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歪んだ生物
ヒーローとして
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「っ」
跳ね起きた時、俺の全身はアーマーに覆われていなかった。違和感のある右腕を見ると、包帯でぐるぐる巻きにされており、明らかに誰かに処置された後なのが分かる。服装は……入院着じみたものに変わっている。
ここは、何処なのか。純白のベッド、病院にあるような仕切りがベッドの四方を囲んでいる。胸元に固定されている管をたどれば、点滴のスタンドに繋がっている……ということは、やはり病院なのか。
だが、病院にしては静かすぎる。俺は胸の点滴の管を外し、静かにベッド脇へ足を降ろす。この静寂の中では、床に足裏がつく音すら致命的に思えた。
「……パラサイト、ここは何処だ」
(ハローワールド。おはようございます、ご主人様。……どうやら電波が遮断されている建物のようです。現在地特定不可)
「マジかよ……」
パーテーションを押し退け、すり足で歩を進めてゆく。無味乾燥な灰色の室内だ。少し広く、医療用品の入った棚や資料の山積みになった机が見える。
部屋の隅には扉がある。だが、今飛び出すのはいかにも愚策だろう。
「……情報収集できるか?」
(エックス線の視界、熱源探知、エコーヴィジュアライズ……誰か近づいています)
「何?」
(この体格、データにありません)
どうするか迷った俺は、点滴のスタンドを棍棒じみて構え、扉のすぐ脇に陣取る。これなら、扉が開かれた時は隠れることが出来る。
息をひそめること数秒、足音が扉の外で聞こえ始めた。いつでもスーツアップコールを出来るように息を吸い、点滴スタンドを握り締める。音から察するに、体重は軽い相手のようだ。これなら抑え込んで逃げることも可能か……?
がちゃり、とノブが回る。いよいよ全身に力を籠め、迎撃に全神経を傾けようとした次の瞬間。
ドアがバッターーーン! と思い切り開かれ、俺はドアと壁にサンドイッチされて潰された。
「ふ、フヘヘヘ、私の計算が正しければそろそろ起きるハズ……! それまでに飾りつけを終えて、ハイヒールと白衣も着て、出来るヒーラーとして自己紹介を……」
花瓶やブラックコーヒーを手に持った紫髪の少女が、鼻息も荒くエントリーを果たした。ツッコミをしたかったが、俺はドアがゆっくり戻るのに合わせてばったり倒れ込むしかなかった。
◆
「……」
少女にベッドに連れ戻され、気まずい空気を味わっていた。なんで……なんで俺の行動は人を不幸にしてしまうんやろね……。
「えっ……とね……それ、痛み止めだから……外さないで……フヒ」
「は、はい」
胸元にもう一度点滴のチューブを繋ぐと、紫髪の少女は満足そうにうなずく。よく見ると肌は青白く、目の下にすごいクマが出来ている……医者の不養生ってヤツなのか……?
「……えっと、すみません、助けていただいたようで……ありがとうございます」
「フヒュ……全然、フヘ。ど、どういたしまして……い、違和感とか……ある?」
「そ、そうすね、右腕はちょっと違和感が……やっぱ折られたんで」
「そ、そうじゃなくて……左腕のほう」
「左腕……?」
言われてみれば、左腕が軽い。痛みも少ない。ふと見てみると、少し前まで焦げ、赤黒い皮下組織が覗いていた肌が綺麗な肌色になり、産毛が生え始めていた。
「……いえ、全然」
「ヒヒッ……そ、そぅ。でしゅか」
「……あの、これは……なんで?」
見たところ手術の痕もない。綺麗サッパリ傷のあともないが、しかし鈍い痛みが残っているような感覚がある。奇妙なものだ。
「フヒ……えっと……私、ネクサスのメンバーの……チキ……って言って。人を治癒できるスーパーヒューマンで……その、能力、だよ」
「な、成程……お世話になっております。俺はクラップロイドって言います」
「あ、うん……知ってる。ドーモト君だよね……フヘヘ。名前、晒して活動してるの……大胆……」
「いや、そちらの特定班に特定されたっていうか……」
「オフ……ど、同情ぽいんつ……」
成程……ここはネクサスの施設だったのか。寝起きで混乱して拉致されたのかと思ったが、どうやら保護されたらしい。
チキは俺との会話とマルチタスク的に、ノートに何かを書き込んでゆく。筆の進みは早いが、書かれるとほぼ同時に斜線で消されてゆく。
「……えっと、それは?」
「あ、こ、これ……GMDの……解毒剤、作ってるんだけど……フヘヒ、ネクサス……お金、ないから……頭で考えるしかない、んだよね……ぜんぜん、完成しない……」
「GMD……」
その名前が出た瞬間、俺は連鎖的に思い出す。俺が気絶した原因の、ディバイサーとの諍い。そして動かなくなるGMD被害者。
「そ、そうだ、アイツ……犯人、どうなりましたか」
「え、えっと……犯人……? あ、あぁ、タカッチが戦ってた……相手?」
「た、たかっち? え、ええ、それです」
「フヒ……気絶して……搬送された。ちゃんと普通の病院……」
「あ、あぁ、良かった……生きてたのか」
「元気そうで安心した」
その時、扉の方から声がした。ハッとそちらを見ると、ドアに寄っかかって、ディバイサーが腕組みの恰好で立っていた。
「……ウロサキ」
「ごめんね。キミ、強かったからさ。手加減できなかったんだ」
「……」
「あ、これお見舞いのお花。それとお詫びのケーキ」
以前までの諍いは特に気にしてない様子で、ディバイサーはスタスタ歩いてくる。そして見舞い品を脇に置くと、椅子を引っ張ってきて座り込んだ。
嫌なお見舞いだ。この重傷の2割くらいはコイツのせいだぞ。あとの8割は俺のせい。
「フヒ……陽キャ襲来……わ、私はそろそろ失礼しまーす……」
「あ、チキちゃんもお疲れ様。またねー」
「オフ……な、名前覚えられてる……泣きそう……」
チキは袖の余った白衣で目元を拭いながら退室した。そうして、この部屋には俺とウロサキの2人だけになってしまった。
「安心してよ、アイツはちゃんと生かして捕らえたから」
「別に……そこに関して、不安はなかった」
「ふーん?」
ウロサキは椅子の上で、それまでの微笑みを消して俺を見る。いつまた回し蹴りが飛んでくるやら、俺は怖い。
「じゃ、何が不安で邪魔してたの?」
「やりすぎだってだけだ。アイツは俺を殴ってただけだから」
「キミを殴ったら、別の人間も殴るでしょ。誰かに被害が出てからじゃ遅いの」
「……そうだな」
コイツの言う事の方が正しいのだろう。だから病院送りにして、二度と悪い事ができないようにする。
「犯罪者に人権はないよ。そこに同情の余地なんてないし、徹底的に潰すべき」
「お前、嫌いだ」
「そ。私もキミのこと、好きじゃないよ」
楽しそうに笑いながら、ウロサキは俺を見つめる。そりゃあ楽しいのだろう、自分の正義を通したのは結局彼女の方なのだから。
「マーカスはまだペアで動けってさ。キミにとってはご愁傷様かな」
「……そうか」
「復帰は来週からで良いよ。それまで休んでて」
言いながら、彼女はケーキを取り出し、付属のフォークで分けて俺の口へと差し出してくる。
フォークに乗ったチョコケーキのカケラを見ながら、俺はゆっくりと口を開き、言葉を発する。
「……次に同じ事があったら、俺は同じ事をする」
「……」
「お前が同じ事をする度に、俺は何回でも同じように立ち塞がってやる」
「なんで?」
「この街は俺のテリトリーだからだ」
それを聞き、ウロサキは面白いものでも見るかのように俺を見る。差し出されていたケーキが引っ込められ、彼女の口の中へ消える。
「……そうじゃなくてさ。どうして犯罪者をそんなに庇うの?」
「庇う?」
「だってそうじゃん。犯罪者を動けなくするのなら分かるけど、キミ、手加減しすぎで毎回しっぺ返し食らってるし」
「……」
「慣れてないだけじゃないでしょ。変なブレーキかけてる」
ネクサスは皆こうなのか……? いつの間にか俺の行動のプロファイルが完了しているらしい。俺はガシガシ頭を掻き、目を落とし、真っ白なシーツを見つめる。
「……俺の恩人なら、そんな捕まえ方はしなかった」
「……」
「多分、大人しくさせた後に、コーヒーでも出して、なんでそんな事をしたのか訊いて……もっと良い解決法を一緒に探すような人だった」
「その人になりたいの?」
「俺のせいで死なせた。ただの埋め合わせだ」
「ふーん」
それまで楽しそうだったウロサキは、興味なさそうに鼻を鳴らすと、ケーキとフォークを置いて立ち上がる。
そして、俺を見下ろし、言い放った。
「馬鹿みたいだね、その人」
「……」
「私はやめないよ。犯罪者は人じゃなくて、獣なんだから。どんな事情があっても、先に一線を踏み越えたのは連中の方」
「……そうかもな」
「邪魔するなら、これからも同じようにキミを攻撃するよ。勝った方の正義が通るだけ」
ディバイサーは冷たく言い終え、病室から出ていく。
俺はその背中を見つめ、つい我慢できず、言葉を漏らす。
「……強い人間は傲慢になる、だったっけか」
「……」
ピタ、とディバイサーが立ち止まる。そして肩越しに俺を振り返る。
冷たい瞳が、俺を見つめている。
「お前、よっぽど犯罪者が憎いんだな」
「……当たり前でしょ」
その返答は、もはや明るい人気者であるウロサキ マキナとしての仮面を捨てた、冷徹に私刑を執行するディバイサーとしてのものだった。
静寂が鋭さを増す。ここまで犯罪者を敵視する理由。きっと『それ』が、彼女がディヴァイサーとして闘う理由なのだ。
だが、それでも俺は言わなければならなかった。
「……俺は諦めないからな」
俺はクラップロイドなのだ。一度の負けで諦めるようなら、とっくにヒーローをやめている。
「あと、ここまで運んで来てくれてありがとう」
言葉の後ろに(半ギレ)が付きそうなほどの力を込めてお礼を言う。ディヴァイサーはしばらく動かなかったが、やがて病室から出て行った。
それまでの緊張から解放され、ポフンと頭を枕に預ける。静かになると右腕の違和感が強くなる。
俺は包帯の上から右腕に触れ、少しだけ物思いに耽る。来週から復帰など言語道断だ。明日には活動を再開し、ネクサスの……ディヴァイサーの動向に目を光らせねばならない。
なんでGMD使用者だけでなく、仲間のはずの連中にも気を配らなきゃならんのだ……。そんな事を考えていると、またしても扉の方から物音がした。
目をやると、小学生くらいの背丈の少女が戻ってきていた。暗い紫髪にあの酷いクマ、確か……チキさんだっけ……。
「あ、おかえりなさい……」
「フヒ……と、友達が3人集まると、会話からハブられるから……避難してた……ヒュフ」
「そ、そうですか」
お前ら友達じゃねえ! なんて言うのは悲しすぎるので口を閉ざす。
「でぃ、ディヴァイサーと……仲悪い?」
「……いえ、別に」
「オフ……ね、ネクサスはね、現場じゃ……強い人の正義が通るから……た、大変だよね、ヒヒ……」
どんな集団だよ……。横暴も極まる。犯人を前に殴り合いを演じる図は相当マヌケなはずだ。
「……ディヴァイサーは……ネクサスでも、け、結構、過激で……マーカスも、人が悪いよね……フフヘ……」
「……わざわざ俺に押し付けたって事、ですか」
「うん……で、でも、あの娘も、悪気ないから……」
「……」
悪気なくやってるならそっちの方が俺にとって問題だけども。
「……明日から復帰したいんですけど」
「あ、あすは……無理……絶対安静……細かい骨とか、まだ……」
「どうしても復帰したいんですけど、無理ですか」
「そ、そんな目で見られても……ど、ドーモト君は強引……肉食系……でもどう言われても無理……」
「……分かりました。パラサイト、スーツアップ」
(了解、スーツアップ)
瞬間、俺の全身は銀の装甲で包まれる。折れた右腕は包帯を傷つけないよう、固定された形でアーマーが支えている。
ゆっくりとベッドから降り、チキの目の前に立つ。
『じゃあ、力づくで退院します』
「オウフ……え、えっと、じゃあ……せめてこれ……」
チキさんは少し動揺していたが、ポテポテと薬品棚に歩いて行き、中から何か取り出して俺に渡してきた。これは……たくさんのカプセルが入った容器のようだ。
「い、痛み止めと、私の……血入りカプセル。1日1錠、飲んで……」
『ちいり……?』
「わ、私の能力……治癒……で、でもその、中毒性も高いから……絶対、1日に2錠以上は服用しないでね……」
あぁ、血を飲んだら治るということか。……俺、血を飲まされてたのか。
『……1日2錠以上飲むと?』
「フヒ……」
『……用法容量は守ります』
「よ、よろしい、ウン……じゃあ、退院許可……あ、そ、それと、め、メアド教えて……」
『あぁ、経過観察のためですか?』
「い、いや、暇だから……」
『……』
「……」
『……すみません、失礼します』
「め、メアド……」
跳ね起きた時、俺の全身はアーマーに覆われていなかった。違和感のある右腕を見ると、包帯でぐるぐる巻きにされており、明らかに誰かに処置された後なのが分かる。服装は……入院着じみたものに変わっている。
ここは、何処なのか。純白のベッド、病院にあるような仕切りがベッドの四方を囲んでいる。胸元に固定されている管をたどれば、点滴のスタンドに繋がっている……ということは、やはり病院なのか。
だが、病院にしては静かすぎる。俺は胸の点滴の管を外し、静かにベッド脇へ足を降ろす。この静寂の中では、床に足裏がつく音すら致命的に思えた。
「……パラサイト、ここは何処だ」
(ハローワールド。おはようございます、ご主人様。……どうやら電波が遮断されている建物のようです。現在地特定不可)
「マジかよ……」
パーテーションを押し退け、すり足で歩を進めてゆく。無味乾燥な灰色の室内だ。少し広く、医療用品の入った棚や資料の山積みになった机が見える。
部屋の隅には扉がある。だが、今飛び出すのはいかにも愚策だろう。
「……情報収集できるか?」
(エックス線の視界、熱源探知、エコーヴィジュアライズ……誰か近づいています)
「何?」
(この体格、データにありません)
どうするか迷った俺は、点滴のスタンドを棍棒じみて構え、扉のすぐ脇に陣取る。これなら、扉が開かれた時は隠れることが出来る。
息をひそめること数秒、足音が扉の外で聞こえ始めた。いつでもスーツアップコールを出来るように息を吸い、点滴スタンドを握り締める。音から察するに、体重は軽い相手のようだ。これなら抑え込んで逃げることも可能か……?
がちゃり、とノブが回る。いよいよ全身に力を籠め、迎撃に全神経を傾けようとした次の瞬間。
ドアがバッターーーン! と思い切り開かれ、俺はドアと壁にサンドイッチされて潰された。
「ふ、フヘヘヘ、私の計算が正しければそろそろ起きるハズ……! それまでに飾りつけを終えて、ハイヒールと白衣も着て、出来るヒーラーとして自己紹介を……」
花瓶やブラックコーヒーを手に持った紫髪の少女が、鼻息も荒くエントリーを果たした。ツッコミをしたかったが、俺はドアがゆっくり戻るのに合わせてばったり倒れ込むしかなかった。
◆
「……」
少女にベッドに連れ戻され、気まずい空気を味わっていた。なんで……なんで俺の行動は人を不幸にしてしまうんやろね……。
「えっ……とね……それ、痛み止めだから……外さないで……フヒ」
「は、はい」
胸元にもう一度点滴のチューブを繋ぐと、紫髪の少女は満足そうにうなずく。よく見ると肌は青白く、目の下にすごいクマが出来ている……医者の不養生ってヤツなのか……?
「……えっと、すみません、助けていただいたようで……ありがとうございます」
「フヒュ……全然、フヘ。ど、どういたしまして……い、違和感とか……ある?」
「そ、そうすね、右腕はちょっと違和感が……やっぱ折られたんで」
「そ、そうじゃなくて……左腕のほう」
「左腕……?」
言われてみれば、左腕が軽い。痛みも少ない。ふと見てみると、少し前まで焦げ、赤黒い皮下組織が覗いていた肌が綺麗な肌色になり、産毛が生え始めていた。
「……いえ、全然」
「ヒヒッ……そ、そぅ。でしゅか」
「……あの、これは……なんで?」
見たところ手術の痕もない。綺麗サッパリ傷のあともないが、しかし鈍い痛みが残っているような感覚がある。奇妙なものだ。
「フヒ……えっと……私、ネクサスのメンバーの……チキ……って言って。人を治癒できるスーパーヒューマンで……その、能力、だよ」
「な、成程……お世話になっております。俺はクラップロイドって言います」
「あ、うん……知ってる。ドーモト君だよね……フヘヘ。名前、晒して活動してるの……大胆……」
「いや、そちらの特定班に特定されたっていうか……」
「オフ……ど、同情ぽいんつ……」
成程……ここはネクサスの施設だったのか。寝起きで混乱して拉致されたのかと思ったが、どうやら保護されたらしい。
チキは俺との会話とマルチタスク的に、ノートに何かを書き込んでゆく。筆の進みは早いが、書かれるとほぼ同時に斜線で消されてゆく。
「……えっと、それは?」
「あ、こ、これ……GMDの……解毒剤、作ってるんだけど……フヘヒ、ネクサス……お金、ないから……頭で考えるしかない、んだよね……ぜんぜん、完成しない……」
「GMD……」
その名前が出た瞬間、俺は連鎖的に思い出す。俺が気絶した原因の、ディバイサーとの諍い。そして動かなくなるGMD被害者。
「そ、そうだ、アイツ……犯人、どうなりましたか」
「え、えっと……犯人……? あ、あぁ、タカッチが戦ってた……相手?」
「た、たかっち? え、ええ、それです」
「フヒ……気絶して……搬送された。ちゃんと普通の病院……」
「あ、あぁ、良かった……生きてたのか」
「元気そうで安心した」
その時、扉の方から声がした。ハッとそちらを見ると、ドアに寄っかかって、ディバイサーが腕組みの恰好で立っていた。
「……ウロサキ」
「ごめんね。キミ、強かったからさ。手加減できなかったんだ」
「……」
「あ、これお見舞いのお花。それとお詫びのケーキ」
以前までの諍いは特に気にしてない様子で、ディバイサーはスタスタ歩いてくる。そして見舞い品を脇に置くと、椅子を引っ張ってきて座り込んだ。
嫌なお見舞いだ。この重傷の2割くらいはコイツのせいだぞ。あとの8割は俺のせい。
「フヒ……陽キャ襲来……わ、私はそろそろ失礼しまーす……」
「あ、チキちゃんもお疲れ様。またねー」
「オフ……な、名前覚えられてる……泣きそう……」
チキは袖の余った白衣で目元を拭いながら退室した。そうして、この部屋には俺とウロサキの2人だけになってしまった。
「安心してよ、アイツはちゃんと生かして捕らえたから」
「別に……そこに関して、不安はなかった」
「ふーん?」
ウロサキは椅子の上で、それまでの微笑みを消して俺を見る。いつまた回し蹴りが飛んでくるやら、俺は怖い。
「じゃ、何が不安で邪魔してたの?」
「やりすぎだってだけだ。アイツは俺を殴ってただけだから」
「キミを殴ったら、別の人間も殴るでしょ。誰かに被害が出てからじゃ遅いの」
「……そうだな」
コイツの言う事の方が正しいのだろう。だから病院送りにして、二度と悪い事ができないようにする。
「犯罪者に人権はないよ。そこに同情の余地なんてないし、徹底的に潰すべき」
「お前、嫌いだ」
「そ。私もキミのこと、好きじゃないよ」
楽しそうに笑いながら、ウロサキは俺を見つめる。そりゃあ楽しいのだろう、自分の正義を通したのは結局彼女の方なのだから。
「マーカスはまだペアで動けってさ。キミにとってはご愁傷様かな」
「……そうか」
「復帰は来週からで良いよ。それまで休んでて」
言いながら、彼女はケーキを取り出し、付属のフォークで分けて俺の口へと差し出してくる。
フォークに乗ったチョコケーキのカケラを見ながら、俺はゆっくりと口を開き、言葉を発する。
「……次に同じ事があったら、俺は同じ事をする」
「……」
「お前が同じ事をする度に、俺は何回でも同じように立ち塞がってやる」
「なんで?」
「この街は俺のテリトリーだからだ」
それを聞き、ウロサキは面白いものでも見るかのように俺を見る。差し出されていたケーキが引っ込められ、彼女の口の中へ消える。
「……そうじゃなくてさ。どうして犯罪者をそんなに庇うの?」
「庇う?」
「だってそうじゃん。犯罪者を動けなくするのなら分かるけど、キミ、手加減しすぎで毎回しっぺ返し食らってるし」
「……」
「慣れてないだけじゃないでしょ。変なブレーキかけてる」
ネクサスは皆こうなのか……? いつの間にか俺の行動のプロファイルが完了しているらしい。俺はガシガシ頭を掻き、目を落とし、真っ白なシーツを見つめる。
「……俺の恩人なら、そんな捕まえ方はしなかった」
「……」
「多分、大人しくさせた後に、コーヒーでも出して、なんでそんな事をしたのか訊いて……もっと良い解決法を一緒に探すような人だった」
「その人になりたいの?」
「俺のせいで死なせた。ただの埋め合わせだ」
「ふーん」
それまで楽しそうだったウロサキは、興味なさそうに鼻を鳴らすと、ケーキとフォークを置いて立ち上がる。
そして、俺を見下ろし、言い放った。
「馬鹿みたいだね、その人」
「……」
「私はやめないよ。犯罪者は人じゃなくて、獣なんだから。どんな事情があっても、先に一線を踏み越えたのは連中の方」
「……そうかもな」
「邪魔するなら、これからも同じようにキミを攻撃するよ。勝った方の正義が通るだけ」
ディバイサーは冷たく言い終え、病室から出ていく。
俺はその背中を見つめ、つい我慢できず、言葉を漏らす。
「……強い人間は傲慢になる、だったっけか」
「……」
ピタ、とディバイサーが立ち止まる。そして肩越しに俺を振り返る。
冷たい瞳が、俺を見つめている。
「お前、よっぽど犯罪者が憎いんだな」
「……当たり前でしょ」
その返答は、もはや明るい人気者であるウロサキ マキナとしての仮面を捨てた、冷徹に私刑を執行するディバイサーとしてのものだった。
静寂が鋭さを増す。ここまで犯罪者を敵視する理由。きっと『それ』が、彼女がディヴァイサーとして闘う理由なのだ。
だが、それでも俺は言わなければならなかった。
「……俺は諦めないからな」
俺はクラップロイドなのだ。一度の負けで諦めるようなら、とっくにヒーローをやめている。
「あと、ここまで運んで来てくれてありがとう」
言葉の後ろに(半ギレ)が付きそうなほどの力を込めてお礼を言う。ディヴァイサーはしばらく動かなかったが、やがて病室から出て行った。
それまでの緊張から解放され、ポフンと頭を枕に預ける。静かになると右腕の違和感が強くなる。
俺は包帯の上から右腕に触れ、少しだけ物思いに耽る。来週から復帰など言語道断だ。明日には活動を再開し、ネクサスの……ディヴァイサーの動向に目を光らせねばならない。
なんでGMD使用者だけでなく、仲間のはずの連中にも気を配らなきゃならんのだ……。そんな事を考えていると、またしても扉の方から物音がした。
目をやると、小学生くらいの背丈の少女が戻ってきていた。暗い紫髪にあの酷いクマ、確か……チキさんだっけ……。
「あ、おかえりなさい……」
「フヒ……と、友達が3人集まると、会話からハブられるから……避難してた……ヒュフ」
「そ、そうですか」
お前ら友達じゃねえ! なんて言うのは悲しすぎるので口を閉ざす。
「でぃ、ディヴァイサーと……仲悪い?」
「……いえ、別に」
「オフ……ね、ネクサスはね、現場じゃ……強い人の正義が通るから……た、大変だよね、ヒヒ……」
どんな集団だよ……。横暴も極まる。犯人を前に殴り合いを演じる図は相当マヌケなはずだ。
「……ディヴァイサーは……ネクサスでも、け、結構、過激で……マーカスも、人が悪いよね……フフヘ……」
「……わざわざ俺に押し付けたって事、ですか」
「うん……で、でも、あの娘も、悪気ないから……」
「……」
悪気なくやってるならそっちの方が俺にとって問題だけども。
「……明日から復帰したいんですけど」
「あ、あすは……無理……絶対安静……細かい骨とか、まだ……」
「どうしても復帰したいんですけど、無理ですか」
「そ、そんな目で見られても……ど、ドーモト君は強引……肉食系……でもどう言われても無理……」
「……分かりました。パラサイト、スーツアップ」
(了解、スーツアップ)
瞬間、俺の全身は銀の装甲で包まれる。折れた右腕は包帯を傷つけないよう、固定された形でアーマーが支えている。
ゆっくりとベッドから降り、チキの目の前に立つ。
『じゃあ、力づくで退院します』
「オウフ……え、えっと、じゃあ……せめてこれ……」
チキさんは少し動揺していたが、ポテポテと薬品棚に歩いて行き、中から何か取り出して俺に渡してきた。これは……たくさんのカプセルが入った容器のようだ。
「い、痛み止めと、私の……血入りカプセル。1日1錠、飲んで……」
『ちいり……?』
「わ、私の能力……治癒……で、でもその、中毒性も高いから……絶対、1日に2錠以上は服用しないでね……」
あぁ、血を飲んだら治るということか。……俺、血を飲まされてたのか。
『……1日2錠以上飲むと?』
「フヒ……」
『……用法容量は守ります』
「よ、よろしい、ウン……じゃあ、退院許可……あ、そ、それと、め、メアド教えて……」
『あぁ、経過観察のためですか?』
「い、いや、暇だから……」
『……』
「……」
『……すみません、失礼します』
「め、メアド……」
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