クラップロイド

しいたけのこ

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歪んだ生物

強襲! ロシアン・アーミー!

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「どうしたの、それ!?」

 学校に着くなり、俺の折れた右腕のサスペンダーを見たイコマ先生がビックリして尋ねてきた。心配させるのは本当に申し訳ないが、こうして先生の声を聞いていると、日常に帰って来れた感覚で安心できる。

「いやぁ……前のやつにポッキリやられて」
「ポッキリ……って! 折られたの!? で、でもアーマー着てるって……」
「アーマーも過信できないモンすね……あとあんまり大声は勘弁してください」

 朝、クラスに入ってゆく生徒達から白い目で見られがちだ。俺は頭をポリポリ掻き、気まずいような、温かいような、変な感覚に耐える。

「ご、ごめんね。……その、大丈夫? 日常生活に支障出ない?」
「あ、大丈夫です。パラサイトの力で、両利きになれるんで」
(ふふん)
「そっか……辛かったらいつでも言ってね? 代わりにノート取ってあげるし、先生だから口も利いてあげられるから」
「ありがとうございます。心配かけてスミマセン」
「ううん、先生だから当然。痛み止めとかちゃんと持ってきた?」
「はい」

 母親のことはあまり覚えてないけど多分こんな感じだと思います。(一般的な意見)

 そのうち授業中に母さんって呼んじゃいそうだなぁ……なんて未来の恥に思いをはせていると、予鈴が鳴った。

「あっ、時間! ごめんね、またあとで!」
「はい、また」

 先生は忙しそうにバインダーを抱えて走ってゆく。先生とのやり取りで胸の内側がじんわり暖かくなるのを感じながら、俺もまたクラスへ入っていった。




「どうしたの、それ!?」

 本日二度目となるその台詞を言うのは、カモハシさんだ。茶髪をふわふわさせながら、目を丸くして俺の右腕を見つめている。

 昼休みだ。午前の授業が終わり、少し寝て体を休めようとしていたところ、天然ふわふわ女子が全力で眠りを阻止しに来た。

「えっと……階段から落ちて」
「か、階段から!? どうして!?」
「ど、どうして? えっと……不注意というヤツでしょうか……」

 階段から落ちる理由なんて十中八九それでしょうが!! いや階段から落ちてはいないけども。

「ハ、間抜けが」

 背中に強烈な衝撃を食らって振り向くと、女子グループを取り巻きに、鬼城 あかりが俺の背中を蹴りつけていた。いやそれ今普通に右腕に響くからやめてくんろ。

「お前が不注意なおかげで殴ってもセンコーにバレねえから助かるわ」
「ねー。てか今時階段から落ちるとか、ダッサ」
「良い気味だよね、死ねばもっと良かったのに」

 ひ、ひどいよ!! 僕だって生きてるんだ! そんな言い方ないだろ! 悲しくなりながら黙っていると、ばっと誰かが俺を庇うように両手を広げ、立ちふさがった。

「やめて」
「えっ」

 びっくりして声を上げるのは俺だ。何処かにそそくさと逃げ出したものと思っていたカモハシさんは、なんと俺といじめっ子グループの間に立ちふさがった。

「あ?」
「何こいつ」
「ミノちゃん、やめときなよ」

 女子グループは一斉に剣呑な雰囲気に飲まれ、俺からカモハシさんに視線を移す。中にはカモハシさんの友達もいるらしく、言葉で退かせようとしている人もいる。

「んだテメー」
「やめて。堂本くん、怪我してるでしょ」
「いや、大したことないから……」
「大したことあるよ」

 鬼城が殺気立つのを感じ、俺は何とかこの場をおさめようと腰を上げかけるが、しかしカモハシさんに抑え込まれるように阻止される。な、なんなの……いつものフワフワした感じはどこへ……?

「うぜーよブス、どけや」
「退かないよ。トモダチだもん」
「と、トモダチ……」

 すごい泣きそうになるけども、今はそんな場合じゃない。せ、先生? イコマ先生は何処?

「……前からウゼエと思ってたんだよ、この……!」


 鬼城が振り上げた手が、後ろから誰かに掴まれた。

 その場が冷え込むほどの殺気に包まれ、空気が怒りでビリビリと震える。アサシンのような佇まいで現れたのは、一年生のスズシロ アオコだった。青い瞳が、怒りで輝く。

「……ミノ先輩。お昼、行きましょう」
「ンだ、このっ……!」

 スズシロは心底くだらないものを見る目で鬼城を一瞥すると、手を離し、カモハシさんに声をかける。そうそう、連れて行ってやって……。

「ん、行こ。堂本くんも」
「え、俺……」

 いや俺は……と思ってまごまごしていると、スズシロの死角に居る女子の1人が、一年坊の足目掛けて蹴りを繰り出した。


 が、明らかに死角からの一撃だったにも関わらず、スズシロは足裏でそれを受け止め、逆に一歩詰め寄って肩で軽く押した。ドタァン、と派手な音が鳴り、キックした女子が倒れ込む。

 スズシロとカモハシさんから一斉に女子グループが退く。今やクラス中の目が、俺たちに集まっている。ウロサキでさえ面白いものを見るように目を細めている。

「……分かった、行こう」

 これ以上は不味い。俺は席から立ち上がり、弁当箱とカモハシさん、そしてスズシロの腕を引っ掴んで歩き出す。


 後ろから感じた鬼城の視線は、激しいものだった。





「……悪かった」

 屋上に到着して、俺はまず謝った。俺のせいで面倒になりかけたのだ。頭を下げて、目を伏せる。

「んーん。堂本くんは悪くないよ、こっちこそごめんね。勝手に割り込んだだけだもん」

 カモハシさんは気にしていない様子で、座り込んで弁当箱を開け始めている。さっきの今で強い奴だな……。

「……少しは後先を考えてください」

 スズシロは幼馴染の蛮勇があまり嬉しくなかったようだ。カモハシさんの隣に座りながら、呆れたようにそう言う。

「ごめんね、アオちゃんも。私、やっぱりああいうの、我慢できない」
「……分かってます」
「……」

 いつもより暗めな雰囲気の中、2人は昼食を開始している。俺も気まずい思いをしながら座り込み、弁当を開ける。

 灰色の曇り空だ。吹き抜ける風は冷たいものである。北棟では、先日の破壊の痕跡を修理するために、工事が行われる音がする。

(……ご主人様。やはり、反撃は行われるべきです。ご主人様は、アーマーを着ていない時は、クラップロイドではないのですよ)

 頭の中でそんな事を言われ、俺はぼんやりと考え込む。俺が正しいと思ってやってきた事なんて、所詮はこんな程度のものだったのかもしれない。

「……次からは、起こらないようにする」
「……」
「……」

 鬼城に反撃し続けて対等になれば、ああいった面倒は起こらなくなるだろう。必ずそうしなければならない。

 しばらく静かだったが、やがてスズシロが俺に顔を向けた。

「平気ですか、それ」

 そ、それ? どれだろう……み、右腕の事かな?

「あー……うん。痛み止めもあるし……」
「……」
「えっと……堂本くん、今のはね~。その、『起こらないようにする』っていうのに対して言ったんだと思うよ~」
「……」
「……」

 カモハシさんの通訳により、コミュニケーションの齟齬が発掘される。スズシロ、お前……お前もコミュ障なのか……?

 当のスズシロは涼しい顔で食べる手を止めない。……と思ったら耳が赤い。コイツ……。

「あ、あぁ、うん。平気、全然」
「全然、無理しなくて良いからね。私も、堂本くんは心配だし~……アオちゃんもね、堂本くんの前じゃ言わないけど、最近いつも心配してるし~」
「……」
「……」

 なんなの……スズシロは不器用な昭和オヤジなの? 目をやると、一年生は絶対に俺と目を合わせないように、あらぬ方向を見ている。

「それは……悪い。心配かけて」
「ううん。堂本くんは優しいから、少しくらい人に心配されても良いと思う」

 カモハシさん、ヒーローやりません? ネクサスからは独立する感じで。

「……そうかな」
「……うん。絶対そう」
「そうか……ありがとう」
「うん……」

 なんだか気恥ずかしいし、さっさと食べてしまおう。チラッと見ると、カモハシさんも頬が赤くなっていた。

「……ミノ先輩に心配かけすぎです」

 鋭い声が飛んでくる。スズシロは、面白くないのが丸分かりの表情で、パンを齧っていた。

「す、すまん……」
「怪我をこさえすぎなんですよ」
「すみません……」

 年下にダメ出しされるって何さ……。なんか情けなくなってくるな。

「そうだ! アオちゃんが空手教えてあげたらどうかな!?」
「か、カラテ?」
「……」

 いかにも名案を思いついた風に、カモハシさんがポンと手を打つ。スズシロは考えるように沈黙していたが、やがて頷いた。

「……悪くないんじゃないですか。私の教え方はスパルタ式ですが」
「いいなぁ~堂本くん。アオちゃんね、私には絶対教えてくれないの!」
「みの先輩は危ない事をしなくて良いんです」

 俺には危ない事をさせて良いんですか!?

「じゃあ……治ったら、頼む」
「……良いですよ。本気で叩き込んであげます」

 ともあれ、スズシロの体捌きは参考になる。かなり実戦向きに鍛え上げられた武術だ、伝授してもらえれば有難いことこの上ない。

 嬉しい約束を取り付けた直後、遠くで爆音が鳴り響いた。


「なに……?」


 反射的に目をやると、遠くオフィス街のビルの一角が爆発し、炎を噴き上げながら輝くガラス片を粉々に撒き散らしていた。

「え……爆発?」
「……!」

 ミスマッチな光景に半ば見とれていた俺を、カモハシさんの呆然とした声が現実に引き戻す。反射的に立ち上がり、2人の顔を見る。

「あ……しょ、衝撃波とか来るかもしれないから、急いで中に入ろう。今日はお開きってことで」
「そうですね」

 スズシロも察したのか、カモハシさんの手を取って素早く屋内に退避を始めている。……コイツの行動の早さは、本当に助かる。たぶん俺の『正体』にも気付いてるだろうに、深く追求してこないのも有難い。

「そ、そだね。教室戻ろっか」
「ああ、ちょっと俺はトイレ寄ってから戻る」

 言いながら、俺は素早く階段を降り、カモハシさん達と別れて廊下を走る。既に生徒たちは爆発に気付き、窓を開け、携帯でカメラ撮影している者も居る。教師たちがそれをいさめ、室内に留まるよう喚起している。

「パラサイト、あの爆発の情報収集を頼む」
(実行中……あのビルはクラリス・コーポレーションの研究棟のようです。研究内容不明)
「またクラリスコーポレーションかよ……!」
(どうやらガス爆発ではない模様)

 嫌な予感が止まらない。下駄箱に突撃し、靴を取り出してイコマ先生の携帯にメールを送る。『諸事情で早退します』……これで伝わるハズだ。

 靴を履き替え、道路に飛び出しながら、俺は叫んだ。

「パラサイト、スーツアップだ!」
(了解、スーツアップ)

 全身が瞬時にアーマーに包み込まれるのを感じながら、俺はビル目掛けてロケットのような勢いで駆けだした。




 到着した時、ビルから上がる火の手は、少しだけ大人しくなっていた。どうやらこのビル自体がクラリス・コーポレーションの所有物だったらしく、中から出てくるのは社員IDを首にさげた者ばかりである。

『爆発が起こったのは何階だ?』
(13階のようです。ご注意ください、ビル内を統率の取れた動きで動く武装集団有り。救助隊も突入しているようですが、それとはまた別です)
『……クソ、またこういうのか』

 救急車に運び込まれる社員たちを横目で見ながら、俺は慎重にビル内に侵入する。既に火災に対して放水が始まっており、いよいよ煙が激しくなっている。

「スプリンクラーが全然機能してないぞ! ビルの点検はやってんのか!?」
「ドア壊すぞ!! 下がれ!!」

 現場は怒鳴り声と炎の唸りで騒がしい。俺は姿勢を屈め、出来る限り目立たないようにビルを登ってゆく。当然と言えば当然、上に行けば行くほど火災は激しくなってゆく。

『……パラサイト、アーマーの耐火性能は』
(約3000度までなら耐えます)
『それってどれくらいなんだ?』
(この火災での破壊の心配はありません)

 安心だ。燃え盛る階段を慎重に踏みしめながら、ヘルメットの内側でポタポタと落ちる汗を感じる。

 ……爆発を引き起こしたのがどんな連中にせよ、かなり狡猾で自分達の腕に自信のある集団に違いない。こんなレベルの火災に発展してなお、ビル内を動いて目的を達成しようとしているのだ。あるいは命知らずなのかもしれないが。

『パラサイト、取り残された社員は居ないか』
(……サーチできません。恐らくは殆どが避難完了、あるいは焼死したのでしょう)
『……』
(ご注意ください。そろそろ武装集団に接触します)
 
 その言葉を聞き、全身に警戒の喝を入れて目的の階のドアノブを掴む。バックドラフトを警戒し、慎重にノブを回し、開く……そして信じられない光景を見た。


「……のう、アカダよ。このまま焼け死ぬも、生き残るも、お前の自由じゃ」
「は、はい……」

 そこに居たのは10数名の武装集団だ。全員が真っ黒なスーツを着ており、どこから密輸入したのか、アサルトライフルのようなものを携えている。

「じゃがのう、グラニーツァに従うのが賢いと思わんかえ? 金ならいくらでも出すと甘い顔をしてくれておるのも、今のうちじゃ。無理に従わされることになれば、それは悲惨じゃぞ……?」

 一番信じられないのは……部屋の中央で、狐面のドミノマスクをかぶった女性が、一人の研究者を脅している事だった。アレは女スパイ、クズハ……前も散々苦汁を飲まされた相手だ。だが一応、秩序を守る側の人間のハズ……。

『……SACのスパイ任務か』
(シークレット・エージェント・カンパニー。任務内容は我々の知るところではありませんが、その可能性は高いでしょう)

 まだ情報が足りない。ドアの内側で身を屈め、聞き耳を立てようとした時……動きがあった。


 クズハの傍に立っていたオールバックの男が、研究者の首を掴み、片手でグン、と持ち上げたのだ。

 研究者の体格は普通レベルにあるのだが、しかし、その足がプラプラと遊ぶほどの高さに持ち上げられている。

 男はじっと研究者を見つめていたが、何事かクズハに唸るように伝える。

(アレはロシア語です。自動翻訳開始)
『ロシア語……』

 ……そういえば、最近似たような国籍の犯罪者を相手したことがあるような。そんな事を考えていると、翻訳された会話が耳に届き始めた。

「言葉で説得など無駄だ。力で脅して、無理に従わせればいい」
「……今の今まで上手くいきそうだったのを見ていなかったのかえ? これじゃから、筋肉ばかりデカいヤツは」
「お前のやり方は効率的ではない。我が『グラニーツァ』はお前のような部外者の存在を認めないだろう」
「認めたのはお主らのボスじゃと言うに……」

 クズハのぼやきを無視し、ロシア人の男は腰から大きなナイフを引き抜くと、研究者の首にあてがう。そしてゆっくりと横にスライドし、彼の首の薄皮を切り裂いた。

 ポタ、ポタ、と落ち始める血液が火災の熱で蒸発してゆく。研究者は怯えたような顔をしている……我慢できるのも、ここまでだ。俺はドアを蹴破ると、部屋の中に転がり出た。


 ただ、動いたのは俺だけではなかった。部屋の反対側、ビルの外壁をぶち破り、室内に電撃が乱入してきた。


「ハッハー、動くんじゃねえぞ雑魚共! このブリッツ様が来たから……には……」


 青白いスパークに包まれた状態で部屋に突入してきたのは、浅黒い肌に水色の髪、パンクファッションの少女……ネクサス所属、ブリッツだ。


 一瞬だけ、部屋は静寂に包まれた。誰もが次の行動の最適解を探っていた。クズハと俺の視線が合った次の瞬間、ナイフを握った男が研究者を放り投げ、全員が動き出した。

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