クラップロイド

しいたけのこ

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歪んだ生物

ガワ

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『……これでよし』

 最後のブラックスーツを縛り上げ、ホッと一息ついていると、後頭部に何かがぶつかる。

 振り返ると、ブリッツがコーラのビンを差し出してきていた。ガラスから滴るしずくに、青いスパークがぱちぱちと走る。

『あ、あぁ……どうも?』
「ん」

 彼女は自分の分のフタを親指で弾き開くと、ごくごくと飲み始めた。

 事後処理中だ。あの後炎上したビルから犯罪者たちを助け出し、GMDを回収して、ようやく少しだけ休める時間が来た。

 コーラを受け取り、ヘルメット口部の開閉機構を作動させて口をつける。甘さと清涼感で少しだけ頭がスッキリし始め……そして、気になっていたことを思い出す。

『……そういえば……「ディヴァイサーが止めなかったのか」って、どういう意味だったんだ?』
「あ? あー……」

 電撃少女はしばらく考えていたが、やがて俺の方を見て言いにくそうに口を開いた。

「……ネクサスは別にクラリス・コーポレーションのためだけにここに来たんじゃねえ」
『……って言うと、さっきのロシア人達か』
「まあ、そういうコト」

 ビンの中に残ったコーラを揺らして波立たせながら、ブリッツは躊躇いがちに続ける。

「『グラニーツァ』ってロシアのテロ集団が居る……極左思想に染まったやべえ連中だ。アワナミの混乱につけ入って勢力を拡大しようとしてるんだとよ」
『グラニーツァか……』
「アタシも全部は知らねえけど、オメーが対グラニーツァ作戦で邪魔にならねえように、GMD犯罪の阻止に縛り付けるのが目的だったんだってよ。ディヴァイサーはその監視役」
『成程な』

 ネクサスの連中はどうやらこの街の犯罪対策を仕切りたくてしょうがないらしい。マーカス、食えない男だ。

『それ、話して良かったのか?』
「さあな。マーカスは気に入らねえだろうけど、アタシは話したかったから話した。てか、頭イイ奴ならこの時点でだいたい気付くだろ」
『……そうか』

 そうかなぁ……。あらかた伝え終えたのだろう、ブリッツはぐいっとコーラをあおり、瓶を放り投げてゴミ箱に叩き込む。そして俺を見て、さっきより何倍も言いにくそうに顔をゆがめて口を動かす。


「……ディヴァイサーはどうしてる。アイツ、ヤバいだろ」
『あぁ……うん、まぁ……』
「やりあったって聞いたケド」
『ちょっと喧嘩しただけだ。アイツのやり方が好きじゃなかった』
「……」

 そう、喧嘩以上のなんでもない。ただちょっと……殴り合っても分かり合える確率が低いだけだ。

「……アイツ、身内が強盗で殺されたらしくてよ。たぶん、復讐でこの活動に従事してる」
『……』
「マーカスがなんでオメーにディヴァイサーをあてがったのかは分からねえけど……アイツにも事情があるって事だけ分かってやってくれ」
『……分かってる』

 こんな面倒で割に合わない活動を続ける以上、誰にだって事情があるに決まってる。俺にだってある。ただ、アイツは人の悪意がバネになってて、俺はお人好しの善意に脅迫されてるだけなのだろう。

『その、ありがとな』
「……別に、礼言われるような事じゃねーよ。じゃあな」

 バチィ、と音を残し、ブリッツは遠方の空へと消える。口は悪いけど、ホントは良いヤツだったな……そんな事を思いながら見送り、俺もコーラを飲み干して腰を上げる。そろそろ退散しないと警察に逮捕される。給油もしなければ。

 これからの身の振り方とか諸々を考えながら、ビンをゴミ箱へ投げ、走り出す。後ろでビンがゴミ箱に弾かれて落ちる音を聞き、走って戻った。




 もう16時を回っており、学校に戻ったところで帰りのホームルームにしか顔を出せない。俺は自分の負傷の状態を書き留め、処方箋を偽造して薬局に寄っていた。火傷に切り傷に打撲、たぶん今後ずっとお付き合いすることになる傷だ。

 順番待ちをしていると、携帯が鳴った。確認してみると、ネクサスの治療担当、チキさんからだ。そういえばあの後結局連絡先を交換したな、と思いながら文面を確認してみる。

『おつおつ~www 一日お疲れサマ☆ 拙者は今日も今日とて激務で疲れたでござるよ……トホホ; ドーちゃんは平気💦だったカナ!?』

 誰だ。

『誰すか』
『オウフwww拙者ですぞ拙者wwwwチキちゃんでーつwwwww』
『キャラ変わりすぎでしょ 何か用すか』
『単刀直入wwww嫌いじゃないぜwww』

 あの人こんなキャラだったのか……wが多すぎて読みづらいな……。wを読み込まないようにNG登録しとこう。

『ブリッツたんから聞いたけど、色々怪我したって? 平気ぃ💦?』

 お、だいぶ読みやすい。

『あぁ、平気です。今、薬もらうとこなんで』
『おっと危惧してたこと発生~!! コラコラコラ~~!! 拙者が貴殿のために調合した特製カプセルだけで十分!!』
『あ、マジですか』
『なんなら貴殿だけじゃなくて他の人にも使える特製カプセルですのでぇ! あらゆる負傷治りますんで!!』

 それは俺のために作ったと言っていいのか? という疑念はさておき、それは有難い。それならコレ以上ここに留まる必要もないってわけだ。

『ありがとうございます』
『ストレートな感謝の言葉ッッ!! 嫌いじゃないゼッ!!! ところでめちゃくちゃ楽しいFPSゲーがあるんだけど今夜一緒にどう?』

 これくらい現実でも話せる人ならなあ。そう思いながら拒否の意をテキストし、携帯をしまって立ち上がる。そして歩いて薬局を離れ、家に帰る人々の流れに紛れ込む。

 グラニーツァに、GMDに、ディヴァイサーに、ネクサスに……そのうち俺は犯罪者じゃなくてストレスに殺されそうだ。どうにかできれば良いが……夕陽を見ていると感傷的になってしまう。

 強盗を家族に殺された、か。身内の復讐に対して、俺はどう向き合うべきなんだろうか。

 俺だって、シマヨシさんを殺された時は殺意に身を任せてしまった。出会ったばかりのシマヨシさんであんなになったのだから、ずっと一緒に居た家族を殺されたディヴァイサーの苦しみは計り知れない。だからこそ、怒りがまだ燃え尽きないのだろう。

 だからと言って、なんて理屈は通じないのが感情だ。だが、彼女自身分かっているハズなんだ。力を持った人間は傲慢になると……。


 そんな事を考えていると、ふと隣を俺と同じスピードで歩く存在が居ることに気付いた。不審に思って顔を向けると、黒いポニーテールが揺れるのに一瞬目を奪われる。冷たい彫刻のような横顔……コイツは。

「……スズシロ」
「お疲れ様です」
「あ、ああ、お疲れ」
「サボりですか」
「いや、家の事情で……」

 全身火傷まみれ切り傷まみれになる家の事情って闇が深すぎるな……。

 スズシロは俺の傷の状態を横目でチラ見し、溜息を吐く。

「……それ、誤魔化せてると思ってます?」
「……」
「思ってないみたいで何よりです」
「……あー、ごほん。カモハシは?」
「今日は保健委員の仕事です。私は空手の教室に行く途中」
「そ、そう……」

 まあ前からバレてるとは思ってたけど、直球でぶっこんできたなコイツ……。ていうかなんか、いつもよりお喋りじゃない?

「先輩こそ習うべきだと思いますけど、空手」
「い、いやぁ……どうだろ」
「習ってたらそこまでボロボロにならないと思いますよ」
「そ、そうかも……」

 それはそう。戦闘のスキルがド素人だもんなぁ……肩を落とし、人の流れの中に身を預ける。

「……みの先輩、心配してました」
「……」
「あの人も馬鹿じゃない。事件のたびに抜け出す先輩を見て、気付いてます。それを言葉にしないだけ」
「……そうか」
「……」
「……ごめん」


 もっと人から離れた方がいいのかなぁ……。ただでさえイコマ先生やテツマキさんに迷惑かけっぱなしなのに、これ以上他人の心に負荷をかけていいのだろうか。

「俺……ごめん」
「……別に。責めてるつもりじゃないです」
「……」

 ……これだから善意は脅迫なのだ。一気に気まずくなってしまった状態で歩きながら、俺は頬を掻いてよそを見る。

 街頭スクリーンのニュースでは、今日の昼頃、ドラゴンがビル街を飛ぶシーンが流れている。……驚くべきことに、MVPだったブリッツは一切映っていない。代わりに俺は嫌と言うほど映っている。

「……派手ですね」
「……」

 番組では、専門家が否定的な意見で俺を滅多打ちにしている。目を逸らしても、大音量で響き渡るキツい言葉は耳に入る。確かに、今回は上手くなかった。ジタバタやって最悪の部類だったかもしれない……。

「……スズシロは、もし人を超える力が宿ったら……人に出来ないことが出来るようになったら、どうする?」

 ふと、そんな疑問が口に出た。

 自分の正義に疑問が出ていた。ヒーロー活動で人の心に負担を掛けていた。そして何より、自分じゃなくても、ネクサスが居た。GMDも改良すれば、きっとより強い人間を作り出せる。

 そんな事実が重なり、一瞬だけ自分がクラップロイドを続けなくて良い妄想をしてしまったのだ。当然、1秒後には考えを改めたが……。

「……どうするって?」
「いや、ごめん……なんでもない」
「……」

 中途半端な形で首を振り、問いを打ち切る。俺がヒーローとしてあれるのは自分が強いからではない。人に善意を渡されたからだ。それを忘れてはならない。

「先輩はやめたいんですか」
「いいや……それは無い」
「そうですか」

 やめるわけにはいかない。人のために戦う手段がある限り、放棄するのはシマヨシさんへの侮辱だ。ほんのちょっと弱気になったのを振り切り、覚悟を決め直す。

「私は立派なヒーローだと思いますよ。強くなって、人を守る」
「……」
「私が同じ能力を持ったら、自分のために使ってます。きっと、あんな力は心が強くないと耐えられないから」

 スズシロは街頭のディスプレイを見上げ、ヘリと墜落しながら四苦八苦するクラップロイドの図を見ている。……ニュースにしてもカッコいい絵が無いなぁ。

「そうかな……」
「訊かれたことに答えたまでです」
「……スズシロは心が強そうだけどな」
「……別に、そうでもありません」

 俺だって、心が強いわけじゃない。弱いけど、人に支えてもらってるだけだ。

 そこまで考えて、ふと思い至る。そうか、コイツが強そうに見えるのも、カモハシさんが居るからなのかも。

「……ありがとな」
「べ……別に、先輩にお礼を言われるようなことを言ったつもりはありませんけど」
「いや……」

 カモハシさんとスズシロが傍にいると、日常に貴重な一瞬を見出せる。きっと2人は無自覚なんだろうけど、無味乾燥な1日の中では貴重な瞬間ばかりなのだ。

「……俺は、カモハシとスズシロが2人で弁当食ってるの見て、このために戦ってるって思える」
「……」
「キツい事も多いけど、俺は支えられてるから……ヒーローって言うなら、きっとスズシロみたいにさ。さっきみたいな馬鹿な質問にも、笑わず答えてくれる奴の事だと思うよ」

 俺なら笑ってたかもしれない。そして、相手の心を考えず、傷付けて二度と会わなくなっていたかもしれない。そんなことは珍しい話じゃないのだ。


 街頭ディスプレイは相変わらず、専門家が俺の悪口で盛り上がっている。でも、前より少しだけ気にならない。調子いいな俺って。

「ヒーローはガワじゃないと思うよ、俺は」
「……」

 そこまで言って、何かすごく恥ずかしい事を演説してしまったのではないかと感じ、思わず耳が赤くなるのを感じる。そして咳払いし、強いてスズシロの方を見ずに早口でまくし立てる。

「え、えーっとそれじゃ俺は……その、こっちの道だから」
「……そうですか」
「うん、それじゃ……その、サヨナラ……」

 スタスタ歩いて人ごみから遠ざかる。こんな恥ずかしいこと全部忘れて帰って休もう。……チラ見したスズシロの耳が真っ赤だったのも忘れて帰ろう。





「久々にちょっと休める……」

 夕食を終え、宿題も終わらせ、洗濯や掃除を諸々片付けてようやく自分の部屋の椅子に腰掛けていた。……まあ、家に自分以外が居ないので、全部俺の部屋っちゃそうなのだが。

 最近は疲れる時間が続いていた。ようやく少しだけ休憩できる……機械的にGMD解毒薬の化合式案を書き続けながら、ぐぐっと背伸びをする。

「グラニーツァにネクサスにSACね……ここじゃ何が起きてんのやら」

 なにかとんでもない大渦が発生してるのは確かだが、俺に分かるのはその程度だ。最近じゃ、それ以上知るのが怖い気もしてきたが。

 ボツの化合式案を書いたルーズリーフをクシャクシャに丸め、部屋の隅にあるくずかごに投げる……と、部屋の扉裏から腕がニュッと伸びてきて紙屑をキャッチした。

「!?!?!?」

 ぶったまげて椅子から転がり落ちるように構えると、次いで扉からニヨニヨと笑う狐面の女が顔を出す。

「く……クズハ?」
「やっとるようじゃの、小僧」
「な、なんでここに……いや、そうか、俺の正体知ってたな……」
「クックック、その間抜けヅラ! お主にも見せてやりたいもんじゃ」

 ごく当たり前のように入室を果たしたその女スパイ、クズハは、やはり当たり前のように俺のベッドに腰掛けた。図々しいなコイツ……。

「昼間はとんだ再会じゃったの。右腕は落とされたのかえ?」
「いや、折られたんだ……クズハは、昼間のアレは任務か何か?」
「そりゃあ、のう。儂の仕事は必要に応じて顔を変えることゆえ」

 ……よく見れば、クズハの身体には傷ひとつない。コイツ、昼間にはブリッツと戦ってたはずなのにな……。やはり実力が別格なのか。

「で、今度のお主はネクサスに尻尾を振っておると?」
「脅されてるんだよ……アイツら、俺の正体知ってるから」
「おうおう、そりゃあ首の締まる話じゃ」
「他人事だと思って……」

 ……気安く話すように構えながら、俺は先ほどから警戒気味だ。クズハは何故ここに来た。俺の何が目的だ?

「『ドクトリン・ブレーカー』」

 不意に、クズハが一言だけ、謎の単語を発した。どく……何? ブレーカー? 電気関係かな?

「何?」
「聞いた事はないかえ? 『ドクトリン・ブレーカー』なる技術者の存在について」
「いや……何それ」
「ふむ、無理もない。公には決してならぬ事柄ゆえ」

 えぇ……やめてくれ、俺を変なことに巻き込もうとしてるんじゃないだろうな。ただのご当地ヒーローの俺を……。

「日本の非核三原則は知っとるの? 『持たず、つくらず、……』」
「『……持ち込ませず』ね。それが?」
「『ドクトリン・ブレーカー』とはのう。そのうちのひとつ、『つくらず』を破りうる技術を持った科学者のことを言うのじゃよ」

 えーとつまり……? 核兵器を作れる科学者のことを全般的に『ドクトリン・ブレーカー』と呼ぶのか。

「それで?」
「昼間、グラニーツァにその『ドクトリン・ブレーカー』が誘拐された」

 ん? 今なんて?

「ごめん、なんて?」
「グラニーツァに『ドクトリン・ブレーカー』が誘拐された、と言った」
「……お前の話だと、核兵器を作れる人材がテロ組織に誘拐されたっていう風に聞こえるんだけど」
「よう理解しとるの~。偉いぞ」

 ぱきん。手の中でシャーペンが折れる。ついでに俺の中の何かが折れる。

「う……嘘だろ?」
「なんでお主の家にまで来てこんな嘘をつかねばならんのじゃ」
「じゃ、じゃあ、もう何処が標的になってもおかしくないってことか!?」
「まあ、聞け」

 パニックになりかけたが、クズハは重圧でそれを抑え込んでくる。たくさんの言いたい言葉が、喉の浅いところで詰まる。

「しばらく潜入を続けたが、どうも連中の狙いは、自分たちが核兵器を使う事ではないようじゃ」
「ど……どういう狙いなんだよ、じゃあ」
「それが、どうやら他にも似たような人材を集めて、中東の国々に売り飛ばす計画を立てとるようでの」
「中東の……」

 なにかとゴタゴタの絶えない地域だ。今は確か、えっと……

「……GMD」
「ほう、行き着いておったか」

 そう、マーカスが言うには、クラリス・コーポレーションからGMDによく似た薬が輸出される予定があったはず。口に出すと、クズハは感心したように声を上げる。

「なんとも妙なつながりじゃろう? 今日の昼間の襲撃もクラリス・コーポレーションのビルで発生したものじゃ」
「どういう……くそ、どうすればいいんだ」
「今回の訪問の目的を話そう」

 女スパイは少し身を乗り出すと、狐面の奥から真剣な眼差しで俺を見る。

「……次の襲撃は2日後、明後日じゃ。それを、止めるな」
「ああ、勿論とめ……何?」
「止めるな、と言った」

 聞き間違いかと思ったが、2度目も同じ言葉が聞こえてきた。止めるなとは一体どういうことだ?

「止めるなって……と、止めるに決まってるだろ!?」
「ならん。奴らは既に相当数のドクトリン・ブレーカーを確保しておる」
「それなら尚更!」
「グラニーツァのリーダーは病的に用心深く、一箇所に技術者達を集めて置かぬ。それが集まるのは、最後の取引、そして売買のタイミングだけじゃ」

 ここまで言われて、ようやくクズハの言わんとしている事が分かった。

「……テロリストに手札が揃うまでじっとしてろってのか」
「忍耐が必要じゃ、堂本よ。機を伺うことをしなければ」
「最後の最後に失敗したらどうなる?」
「……そうじゃの。世界はいよいよ炎に巻かれることになろうよ」
「……」

 ドクトリン・ブレーカーが流出すれば、中東の国々に核兵器が配備されるのとほぼ同じだ。加えてGMDによる武力強化も世界の混乱を後押しする要因になるだろう。

 クズハは手の中、持っていたくしゃくしゃの紙を広げて、GMD解毒薬の化合式案を見る。そして溜息を吐き、続ける。

「……クラリス・コーポレーションの狙いが何かは知らぬが、連中のスタンスは確実に世界を混乱に陥れておる。汚い部分の仕事は危険集団にやらせて、自分達は知らぬフリをする」
「……」
「ガワはクリーンで理想的な企業、裏社会への繋がりなど一切匂わせぬ。……今回のことを解決しても、きっと連中までは表舞台に引きずり出せんじゃろう」
「……クソ」
「忍耐じゃ、堂本。奴らの尻尾は必ずいつか掴める」

 忍耐ね……! 殴ったり蹴られたりは多少耐えられるが、目の前で起こると分かっている犯罪を止めないのは本当に苦痛だ。ハゲが十年は進むストレス。

「……最後の取引はいつ行われる?」
「一週間後。街はずれの廃工場の予定じゃ、座標を打ち込んでやろ」
「これってネクサスにも伝えた方が良いんだよな……」
「そうじゃのう、わざわざお主に伝えたのはそういう理由じゃ。SACは連中に嫌われとっての、およよ……」

 わざとらしい泣き真似をひとつし、直後に真顔でクズハは立ち上がる。そしてぽいっとQRコード付きの巻物を投げてくる。

「ま、こちらの基本方針を伝えたにすぎん。従うも従わぬも好きにせよ。邪魔をするなら、たとえネクサスでも潰すまでじゃしの」
「……本当に確実にできると思うか?」
「この世に確実などあるものかよ、小僧。儂は常に可能性の高い方に賭けるだけじゃ」

 言い残すと、クズハは入ってきた時と同じように、音もなく扉から出て行った。

 後に残された俺は、巻物からコードを読み、街外れの工場の座標を取り込む。そして、天井を仰いでしばらく固まり、携帯を取り出して文面を打ち込む。

『チキさん、ちょっと話せますか』
『やっぱFPSする気になった⁉️』

 ……俺は拒否の意をテキストし、本題に入った。
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