クラップロイド

しいたけのこ

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歪んだ生物

リベンジ・デバイス

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『何しに来た』
「ひどいな~。キミの相棒でしょ、私って。共同で調査、しなきゃじゃん?」

 からから笑いながら、ディヴァイサーはすらすらと言う。相棒ね……少なくとも、こんな怖い相棒はごめん被りたい。

『……もうここで分かることはない。行くぞ』
「んー、相変わらず甘いね。ソイツ、逃げられないようにしなきゃでしょ?」
『……』
「それに、キミに嘘をついてるかもしれないし。もっと痛めつけて、吐かせなきゃね」
「ひ、ひいぃっ!?」

 浮浪者は怯えきって尻餅をつき、ずりずりと這って壁際まで退く。

 それを庇うように立ちはだかり、俺は拳を構えた。……相変わらず、肌に感じるプレッシャーが凄まじい。

『過剰制裁だ。前も言ったろ』
「一回言ったくらいで、私がやめると思った?」
『お前に何があったかは聞いた。だけどコイツはお前の家族を殺した強盗じゃない』

 ピクン。明らかに空気の様相がガラリと変わる。さっきまで空虚な笑みを浮かべていたウロサキは、直後に表情を失い、幽鬼のような白い顔で見つめて来る。

「……聞いたんだ。それで?」
『だからやめろ。いくら犯罪者が憎くても、やり過ぎればお前も同類だ』
「……望むところだよ」

 重い一言だ。思わず怒鳴りつけそうになるのをこらえ、片腕だけの構えを続ける。……右腕はまだ使い物にならない。奴と戦ってまともな結果が得られるとも思えない。

 だが、避けられない。頭の何処かで、直感がそう囁く。ディヴァイサーの道と俺の道はどこかでぶつかる。それは、ここなのかもしれない。

『……どうあっても、これ以上制裁を続ける気なんだな』
「キミの方は、退く気がなさそうだね」
『……後悔しそうだ』


 つぶやき、一瞬で屈んで折れた棒切れを拾う。そしてディヴァイサーの腕めがけて投擲した。

 木の棒とはいえ折れた切っ先は鋭く、スピードを持って人体に当たれば貫通しうる。……と思っていたのだが、ディヴァイサーのアーマーは容易くこれを弾き返した。


 彼女は気にも止めず、高速でブレッサーにタッチタイピングしている。その両脇のドローンが武装を展開し、制圧用のゴム弾を俺へと撃ち込み始めた。


『チッ……』


 ダメージにはならないが、受ければ隙が生じる。転がって回避し、駐車場の柱の陰に身を隠す。

 が、経年劣化の激しい柱はゴム弾の連続着弾を受け、徐々にひび割れを大きくしてゆく。

『マーカスはなんでお前を俺にあてがった!?』
「現実の厳しさを教えるためじゃない?」
『良い性格してやがるよ、ほんとに! パラサイト、スニークモード解除!』
(了解、スニークモード解除)


 あっという間に銀色になる装甲の中、高速で思考する。ゴム弾を喰らえば怯みが生まれ、そこにショックウェーブなり火炎放射なりを命中させてくるだろう。そして更に隙を生じ、もっと大きな攻撃を呼ぶ。

 ここで踏ん張らなければディヴァイサーには勝てない。……クソ、味方に勝つのが目的じゃないハズなのに!


『発想の転換だ……良し!』


 全身に力を籠め、跳躍して連続蹴りを柱に叩き込む。コンクリートの破片が弾丸のように飛び、いくつもディヴァイサーへと直線を描く。


「……」


 ウロサキは一瞬も迷うことなく、ドローンからショックウェーブを放って破片を跳ね返す。だが、その動作さえあれば十分。


 柱の陰から飛び出した俺は、姿勢を低くして矢のようにディヴァイサーに駆ける。彼女は片手をかざし、もう片方のドローンから衝撃波を放つ。

 それをギリギリで躱し、更に駆ける。相手の攻撃を寸前で避ける事が出来れば、チャンスが生まれる。そしてそのチャンスは、ここだ!


 踏み込みでアスファルトを砕きながら、拳を繰り出す。ディヴァイサーはそれを肩で受けていなし、俺の胸部へとコンパクトな打撃を数発叩き込む。肘、掌底、キック……練り上げられた格闘スキルだ。


 衝撃でよろめくと、ディヴァイサーはその隙に更にブレッサーにコマンド入力し、浮遊するドローンに掴まって中空へと逃れた。これでは格闘に持ち込めない。

「キミ、飛ぶ相手が苦手でしょ。データで見たよ」
『俺のこと知りすぎだろ……!』
「パートナーの事は知っておかなきゃ。違う?」


 距離を離され、さらに残り一機のドローンは俺へ向けて容赦のないショックウェーブ攻撃を繰り返す。鳥の怪人と戦った時もかなり苦戦を強いられたが、あの時は弱点を突けたからどうにかなった。


 だが、今度は? 必死に回避行動を繰り返しながら、思考を回転させる。発想……発想を転換させなければ。このままではジリ貧、どうにもならなくなってまた負ける。これ以上俺の街で好き勝手させるわけにはいかない。グラニーツァにも、SACにも、ネクサスにも!!


 覚悟を決めるしかない!! ヘルメットの内側で目を見開き、未だ衝撃波を放つドローンに飛び掛かる。その機体を掴み、砲門を自分の体へ向け、ぐるりと立ち位置を入れ替えた。

「!!」


 ディヴァイサーは素早くタイピングを……いや、遅い! 俺はショックウェーブで吹っ飛ばされ、中空で漂う彼女へと突撃した。その襟首を掴み、顔面へ頭突きを……叩き込む!!


「がっ……」


 一瞬白目を剥いたディヴァイサーの襟首を離さず、バネ仕掛けじみて戻って来た彼女の顔面へ更に頭突きを叩き込む。ヘルメットが鈍い衝撃を伝え、確かなダメージの手ごたえを返す。


 手がドローンから離れ、俺達は硬い地面へと墜落した。受け身も取れずに叩きつけられ、俺の方はダメージに喘ぐ。あの衝撃波の威力も馬鹿にならなかった。右腕が痛みだしている。


 ウロサキの方は猫のように落下のショックを吸収。肩で息をしながら立ち上がり、血まみれになった顔で俺を見つめてくる。


「どうしてこうも頑固なのかな……! キミ、ヒーローなんでしょ? じゃあ、犯罪者なんて絶対に許せないの、分かり切ってるんじゃないの?」
『そうかもな……』


 許せるわけがない。当たり前だ。連中はシマヨシさんを殺した人間と同じ人種。憎しみが消えるわけがない。


『でも、俺は止めて欲しかった。大切な人が殺されて、復讐に走りそうだった時……誰かに止めてもらいたかった』
「……」
『俺はツイてるよ。弱くて、復讐できなかった。だからまだこっち側だ』

 地面に手をつき、苦労して起き上がる。


 誰かに止めてもらいたかった……そう、きっとシマヨシさんに止めてもらいたかったんだろうな、俺は。「キミにこんな事は似合わない」って、そう言ってもらいたかったのかもしれない。


 でも、もう遅いんだ。俺も、ウロサキも。だから、お互いに、適当な相手で我慢するしかないんだ。


『こんなこと言うの、俺で不満だよな……でも、お前に復讐は似合わない』
「……!!」
『だって、お前はヒーローだろ』

 膝立ちで相手を見つめ、俺はそう言い切る。強い人間は傲慢になる。それはウロサキ、お前の言葉だったハズだ。


 彼女は無表情だ。だが、その瞳の下では、感情の渦が荒れ狂っているのが見える。きっとそれがウロサキ マキナとしての本性なのだろう。


 もう、一押しだ。ここで踏ん張れない奴は男じゃない。俺は全身全霊で立ち上がり、折れた右腕を固定解除し、両腕で構える。


『来いよ、ディヴァイサー……全部ぶつけてこい。俺は、ここだ』
「……ホンットに、むかつく」


 ふと、儚い笑みを浮かべた彼女に見とれてしまう。ディヴァイサーがまたブレッサーに何かを入力すると、周囲を飛行していたドローンは特異な軌道を描き、彼女の両肩に貼り付いた。

 ガシャリ、ガシャリと音を鳴らし、ドローンはウロサキの全身を補助する鎧のように変形する。2秒後、その体は鋼の強化外骨格に包まれていた。


「もう手加減してあげない」
『それなら、俺も全力出すか……!』

 ハッタリをかました俺の顎を、直後にアッパーがかち上げていた。数回転してようやく視界を取り戻し、空中で相手を見つけようともがく。


 バシュン! 謎の音の直後、ウロサキが俺の目の前に現れた。咄嗟のガードを貫き、蹴りの衝撃が脇腹に叩きつけられる。


 強烈な勢いで地面を跳ね、すぐに地下駐車場の壁に叩きつけられる。右腕の激痛で意識が覚醒し、嘔吐しかけて押しとどめる。ホントに手加減してたんだな、アイツ……!


 バシュン! その音を聞き、反射的に体をよじってその場から離れる。一瞬後、ディヴァイサーの膝蹴りが壁を叩き割っていた。


「手も足も出ないじゃん!!」
『見てろ……!』

 
 カラクリは分かった。ディヴァイサーは自分の動作をショックウェーブで加速させ、全ての攻撃の威力を高めている。だから空中でも高威力の攻撃が可能なのだ。こんな狭い空間でも綻びが無いほど、制御のテクニックもずば抜けている。


 ならばどうするのか! 発想の転換だ。つまり、スピードに対応するのではなく、スピードをそもそも出させない!


 バシュン! 衝撃波の音を聞き、俺はガードせずに両手を広げた。みぞおちに食らった突きを左手で掴み、激痛の走る右腕で拳を構える。

「なッ」
『ぐっ……ここ!!』

 折れた腕で放てる打撃、一発のみ! 十分だ! 奴の強化外骨格めがけ、一撃を叩き込む!!


 バシュゥゥゥゥン!! 火花が散り、ショックウェーブが爆発する音が聞こえる。空間が歪むほどの衝撃波が飛び散り、天井、地面、柱がえぐれる!

『グッ……これでどうしようもねえだろグォ!?』


 ドヤ顔で言い放った俺の頬が打ち抜かれる。ウロサキはドローン内に残った僅かなエネルギーで、ショートレンジの打撃を強化し、最後の殴り合いを仕掛けてきたのだ。

 バシュシュシュシュ! 何度も何度も、拳が俺を叩く。これが、最後。右腕はもう使えない。なら、左腕だけで何とかするしかない。


「さっさと降参しなよ! 僕の負けです、もうしませんって!!」
『痛くも、グエッ、痒くも、いってえ!!』


 思わず本音を漏らしながら、俺も左の拳で応戦する。アーマーの上からでも強烈な痛みの拳を何発か弾き、肘打ちで相手の脳天を叩く。

 ウロサキは衝撃でガクンと倒れかけ、しかし怒りと共に持ち直す。怒り! その目は爛々と輝き、もはや感情を隠そうともしていない!

「私がヒーローなら……!! ヒーローなら、助けられてた! 軽々しく、人の過去に踏み入って!」

 バシュ……バシュン! 衝撃波は不完全燃焼じみた音を鳴らし、しかし俺を叩く拳の威力が減じることはない。

「ホンットくだらない! ホンットむかつく!! どうせキミだって、同じことをしてたでしょ!?」
『した!! いやお前より酷い!! 犯罪者共をぶっ殺して食ってやりたくなった!』

 まだだ。ノーガードでお互いの拳を食らい合いながら、よろめく事もなく打ち合う。地下駐車場に、鈍い打擲音が響き渡る。


『でもぶっ殺して食ったところで、死んだ人間は喜ばないんだ……もう喜ぶことも、悲しむこともないんだ! それを背負うのが俺達の責任だろ!!』
「そんな責任、クソ食らえって言ってるんだよ!!」


 バシュゥ……ドローンのエネルギーが底をつきかけている。だがウロサキは全てのエネルギーを集中させ、最後の一撃に込める。

「こんな力!! 欲しくなかった!」


 その一撃を、俺はガードできなかった。頬を打たれ、吹っ飛ばされ、柱に叩きつけられた。それが、戦いの終わりだった。


 俺は柱にもたれかかり、ずるずると床に座り込む。ウロサキも、全ての力を使い果たし、ばったりと前のめりに倒れた。

(オイルエンプティ、オイルエンプティ。給油してください)
「……キミ、大っ嫌い」

 パラサイトのアラームが脳内に響く中、ウロサキの声が聞こえた。激痛で体を動かすこともできず、俺は苦笑して口を動かす。

『……悪いな』
「……謝っても、直らないでしょ」
『そう、だな……』

 俺はずっとこうなのだろう。もう少し口が上手ければ、話し合って解決の道もあったかもしれない。だが、こんなやり方しか知らないのだ。

「……私が殺したの」
『……』

 ポタ、ポタ。ヘルメットの内側で、血のしずくが落ちる音がする。ウロサキの方でも、水滴が垂れる音が響く。

「生まれつき、機械を操る力があって……電子レンジとか、パソコンとか、手をかざすだけで動かせた」
『……』
「すごい力だって思った。父さんたちも褒めてくれたよ……でも、使いすぎたんだ。周囲にも、知られちゃって」

 水滴が落ちる音。血だまりが少しずつ広がってゆく。

「……あの日来た強盗は、私が目的だった。まだ、パワーも体もぜんぜん強くなかったから……抗えなくて」
『……』
「……アイツら、父さんに爆弾を持たせてさ。空港に行かせて、私に遠隔で起動させた。テロリストってやつ」

 むごすぎる。怒りで全身の筋肉が強張り、全身の痛みが激化する。

「そうすれば、テストは合格で組織に入れてやる。他の家族も助けてくれるって言われて……そんなわけ、無かったのに。バカだよね。ホント」
『……お前は悪くない』
「そう言われたいだけだよ、私。こんな話、誰も救われないのにさ」

 ウロサキは咳き込み、血だまりからずるりと体を引き上げる。ボロボロの顔で、血まみれの瞳で、俺を見る。

「マーカスが私をグラニーツァの捜査から外した理由、分かってる。私がテロ組織に家族を皆殺しにされたから、個人的な感情で冷静な判断ができないと思われてる」
『……』
「で、それは合ってる。私はやめない」

 その瞳に光る氷のような復讐心を見て、俺は首を横に振る。

『……いきなり変わるなんて思っちゃいない』
「変わらないよ」
『けど、俺も諦めない』
「……」

 俺に出来るのは、諦めない事だけだ。他には何の長所もない。それをやめたら、きっとクラップロイドも続けられなくなる。

『その呪いが、かつて才能だった事があるんだから……お前は、ヒーローなんだ。お前が納得するまで、俺は言い続ける』
「……好きにしてよ」

 ウロサキは脱力し、血の上でへたり込んだ。お互いに死力を尽くした戦いだったのだ。限界が近い。


『いいか……まだ、げほっ、終わってない。調査を続けるぞ』
「……あれだけこっぴどく殴られたのに、まだやる気なの?」
『ディヴァイサー&クラップロイドだろ……相棒なら、手伝ってくれ』

 痛みをこらえて、なんとか立ち上がる。殴られたダメージが少しずつ体の深奥に届き始めた……キツいが、我慢しなければ。

『GMDからグラニーツァにたどりつく。今日がリミットなんだ』
「……言ったでしょ。テロリストの捜査には関われないって」
『マーカスが言ってるだけだろ。お前がどうしたいかで決めろ』

 しがらみばっかり気にしていちゃ、ヒーロー活動はできない。足を引きずりながら歩き出し、携帯を取り出してテツマキさんにメールを送る。『サプライヤー発見』……住所を送り、しまい込む。

 そして、ウロサキに肩を貸し、無理に立ち上がらせる。

『ロシア人どもを止めるぞ……』
「……痛いし、まだ行くって言ってないと思うんだけど」
『行かないのか?』
「……むかつく」

 横でぼやきながら、ウロサキも足を引きずるように歩き出す。お互いに支え合ってなきゃぶっ倒れそうなダメージだ。……なんで味方同士でやり合ってんだろ。

『ゴテゴテした時計に、黒い帽子……猫のタイピン。それが目印』
「……」
『明日までに探し出したい。グラニーツァはきっと居る』
「ヒント、少ないなぁ……」

 言いながら、彼女は片腕のブレッサーを指で叩く。その全身を覆っていたドローンが一機だけ変形を完遂し、ふよふよと不安定な飛行で飛んで行く。

「あーあ……飛べるの、一機だけかぁ」
『……思うようにならないな』
「誰かさんのおかげでね……」

 ずる、ずる。歩きながら、地上に出るための坂を上ろうと苦戦する。……その時。


 パンッ、と軽い音が鳴り、ディヴァイサーの胴から血が噴き出した。少し遅れて衝撃が彼女を連れ去り、倒れ込む。


『え?』


 身構える暇もあればこそ、更に乾いた音が連続し、俺の全身で衝撃が弾ける。数歩後ずさりし、気付く。アーマーを、貫通されている……これは、銃弾だ。

 血の咳を出し、膝をつく。地上の光を背に、沢山の黒いスーツの男たちが現れた。特徴的な白い肌、画一的な体格……グラニーツァ、ブラックスーツ隊!!

「チャースチ!!」

 聞き覚えのある声。特徴的なオールバックの黒髪。火災の中でまみえた、別格の男だ。彼は血の海に居る俺達を冷たい瞳で見下ろし、手を上げる。そのハンドシグナルに合わせ、ブラックスーツ隊が俺達を囲む。


『グラニーツァ……!』
「会いたがっていただろう? 来てやったぞ、クラップロイド」
(この弾丸は……フルメタルジャケット仕様です。貫通力が他の弾丸より高くなっています、アーマーで受け止めきれません)

 絶望的なパラサイトの解析を聞きながら、俺は撃たれた箇所をアーマー越しに抑えて出血を極力抑えようとする。ディヴァイサーは先ほどから動かない。気絶したのか、それとも。

「やはりホームレスは金さえ渡せば情報網として優秀だ。君達がここに来たと報告があってからは急いだものだよ」
『ドクトリン・ブレーカーを返せ……!』
「その件も話し合おうじゃないか。まずは邪魔者を片付けてからだな……チャースチ! 駐車場に居る浮浪者たちを片付けてくれたまえ」

 指令を受け、数名のブラックスーツ隊が素早く散開する。

『!』


 俺は全身から血を噴出させながら動き、ブラックスーツ隊を食い止めようとする。だが素早く脚を撃ち抜かれ、無様に頭から血の海に突っ込んだ。

「動いてはならん。その傷は命に関わるほどの出血をもたらすだろう」
『イカレ野郎……! 何が目的だ!』
「我々の目的は平等な世界だ」

 こんな状況じゃなきゃ「いい目標だね~」なんて言ってたかもしれないが、もう俺は連中の本性を知っている。凶悪なテロリスト集団だ。目的の為ならビルを爆破して死人を何人出しても構わないと思っているような連中だ!

「核というのは、国が持ちうる最大の権利だ。そうは思わんか?」
『何ィ……?』
「自衛だよ、クラップロイド君。他国の防衛において、すべての国が平等な力を持つ。それは理想の世界だ」

 クソ……現代社会をもうちょっと真面目に勉強しておくべきだった。目の前のテロリストの理想も少しは理解できたかもしれない……いや、やっぱ無さそうだな。

「いずれは国だけではなく、個々人がすべて力を持ち、他人からの侵略行為に戦闘行為で応えられるようになる! ドクトリン・ブレーカー、GMD……良いものじゃないか?」
『知らないかもしれねえけど、自分が他人より強くなれるって知った時の人間は信じられないほど傲慢になるぜ……!』

 鉄分……血だまり……どこまでやれる? いや、やるしかない。ブラックスーツ隊が血を踏んで少しずつ輪を完璧にするのを見ながら、俺は脳内で計算を続ける。

「それもまた、人の悲しいサガだな。だからこそ、理想が成った暁には、我々が世界最強の集団として法となろう」
『結局それが目的かよ! クソ、いまどき世界征服って……!』
「今だからこそ求められているのだ。人は結局、武力での訴えにしか耳を貸さない」
『……そうかよ』

 それに関しては、何も言えない。俺もディヴァイサーを止めるのは力業だった。

 ……最後には、こうなる。覚悟を決めた俺は拳を構え、思い切り立ち上がる。それを見とがめたブラックスーツ隊が一斉に銃撃を始め、弾丸が襲い掛かってくる。

 ガードを取った俺の腕、脚、肩を弾丸が次々にえぐってゆく。血が噴き出し、そこら中にまき散らされ、血の海の範囲が広がる。


 だがそれこそが俺の狙い! 電撃を拳に宿し、血だまりを叩く! バリバリと音が鳴り響き、俺達を取り囲んでいたブラックスーツ隊が一斉に感電する!!


『ディヴァイサー、起きろ!!』
「起きてる」

 微かな声で返答される。直後、怯んだブラックスーツたちの頭上を飛び越え、無事だったドローンが飛び込んできた。

 それを掴み、ウロサキは口部アーマーの開閉機構で噛んで掴み、ドローンは一気に戦線を離脱する。ブラックスーツ隊は遠ざかる俺達へと銃撃しており、弾丸がいくつか体を貫く。


 地上へ飛び出しながら、俺は必死に叫ぶ。

『パラサイト、チキさんにメールだ! 急患が2人!』
(了解。メールを送ります)

 飛行するドローンに必死の思いですがりつき、ある程度の距離まで来たところでウロサキを抱えて走り出す。彼女の体はぐったりとしており、徐々にぬくもりが失われていくのが分かる。

『クソ、冗談じゃねえ……! 死ぬなよ! 絶対死ぬんじゃないぞ!』
「……ごめん、眠い……」
『起きてろ!』

 後ろからはロシア語の怒号が聞こえる。だが、パトカーのサイレン音が響き始めると、すぐに彼らの声は聞こえなくなった。

 サプライヤーは殺されたのだろう。甘かった。敵とパイプを持つ犯罪者を放っておき過ぎたのだ。


 パタパタと漏れる血を裏路地に残しながら、必死に足を引きずる。チキさんの隠れ場所まで、残り1キロメートル。たった1キロだ。もう一歩を踏み出そうとして、血で滑って倒れ込む。

 たった1キロが遠い。ドクドク漏れる血の中に沈みながら、俺は必死にディヴァイサーに呼びかける。


『ウロサキ……寝るな、起きてろ……! すぐ連れて行く……しっかりしろ……』
「……分かってる……ちょっと、寒いかな……」
『すぐ……クソ……!』

 起き上がろうとして、猛烈なめまいでバチャリと血に沈む。血が足りないのだ。


 やがて限界が訪れた。視界の端からだんだんと暗闇に包まれ始めたのだ。撃たれ過ぎた。脳内麻薬で誤魔化して動いていたのが、もはや誤魔化しの効かないダメージになっている。

『……今日中になんとか……しないと……』
「……」

 意識が途切れがちになり、まばたき以外で視界が黒く染まる。気絶はダメだ、気絶してはいけない。そう自分に言い聞かせながら、しかし血が抜けて行くのを感じ、首を持ち上げるのすら困難になってゆく。


 真っ暗になる直前、最後に見たのは、前方で停車したバンから慌てて降りてくるチキさんだった。

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