する建物』を押し退けてヨモツ・プロジェクトの工場を建てようとしているという事だ。

 ……いや、俺の推測が正しいならば。

「パラサイト、もうひと頑張り頼む。この3人、『ジュウロン会』のメンバーかどうかの確認はつきそうか?」
(聡明ですね、ご主人様。私もたったいま、同じ結論に辿り着きました。そして、その説は正解のようです)
「……マジか」


 目の前に数々表示された中国人の顔写真が、どれもチャイニーズマフィア『ジュウロン会』のメンバーと一致していく。これは、つまり……

「……つまり、アワナミ組はハナから提携を持ち掛けたのか。『クラリス・コーポレーションはヨモツギア・プロジェクトの工場を建てて、アワナミ組は邪魔なジュウロン会を追い出す』」
(それならば、win-winと言えなくもないでしょう)
「そして工場が建った暁には、金をがっぽり貰うって? ……いや待て、これ……」

 見て行くうち、大変なことに気付く。ひとつ、明らかに大きな建設予定地がある。その周囲はどれもジュウロン会所有の建物で……いや、ひとつだけ違うものがある。


 アワナミ市民ホール。人々の憩いの場が、ジュウロン会の建物に囲まれるようにして立っていた。

「……マジか。これ……」
(建設的に見れば、心臓部。アワナミ組は総力を挙げてこのホールの解体を強行しようとするでしょう)
「くっそ、冗談じゃねえ……」

 俺は居ても立っても居られず、ソファから立ち上がって大将さんに電話をかけ始めた。


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