クラップロイド

しいたけのこ

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歪んだ生物

小さな攻防

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「ここねえ、アオちゃんといっつも一緒に来るんだぁ」
「そうなのか……」
「……」

 いや……いきなり連れてこられても「そうなのか……」以外にリアクション取れないょ……。アオちゃんさんはさっきからキリングオーラ増し増しでこっち睨んでるしぃ! なんなの、なんでそんな警戒してるの……。

 時刻は午後6時半である。塾通いの学生たちがちらほらと通りを歩き、仕事が早くに終わった社会人たちも帰宅を開始している。そんな中で、俺たちは小さなカフェへと入店していた。

 右腕は痛い、腹は減ってくる、ロイドモードの給油も済ませられていない。俺としてはさっさと帰りたい要素しかないが、不覚にも思ったより可愛い感じのカフェでちょっと見とれてしまった……壁紙に魚がいっぱい泳いでる……イソギンチャクから覗くクマノミがこちらに手を振っている……

 店内にはちらほら人が居る。俺たちと似たような制服姿の奴も居れば、くたびれたスーツ姿のサラリーマンも居る。喫煙席は無いようで、店の真ん中にある柱には『終日禁煙』と書かれている。

 関西弁の店員さんに奥の方の席へと案内され、俺たち3人はテーブルをはさんで向かい合うように座った。向こうにはカモハシさん、アオちゃんさんが居る。カモハシさんはのほほんとしている。アオちゃんさんはまるで尋問中の刑事のような目つきで俺を睨んできている。

 マジなんなの……俺殺されるのかな……と思って怯えていると、カモハシさんはぱたんとメニューを開き、幸せそうに微笑んでこちらを見つめてきていた。

「堂本くん、どれ飲む~?」
「はひっ? へ、そ、そうだなぁ、えーと……ウィンナ?コーヒーで」
「ほへえ~、コーヒー飲めるんだぁ! すごいや、わたしはミルクティーで!」
「……私は紅茶を」

 めっちゃドスのきいた声でアオちゃんさんが注文する。目を離したら即座に首元にナイフでもあてがわれそうな感じだ。思わず生唾を飲み込むと、それを見たカモハシさんは俺とアオちゃんさんを交互に見比べ、何かに納得したかのようにポンと手を打った。

「そういえば、アオちゃんの紹介まだだったよねぇ。この子は1年生の清白 葵子(スズシロ アオコ)ちゃんっていうの。昔から家が近くで~、とっても仲良しなんだぁ」
「……どうも」
「……あ、ど、ども……」

 そっかぁ幼馴染なんだぁ……年下の幼馴染っていいよね、ロマンあって。ただ今、目の前の後輩から発されるのはロマンではなく殺気だけであるけども。

「俺は堂本 貴っていいます」
「そうですか」

 はい。興味ないよね。

「……よろしくお願いします」
「あ、こ、こちらこそ……?」

 かと思ったらこういう礼儀みたいなものはちゃんとしている。武士かな?

 そんな俺たちの様子を見たカモハシさんは手を叩き、嬉しそうに笑みを浮かべている。

「わ~、やっぱりやっぱり。アオちゃんと堂本くんって絶対仲良くなりそうだと思ってたんだぁ」

 これのどこが仲良しに見えるんだ。おかしいよカモハシさん。

 さすがにスズシロも顔をしかめ、カモハシさんに視線を飛ばす。

「……これを見て仲良しと思えるのは、少し分かりません」

 そうだそうだ。もっと言ってやってくれ。俺は内心でエールを送るが、当のカモハシさんは首をかしげている。

「そうかなぁ? だってふたりって結構似てるし……あ、ごめん、トイレ行ってくるね!」

 思い出したかのように立ち上がり、カモハシさんはぱたぱたとお手洗いへ駆けて行ってしまう。待ってください。こんな仲良くない二人を残していかないでください。地獄の時間ですよ。


「……」
「……」

 気まずすぎる沈黙が流れる。周囲で人がグラスを傾ける音がむなしく響く。俺は咳払いし、目をそらして往来を見る。

「……堂本先輩でしたよね」
「あ、はい」

 と、唐突にスズシロが呼びかけてきたのに反応し、視線をそちらへ戻す。後輩は相変わらず鋭い目つきで俺の顔を見ていたが、やがてその視線をずらし、俺の包帯まみれの右手へと注視した。

 ……よく見たらコイツ、目が青い……肌も陶器のように白い。ハーフか何かだろうか?


「……それ、どうしたんですか」
「あぁ、これ? これは……階段から落ちて」
「……」

 まあ、適当に言っていればいいだろう。どうせ電線を切って腕に巻いた、なんて言っても誰も信じるわけはないのだ。なんならイジメの傷って言った方が説得力あるレベル。


 スズシロは相変わらずじっと傷を見ていたが、やがて眼をそらすと、カフェの窓から通りを見つめ始めた。

「……そうですか。痛そうですね」
「……ああ、まあ」
「薬品の塗布は、いい加減にしない方がいいですよ。分量を間違えると毒になります」

 げ、軟膏塗ってるのバレたかな……と思い、右手を見てみると、包帯の隙間から少しだけ白いジェルが覗いてしまっていた。そこは皮膚が焦げていたから厚めに塗ったのだ。

 慌てて袖で患部を隠し、曖昧にうなずいて同意を示す。

「そ、そうだな、ありがとう」
「いえ……気になっただけです」

 それきり、スズシロも窓の外へ目をやってしまう。クールなヤツだ。わざわざ俺の右手の事を気に掛けるなんて、優しいのかもしれない。

 さっきまで殺意満々の睨みだったのに、よく分からん奴だな……そう思っていると、パトカーのサイレン音が聞こえてきた。自警団じみた活動をしているので、どうしてもこういった音には敏感になってしまい、外の道路を見てしまう。

(このパトカーは先ほどの鳥の怪人を捕縛しに行くもののようです。今回は一名の警官が亡くなっているため、多くの人員が動員されているものかと)
「……」

 脳内のパラサイトが言うそばから、大量のパトカーが道路を占拠するかのように現れ始めた。真っ赤なパトランプがガラスを透過し、俺の視界を焼く。

「……すごい騒ぎですね」
「……」

 スズシロが平坦な声で言うのを、俺はぼんやりと聞いていた。今更、この騒ぎを前にして、1人を救えないという事の重さを再認識したのだ。他人だから関係ない、などとは決して言えない重さだった。俺の右腕の痛みなど、いかほどのものだろうか。勇敢な警官が、誰かのヒーローが死んでしまったのだ。

「……先輩?」

 怪訝そうな声で呼びかけられ、はっと視線をスズシロへ戻す。彼女は怪しいものでも見るような目つきで俺を見ていた。

「いや……すまん、ちょっと疲れてて」
「そうですか……」

 言いながら、スズシロはそれでも疑うような目を俺へ向けてくる。これは参った。いつも一人で居るから思わず素が出てしまった……。

 頬を気まずくぽりぽり掻いていると、スズシロは机に肘をつき、俺の顔を斜めに覗き込んできた。まるでヤンキーがガンを飛ばすかのようなその所作に、思わずのけぞるように距離を取ってしまう。

「え、えっと、な、なんだ……?」
「……先輩、隠し事ありますよね?」

 それは確信のある問い方ではなかったが、それでも十分に鋭い言葉だった。俺は一瞬言葉に詰まってしまい、その一瞬がスズシロに何かの確信を与えたようだ。

「パトカーを見てぼうっとするし、みの先輩への挙動もおかしいし、腕のケガも……」
「あ、あは、はは……」
「笑ってられるのは、余裕からなんですか? それとも余裕がないんですか?」

 前言撤回。こいつは優しいんじゃない。優しいところを見せて油断させていたんだ。俺を根本的に信用していないらしく、スズシロの視線は秒刻みで険しくなっている。

「……ひとりで完結している間は何も言いません。けど、もし、その『怪我』にみの先輩を巻き込んだら……」
「……」

 ミシリ。スズシロが拳を握り締めると、筋肉と骨の軋む音が静かな空間に響く。俺が思わず生唾を飲むと、やけに大きなその音が鳴る。

「ま、巻き込まない、巻き込まない。大丈夫だ、カモハシは関係ないから……」
「……そうですか」

 スズシロは俺を睨みつけたまま、ゆっくりと身を引き、椅子へ座りなおした。全然俺の言葉を信用していないのが分かる。そうだよなぁ、高校生がこんな怪我してて、パトカーとかぼーっと見てたら何かの事件がらみだと疑うよなぁ……。


 冷や汗ダラダラでじっとしていると、やがてカモハシさんが帰ってきた。彼女は、スズシロさんが俺をじっと睨みつけているのを見ると、ほわっと口元に手をやり、立ち止まった。

「……恋?」
「違います」

 カモハシさんのド天然発言に秒でツッコむスズシロを見ていると、付き合いが長いんだろうなぁというのが分かる。大事な人だから、変な事件なんかには巻き込まれてほしくないんだろう。

 完全にお邪魔虫っぽいしさっさと飲み物飲んで退散しよ……と思っていると、カフェの入り口から息が止まるような存在が入ってくるのを見つけてしまった。鬼城 灯とその取り巻きグループだ。これは不味い、カモハシさんを巻き込まないと言ったそばから巻き込みそうだ。

 なんで今日こんなに嫌な事ばっかり起きるの……厄日なの……とか思いながらも、なんとかこの場を切り抜けるために頭を使おうとする。が、遅きに失した。鬼城は一瞬で俺を見つけると、目を細めて歩いてきた。

「……へえ、用時があるってこの事だったワケ?」


 いじめの途中で逃げ出されたのが相当苛立っていたらしく、殺気溢れる声で鬼城が言う。周囲の取り巻きグループは、驚き半分で好奇の目を俺とカモハシさん、スズシロへ向けている。

 カモハシさんは不思議そうに鬼城を見ている。スズシロは何かを感じ取ったのだろう、さりげなく立ち上がり、カモハシさんをいつでも庇えるポジションを取っている。

 またボコボコにされるかぁ……と立ち上がり、俺はじっと鬼城を見つめる。店の人も不安そうにこちらを見ている。店内でやってほしくないのだろう。

「なんだよその目」
「……」

 見つめるだけで挑発になるって、俺って才能あるのかも! 悲しくなってくる。

 鬼城は苛立ったのか、俺の胸倉をつかんでくる。そこでようやくカモハシさんも異常に気付いたのか、声を上げる。

「や、やめなよ鬼城さん……」
「うっせえぞノロマ!!」


 鬼城が平手打ちでカモハシさんをぶとうとする……その一瞬、色々な事が起こった。


 まず、スズシロが動こうとした。彼女は最適なポジションから平手打ちの勢いを拳で叩き殺し、更にカウンターを放とうと体をねじりかけていた。

 その場に満ちる自分のものではない殺気に、鬼城は怯み、平手打ちを引き戻そうとしている。だが、間に合わない。確実にスズシロのパンチの方が早く到達する。

 そうなれば、次はいじめの標的がこの2人へと拡大するだろう。俺は最速で動く必要があった。痛む右腕を無理に動かし、鬼城とスズシロの両者の攻撃の間へと割り込ませる……


 少し動かすだけで大激痛だったが、それでも俺は手を伸ばした。そして、二人の攻撃が、がつんと俺の腕へぶつかった。

「っ……」

 くらりと来るような痛み。鬼城も、スズシロも、何が起こったのか把握しきれていない。俺は無理に体を動かし、スズシロが攻撃体勢なのを体で隠すと、鬼城へ向かい合った。

「……外でやるんだろ。連れて行けよ」
「……はぁっ?」
「店の中は、親、呼ばれちまうぞ」

 一瞬呆けていた鬼城が牙をむきかけると、俺はその勢いを殺すために『親』というワードを使う。効果は一目瞭然、いじめのボスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

 どうも鬼城というやつは『親』に弱いらしい。俺にとっては至極どうでもいい話だが、注意をそらすには最適の単語だ。

 奴は自分が怯んでしまったという事実に更に怒りを募らせたらしく、恐ろしいほどに顔を歪ませて俺を睨みつけてきた。

「……ふざけんな。ボコボコにしてやる」

 ……まあ、精神状態が不安定なのだ。俺のようなサンドバッグでもないと安心できないんだろう。多分カウンセリングが必要なんじゃないかな……。

 というわけで、いつもの如くいじめグループに取り囲まれながら、俺は店を出た。あの2人に奢ってもらう形になるから、今度お金返さないとな……そんな事を考えながら。



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