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歪んだ生物
生物改造事件 3件目
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「よし、ここらで降りろ」
「了解っす」
アワナミインターの近くでバイクから降り、俺は両足をぶらぶらさせて準備運動に入る。
バイクに乗ったまま、テツマキさんは俺を見つめる。エンジン音が響く。
「無理をするなよ、堂本。特にその右腕は使わんほうがいい。交通警察隊も既に動いてる、協力しあえ」
「分かってます」
「どうだかな。ともかく、私も署から応援を連れてすぐに来る。持ちこたえてくれ」
「了解」
言い終わると、テツマキさんはフルフェイスメットのバイザーを下ろし、アクセルを握りこんだ。バイクは唸りを上げ、ただちにこの場を出発する。
俺も準備運動を終え、高速道路へ向けて走り出した。現在時刻、午後八時三十分。金曜の夜だ、車の往来は多い。
事件の痕跡を求めて辺りを見渡せば、インターの料金所の一部にはブルーシートがかけられ、痛ましい破壊の現場を隠している。
やはり放っておくわけにはいかない。急いでトラックを止める必要がある。次のインターチェンジでも、同じことが行われることは想像に難くない。
「パラサイト、スーツアップだ!」
(了解、スーツアップ)
一瞬後、俺の全身は銀色の甲殻類じみたスーツに包まれていた。
◆
「キャンプだー! アハハ!」
「はっはは、ほら、落ち着きなさい」
「いいじゃないかママ、キャンプ楽しみだな!」
車内に、子連れの家族の声が響く。父、母、子の家庭は、今週末、実家へ帰るついでに山でのキャンプを計画していた。
子供は大はしゃぎで車内を跳ねまわっている。母親が笑顔でそれを落ち着かせようとし、ハンドルを握る父親は嬉しそうに子へと話しかける。
暖かな家庭の一幕……だが、そこへ不穏な音が近づいてきた。
「? ……あなた、これサイレンの音じゃないかしら」
「……本当だな」
彼らの後方から、たくさんのサイレン音、そして低く轟くようなエンジン音が鳴り始めた。不安に思った父親は、バックミラーを確認し……声を失った。
道路を二分する白線の真ん中を突っ切るかのように、巨大なトラックが猛スピードで走ってくるのだ。追突された車がクラッシュし、転がり、トラックを追跡するパトカーを妨害する。
地獄が迫る。父親は反射的にギアを切り替え、最高速で走り出した。
はしゃいでいた子供が後部座席に叩きつけられる。母親は恐怖し、子供を抱えて縮こまる。
「シートベルトをしめなさい! 飛ばすぞ!」
遅れて警告し、父親はアクセルペダルを思い切り踏み込む。車の速度が更に上がる。
だが、トラックの方が速い。徐々に迫ってくる巨大質量。木霊するサイレン。絶望する父親はその時、トラックの荷台の上部に、信じられないものを見た。
それは、黄色の肌を持つ……人間に限りなく近い、怪物だった。全身に毛が生え、黄色い瞳孔を持ち、尻尾を生やしている人外だ。
月の光に照らされ、その怪物はにやりと笑った。その口から、こぼれるような長い牙が覗いた。
「神様」
追突の一瞬前に、父親は縋るように祈った。次の瞬間、クラッシュ音と共に、車体が跳ね飛ばされた。
……そして、神のせめてもの慈悲か、痛みも無く、彼らは死んだ……
父親はそう思っていた。きつく目を閉じ、子を助けられなかった後悔に歯を食いしばっていたからだ。
だが、いつまで経っても子供のすすり泣きは止まなかったし、母親の震える吐息が聞こえていた。父親は恐る恐る目を開き、上下逆になった車内を見回した。そして、その存在を見た。
車の外……銀色に光るアーマーに身を包んだ存在が、彼らの車を両手で支えているのを。「それ」はゆっくりと車を下ろすと、車内を確認するように覗き込んでくる。
『大丈夫っスか。全員無事っスか』
気の抜けるようなエセ敬語だ。父親はそれが、近頃噂になっているクラップロイドだと気付き、全身を弛緩させた。ヒーローが来てくれたのだ。
「ああ、だい、大丈夫だ……」
『すぐ車から出て。助けが来ます、待っててください』
それだけ言い、ひしゃげた車のドアを引っ張ってはぎ取ると、そのままクラップロイドは駆け出した。その先には、たくさんのパトカーと、いまだに暴走を続けるトラック、そして怪物がいる……
◆
「ザザッ、クラップロイド! 邪魔をするな! 我々の仕事だ!」
『ったく、協力しろったってコレじゃ協力もできねーよな……!』
パトカーと並走するクラップロイドは、警察側から投げかけられる敵対的な言葉にうんざりしたように首を振る。そして軽く膝を曲げると、跳躍し、暴走トラックの荷台へと飛び乗った。
がたがたと揺れるトラックの上、上手くバランスを取りながら、クラップロイドは辺りを見回す。誰も居ない。
運転席から迎撃の人間も出てこない。静かなものだ。それなら、何が積まれているか暴くのもたやすい。
クラップロイドは風の音を聞きながら、トラックの荷台天井へと拳を突き込んだ。……その時、電撃的に、クラップロイドは何かを感じ取った。何かが危険だ。何かが……
咄嗟にバックステップした彼の目の前、荷台を突き破って黄色い存在が飛び出した。それは屋根の上へと這い出すと、うずくまるように構える。
『……!』
全身を覆う黄色い体毛、しなやかな筋肉、口から覗く長い牙。縞模様の尻尾がゆらゆらと揺れる。豹だ。豹の怪物だ。生物改造事件、三件目である。
「……クラップロイド……来ると思っていた」
思いがけず、理性を感じさせる口ぶりで怪物が喋り出す。クラップロイドはじりりと距離を測り、返答しない。
「お前の、くく、お前のお節介は度を越しているからな……テレビジョンで取り上げられ、さぞ気持ちのいい事だろう……英雄願望野郎め……」
『……ロシア人だな、お前』
「なに?」
『発音の癖、身体的特徴からして、お前はロシア人だ。何故ロシア人がここに?』
「……」
クラップロイドの言葉に、怪物は黙り込む。何かをはかるような沈黙が続く。
『見られたくない積み荷は何だ。「申請外の荷台乗車」だと? 違うな。誰かをさらって、トラックの荷台に詰め込んだ後か』
「……」
『お前……何者だ。誰を、何処に連れて行くつもりだった?』
「……成程、死んでもらうとしよう」
ダン! 屋根を蹴り、豹の怪物が飛び掛かった。クラップロイドは咄嗟に右腕を庇い、左腕のみでの攻防を開始する!
怪物は全身のバネじみた筋肉を使い、巧みにフェイントを織り交ぜてクラップロイドへ拳を、蹴りを、尻尾を繰り出す。猛攻に対し、クラップロイドは左腕を主軸に、苦しい戦いを組み立てていくしかない。
豹の拳を、銀の左肘が防ぐ。しなやかな蹴りが襲い掛かり、固い腕甲が受け止める。連続して襲ってきた尻尾の一撃を防ぎきれず、クラップロイドのメットが衝撃を受ける。
豹は更に踏み込み、両掌での掌底を繰り出す。咄嗟に両腕を使い、クラップロイドはこれを受け止めようとする……だが、しなやかなる筋肉のパワーを受けきれず、ガードが弾かれた。
「Зелёные задницы」
鼻で笑う豹人間は、機械人形の懐へ飛び込み、全身のバネを生かしてアッパーカットを繰り出した。クラップロイドは吹き飛ばされ、トラックの屋根を超えて道路へ落ち……
落ち、ない! 豹人間は目を見開く。いつの間にかパトカーの数が増えていた。そのうちの一台が、ボンネットでクラップロイドを受け止めたのだ!
「おいっ、根性見せろ!!」
『……!』
パトカーの運転手の女性が、乱暴に叫ぶ。見知った仲なのか、クラップロイドは女性へ向けて頷くと、ボンネットの上で立ち上がった。
「チッ……もっと飛ばせ」
豹のロシア人は、ロシア語でトラックの運転手へと語り掛ける。マフラーが火を噴き、トラックのスピードが上がる。パトカーが引き離されてゆく……!
だが、クラップロイドはパトカーのボンネットを蹴ると、再度トラックの荷台へと着地した! そのまま、今度は右腕を腰の後ろへと回すと、左腕で怪物を……手招きした。
「……ハッ、今度は死ぬまで殴ってやる!」
豹人間は飛び掛かる! 今度こそすさまじい殺気と共に! クラップロイドは一歩引き、怪物の一撃一撃をギリギリで捌いてゆく……だが、いかにも腕一本では限界のある動きだ。
何の怪我かは知らないが、ヤツは右腕を負傷しているらしい。ならばチャンスだ。ロシアンマフィアとして、目の前の敵を殺し、近い将来この街に君臨する闇の組織の名をとどろかせるチャンス……!!
豹人間は素早い動きで屈みこむ! 必殺の一撃を放つために……だが、クラップロイドはよろめき、一歩後退した。間合いから少し外れたのだ。怪物は舌打ちし、もう一歩詰める。運のいい男だ。次に隙を見せれば、必ず殺す。
シュバ、バッ、バッ、バッ。怪物が攻め、クラップロイドが守る。怪物は焦っていた。この変身薬の効果時間がそろそろ切れる。だからこそ、先ほどから短期決戦の構えを取っているのだ。クラップロイドを殺すことは考えず、トラックから落として距離を離す。それができないならば、最速で殺す。それがプランだった。
しかし、クラップロイドは予想以上の粘りを見せていた。何度打ち込んでも、何もなかったかのように構えなおすその姿は驚異的だ。まるで……そう、まるで、殴られ慣れているという表現が適当か。
だが、しょせんは左腕一本しか使えない状態の敵だ。片腕に両腕は負けない。それに、ダメージは確実に蓄積されている……豹人間の一撃がクラップロイドの左腕を跳ね上げた! 好機!!
怪物は全身に力を籠め、必殺の一撃を……いや、またしても、クラップロイドはよろめき、一歩後退した。だがもはや待ったなし!! ここで殺す!
豹人間は多少範囲外に外れたクラップロイドを追い、大きく踏み込んで掌を特殊な形に開いた! その指の先からは、ナイフじみて鋭い爪が伸びている!! アーマーを切り裂くに十分な鋭さを持った爪だ!
「死ねェ!!」
怪物はその一撃を、クラップロイドの喉元目がけて振り抜き……パパァンッ! 風音の中、乾いた音が鳴った。
その一瞬、クラップロイドは激痛に耐えながらも右腕を使っていた。払いのけるように、素早い動きで、豹人間の必殺の一撃を弾いたのだ。大きく姿勢を崩した怪物は、一瞬の中で、呆然としたような表情を浮かべている。
誘ったのだ。追い詰められたフリをして、よろめくように後ずさりして、強引に大技を繰り出すのを待っていたのだ。豹人間は目を見開く。バランスが、崩れた。これは不味い。今ようやく、どちらが真に追い詰められているのか、気付く。
そして気付いても、遅い。クラップロイドは踏み込み、豹人間のみぞおちへと一撃叩き込む。涎を吐きながら、怪物は後ずさりし、立て直そうともがく。
だが、クラップロイドにとっても、苦しい状況からやっと手に入れた好機。逃がすわけがない。食らいつくように踏み込み、更に二発、両脇腹を叩く。
「き、さまっ」
『逃がすかよ……!』
右腕の限界を悟りながらも、クラップロイドは腕を酷使する。怪物も立て直し、反撃の拳を繰り出そうとする……だが。
銃撃音! 怪物の膝が撃ちぬかれる! たまらず膝をつきながら見れば、パトカーから身を乗り出した女性警官が、遠方からの狙撃を成功させていた。
何処で狂った。この薬は万能のはずだ。『荷物』と共に組織に持ち帰れば、昇進間違いなし。何処で間違った。ここで、終わるのか?
ロシア人は絶望的な心境で、銀の機械人形を見上げた。バイザーから光を漏らしながら、クラップロイドは拳を振り上げていた。駆動音が、聞こえる。
直後、怪物の頬に鉄拳が叩きつけられた。豹人間は屋根を突き破り、荷台の積載物にめり込み、大の字に伸びて気を失った。
『…………』
右腕を庇いながら、クラップロイドは次に運転席へと向かう。そしてボンネットへ降り、フロントガラスを拳で突き割ると、中で運転していたロシア人の頭をハンドルに叩きつけて気絶させ、ブレーキを稼働させた。
ギュギギギギギギ……鈍い音をたて、トラックがスピードを落とす。パトカーが追い付き、包囲を始める。
その包囲網が完成する前に、クラップロイドはトラックの給油口から給油を済ませ、素早くハイウェイから身を投げ出した。銀の体はあっという間に都市の輝きの中へ飲まれ、後にはパトランプの光とサイレン音のみが残った。
「了解っす」
アワナミインターの近くでバイクから降り、俺は両足をぶらぶらさせて準備運動に入る。
バイクに乗ったまま、テツマキさんは俺を見つめる。エンジン音が響く。
「無理をするなよ、堂本。特にその右腕は使わんほうがいい。交通警察隊も既に動いてる、協力しあえ」
「分かってます」
「どうだかな。ともかく、私も署から応援を連れてすぐに来る。持ちこたえてくれ」
「了解」
言い終わると、テツマキさんはフルフェイスメットのバイザーを下ろし、アクセルを握りこんだ。バイクは唸りを上げ、ただちにこの場を出発する。
俺も準備運動を終え、高速道路へ向けて走り出した。現在時刻、午後八時三十分。金曜の夜だ、車の往来は多い。
事件の痕跡を求めて辺りを見渡せば、インターの料金所の一部にはブルーシートがかけられ、痛ましい破壊の現場を隠している。
やはり放っておくわけにはいかない。急いでトラックを止める必要がある。次のインターチェンジでも、同じことが行われることは想像に難くない。
「パラサイト、スーツアップだ!」
(了解、スーツアップ)
一瞬後、俺の全身は銀色の甲殻類じみたスーツに包まれていた。
◆
「キャンプだー! アハハ!」
「はっはは、ほら、落ち着きなさい」
「いいじゃないかママ、キャンプ楽しみだな!」
車内に、子連れの家族の声が響く。父、母、子の家庭は、今週末、実家へ帰るついでに山でのキャンプを計画していた。
子供は大はしゃぎで車内を跳ねまわっている。母親が笑顔でそれを落ち着かせようとし、ハンドルを握る父親は嬉しそうに子へと話しかける。
暖かな家庭の一幕……だが、そこへ不穏な音が近づいてきた。
「? ……あなた、これサイレンの音じゃないかしら」
「……本当だな」
彼らの後方から、たくさんのサイレン音、そして低く轟くようなエンジン音が鳴り始めた。不安に思った父親は、バックミラーを確認し……声を失った。
道路を二分する白線の真ん中を突っ切るかのように、巨大なトラックが猛スピードで走ってくるのだ。追突された車がクラッシュし、転がり、トラックを追跡するパトカーを妨害する。
地獄が迫る。父親は反射的にギアを切り替え、最高速で走り出した。
はしゃいでいた子供が後部座席に叩きつけられる。母親は恐怖し、子供を抱えて縮こまる。
「シートベルトをしめなさい! 飛ばすぞ!」
遅れて警告し、父親はアクセルペダルを思い切り踏み込む。車の速度が更に上がる。
だが、トラックの方が速い。徐々に迫ってくる巨大質量。木霊するサイレン。絶望する父親はその時、トラックの荷台の上部に、信じられないものを見た。
それは、黄色の肌を持つ……人間に限りなく近い、怪物だった。全身に毛が生え、黄色い瞳孔を持ち、尻尾を生やしている人外だ。
月の光に照らされ、その怪物はにやりと笑った。その口から、こぼれるような長い牙が覗いた。
「神様」
追突の一瞬前に、父親は縋るように祈った。次の瞬間、クラッシュ音と共に、車体が跳ね飛ばされた。
……そして、神のせめてもの慈悲か、痛みも無く、彼らは死んだ……
父親はそう思っていた。きつく目を閉じ、子を助けられなかった後悔に歯を食いしばっていたからだ。
だが、いつまで経っても子供のすすり泣きは止まなかったし、母親の震える吐息が聞こえていた。父親は恐る恐る目を開き、上下逆になった車内を見回した。そして、その存在を見た。
車の外……銀色に光るアーマーに身を包んだ存在が、彼らの車を両手で支えているのを。「それ」はゆっくりと車を下ろすと、車内を確認するように覗き込んでくる。
『大丈夫っスか。全員無事っスか』
気の抜けるようなエセ敬語だ。父親はそれが、近頃噂になっているクラップロイドだと気付き、全身を弛緩させた。ヒーローが来てくれたのだ。
「ああ、だい、大丈夫だ……」
『すぐ車から出て。助けが来ます、待っててください』
それだけ言い、ひしゃげた車のドアを引っ張ってはぎ取ると、そのままクラップロイドは駆け出した。その先には、たくさんのパトカーと、いまだに暴走を続けるトラック、そして怪物がいる……
◆
「ザザッ、クラップロイド! 邪魔をするな! 我々の仕事だ!」
『ったく、協力しろったってコレじゃ協力もできねーよな……!』
パトカーと並走するクラップロイドは、警察側から投げかけられる敵対的な言葉にうんざりしたように首を振る。そして軽く膝を曲げると、跳躍し、暴走トラックの荷台へと飛び乗った。
がたがたと揺れるトラックの上、上手くバランスを取りながら、クラップロイドは辺りを見回す。誰も居ない。
運転席から迎撃の人間も出てこない。静かなものだ。それなら、何が積まれているか暴くのもたやすい。
クラップロイドは風の音を聞きながら、トラックの荷台天井へと拳を突き込んだ。……その時、電撃的に、クラップロイドは何かを感じ取った。何かが危険だ。何かが……
咄嗟にバックステップした彼の目の前、荷台を突き破って黄色い存在が飛び出した。それは屋根の上へと這い出すと、うずくまるように構える。
『……!』
全身を覆う黄色い体毛、しなやかな筋肉、口から覗く長い牙。縞模様の尻尾がゆらゆらと揺れる。豹だ。豹の怪物だ。生物改造事件、三件目である。
「……クラップロイド……来ると思っていた」
思いがけず、理性を感じさせる口ぶりで怪物が喋り出す。クラップロイドはじりりと距離を測り、返答しない。
「お前の、くく、お前のお節介は度を越しているからな……テレビジョンで取り上げられ、さぞ気持ちのいい事だろう……英雄願望野郎め……」
『……ロシア人だな、お前』
「なに?」
『発音の癖、身体的特徴からして、お前はロシア人だ。何故ロシア人がここに?』
「……」
クラップロイドの言葉に、怪物は黙り込む。何かをはかるような沈黙が続く。
『見られたくない積み荷は何だ。「申請外の荷台乗車」だと? 違うな。誰かをさらって、トラックの荷台に詰め込んだ後か』
「……」
『お前……何者だ。誰を、何処に連れて行くつもりだった?』
「……成程、死んでもらうとしよう」
ダン! 屋根を蹴り、豹の怪物が飛び掛かった。クラップロイドは咄嗟に右腕を庇い、左腕のみでの攻防を開始する!
怪物は全身のバネじみた筋肉を使い、巧みにフェイントを織り交ぜてクラップロイドへ拳を、蹴りを、尻尾を繰り出す。猛攻に対し、クラップロイドは左腕を主軸に、苦しい戦いを組み立てていくしかない。
豹の拳を、銀の左肘が防ぐ。しなやかな蹴りが襲い掛かり、固い腕甲が受け止める。連続して襲ってきた尻尾の一撃を防ぎきれず、クラップロイドのメットが衝撃を受ける。
豹は更に踏み込み、両掌での掌底を繰り出す。咄嗟に両腕を使い、クラップロイドはこれを受け止めようとする……だが、しなやかなる筋肉のパワーを受けきれず、ガードが弾かれた。
「Зелёные задницы」
鼻で笑う豹人間は、機械人形の懐へ飛び込み、全身のバネを生かしてアッパーカットを繰り出した。クラップロイドは吹き飛ばされ、トラックの屋根を超えて道路へ落ち……
落ち、ない! 豹人間は目を見開く。いつの間にかパトカーの数が増えていた。そのうちの一台が、ボンネットでクラップロイドを受け止めたのだ!
「おいっ、根性見せろ!!」
『……!』
パトカーの運転手の女性が、乱暴に叫ぶ。見知った仲なのか、クラップロイドは女性へ向けて頷くと、ボンネットの上で立ち上がった。
「チッ……もっと飛ばせ」
豹のロシア人は、ロシア語でトラックの運転手へと語り掛ける。マフラーが火を噴き、トラックのスピードが上がる。パトカーが引き離されてゆく……!
だが、クラップロイドはパトカーのボンネットを蹴ると、再度トラックの荷台へと着地した! そのまま、今度は右腕を腰の後ろへと回すと、左腕で怪物を……手招きした。
「……ハッ、今度は死ぬまで殴ってやる!」
豹人間は飛び掛かる! 今度こそすさまじい殺気と共に! クラップロイドは一歩引き、怪物の一撃一撃をギリギリで捌いてゆく……だが、いかにも腕一本では限界のある動きだ。
何の怪我かは知らないが、ヤツは右腕を負傷しているらしい。ならばチャンスだ。ロシアンマフィアとして、目の前の敵を殺し、近い将来この街に君臨する闇の組織の名をとどろかせるチャンス……!!
豹人間は素早い動きで屈みこむ! 必殺の一撃を放つために……だが、クラップロイドはよろめき、一歩後退した。間合いから少し外れたのだ。怪物は舌打ちし、もう一歩詰める。運のいい男だ。次に隙を見せれば、必ず殺す。
シュバ、バッ、バッ、バッ。怪物が攻め、クラップロイドが守る。怪物は焦っていた。この変身薬の効果時間がそろそろ切れる。だからこそ、先ほどから短期決戦の構えを取っているのだ。クラップロイドを殺すことは考えず、トラックから落として距離を離す。それができないならば、最速で殺す。それがプランだった。
しかし、クラップロイドは予想以上の粘りを見せていた。何度打ち込んでも、何もなかったかのように構えなおすその姿は驚異的だ。まるで……そう、まるで、殴られ慣れているという表現が適当か。
だが、しょせんは左腕一本しか使えない状態の敵だ。片腕に両腕は負けない。それに、ダメージは確実に蓄積されている……豹人間の一撃がクラップロイドの左腕を跳ね上げた! 好機!!
怪物は全身に力を籠め、必殺の一撃を……いや、またしても、クラップロイドはよろめき、一歩後退した。だがもはや待ったなし!! ここで殺す!
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「死ねェ!!」
怪物はその一撃を、クラップロイドの喉元目がけて振り抜き……パパァンッ! 風音の中、乾いた音が鳴った。
その一瞬、クラップロイドは激痛に耐えながらも右腕を使っていた。払いのけるように、素早い動きで、豹人間の必殺の一撃を弾いたのだ。大きく姿勢を崩した怪物は、一瞬の中で、呆然としたような表情を浮かべている。
誘ったのだ。追い詰められたフリをして、よろめくように後ずさりして、強引に大技を繰り出すのを待っていたのだ。豹人間は目を見開く。バランスが、崩れた。これは不味い。今ようやく、どちらが真に追い詰められているのか、気付く。
そして気付いても、遅い。クラップロイドは踏み込み、豹人間のみぞおちへと一撃叩き込む。涎を吐きながら、怪物は後ずさりし、立て直そうともがく。
だが、クラップロイドにとっても、苦しい状況からやっと手に入れた好機。逃がすわけがない。食らいつくように踏み込み、更に二発、両脇腹を叩く。
「き、さまっ」
『逃がすかよ……!』
右腕の限界を悟りながらも、クラップロイドは腕を酷使する。怪物も立て直し、反撃の拳を繰り出そうとする……だが。
銃撃音! 怪物の膝が撃ちぬかれる! たまらず膝をつきながら見れば、パトカーから身を乗り出した女性警官が、遠方からの狙撃を成功させていた。
何処で狂った。この薬は万能のはずだ。『荷物』と共に組織に持ち帰れば、昇進間違いなし。何処で間違った。ここで、終わるのか?
ロシア人は絶望的な心境で、銀の機械人形を見上げた。バイザーから光を漏らしながら、クラップロイドは拳を振り上げていた。駆動音が、聞こえる。
直後、怪物の頬に鉄拳が叩きつけられた。豹人間は屋根を突き破り、荷台の積載物にめり込み、大の字に伸びて気を失った。
『…………』
右腕を庇いながら、クラップロイドは次に運転席へと向かう。そしてボンネットへ降り、フロントガラスを拳で突き割ると、中で運転していたロシア人の頭をハンドルに叩きつけて気絶させ、ブレーキを稼働させた。
ギュギギギギギギ……鈍い音をたて、トラックがスピードを落とす。パトカーが追い付き、包囲を始める。
その包囲網が完成する前に、クラップロイドはトラックの給油口から給油を済ませ、素早くハイウェイから身を投げ出した。銀の体はあっという間に都市の輝きの中へ飲まれ、後にはパトランプの光とサイレン音のみが残った。
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