クラップロイド

しいたけのこ

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黄泉の端

戦う理由

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「「「あ、そこのキミ! 興味がありそうな顔をしているなっ!!!」」」

 拡声器からの大声で鼓膜をぶん殴られて呆然としていると、法被を着た彼女は俺を指さした。こんだけ大勢居てなんで俺なんだ……

「「「よかろう! こちらへおいで少年!!」」」

 マジでうるさい。関係ない顔をして通り過ぎようかなと思ったけども、拡声器の向こうの無邪気な瞳を見ているとなんだか行かないのも悪い気がしてくる……なんで俺……なんで俺……

 とぼとぼ歩いて行くと、輝くような笑みで女性は俺の手を握って上下にぶんぶん振り回してくる。握手のつもりなのかもしれないが柔道の投げ技にしか見えない。

「「「えらい! えらいぞー! そうやって文化に興味を持ち、残そうとするのは大変すばらしい姿勢だ! あ、アタシは大将 かれん!!」」」

 拡声器をおろして話してください。ぶんぶん握手に振り回されながら、俺はすでに嫌になりつつあった。

 大将さんの見た目はだいたい20歳半ばか、後半くらいに見える。何故か、お祭りの時にしか着ないような青い法被を着ている。下は普通のチノパンなのにどうして上は……

「「「不思議そうな顔をしているな! 説明しよう!!」」」

 大声でビリビリと全身が震える。そして大将さんは俺の肩を掴み、ぐいっと引き寄せて市民ホールの方を指差した。待ってくださいお胸が当たり当たり当たり

「「「あれが見えるか!!」」」
「あ、はい、市民ホールです……」
「「「いい目をしてる!!」」」

 いや見えないほうがおかしいだろ。俺は何とか柔らかい感触から逃れようと四苦八苦しているが、大将さんは全くお構いなしに大声を拡声器で倍増させて叫ぶ。

「「「あれはこの地域の文化を守ってきた場所だ! お祭りがある時は皆で集まり、災害が起きた時も皆が集まり、地域の自治体が方針を決める時もあそこで決められてきた!!」」」

 通行人はまるでモーセの海割の如く、俺たちの周囲5メートルくらいを隔離スペースにして近寄ろうとしない。俺は暴れることも諦め、演説を聞く体勢に入る。


「「「あそこはただの寂れただだっ広いホールではない! いわば皆を支えてきた歴史が詰まった場所!! おいそれと潰していいものではないんだ!!」」」
「なるほど」

 ……よく見ると、市民ホールの駐車場の隅っこに机が置いてある。机の上には、「市民ホール解体反対!」とデカデカと書かれたチラシが山積みになっている。誰も配っていないのを見るに、この活動はどうやら大将さん1人で行っているらしい。

 特に住民たちが「潰してほしくない」と頼んでいるわけでもない様子。通行人が俺たちを見る目は冷ややかだ。


「「「~~~~、こういう訳だ!! いかにあの場所が大切か分かってもらえたかな!?」」」
「はい」
「「「えらい!!!」」」

 正直後半は聞いていなかったが、適当に返答すると、嬉しそうな顔をした大将さんにぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。


 ……この調子なら、帰っても大丈夫じゃないだろうか。そんな考えがよぎる。ヨモツギア・プロジェクトというのは何なのか気になりはするが、今の段階で絶対に止めなければならない理由はない。工場建設に反対する理由もありはしない。市民ホールの解体も、住民がここまで無関心なら……

「「「少年!! せっかく来てくれたんだ!! 市民ホールでお昼を一緒に食べないか!?」」」
「あ、お昼ですか、いやでも俺はいいかな……」
「「「遠慮か、奥ゆかしいな! でももうお腹減ってるんじゃないか!?」」」

 ……そろそろお昼時だ。誘われたのは良いが、俺としてはさっさと帰りたい。特にこの人とお昼を食べるのは嫌だ。拡声器を構えたまま食事してそう。

「「「よく食べ、よく寝る! これがよく育つための必須条件だ! 少年よ! 子供は大人に甘えられる時に甘えておけ!!」」」
「は、はい……」
「「「いい返事だ!! じゃあ行こう!!」」」

 あれ? 一緒に食べることになってない? 俺は肩をがっしり掴まれたまま、引きずられるようにうらぶれた見た目の市民ホールへと入っていった。




「うん、うまいよ!」
「美味しいやろがぁ、たんと食べなぁ」

 ……市民ホールの中に入ると、意外な事に活気があった。辺りにはたくさんお年寄りが居て、おにぎりを作っていたり、忙しそうに何処かへ電話したり、真剣に何か話し込んだりしている。

 廊下をずんずん歩きながらおにぎりを食べる大将さんへついて行きながら、俺は思わず声をかける。

「あの、大将さん、この人達は」
「ん? あぁ、地域の老人会の人たちだよ。たまにこうして食べ物を作ったりして、ボランティア活動をしてくれてるんだ。ホームレスの人たちに差し入れだったりとか、近所の弁当屋を助けたりとか」
「大将あんた、ええ男連れてきて! トメです、よろしくね」
「あ、はい、堂本です……」

 しわしわ笑顔のおばあちゃんが手を差し出してきたのを握り返しながら、俺はちょっと困惑していた。外から見ただけでは全く分からなかったが、市民ホールの中ではこんな活動があったとは。

「うん、今日も美味い! 最高だよ!」
「そうやろがぁ」

 大将さんは、差し出されたおにぎりをパクパク食べながら、通りすがりに厨房へ声をかける。厨房の中に居たおばあさんが笑顔で親指を立て、俺にもラップで包んだおにぎりを放ってくる。

 受け取ってしばらく見つめていると、大将さんが快活に笑いながら俺の背を叩いてきた。

「見てるだけじゃ食べ物はお腹に入らないぞ! 食べてみろ、美味しいから!」
「あ、はい……」

 いつの間にか拡声器を下ろしていた大将さんにそう言われ、俺は包みを開いておにぎりを食む。熱いくらいの出来たてで、ほんのり塩味が米に馴染んでいる。……うん、美味い。

「……美味いっす」
「そうだろう! ここの人達が作るおにぎりは美味しいんだ!」

 うんうん頷く大将さんは、廊下の突き当りの扉の前で立ち止まり、鍵を挿し込んで押し開く。するとそこには、広大な空間が広がっていた。

 廊下よりも数段高い天井に、奥行きや幅は中学、高校の体育館ほどはある。板張りの床にはピカピカのワックスがかけられており、いかにもここまでの空間とは違う用途がありそうだ。

 空間の奥、床から一段と高い場所に大将さんが登り、腰掛ける。ちょいちょい、と手招きされたので、俺もそれにならって大将さんの隣に腰掛ける。

 暫く大将さんはおにぎりを食べていたので、俺もパクパクと食べていると、やがてほぼ同タイミングで食べ終わった。大将さんはぐぐっと伸びをすると、ぐるんと首を動かして俺を見た。いや怖いんですけど。

「さて少年! これが市民ホールだ!」
「は、はあ」
「何か質問はあるか!?」
「ええっと」

 たくさん疑問はあったはずなのだが、何を尋ねようとしていたんだったか……ああそうそう。

「……ええと、この市民ホールを守る活動って、大将さん1人でやってるんすか?」
「うん! いや、正確には1人じゃないな! 近所のうどん屋さんやクリーニング屋さんの壁にも、ポスターを貼らせていただいている!」

 いや、実質1人みたいなものじゃないか。

「1人じゃ無理だと思うんすけど……ええと、ホールの利用者から手伝いを募ったりとかしないんすか?」
「……それはアタシも一時期考えたんだが!!」

 うーん、と腕を組み、大将さんは眉根を寄せる。どうやら無理な理由があるらしい。

「このホールを利用しているのはお年寄りや児童が中心で、そんな人達にずっと立ちっぱなしで呼びかけ運動をやらせるのはキツい! 正直やってるアタシもキツい!!」

 キツかったらしい。そりゃああんなに不必要に大声出してればそうもなろう……。

「はあ、そりゃあ……大変すね」
「うん! 大変だ! 外は寒いしな!」
「ははは……」

 寒い中でよくやるよ……よく見たら法被の下にヒートテック着込んでるわこの人。無理ないことだ。そこまでやって何を得することがあるのか……

「でも、声をあげたくてもあげられない人たちが居るんだ」

 ふと、声のトーンが落ちる。大将さんを見ると、彼女はじっと、市民ホールの中で働くお年寄りたちを見つめていた。

「思い出があるから壊してほしくないって人も居るし、ここが無いと困る人も居る。
 そういう人は大抵、体が弱いんだ。大きな声なんて出せないし、黙って成り行きを見てるしかない。皆、『仕方ない』って言って、笑って諦めちゃうんだ。
 ……だけどアタシは声が大きいし、体は頑丈だし、それだけが取り柄だからな」

 大将さんは鼻の下をこすりながら、はにかんだ笑みを浮かべて俺を見つめる。

「それに、寂しいだろ! こんなおいしいおにぎり、皆で集まって食べられなくなっちゃうなんて!」
「……そう、すね」
「ははは! やっぱり少年も気に入ったんだな、おにぎり!」

 何がそうすね、だ。もっと気の利いた事を言いたい。
しかし俺は決心した。そうだ、戦う理由なんて単純で良いのだ。おにぎりの塩加減が気に入ったから戦うなんてのも、俺の自由なのだから。

「……大将さん」
「ん?」
「俺も手伝わせてください」
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