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歪んだ生物
ブリッツ・タクティクス
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「突撃!!」
オールバック男は叫びながら、懐から拳銃を取り出す。そして、自分へ飛び掛かろうとしていたブリッツへとけん制の射撃を済ませ、戦場から一歩退いた。
「チッ……」
ブリッツは青い残影を残して銃弾を回避し、襲い掛かって来た黒スーツの部下を殴って吹き飛ばす。
強烈な局面だ。俺も判断し、2名のブラックスーツと戦い始める。連中は相当場慣れしているようで、俺に近接戦を挑むのにも1人ずつ向かって来ず、常に2人1組で行動している節が見受けられる。
『軍人崩れか何かか……』
「世界均衡のために!!」
「同志のために!」
チャントのように叫び、2人は代わる代わる攻撃を仕掛けてくる。アサルトライフルの先には銃剣が仕掛けられており、アーマーと擦れるたびにギャリギャリと音を鳴らす。
斬撃も適確だ。装甲が薄い関節部分を狙い、執拗に斬りつけてくる。更に、両脇にブラックスーツ隊が展開し、味方を誤射しないポイントから俺を射撃しようと陣取り始めている。
「同志のために!」
「「「グラニーツァのために!!!」」」
「ウルッセエェーカス共ォ!!!」
部屋の向かいでは、同じくブラックスーツに囲まれたブリッツが憤怒の叫びを上げているのが聞こえる。無事かまでは確認できない。クズハの姿も、先ほどから見えない。研究者は倒れている。急がなければならない。
一気に勝負を決めようと、俺は片方の銃剣を握り、刃先を潰すように握り込む。が、1秒後にそれを後悔する。
どうやら計算づくだったらしく、彼は即座に銃剣をパージして俺の胴体へ銃口を向け、アサルトライフルの射撃を開始した。凄まじい衝撃が繰り返し胸部で弾け、肺の中の空気がすべて押し出される。
思わず銃を放し、よろめく。そこへもう片方のブラックスーツも銃撃を開始し、押される……そして、両脇の布陣が一斉射撃を開始する。俺は全身から火花を散らし、あっという間に壁際に追い詰められる。
「グラニーツァのために!」
「「「祖国のために!!!」」」
叫びが部屋中に木霊し、銃撃が継続される。右腕さえ使えれば……なんていう言い訳は話にならない。そのハンデを飲んで戦場に出てきたのは俺なのだ。
『パラサイトッ! 床の脆くなっている部分を表示してくれ!』
(ここです、ご主人様!)
足元のある一点が青く染められる。足を数センチ上げ、そこを精確に踏み叩けば、メキリという嫌な音と共に、床の広範囲にヒビが広がった。
勿論床を壊そうなんて思っちゃいない。だがブラックスーツ隊に一瞬の怯みが生まれている。その一瞬があれば、十分だ。
『ここ!! だッ!!!』
思い切り踏み込み、タックルで1人を弾き飛ばす。相手は更に敵を巻き込んで吹っ飛び、陣形が一気に崩れる。
反撃の時だ。跳躍し、敵の真っただ中へと着地すると、乱戦に引きずり込む。1人の顔を殴って倒し、もう1人の襟首をつかんでコンパクトな回転で床に叩きつける。
2人ほど倒したところで、ブラックスーツたちは陣形を立て直し、懐からナイフを取り出して近接戦に切り替える組、遮蔽物の陰からこちらに狙いを定める組に分かれる。やはり慣れた連中だ。
だが俺もようやく、片腕の戦いに慣れてきた。イカれた犯罪組織相手も初めてじゃない。コイツらもスコーピオンズと同じように後悔させてやる。
戦意を練り上げていると、俺の視界を横切るようにブラックスーツがぶっ飛ばされていった。思わず吹っ飛んできた方に目をやると、肩からスパークを放出しながら、ネクサスの電撃少女が立っていた。
彼女はたった今のしたブラックスーツから俺の方に目を移し、少しだけ眉をひそめる。
「テメェ、なんで来やがった。ディヴァイサーは止めなかったのか」
『止める……? 何の話だ』
「チッ、マーカスの野郎伝えてねえのか……」
ブリッツは面倒そうに頭を掻き、周囲のブラックスーツ隊を見回す。彼らはジリジリと陣形を変化させ、俺達を囲むように動いている。
『……ネクサスの事は信用してなかったが、まだ話してない事があるみたいだな』
「部外者に全部話すわけねえだろ、バァカ。頭まで雑魚か?」
『口悪いなお前……』
話してるだけで傷付くわ。こういうヤツばっかりか、俺の周囲。雷電少女はバチバチと電撃を溜め、全身を青白く発光させ始める。
「面倒クセエ、お前ごと片づけちまうかな」
『……』
(ご注意ください。スーツの耐電性を向上させたとはいえ、このブリッツという少女の電撃は何度も耐えられません)
俺のスーツも彼女が帯電するにつれ、パチパチと小さく音を鳴らし始める。スーツだけではない。この場の鉄製品がすべて、薄青く光りはじめる。
一瞬の後、何かが舞うように俺達の間に飛び入り、ブリッツへと襲い掛かった。顔の上半分を覆う狐のドミノマスク、舞踊のような動きに追従するエセ着物……クズハだ!
ブリッツは反射的なガードでクズハの掌底を受けてしまい、衝撃で数メートルも弾き飛ばされる。踊るように、女スパイは追撃を繰り出し続ける。
「ンだ、このッ……!?」
「クックック、電撃を繰り出せると言っても所詮は小娘よのう!」
「ナメんなクソが!!」
2人は炎を巻き込みながら超スピードでやり取りを続け、少しずつ遠ざかり始める。……分かりにくいなりの、クズハの助けだったのだろうか。恐らくは普通に計算だろうけど、そう思い込むことにしよう。
「チャースチ!!」
その時、すさまじい大音声が響いた。見れば、オールバック男が、研究者を抱え、ビルの壁に開いた穴の前に立っていた。
その声に従い、ブラックスーツ隊は俺の包囲網を解き、男の前に列を作って並び始める。整然と並びながらも俺に銃口を向けるその陣形はさながら銃殺刑だ。
俺は腰を落とし、構える。あの男はブラックスーツ隊とは違い、俺に銃を構えることはない。恐らくは格が違うのだ。
「キミたちの犠牲は無駄にならんだろう! 我々は……グラニーツァは必ず『ドクトリン・ブレーカー』を有効に使う!」
「グラニーツァのために!!」
「グラニーツァ万歳!!」
「「「祖国のために!!」」」
『犠牲だと……?』
不穏な言葉に動けず居ると、彼らは皆一様に懐に手を入れ、何かを取り出した。それは……注射器だ。
(ご主人様! アレはGMDです!)
『なんだと!? クソッ、待て!!』
止めようと駆け寄る暇もあればこそ、ブラックスーツ隊は全員自分の首筋にGMDを注入する。そして、全員が瞬く間にその全身の形を変え始めた。
狼のように牙が伸び、骨格が四つん這い特化になる者、鹿の角が生える者、分厚いクマの毛皮に覆われる者、ヤマネコの爪を手に入れる者……そして一番ヤバいのは、うずくまってうめき声を漏らす者だ。
ヤツは全身にヘビのようなウロコが生え始めていた。真っ黒なウロコだ。そのスーツの背中を突き破り、何かが飛び出した。膜で覆われたそれは、翼だ。体がどんどん膨れ上がり、口吻が前方にせり出してゆく。口から2股に分かれた舌が覗く。
『こ……こ、これ……は……』
全身に震えが来るような威圧感。4メートルを超えるような巨体の、これは……信じがたいが、ドラゴンだ。大火災の中で、その黒いウロコは輝きを反射してあやしく輝いている。
「……すばらしい。同志よ、キミたちは英雄として語り継がれる。さらばだ」
男はビルの穴から外へ向けて特殊な形の銃を撃つ。バシュンという音と共に発射されたのは、アンカー付きのワイヤーだ。彼は銃の巻き取り機構を作動させ、研究者と共に燃え盛るビルを離脱した。
俺の方は一歩も動けない。下手に動けば、目の前の怪物がどう動くか分かったものではない。端的に言えばビビッてしまっていた。
ドラゴンの大きな瞳が開かれ、縦長の瞳孔が俺を捉える。それが吼えた直後に、絶望的な戦いが始まった。
まず狼男が突っ込んできた。彼は俺の左腕を顎で捉え、振り回して壁に叩きつける。脆くなっていた壁を突き破り、ゴロゴロと床を転がれば、凄まじい風圧と炎がアーマーに降りかかった。
『ぐおお!?』
ジュッと全身の皮膚が焼ける音を聞きながら、転がって逃れる。風圧の元を見ると、ドラゴンが俺に向けて炎を吐きつけていた。
「素晴らしい……素晴らしい力だ! これで俺は英雄になれる!!」
こんがりとなった俺を見て、ドラゴンは不明瞭な人語で喜んでいる。人を焼いて英雄かよ、いい気なモンだ……!
怒りと共に起き上がった俺のすぐそばに何かが着地する。ヤマネコの男だ。彼は猫のバネを使い、目にもとまらぬ爪の斬撃を何度も繰り出して来る。
アーマーが抉られ、脇や胸から血が噴き出すのを感じながら、何とか左腕だけでしのごうとする。だがそのスピードは到底しのぎ切れるものではなく、全身に深々と切り傷が増え続ける。
『クッソ……また先生たちに怒られるな……!』
怪我の覚悟を決め、ガツンと足を踏みしめる。ヤマネコの男は連撃の勢いで、俺の腹へと一撃を繰り出す。ガードされなかったその爪は、アーマーを貫き、腹筋を抉り、突き刺さる。
激痛に歯を噛み締め、しかし俺は相手の手首をがっしりと掴む。捉えた。
『グラニーツァ万歳って言ってみろや、この野郎……!!』
相手は焦り、腕を引き戻そうとしている。だが絶対に逃がすつもりはない。足を刈り、浮いた相手の首を素早くつかみ、床に叩きつけ……
叩きつけ、られない!! 投げ腕が鹿の角でブロックされ、一ミリも動かせなくなっている!
「同志のために!!!」
乱入してきた鹿の男は蹄で俺を蹴り飛ばし、ヤマネコの男と並んで構えなおす。俺はヘルメットの内側で血を噴き、転がって起き上がる。まだだ。コイツらを1人たりとも地上に通すわけにはいかない。
全身から血を流しながらなんとか構えを取ると、隣でバチバチと音が鳴った。そこには、顔にアザを作ったブリッツが不機嫌そうに立っていた。彼女は俺を見ると、少しだけ目を見開く。
「……お前、まだ生きてたのか」
『残念ながらな……狐面の奴はどうした?』
「逃がした。クソが」
『そうか……ちょっとこっちを手伝ってもらっていいか』
「チッ……」
クズハは流石にしぶとい。アイツから聞きたい事も多い……だが今は、このドラゴンズを何とかするのが先だ。
「てめえ、その右腕は」
『折れてる』
「あぁ!? そんな状態で出てきやがったのか!?」
『い、いや……ケガで休みますって通用しない世界だし……』
俺が間違ってるのか……? もにょもにょ伝えていると、ブリッツは呆れたように息を吐いた。
「……イカレ野郎」
『……』
「アタシの能力は電撃を放つのと、電撃になれるの、この2つだ。お前は?」
『人よりちょっとだけ馬力があるのと、そこそこのアーマーの2つだ』
「……」
……何でこんな微妙な能力なんだろうね。俺もそんな気持ちだよ。だけどね、本人の前でそんなストレートに微妙な表情したらダメでしょブリッツさん。
と思っていると、またしても強烈な風圧と共に炎が噴きかけられた。反射的にガードの姿勢を取るが、炎はお構いなしに俺の全身をじゅうじゅうと焼いてくる。
ブリッツは素早く全身を電撃化させ、宙に浮いて炎の範囲外に逃れている。便利な能力だ。
「……なんでも構わねえ。そこで見てろ、アタシが全員黒焦げにしちまうのをよォッ!!!」
ブリッツは中空、腕を適当に打ち振る。それだけで、電撃が空を走り、ヤマネコの男が青白い明滅と共に吹っ飛んだ。だが、ドラゴンは少し体表が音を鳴らしただけで、ブレスを放ち続ける。
俺は炎ブレスに巻かれながら、じりじりとドラゴンに向かってゆく。歩く速度が、走る速度に。そしてやがて、全力疾走でドラゴンへ向けて駆けだす。
ダン、と床を蹴り、跳躍してドラゴンの頭に取りつく。上あごを掴み、炎を噴き出し続ける口をクマの怪物へと無理やり向ける。
「な……!」
ジュッという音を立て、熊男は吹っ飛んで壁に叩きつけられ、動かなくなる。ドラゴンは血走った目で頭上の俺を睨み、太い腕や尾をばたつかせてどうにか退けようとしている。
「やるじゃねえかイカレ野郎!!」
ブリッツは鹿男の目の前に降り立ち、電撃の速度でインファイトを仕掛けている。瞬く間にガトリングじみたパンチを浴びせてグロッキー状態にすると、前蹴りで吹っ飛ばす。
『イカレ野郎じゃなくてクラップロイ……う、うわわわ!?』
体の下のドラゴンが大きく身じろぎし、翼を広げてビルの穴から飛び出した。翼を大きく広げ、バッサバッサと羽ばたきながら墜落してゆく。飛べるわけがない……と思っていたが、やがてビルの谷間をゆっくりと飛行し始めた。
「おいイカレ野郎! 落ちるなよ!!」
『クッソ……どうにかしないと、ていうかここで絶対落ちて貰っちゃ困る!!』
ブリッツは電撃と共に移動し、ビルの屋上を跳び渡っている。建物内部から、人々が怯えたような様子で俺達を見ているのが見える。遥か下では、救急隊や消防隊、警察のパトランプの光が満ちている。
(ここから最も近い空き地を検索します……こちらです)
『ブリッツ!! 右だ! 右に誘導するぞ!!』
「右だな! 合わせやがれ!!」
ビルの上で少し溜めの姿勢を作ったブリッツは、電撃と共に飛び出し、跳び蹴りをドラゴンの頬へと叩き込む。俺も一緒にドラゴンの頭を制御し、なんとか右方向へと飛行進路が逸れるが、新たな問題がやってきた。
『『『そこの2人、その生物から離れなさい!! これは警告だ!!!』』』
なんと、ヘリが飛来したのだ。内部ではライフルを構えた警察が見える。既に他の屋上では数名の警察たちが確認できる。
『冗談だろ……! 待て、撃つな!!』
「チッ、めんどくせえ!!」
『おい! 警官に電撃は放つなよ!!』
「たりめーだろ! アタシのことなんだと思ってんだ!」
ブチギレ気味に返され、少しだけ安心する。さすがにそこまで無茶はしないか。
だが、不味い状況は依然として変わらない。警察たちは皆銃を手に持っており、発砲も辞さない構えのようだ。ここでこのドラゴンが落ちれば、一体どれだけの被害が出るか……。眼下では人々が逃げ惑うのが見える。
『『『最後の警告だ! 離れなければ撃つ!!』』』
「グルアアラルァ……!!」
どうにかこの場を収めようとしていると、ドラゴンが大きく息を吸う音が聞こえた。直観的に理解する。炎を放つ気だ。
『避けろォォォッ!!』
頭を掴み、首をギリギリで逸らさせる。回避行動をとったヘリのすぐ脇を、ドラゴンのブレスが掠めてゆく。警察たちの被害は出なかったが、しかしこの炎はいよいよ彼らの姿勢を頑ななものにさせたようだ。
『『『発砲開始!!』』』
その叫びの直後、ドラゴンの全身で火花が散り始めた。ヘリから、屋上から、ライフルの射撃音が響く。弾丸はウロコを貫通していないが、しかしその衝撃は結構なものなのだろう。苦し気な声と共に、羽ばたきが弱くなってゆく。
下ではまだまだ車や人が見える。当然だ。現代社会で落下するドラゴンに対する適切な避難誘導など可能なハズがない。鳥女のような小さな体とは、被害も比べ物にならないだろう。
「クソ……最善は無理だな」
『次善の策があるならぜひ聞かせてくれ!!』
「てめえの街だろが!! 考えてみせろや!!」
『だよな……!』
何とかしないと……なんとか……頭を使って……!! ヘリはあって……ドラゴンが居て……ビルがあって……電撃女1名……屑鉄男1名……
『おい、俺を電磁石にできるか!?』
「てめえ1人が磁石になってもどうにもならねえだろ! それにアーマーの中の熱はやべえことになるぞ!」
『ヘリの誘導を頼む! ここから南東に進んだら空き地がある! やってくれ!!』
叫び、俺はまた大きく息を吸うドラゴンの口の中に自分の体をするりと入れる。そして喉をかき分け、無理やりに腹中へと潜り込んだ。
◆
「そういう事かよ……マジでイカレ野郎だな」
咳き込むドラゴンを前に、浮遊するブリッツはぶつぶつと呟きながら腕をクロスさせる。その2本の腕をゆっくりと引けば、彼女の目の前に青い電球体が現れる。
かなり繊細な作業を必要とされる工程だ。普段の荒々しい口調からは想像もできないほどに集中し、ブリッツは電撃の調整を行う。そして目を見開き、その雷を放った。
バヂヂヂヂヂィ! 強烈な音がビル街に響き渡り、飛行するドラゴンが真っ青に光る。だが、ドラゴンのウロコの下、肉を焼いている様子はない。通用していないのだ。
「クッソ、ムズい注文しやがってあの野郎……!」
しかしブリッツはドラゴンの撃滅ではなく、別の事に注力しているようだ。電撃が送り込まれ続けると、やがてフラフラと飛んでいた竜の怪物は、謎の浮力を得てヘリの方へと引き寄せられ始めた。
『『『な……回避、回避だ!!』』』
「オラッ、そっちじゃなくて向こうに逃げなきゃダメだろうが!!」
片手でドラゴンへの電撃を継続しながら、ブリッツはヘリの飛行進路を変えるように青いしぶきを迸らせる。忙しいマルチタスクだが、彼女は凄まじい集中力でこれをこなしている。
(クソ……ドラゴンの中の鉄塊を電磁石化、ヘリの磁気操作……! やったことねえことやらせやがる)
屋上の警官の1人が彼女を狙撃するが、ブリッツは素早く腕を打ち振り、弾丸を叩き逸らす。そして集中を継続する。彼女に電撃能力だけが備わっていたところで、ネクサスに所属するほどのヒーローにはなっていなかっただろう。
この集中力こそ真に恐るべき力。電撃のスピードの中で、敵と味方を精確に認識し、効果的な攻撃を選ぶ力だ。
(あそこか! あと50メートル!)
ブリッツは目を走らせ、遠い地面、少しだけ開いている区画を見る。安全に降ろすのならば最低でも50メートルの運搬が必要だ。この調子でうまく行けば……
だがうまく行かないのが常である。ぐったりしていたドラゴンは、最後の抵抗とばかりに大きく息を吸うと、目の前のヘリに視線を固定した。
「!!!」
ブリッツは一瞬で辺りを見回すが、何も利用できそうなものがないと悟ると、瞬間移動じみたスピードでヘリとドラゴンの間に入る。そしてできる限り両手を大きく広げた。
それは実際、ヒーローに相応しいふるまいだったと言えるだろう。だが炎の奔流はいつまでたっても噴き出さなかった。
目を瞑っていたブリッツがゆっくりと開くと、ドラゴンの喉からは炎の代わりに、春のつくしのようにクラップロイドが生え、詰まっていた。
そのヘルメットの無機質なバイザー光と、青い電気パルスをたたえる視線が合う。クラップロイドは親指を立てると、またズブズブとドラゴンの腹中に飲み込まれていった。
炎の咳を繰り返しながら、ドラゴンは最後の力も使い果たしたとばかりにぐったりする。
「……クソ野郎」
ブリッツは若干赤くなりながら、集中を続ける。あと20メートル。警察からの狙撃を中指で弾き、電撃のファックユーをキメながら、彼女はまだ集中を深める。仕事は完成するタイミングが最も危険なのだ。
その時、またしても異変。ドラゴンの咳が大きくなり、クラップロイドが吐き出された。
「てめ、何してやがる!?」
『胃が小さくなってる!! 変身が解けるんだ!!』
「ンだと!?」
安全な着地地点まで残り15メートル。ドラゴンの翼が男の肩甲骨に吸収され、マズルが引っ込んでゆく。2股に割けていた舌が結合され、厚さを取り戻し、人間のそれに戻ってゆく。
クラップロイドは咄嗟にドラゴン男の腕を掴むが、しかし電磁石としての質量が小さくなりすぎている。ヘリの尾翼に叩きつけられるように貼り付き、テールローターを破壊し、尾翼を叩き折ってしまった。
途端、制御を失ったヘリはくるくると回転を始めた。煙が上がり、ヘリ内部から警告音が溢れる。回転が止まらず、落下が始まった。
「オイやべえぞ!!」
『ブリッツ!! せ、制御できない! 磁力でなんとかならないか!?』
「ならねーよ!! 質量がデカすぎる、対等なデカさのモンがねえ!!」
言いながらも、一応のトライをしてみるブリッツの眉間には血管が浮かび上がっている。だが回転墜落してゆくヘリは青い明滅と共に電気を弾き返す。
ヘリの後部に貼り付けられたクラップロイドは、ドラゴン男をヘリの中へと放り込み、深呼吸して辺りを見回す。怯える人々の顔、楽しそうに撮影する人々、ビルの人影、近くなってくる地面。
『尾翼! ホールドしてくれ!!』
「てめえらはどうする!?」
『なんとかする!』
落下してゆく尾翼を止めなければ。クラップロイドは機体にしがみつき、ブリッツに向けて叫ぶ。ブリッツは舌打ちし、スパークを残して一瞬で尾翼の保持へ向かう。
クラップロイドはクライミングじみて、遠心力の中でゆっくりとヘリの端へと移動を始める。凄まじい風圧!! そして凄まじいプレッシャー!! ヘルメットの内側で、堂本 貴は汗を垂らす。
『どうにかして……やる……どうにか……!』
失敗は許されない。なんとかして墜落を止める……止めるまでいかなくとも、被害を出すわけにはいかない。
『おい、平気か!』
機械兵士はヘリ内部のパイロット、そして警察官に声をかける。彼らは座席にしがみついた状態で、おどろいたように俺を見る。
「クラップロイド!? こ、このヘリはもう落ちるぞ!」
「オートローテーションシステムが稼働していない! び、ビルにぶつかる!」
『機首を上向けて落下できないか!? なんとかできるかもしれない!』
「正気か!?」
「そ、そもそもお前らのせいで……!」
『やれなきゃ皆死ぬだけだ! 下手にバタつくより一気に落ちてきてくれ!』
そう言い残し、クラップロイドは機体を離して落下した。ヘリの中、2人の公務員は顔を見合わせる。
「ど、どうする」
「どう、どうするったって……! あんなヤツの言う事聞く必要ないだろ!」
「で、でも、このままじゃビルに追突して最悪だ! 助かる見込みだって殆どない!」
「じゃあ自殺するってのか!」
「そうは言ってないだろ!? でも……じゃあどうすればいいんだ!」
クラップロイドは地面に叩きつけられ、激痛で喘ぎながらも立ち上がる。周囲の人々は混乱の中で逃げ出している。あとはヘリがここに落ちてきてくれれば……最悪でも受け止められるだろう。だが……。
ヘリはふらふらと優柔不断な飛行を継続している。まだ心を決め切れていないのだ。そして、3秒ほどの後、機首を上向けて落ちてきた。
『クソッ』
3秒。人の決断としては早い部類だが、しかし長すぎる。落下地点に、パニックになった人だかりが見える。
走り出そうとしたクラップロイドは、しかし何かが胴体に巻き付き、動きを止めた。それは車のウィンチだ。止まったクラップロイドに、次々に停車中の乗用車、救急車、消防車からウィンチが飛び出し、巻き付いてゆく。
ウィンチのフック部分には、青いパルスが輝いている。飛来する電気の元を辿れば、集中した顔のブリッツが、クラップロイドと墜落するヘリに手をかざしていた。
「……応急処置だ。これでてめえの質量を誤魔化す……動くなよ」
一瞬後、電磁石化したクラップロイドとヘリが引き合い始める。クラップロイドが凄まじい引力で引き寄せられかけるが、ウィンチが引き留める。
ヘリが中空で軌道を変え、クラップロイドの方へと斜めに直線を描く。機械仕掛けの戦士はその場で踏ん張り、質量の直撃を受け止めた。
ゴアァッ……衝撃で風が吹き抜け、ギリギリと音が鳴る。片腕と全身でヘリを受け止めるクラップロイドは、背中を海老ぞりにし、メキメキと音を立てて耐える。
ここまで勢いが弱まれば十分だ。ブリッツは素早く手を別方向へかざし、反対側のトラックに磁力を発生させてヘリを転がす。
ごしゃん……音を立てて転がる大質量に、その場の緊張感がようやく解ける。クラップロイドは全身を弛緩させ、膝をつく。電撃少女は、ため息を吐いて額の汗をぬぐった。
オールバック男は叫びながら、懐から拳銃を取り出す。そして、自分へ飛び掛かろうとしていたブリッツへとけん制の射撃を済ませ、戦場から一歩退いた。
「チッ……」
ブリッツは青い残影を残して銃弾を回避し、襲い掛かって来た黒スーツの部下を殴って吹き飛ばす。
強烈な局面だ。俺も判断し、2名のブラックスーツと戦い始める。連中は相当場慣れしているようで、俺に近接戦を挑むのにも1人ずつ向かって来ず、常に2人1組で行動している節が見受けられる。
『軍人崩れか何かか……』
「世界均衡のために!!」
「同志のために!」
チャントのように叫び、2人は代わる代わる攻撃を仕掛けてくる。アサルトライフルの先には銃剣が仕掛けられており、アーマーと擦れるたびにギャリギャリと音を鳴らす。
斬撃も適確だ。装甲が薄い関節部分を狙い、執拗に斬りつけてくる。更に、両脇にブラックスーツ隊が展開し、味方を誤射しないポイントから俺を射撃しようと陣取り始めている。
「同志のために!」
「「「グラニーツァのために!!!」」」
「ウルッセエェーカス共ォ!!!」
部屋の向かいでは、同じくブラックスーツに囲まれたブリッツが憤怒の叫びを上げているのが聞こえる。無事かまでは確認できない。クズハの姿も、先ほどから見えない。研究者は倒れている。急がなければならない。
一気に勝負を決めようと、俺は片方の銃剣を握り、刃先を潰すように握り込む。が、1秒後にそれを後悔する。
どうやら計算づくだったらしく、彼は即座に銃剣をパージして俺の胴体へ銃口を向け、アサルトライフルの射撃を開始した。凄まじい衝撃が繰り返し胸部で弾け、肺の中の空気がすべて押し出される。
思わず銃を放し、よろめく。そこへもう片方のブラックスーツも銃撃を開始し、押される……そして、両脇の布陣が一斉射撃を開始する。俺は全身から火花を散らし、あっという間に壁際に追い詰められる。
「グラニーツァのために!」
「「「祖国のために!!!」」」
叫びが部屋中に木霊し、銃撃が継続される。右腕さえ使えれば……なんていう言い訳は話にならない。そのハンデを飲んで戦場に出てきたのは俺なのだ。
『パラサイトッ! 床の脆くなっている部分を表示してくれ!』
(ここです、ご主人様!)
足元のある一点が青く染められる。足を数センチ上げ、そこを精確に踏み叩けば、メキリという嫌な音と共に、床の広範囲にヒビが広がった。
勿論床を壊そうなんて思っちゃいない。だがブラックスーツ隊に一瞬の怯みが生まれている。その一瞬があれば、十分だ。
『ここ!! だッ!!!』
思い切り踏み込み、タックルで1人を弾き飛ばす。相手は更に敵を巻き込んで吹っ飛び、陣形が一気に崩れる。
反撃の時だ。跳躍し、敵の真っただ中へと着地すると、乱戦に引きずり込む。1人の顔を殴って倒し、もう1人の襟首をつかんでコンパクトな回転で床に叩きつける。
2人ほど倒したところで、ブラックスーツたちは陣形を立て直し、懐からナイフを取り出して近接戦に切り替える組、遮蔽物の陰からこちらに狙いを定める組に分かれる。やはり慣れた連中だ。
だが俺もようやく、片腕の戦いに慣れてきた。イカれた犯罪組織相手も初めてじゃない。コイツらもスコーピオンズと同じように後悔させてやる。
戦意を練り上げていると、俺の視界を横切るようにブラックスーツがぶっ飛ばされていった。思わず吹っ飛んできた方に目をやると、肩からスパークを放出しながら、ネクサスの電撃少女が立っていた。
彼女はたった今のしたブラックスーツから俺の方に目を移し、少しだけ眉をひそめる。
「テメェ、なんで来やがった。ディヴァイサーは止めなかったのか」
『止める……? 何の話だ』
「チッ、マーカスの野郎伝えてねえのか……」
ブリッツは面倒そうに頭を掻き、周囲のブラックスーツ隊を見回す。彼らはジリジリと陣形を変化させ、俺達を囲むように動いている。
『……ネクサスの事は信用してなかったが、まだ話してない事があるみたいだな』
「部外者に全部話すわけねえだろ、バァカ。頭まで雑魚か?」
『口悪いなお前……』
話してるだけで傷付くわ。こういうヤツばっかりか、俺の周囲。雷電少女はバチバチと電撃を溜め、全身を青白く発光させ始める。
「面倒クセエ、お前ごと片づけちまうかな」
『……』
(ご注意ください。スーツの耐電性を向上させたとはいえ、このブリッツという少女の電撃は何度も耐えられません)
俺のスーツも彼女が帯電するにつれ、パチパチと小さく音を鳴らし始める。スーツだけではない。この場の鉄製品がすべて、薄青く光りはじめる。
一瞬の後、何かが舞うように俺達の間に飛び入り、ブリッツへと襲い掛かった。顔の上半分を覆う狐のドミノマスク、舞踊のような動きに追従するエセ着物……クズハだ!
ブリッツは反射的なガードでクズハの掌底を受けてしまい、衝撃で数メートルも弾き飛ばされる。踊るように、女スパイは追撃を繰り出し続ける。
「ンだ、このッ……!?」
「クックック、電撃を繰り出せると言っても所詮は小娘よのう!」
「ナメんなクソが!!」
2人は炎を巻き込みながら超スピードでやり取りを続け、少しずつ遠ざかり始める。……分かりにくいなりの、クズハの助けだったのだろうか。恐らくは普通に計算だろうけど、そう思い込むことにしよう。
「チャースチ!!」
その時、すさまじい大音声が響いた。見れば、オールバック男が、研究者を抱え、ビルの壁に開いた穴の前に立っていた。
その声に従い、ブラックスーツ隊は俺の包囲網を解き、男の前に列を作って並び始める。整然と並びながらも俺に銃口を向けるその陣形はさながら銃殺刑だ。
俺は腰を落とし、構える。あの男はブラックスーツ隊とは違い、俺に銃を構えることはない。恐らくは格が違うのだ。
「キミたちの犠牲は無駄にならんだろう! 我々は……グラニーツァは必ず『ドクトリン・ブレーカー』を有効に使う!」
「グラニーツァのために!!」
「グラニーツァ万歳!!」
「「「祖国のために!!」」」
『犠牲だと……?』
不穏な言葉に動けず居ると、彼らは皆一様に懐に手を入れ、何かを取り出した。それは……注射器だ。
(ご主人様! アレはGMDです!)
『なんだと!? クソッ、待て!!』
止めようと駆け寄る暇もあればこそ、ブラックスーツ隊は全員自分の首筋にGMDを注入する。そして、全員が瞬く間にその全身の形を変え始めた。
狼のように牙が伸び、骨格が四つん這い特化になる者、鹿の角が生える者、分厚いクマの毛皮に覆われる者、ヤマネコの爪を手に入れる者……そして一番ヤバいのは、うずくまってうめき声を漏らす者だ。
ヤツは全身にヘビのようなウロコが生え始めていた。真っ黒なウロコだ。そのスーツの背中を突き破り、何かが飛び出した。膜で覆われたそれは、翼だ。体がどんどん膨れ上がり、口吻が前方にせり出してゆく。口から2股に分かれた舌が覗く。
『こ……こ、これ……は……』
全身に震えが来るような威圧感。4メートルを超えるような巨体の、これは……信じがたいが、ドラゴンだ。大火災の中で、その黒いウロコは輝きを反射してあやしく輝いている。
「……すばらしい。同志よ、キミたちは英雄として語り継がれる。さらばだ」
男はビルの穴から外へ向けて特殊な形の銃を撃つ。バシュンという音と共に発射されたのは、アンカー付きのワイヤーだ。彼は銃の巻き取り機構を作動させ、研究者と共に燃え盛るビルを離脱した。
俺の方は一歩も動けない。下手に動けば、目の前の怪物がどう動くか分かったものではない。端的に言えばビビッてしまっていた。
ドラゴンの大きな瞳が開かれ、縦長の瞳孔が俺を捉える。それが吼えた直後に、絶望的な戦いが始まった。
まず狼男が突っ込んできた。彼は俺の左腕を顎で捉え、振り回して壁に叩きつける。脆くなっていた壁を突き破り、ゴロゴロと床を転がれば、凄まじい風圧と炎がアーマーに降りかかった。
『ぐおお!?』
ジュッと全身の皮膚が焼ける音を聞きながら、転がって逃れる。風圧の元を見ると、ドラゴンが俺に向けて炎を吐きつけていた。
「素晴らしい……素晴らしい力だ! これで俺は英雄になれる!!」
こんがりとなった俺を見て、ドラゴンは不明瞭な人語で喜んでいる。人を焼いて英雄かよ、いい気なモンだ……!
怒りと共に起き上がった俺のすぐそばに何かが着地する。ヤマネコの男だ。彼は猫のバネを使い、目にもとまらぬ爪の斬撃を何度も繰り出して来る。
アーマーが抉られ、脇や胸から血が噴き出すのを感じながら、何とか左腕だけでしのごうとする。だがそのスピードは到底しのぎ切れるものではなく、全身に深々と切り傷が増え続ける。
『クッソ……また先生たちに怒られるな……!』
怪我の覚悟を決め、ガツンと足を踏みしめる。ヤマネコの男は連撃の勢いで、俺の腹へと一撃を繰り出す。ガードされなかったその爪は、アーマーを貫き、腹筋を抉り、突き刺さる。
激痛に歯を噛み締め、しかし俺は相手の手首をがっしりと掴む。捉えた。
『グラニーツァ万歳って言ってみろや、この野郎……!!』
相手は焦り、腕を引き戻そうとしている。だが絶対に逃がすつもりはない。足を刈り、浮いた相手の首を素早くつかみ、床に叩きつけ……
叩きつけ、られない!! 投げ腕が鹿の角でブロックされ、一ミリも動かせなくなっている!
「同志のために!!!」
乱入してきた鹿の男は蹄で俺を蹴り飛ばし、ヤマネコの男と並んで構えなおす。俺はヘルメットの内側で血を噴き、転がって起き上がる。まだだ。コイツらを1人たりとも地上に通すわけにはいかない。
全身から血を流しながらなんとか構えを取ると、隣でバチバチと音が鳴った。そこには、顔にアザを作ったブリッツが不機嫌そうに立っていた。彼女は俺を見ると、少しだけ目を見開く。
「……お前、まだ生きてたのか」
『残念ながらな……狐面の奴はどうした?』
「逃がした。クソが」
『そうか……ちょっとこっちを手伝ってもらっていいか』
「チッ……」
クズハは流石にしぶとい。アイツから聞きたい事も多い……だが今は、このドラゴンズを何とかするのが先だ。
「てめえ、その右腕は」
『折れてる』
「あぁ!? そんな状態で出てきやがったのか!?」
『い、いや……ケガで休みますって通用しない世界だし……』
俺が間違ってるのか……? もにょもにょ伝えていると、ブリッツは呆れたように息を吐いた。
「……イカレ野郎」
『……』
「アタシの能力は電撃を放つのと、電撃になれるの、この2つだ。お前は?」
『人よりちょっとだけ馬力があるのと、そこそこのアーマーの2つだ』
「……」
……何でこんな微妙な能力なんだろうね。俺もそんな気持ちだよ。だけどね、本人の前でそんなストレートに微妙な表情したらダメでしょブリッツさん。
と思っていると、またしても強烈な風圧と共に炎が噴きかけられた。反射的にガードの姿勢を取るが、炎はお構いなしに俺の全身をじゅうじゅうと焼いてくる。
ブリッツは素早く全身を電撃化させ、宙に浮いて炎の範囲外に逃れている。便利な能力だ。
「……なんでも構わねえ。そこで見てろ、アタシが全員黒焦げにしちまうのをよォッ!!!」
ブリッツは中空、腕を適当に打ち振る。それだけで、電撃が空を走り、ヤマネコの男が青白い明滅と共に吹っ飛んだ。だが、ドラゴンは少し体表が音を鳴らしただけで、ブレスを放ち続ける。
俺は炎ブレスに巻かれながら、じりじりとドラゴンに向かってゆく。歩く速度が、走る速度に。そしてやがて、全力疾走でドラゴンへ向けて駆けだす。
ダン、と床を蹴り、跳躍してドラゴンの頭に取りつく。上あごを掴み、炎を噴き出し続ける口をクマの怪物へと無理やり向ける。
「な……!」
ジュッという音を立て、熊男は吹っ飛んで壁に叩きつけられ、動かなくなる。ドラゴンは血走った目で頭上の俺を睨み、太い腕や尾をばたつかせてどうにか退けようとしている。
「やるじゃねえかイカレ野郎!!」
ブリッツは鹿男の目の前に降り立ち、電撃の速度でインファイトを仕掛けている。瞬く間にガトリングじみたパンチを浴びせてグロッキー状態にすると、前蹴りで吹っ飛ばす。
『イカレ野郎じゃなくてクラップロイ……う、うわわわ!?』
体の下のドラゴンが大きく身じろぎし、翼を広げてビルの穴から飛び出した。翼を大きく広げ、バッサバッサと羽ばたきながら墜落してゆく。飛べるわけがない……と思っていたが、やがてビルの谷間をゆっくりと飛行し始めた。
「おいイカレ野郎! 落ちるなよ!!」
『クッソ……どうにかしないと、ていうかここで絶対落ちて貰っちゃ困る!!』
ブリッツは電撃と共に移動し、ビルの屋上を跳び渡っている。建物内部から、人々が怯えたような様子で俺達を見ているのが見える。遥か下では、救急隊や消防隊、警察のパトランプの光が満ちている。
(ここから最も近い空き地を検索します……こちらです)
『ブリッツ!! 右だ! 右に誘導するぞ!!』
「右だな! 合わせやがれ!!」
ビルの上で少し溜めの姿勢を作ったブリッツは、電撃と共に飛び出し、跳び蹴りをドラゴンの頬へと叩き込む。俺も一緒にドラゴンの頭を制御し、なんとか右方向へと飛行進路が逸れるが、新たな問題がやってきた。
『『『そこの2人、その生物から離れなさい!! これは警告だ!!!』』』
なんと、ヘリが飛来したのだ。内部ではライフルを構えた警察が見える。既に他の屋上では数名の警察たちが確認できる。
『冗談だろ……! 待て、撃つな!!』
「チッ、めんどくせえ!!」
『おい! 警官に電撃は放つなよ!!』
「たりめーだろ! アタシのことなんだと思ってんだ!」
ブチギレ気味に返され、少しだけ安心する。さすがにそこまで無茶はしないか。
だが、不味い状況は依然として変わらない。警察たちは皆銃を手に持っており、発砲も辞さない構えのようだ。ここでこのドラゴンが落ちれば、一体どれだけの被害が出るか……。眼下では人々が逃げ惑うのが見える。
『『『最後の警告だ! 離れなければ撃つ!!』』』
「グルアアラルァ……!!」
どうにかこの場を収めようとしていると、ドラゴンが大きく息を吸う音が聞こえた。直観的に理解する。炎を放つ気だ。
『避けろォォォッ!!』
頭を掴み、首をギリギリで逸らさせる。回避行動をとったヘリのすぐ脇を、ドラゴンのブレスが掠めてゆく。警察たちの被害は出なかったが、しかしこの炎はいよいよ彼らの姿勢を頑ななものにさせたようだ。
『『『発砲開始!!』』』
その叫びの直後、ドラゴンの全身で火花が散り始めた。ヘリから、屋上から、ライフルの射撃音が響く。弾丸はウロコを貫通していないが、しかしその衝撃は結構なものなのだろう。苦し気な声と共に、羽ばたきが弱くなってゆく。
下ではまだまだ車や人が見える。当然だ。現代社会で落下するドラゴンに対する適切な避難誘導など可能なハズがない。鳥女のような小さな体とは、被害も比べ物にならないだろう。
「クソ……最善は無理だな」
『次善の策があるならぜひ聞かせてくれ!!』
「てめえの街だろが!! 考えてみせろや!!」
『だよな……!』
何とかしないと……なんとか……頭を使って……!! ヘリはあって……ドラゴンが居て……ビルがあって……電撃女1名……屑鉄男1名……
『おい、俺を電磁石にできるか!?』
「てめえ1人が磁石になってもどうにもならねえだろ! それにアーマーの中の熱はやべえことになるぞ!」
『ヘリの誘導を頼む! ここから南東に進んだら空き地がある! やってくれ!!』
叫び、俺はまた大きく息を吸うドラゴンの口の中に自分の体をするりと入れる。そして喉をかき分け、無理やりに腹中へと潜り込んだ。
◆
「そういう事かよ……マジでイカレ野郎だな」
咳き込むドラゴンを前に、浮遊するブリッツはぶつぶつと呟きながら腕をクロスさせる。その2本の腕をゆっくりと引けば、彼女の目の前に青い電球体が現れる。
かなり繊細な作業を必要とされる工程だ。普段の荒々しい口調からは想像もできないほどに集中し、ブリッツは電撃の調整を行う。そして目を見開き、その雷を放った。
バヂヂヂヂヂィ! 強烈な音がビル街に響き渡り、飛行するドラゴンが真っ青に光る。だが、ドラゴンのウロコの下、肉を焼いている様子はない。通用していないのだ。
「クッソ、ムズい注文しやがってあの野郎……!」
しかしブリッツはドラゴンの撃滅ではなく、別の事に注力しているようだ。電撃が送り込まれ続けると、やがてフラフラと飛んでいた竜の怪物は、謎の浮力を得てヘリの方へと引き寄せられ始めた。
『『『な……回避、回避だ!!』』』
「オラッ、そっちじゃなくて向こうに逃げなきゃダメだろうが!!」
片手でドラゴンへの電撃を継続しながら、ブリッツはヘリの飛行進路を変えるように青いしぶきを迸らせる。忙しいマルチタスクだが、彼女は凄まじい集中力でこれをこなしている。
(クソ……ドラゴンの中の鉄塊を電磁石化、ヘリの磁気操作……! やったことねえことやらせやがる)
屋上の警官の1人が彼女を狙撃するが、ブリッツは素早く腕を打ち振り、弾丸を叩き逸らす。そして集中を継続する。彼女に電撃能力だけが備わっていたところで、ネクサスに所属するほどのヒーローにはなっていなかっただろう。
この集中力こそ真に恐るべき力。電撃のスピードの中で、敵と味方を精確に認識し、効果的な攻撃を選ぶ力だ。
(あそこか! あと50メートル!)
ブリッツは目を走らせ、遠い地面、少しだけ開いている区画を見る。安全に降ろすのならば最低でも50メートルの運搬が必要だ。この調子でうまく行けば……
だがうまく行かないのが常である。ぐったりしていたドラゴンは、最後の抵抗とばかりに大きく息を吸うと、目の前のヘリに視線を固定した。
「!!!」
ブリッツは一瞬で辺りを見回すが、何も利用できそうなものがないと悟ると、瞬間移動じみたスピードでヘリとドラゴンの間に入る。そしてできる限り両手を大きく広げた。
それは実際、ヒーローに相応しいふるまいだったと言えるだろう。だが炎の奔流はいつまでたっても噴き出さなかった。
目を瞑っていたブリッツがゆっくりと開くと、ドラゴンの喉からは炎の代わりに、春のつくしのようにクラップロイドが生え、詰まっていた。
そのヘルメットの無機質なバイザー光と、青い電気パルスをたたえる視線が合う。クラップロイドは親指を立てると、またズブズブとドラゴンの腹中に飲み込まれていった。
炎の咳を繰り返しながら、ドラゴンは最後の力も使い果たしたとばかりにぐったりする。
「……クソ野郎」
ブリッツは若干赤くなりながら、集中を続ける。あと20メートル。警察からの狙撃を中指で弾き、電撃のファックユーをキメながら、彼女はまだ集中を深める。仕事は完成するタイミングが最も危険なのだ。
その時、またしても異変。ドラゴンの咳が大きくなり、クラップロイドが吐き出された。
「てめ、何してやがる!?」
『胃が小さくなってる!! 変身が解けるんだ!!』
「ンだと!?」
安全な着地地点まで残り15メートル。ドラゴンの翼が男の肩甲骨に吸収され、マズルが引っ込んでゆく。2股に割けていた舌が結合され、厚さを取り戻し、人間のそれに戻ってゆく。
クラップロイドは咄嗟にドラゴン男の腕を掴むが、しかし電磁石としての質量が小さくなりすぎている。ヘリの尾翼に叩きつけられるように貼り付き、テールローターを破壊し、尾翼を叩き折ってしまった。
途端、制御を失ったヘリはくるくると回転を始めた。煙が上がり、ヘリ内部から警告音が溢れる。回転が止まらず、落下が始まった。
「オイやべえぞ!!」
『ブリッツ!! せ、制御できない! 磁力でなんとかならないか!?』
「ならねーよ!! 質量がデカすぎる、対等なデカさのモンがねえ!!」
言いながらも、一応のトライをしてみるブリッツの眉間には血管が浮かび上がっている。だが回転墜落してゆくヘリは青い明滅と共に電気を弾き返す。
ヘリの後部に貼り付けられたクラップロイドは、ドラゴン男をヘリの中へと放り込み、深呼吸して辺りを見回す。怯える人々の顔、楽しそうに撮影する人々、ビルの人影、近くなってくる地面。
『尾翼! ホールドしてくれ!!』
「てめえらはどうする!?」
『なんとかする!』
落下してゆく尾翼を止めなければ。クラップロイドは機体にしがみつき、ブリッツに向けて叫ぶ。ブリッツは舌打ちし、スパークを残して一瞬で尾翼の保持へ向かう。
クラップロイドはクライミングじみて、遠心力の中でゆっくりとヘリの端へと移動を始める。凄まじい風圧!! そして凄まじいプレッシャー!! ヘルメットの内側で、堂本 貴は汗を垂らす。
『どうにかして……やる……どうにか……!』
失敗は許されない。なんとかして墜落を止める……止めるまでいかなくとも、被害を出すわけにはいかない。
『おい、平気か!』
機械兵士はヘリ内部のパイロット、そして警察官に声をかける。彼らは座席にしがみついた状態で、おどろいたように俺を見る。
「クラップロイド!? こ、このヘリはもう落ちるぞ!」
「オートローテーションシステムが稼働していない! び、ビルにぶつかる!」
『機首を上向けて落下できないか!? なんとかできるかもしれない!』
「正気か!?」
「そ、そもそもお前らのせいで……!」
『やれなきゃ皆死ぬだけだ! 下手にバタつくより一気に落ちてきてくれ!』
そう言い残し、クラップロイドは機体を離して落下した。ヘリの中、2人の公務員は顔を見合わせる。
「ど、どうする」
「どう、どうするったって……! あんなヤツの言う事聞く必要ないだろ!」
「で、でも、このままじゃビルに追突して最悪だ! 助かる見込みだって殆どない!」
「じゃあ自殺するってのか!」
「そうは言ってないだろ!? でも……じゃあどうすればいいんだ!」
クラップロイドは地面に叩きつけられ、激痛で喘ぎながらも立ち上がる。周囲の人々は混乱の中で逃げ出している。あとはヘリがここに落ちてきてくれれば……最悪でも受け止められるだろう。だが……。
ヘリはふらふらと優柔不断な飛行を継続している。まだ心を決め切れていないのだ。そして、3秒ほどの後、機首を上向けて落ちてきた。
『クソッ』
3秒。人の決断としては早い部類だが、しかし長すぎる。落下地点に、パニックになった人だかりが見える。
走り出そうとしたクラップロイドは、しかし何かが胴体に巻き付き、動きを止めた。それは車のウィンチだ。止まったクラップロイドに、次々に停車中の乗用車、救急車、消防車からウィンチが飛び出し、巻き付いてゆく。
ウィンチのフック部分には、青いパルスが輝いている。飛来する電気の元を辿れば、集中した顔のブリッツが、クラップロイドと墜落するヘリに手をかざしていた。
「……応急処置だ。これでてめえの質量を誤魔化す……動くなよ」
一瞬後、電磁石化したクラップロイドとヘリが引き合い始める。クラップロイドが凄まじい引力で引き寄せられかけるが、ウィンチが引き留める。
ヘリが中空で軌道を変え、クラップロイドの方へと斜めに直線を描く。機械仕掛けの戦士はその場で踏ん張り、質量の直撃を受け止めた。
ゴアァッ……衝撃で風が吹き抜け、ギリギリと音が鳴る。片腕と全身でヘリを受け止めるクラップロイドは、背中を海老ぞりにし、メキメキと音を立てて耐える。
ここまで勢いが弱まれば十分だ。ブリッツは素早く手を別方向へかざし、反対側のトラックに磁力を発生させてヘリを転がす。
ごしゃん……音を立てて転がる大質量に、その場の緊張感がようやく解ける。クラップロイドは全身を弛緩させ、膝をつく。電撃少女は、ため息を吐いて額の汗をぬぐった。
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