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歪んだ生物
ネクサス
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現場をテープで囲ってゆく警察たちをしり目に、俺とマーカスは歩いていた。もちろん俺はアーマーを着たままだ。マーカスは顔の上半分をバンダナじみたマスクで隠しており、その表情はあまりうかがえない。
まるでマスカレード。こんな2人、不審者極まる。
「手ひどくやられたな、小僧。傷はどうだ」
『あ、はい……いや、平気っス』
「平気か。豪胆なヤツだ」
マーカスは少し笑うと、俺にペットボトルを押し付けて来た。どうやらその中に入っているのは……ガソリンのようだ。濁った色が揺れている。
思わずマーカスを見返すと、大男は肩をすくめる。
「そろそろ『補給』が必要だと思ったんだが。不要か?」
『……いえ、助かります』
「遠慮するな。俺たちは仲間のようなものだろう……あそこがちょうど良さそうだ」
マーカスはそう言いながら、すぐそばの公園を顎でさす。何にちょうど良いのかは分からないが、とりあえず頷くと、マーカスも満足げに口元を緩める。
2人でトボトボと公園のベンチへ歩いて行く。全く似つかわしくない恰好の2人だ。砂場で遊んでいる子供が俺を指さし、興奮して何か叫び合っている。
「人気なんだな」
『……報道によります』
「フッ、そいつは結構だな。賛否両論のない自警団は不健全極まる」
マーカスの語り口は全く気楽なものだ。世界的な自警団組織「ネクサス」のリーダーであるなどという事前情報が無ければ、俺も思わずヘルメットの下で笑顔を浮かべていたかもしれない。
俺はヘルメットの口元の開閉機構を作動させ、ごきゅごきゅとガソリンを飲み干してゆく。体の隅々にエネルギーが満ちてゆくのを感じる……そして、改めて、現状の異常に思い至る。ネクサスのリーダーが俺に何の用だ?
「……さて、少しは落ち着いたか」
マーカスはベンチに座ると、俺を見つめてくる。俺は立ったまま、一定以上のスペースを開き、目の前の油断ならない男を見つめる。彼はそれまでの気安い雰囲気を引き締め、俺を見つめている。
『……どんな用件ですか』
「そうだな……俺は回りくどく話せるタチではないから、単刀直入に言うと……」
「オイマーカス! 調査書だぞ!」
その時、バチバチと弾けるような音を立て、質量が俺のすぐ隣に降り立った。驚いてそちらを見ると、浅黒い肌、水色の髪の少女が立っている。彼女は全身から青白いスパークを放ちながら、ベンチに座ったマーカスへと書類を差し出している。
ヘルメットの下で大層驚いていると、少女は俺に気付いたのか、うっとうしそうに視線をこちらへ飛ばしてくる。
「……誰だコイツ」
「この町の自警団、クラップロイドだ。話したハズだろう。……クラップロイド、こいつはブリッツ。ネクサスの自警団、ドイツ担当だ」
『あ、どうも……』
会釈すると、ブリッツと呼ばれた少女は気に入らなそうに鼻を鳴らし、攻撃的に肩からスパークを放射した。
「クラップロイドォ? あーよく聞いてるぜ、犯罪ひとつも満足に止められねえ雑魚ヒーローの……」
「ブリッツ。無駄口を叩いている暇があるなら、次の任務に取り掛かってくれ。市内の各所パトロールから、例の……」
「ちっ、るっせーな! はいはい分かったよ!」
とげとげしい言葉を遮られ、苛立ったブリッツは地面を蹴ると、スパークを残し、雷光のように消え去った。遠い空に、青白い閃光が消えてゆく。
いや、人が消えたんですけども。狼狽えていると、マーカスは書類から顔を上げ、俺を見る。
「……すまんな。アレで根は優しいんだ」
いやそうじゃない。
「ああ、すまん。ヤツはスーパーヒューマンなんだ。お前と同じようにな」
『スーパーヒューマン?』
「人を超える力を持つ者だ。彼らに関しては報道規制があるからな、知らんのも無理はない……ブリッツは雷になれる」
2秒ほどで書類を読み終えると、マーカスは顔を上げ、俺を見つめる。いやその分厚さに対して読む時間が短すぎるでしょう……というか、何? 雷になれる? え?
「さて……地元の自警団であるお前と、一度じっくり腰を据えて話をしなければと思っていた。近頃妙な薬が出回っているらしいな」
『……あぁ、はい』
「うむ。それで、その薬……我々は『GMD』、ジェネティックモディフィケーションドラッグと呼んでいるんだが」
なんだその名前カッコいいな……生物改造薬じゃなくてそう呼ぼうかな……そう思っていると、今度はヒヤリと全身が冷える。ゾワっとして冷気を辿ると、俺の隣に真っ白な髪、真っ白なワンピースに身を包んだ女性が立っている。
「……マーカス……これ」
全身から白い冷気を放ちながら、彼女はそっとマーカスへ注射器を手渡す。どうやらそれには……生物改造薬、GMDが入っているようだ。
「あぁ……GMDか。これが3本目か……思ったよりハイペースだな。クラップロイド、こちらはキニスだ。ネクサス所属、南アメリカの担当」
『あ、えっと……どうも』
「……あ……え……ど……こんにち……こんばん……お、おはようございましゅ……」
マーカスに紹介されて初めて俺に気付いたのか、キニスという女性は長い白髪の隙間から透き通るような青い目でこちらを見つめてくる。挨拶すると、微妙に挙動不審な返事が返ってきた。
「……よし、サンプルは順調に集まっているな。キニス、後日会議をする。全員に招集をかけておいてくれ。今日は休んでいい」
「あ……はい……」
そう言われ、するするとキニスが公園の外へ歩いてゆく。その足跡は白く凍り付いている。寒かった……
「……まあ、アイツも社交的な時はある。今日は……少しタイミングが悪かったようだな」
『はぁ……』
ネクサスっていうのはびっくり人間集団か何かなのだろうか……?
「さて、本題に戻ろう。この『GMD』だが、俺たちがこの町に集結して調べているのには理由がある」
『……』
ようやく詳しい話が聞けそうだ。マーカスと俺は同時に向き直る。
「最近の事だ。とある国の紛争地帯で、人間の姿かたちを歪める薬の存在が報告された。出どころは全く不明だが、どうもテロ組織を相手に商売しているようでな」
『……!』
思わずヘルメットの中で目を見開くと、マーカスはゆっくりと頷く。
「それだけじゃない。世界各地の、いたる場所で……まるで噴火のように、人々が姿を変え、暴れまわっている。まるでそれは……言うなれば、カジュアルなテロだ」
カジュアルなテロ。まさか人生でそんな言葉を聞く機会があるとは思っていなかった。
少し動揺していると、それを見抜いたのか、マーカスは重々しくうなずく。
「……この薬は人に全能感をもたらす。自分を抑えられなくする。まるでたちの悪い覚醒剤だ」
『……自分を、抑えられなく……』
「自分のキャパシティを超える力を手に入れると、人間の本性が現れる。それは例えば、日常の不満を誰かにぶつけようとしたりだとか、全能感のままに大暴れしたりだとか」
……どれも覚えのある話だ。これまでの生物改造事件の犯人達は、皆して高揚感に包まれながら挑んできていた。あれは薬に含まれる興奮剤以上に、『自分が急に人間以上の存在になった』という錯覚が気持ちよかったのだろう。
かく言う俺もそうだったのだから。
「……今の世界は不満で溢れている。この薬はきっと、最悪の形でそれを噴出させてしまうのだろう」
『……』
「クラップロイド。お前にも協力を要請したい。この薬の流通を抑制し、大本を叩く」
……なるほど、確かに利害の一致がある。この薬にはほとほと迷惑していたところだ。世界の自警団組織であるネクサスと協力して元をぶっ叩けるとあれば、協力しない道理はない。
『それは……何というか、願ってもない申し出というか』
「そうか。ではお互い、持っている情報を確認するとしよう」
◆
・『GMD』の流通経路の把握は未だに出来ていない。どれも地元の裏ルートを使っているらしく、そのサプライヤーまで遡れていないこと。
・マップで生物改造事件の発生地点を示した結果、クラリス・コーポレーションの支社・本社ビル周辺に集中していること。だが、彼らの関与を示す証拠は何一つないこと。
・事件発生当初の犯人達は「事件前後の記憶が曖昧」だが、最近の事件の犯人達に記憶の混濁は見られないこと。
・なにかに強烈な不満を持つ人々、あるいは強烈な怒りを持つ人々ばかりが犯人として選ばれ、薬を渡されていること。
・薬はどんどん改良されていること。変身時間は伸び、怪物はどんどん強力になっている。このままでは遠からず、半永久的に怪物になってしまう人間が出るだろう。
・クラリス・コーポレーションが、中東の紛争地帯への生物兵器としてGMDに大変よく似た薬を輸出する予定があること、などなど……。
◆
『……クラリス・コーポレーション』
何度か聞いたその言葉。噛みしめるように呟けば、マーカスも頷き、口を開く。
「きな臭い会社だ。俺たちはずっと尻尾を追っているんだが、どうにも掴めない。根回しが上手い組織らしい」
『なるほど……』
道理でネクサスのメンバーがアワナミ市に来てるわけだ。ここにはクラリス・コーポレーションの本社ビルがある。市の何処にいても、天をつくような巨大ビルが目に入る。
「話が読めてきたようだな。我々としても、いい加減この茶番を終わらせたい。そこで、お前の出番になる」
『……俺の役割は?』
「こいつと組んで、いつも通り犯罪の抑制に努めてくれ」
パチン。マーカスが指を弾けば、彼の背後にはいつの間にか1人の少女が立っている。黒いもじゃもじゃの髪に、利発的で活発そうな瞳。彼女は俺を見ると、ニッコリと笑み、手を挙げて挨拶する。
「キミがクラップロイド? よろしくよろしく~!」
『あ、どうも……クラップロイドです』
同じく陽気な感じで答えようと、中途半端に手を挙げる。いやクラップロイドなのは分かってるんだよ……!! なんで俺ってもっと気の利いた事が言えないのよ……!!!
挙げた手でヘルメットを掻いて悶々としていると、それを見た少女はプッと噴き出し、ぱんぱんとマーカスの肩を叩く。
「ッハッハ、ホントに変わった子だね」
「あまりからかってやるな。これからお前のパートナーになる男だ……クラップロイド、コイツはディバイサー。機械を操る事ができる」
「あ、ちょっと、ネタバレは駄目だって」
『は、ハハハ……』
機械を操る。それは、このご時世には大変便利な能力だ。というか多分、メチャクチャ強い人をあてがわれたのでは? 俺の強さ信頼されてなくない?
「ねー。おじさんってこういう所で情緒分かってないよね」
『あ、そ、そうですかね……』
「そうだよー。あ、高校何年生? ネクサスじゃ結構キミの事話題でね、キミが何歳かで賭けが……」
「ディバイサー。アワナミ高校への編入手続きは完了したのか」
「え~いいじゃん今くらい! 初対面なのに!! キミもそう思うよね?」
『あっ、えっと……そ、そう……ですかね』
俺って『そうですかね』しか言ってなくない?
ていうか待って? アワナミ高校への編入? なんで?
「……お前の生活圏は把握してる、ドウモト」
ドクン。変身した状態で名を呼ばれ、反射的にマーカスを見る。彼は確信を持って俺を呼んでいるらしく、その目に試すような光はない。
「……高校生、授業中に頻繁に抜け出す、事件に巻き込まれた事がある。そこまで難しい絞り込みでは無かった」
『……えっと』
「安心しろ、誰かに話す気はない。だが、もっと上手くやる必要は確実にあるな」
マーカスはなんでもない事のように言うが、俺にとっては死活問題だ。正体がバレたら殺されかねない。
「もしお前が協定を断れば、これで脅すつもりだったが……このカードを使わず済んで良かった」
なんて言った???
「ともかく、俺たちはこの周辺に残る。市内の犯罪は任せる、定例のミーティングにも顔を出して貰いたい」
『あ、はい……』
「ネクサスのリーダーとして、お前と協力できて光栄だ。クラップロイド」
マーカスは手を差し出してくる。握手のために手を取ると、アーマー越しでもミシミシ鳴るほど力強いグリップが返ってきた。
「……よろしく頼む」
『あ、よ、よろしく……お願いします』
ネクサス、こわ……。
まるでマスカレード。こんな2人、不審者極まる。
「手ひどくやられたな、小僧。傷はどうだ」
『あ、はい……いや、平気っス』
「平気か。豪胆なヤツだ」
マーカスは少し笑うと、俺にペットボトルを押し付けて来た。どうやらその中に入っているのは……ガソリンのようだ。濁った色が揺れている。
思わずマーカスを見返すと、大男は肩をすくめる。
「そろそろ『補給』が必要だと思ったんだが。不要か?」
『……いえ、助かります』
「遠慮するな。俺たちは仲間のようなものだろう……あそこがちょうど良さそうだ」
マーカスはそう言いながら、すぐそばの公園を顎でさす。何にちょうど良いのかは分からないが、とりあえず頷くと、マーカスも満足げに口元を緩める。
2人でトボトボと公園のベンチへ歩いて行く。全く似つかわしくない恰好の2人だ。砂場で遊んでいる子供が俺を指さし、興奮して何か叫び合っている。
「人気なんだな」
『……報道によります』
「フッ、そいつは結構だな。賛否両論のない自警団は不健全極まる」
マーカスの語り口は全く気楽なものだ。世界的な自警団組織「ネクサス」のリーダーであるなどという事前情報が無ければ、俺も思わずヘルメットの下で笑顔を浮かべていたかもしれない。
俺はヘルメットの口元の開閉機構を作動させ、ごきゅごきゅとガソリンを飲み干してゆく。体の隅々にエネルギーが満ちてゆくのを感じる……そして、改めて、現状の異常に思い至る。ネクサスのリーダーが俺に何の用だ?
「……さて、少しは落ち着いたか」
マーカスはベンチに座ると、俺を見つめてくる。俺は立ったまま、一定以上のスペースを開き、目の前の油断ならない男を見つめる。彼はそれまでの気安い雰囲気を引き締め、俺を見つめている。
『……どんな用件ですか』
「そうだな……俺は回りくどく話せるタチではないから、単刀直入に言うと……」
「オイマーカス! 調査書だぞ!」
その時、バチバチと弾けるような音を立て、質量が俺のすぐ隣に降り立った。驚いてそちらを見ると、浅黒い肌、水色の髪の少女が立っている。彼女は全身から青白いスパークを放ちながら、ベンチに座ったマーカスへと書類を差し出している。
ヘルメットの下で大層驚いていると、少女は俺に気付いたのか、うっとうしそうに視線をこちらへ飛ばしてくる。
「……誰だコイツ」
「この町の自警団、クラップロイドだ。話したハズだろう。……クラップロイド、こいつはブリッツ。ネクサスの自警団、ドイツ担当だ」
『あ、どうも……』
会釈すると、ブリッツと呼ばれた少女は気に入らなそうに鼻を鳴らし、攻撃的に肩からスパークを放射した。
「クラップロイドォ? あーよく聞いてるぜ、犯罪ひとつも満足に止められねえ雑魚ヒーローの……」
「ブリッツ。無駄口を叩いている暇があるなら、次の任務に取り掛かってくれ。市内の各所パトロールから、例の……」
「ちっ、るっせーな! はいはい分かったよ!」
とげとげしい言葉を遮られ、苛立ったブリッツは地面を蹴ると、スパークを残し、雷光のように消え去った。遠い空に、青白い閃光が消えてゆく。
いや、人が消えたんですけども。狼狽えていると、マーカスは書類から顔を上げ、俺を見る。
「……すまんな。アレで根は優しいんだ」
いやそうじゃない。
「ああ、すまん。ヤツはスーパーヒューマンなんだ。お前と同じようにな」
『スーパーヒューマン?』
「人を超える力を持つ者だ。彼らに関しては報道規制があるからな、知らんのも無理はない……ブリッツは雷になれる」
2秒ほどで書類を読み終えると、マーカスは顔を上げ、俺を見つめる。いやその分厚さに対して読む時間が短すぎるでしょう……というか、何? 雷になれる? え?
「さて……地元の自警団であるお前と、一度じっくり腰を据えて話をしなければと思っていた。近頃妙な薬が出回っているらしいな」
『……あぁ、はい』
「うむ。それで、その薬……我々は『GMD』、ジェネティックモディフィケーションドラッグと呼んでいるんだが」
なんだその名前カッコいいな……生物改造薬じゃなくてそう呼ぼうかな……そう思っていると、今度はヒヤリと全身が冷える。ゾワっとして冷気を辿ると、俺の隣に真っ白な髪、真っ白なワンピースに身を包んだ女性が立っている。
「……マーカス……これ」
全身から白い冷気を放ちながら、彼女はそっとマーカスへ注射器を手渡す。どうやらそれには……生物改造薬、GMDが入っているようだ。
「あぁ……GMDか。これが3本目か……思ったよりハイペースだな。クラップロイド、こちらはキニスだ。ネクサス所属、南アメリカの担当」
『あ、えっと……どうも』
「……あ……え……ど……こんにち……こんばん……お、おはようございましゅ……」
マーカスに紹介されて初めて俺に気付いたのか、キニスという女性は長い白髪の隙間から透き通るような青い目でこちらを見つめてくる。挨拶すると、微妙に挙動不審な返事が返ってきた。
「……よし、サンプルは順調に集まっているな。キニス、後日会議をする。全員に招集をかけておいてくれ。今日は休んでいい」
「あ……はい……」
そう言われ、するするとキニスが公園の外へ歩いてゆく。その足跡は白く凍り付いている。寒かった……
「……まあ、アイツも社交的な時はある。今日は……少しタイミングが悪かったようだな」
『はぁ……』
ネクサスっていうのはびっくり人間集団か何かなのだろうか……?
「さて、本題に戻ろう。この『GMD』だが、俺たちがこの町に集結して調べているのには理由がある」
『……』
ようやく詳しい話が聞けそうだ。マーカスと俺は同時に向き直る。
「最近の事だ。とある国の紛争地帯で、人間の姿かたちを歪める薬の存在が報告された。出どころは全く不明だが、どうもテロ組織を相手に商売しているようでな」
『……!』
思わずヘルメットの中で目を見開くと、マーカスはゆっくりと頷く。
「それだけじゃない。世界各地の、いたる場所で……まるで噴火のように、人々が姿を変え、暴れまわっている。まるでそれは……言うなれば、カジュアルなテロだ」
カジュアルなテロ。まさか人生でそんな言葉を聞く機会があるとは思っていなかった。
少し動揺していると、それを見抜いたのか、マーカスは重々しくうなずく。
「……この薬は人に全能感をもたらす。自分を抑えられなくする。まるでたちの悪い覚醒剤だ」
『……自分を、抑えられなく……』
「自分のキャパシティを超える力を手に入れると、人間の本性が現れる。それは例えば、日常の不満を誰かにぶつけようとしたりだとか、全能感のままに大暴れしたりだとか」
……どれも覚えのある話だ。これまでの生物改造事件の犯人達は、皆して高揚感に包まれながら挑んできていた。あれは薬に含まれる興奮剤以上に、『自分が急に人間以上の存在になった』という錯覚が気持ちよかったのだろう。
かく言う俺もそうだったのだから。
「……今の世界は不満で溢れている。この薬はきっと、最悪の形でそれを噴出させてしまうのだろう」
『……』
「クラップロイド。お前にも協力を要請したい。この薬の流通を抑制し、大本を叩く」
……なるほど、確かに利害の一致がある。この薬にはほとほと迷惑していたところだ。世界の自警団組織であるネクサスと協力して元をぶっ叩けるとあれば、協力しない道理はない。
『それは……何というか、願ってもない申し出というか』
「そうか。ではお互い、持っている情報を確認するとしよう」
◆
・『GMD』の流通経路の把握は未だに出来ていない。どれも地元の裏ルートを使っているらしく、そのサプライヤーまで遡れていないこと。
・マップで生物改造事件の発生地点を示した結果、クラリス・コーポレーションの支社・本社ビル周辺に集中していること。だが、彼らの関与を示す証拠は何一つないこと。
・事件発生当初の犯人達は「事件前後の記憶が曖昧」だが、最近の事件の犯人達に記憶の混濁は見られないこと。
・なにかに強烈な不満を持つ人々、あるいは強烈な怒りを持つ人々ばかりが犯人として選ばれ、薬を渡されていること。
・薬はどんどん改良されていること。変身時間は伸び、怪物はどんどん強力になっている。このままでは遠からず、半永久的に怪物になってしまう人間が出るだろう。
・クラリス・コーポレーションが、中東の紛争地帯への生物兵器としてGMDに大変よく似た薬を輸出する予定があること、などなど……。
◆
『……クラリス・コーポレーション』
何度か聞いたその言葉。噛みしめるように呟けば、マーカスも頷き、口を開く。
「きな臭い会社だ。俺たちはずっと尻尾を追っているんだが、どうにも掴めない。根回しが上手い組織らしい」
『なるほど……』
道理でネクサスのメンバーがアワナミ市に来てるわけだ。ここにはクラリス・コーポレーションの本社ビルがある。市の何処にいても、天をつくような巨大ビルが目に入る。
「話が読めてきたようだな。我々としても、いい加減この茶番を終わらせたい。そこで、お前の出番になる」
『……俺の役割は?』
「こいつと組んで、いつも通り犯罪の抑制に努めてくれ」
パチン。マーカスが指を弾けば、彼の背後にはいつの間にか1人の少女が立っている。黒いもじゃもじゃの髪に、利発的で活発そうな瞳。彼女は俺を見ると、ニッコリと笑み、手を挙げて挨拶する。
「キミがクラップロイド? よろしくよろしく~!」
『あ、どうも……クラップロイドです』
同じく陽気な感じで答えようと、中途半端に手を挙げる。いやクラップロイドなのは分かってるんだよ……!! なんで俺ってもっと気の利いた事が言えないのよ……!!!
挙げた手でヘルメットを掻いて悶々としていると、それを見た少女はプッと噴き出し、ぱんぱんとマーカスの肩を叩く。
「ッハッハ、ホントに変わった子だね」
「あまりからかってやるな。これからお前のパートナーになる男だ……クラップロイド、コイツはディバイサー。機械を操る事ができる」
「あ、ちょっと、ネタバレは駄目だって」
『は、ハハハ……』
機械を操る。それは、このご時世には大変便利な能力だ。というか多分、メチャクチャ強い人をあてがわれたのでは? 俺の強さ信頼されてなくない?
「ねー。おじさんってこういう所で情緒分かってないよね」
『あ、そ、そうですかね……』
「そうだよー。あ、高校何年生? ネクサスじゃ結構キミの事話題でね、キミが何歳かで賭けが……」
「ディバイサー。アワナミ高校への編入手続きは完了したのか」
「え~いいじゃん今くらい! 初対面なのに!! キミもそう思うよね?」
『あっ、えっと……そ、そう……ですかね』
俺って『そうですかね』しか言ってなくない?
ていうか待って? アワナミ高校への編入? なんで?
「……お前の生活圏は把握してる、ドウモト」
ドクン。変身した状態で名を呼ばれ、反射的にマーカスを見る。彼は確信を持って俺を呼んでいるらしく、その目に試すような光はない。
「……高校生、授業中に頻繁に抜け出す、事件に巻き込まれた事がある。そこまで難しい絞り込みでは無かった」
『……えっと』
「安心しろ、誰かに話す気はない。だが、もっと上手くやる必要は確実にあるな」
マーカスはなんでもない事のように言うが、俺にとっては死活問題だ。正体がバレたら殺されかねない。
「もしお前が協定を断れば、これで脅すつもりだったが……このカードを使わず済んで良かった」
なんて言った???
「ともかく、俺たちはこの周辺に残る。市内の犯罪は任せる、定例のミーティングにも顔を出して貰いたい」
『あ、はい……』
「ネクサスのリーダーとして、お前と協力できて光栄だ。クラップロイド」
マーカスは手を差し出してくる。握手のために手を取ると、アーマー越しでもミシミシ鳴るほど力強いグリップが返ってきた。
「……よろしく頼む」
『あ、よ、よろしく……お願いします』
ネクサス、こわ……。
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