クラップロイド

しいたけのこ

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歪んだ生物

調査

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『……ちょっとだけ、コイツの体見させてもらっていいですか』
「……はあ、好きにしろ。無駄に荒らさないようにな」


 駅前、暴れる男を鎮静化させた直後である。動く者の居なくなったこの場所では、暴力の痕跡のみが残る。地面にのびた警官たち、砕けた柱や散った血の跡。


 サイレンはまだ遠い。もう少し時間はある。俺はむくりと起き上がり、気絶した男を横目にテツマキさんを見た。地面に大の字にのびているテツマキさんは、呆れたように手を振って許可を出す。

 俺はうなずき、男の体を抱えて起こす。全身を覆っていた青いウロコはじわじわと消えつつあり、こうしてみるとまるで、ただの人間が怪物に変身していたかのようだ。

『……訳が分からないな……パラサイト、解析できるか?』
(解析を進めています……首筋に注射痕があります。恐らくは、先ほどの注射かと)
『テツマキさん、さっきの注射ってどんなのです?』
「ああ? あー、コレか?」

 言いながら、テツマキさんは男から奪った注射器を持ち上げる。俺はテツマキさんに歩み寄り、それをまじまじと見つめる。

『……これは……』
(解析中……とても複雑な成分のようです。この場での即座の解析は不可能と結論が出ました)
「何かは知らんが、ろくなものじゃないだろう。警察の方でも調査は進めてみるが、しかし、人がこんな風になる薬物とは……」
『うーん……』

 俺はさらに痕跡を求め、次いで盾にへばりついた毒液に近づく。ボコボコと泡立っているそれは、毒々しい緑色をしており、どう見ても健康な人間から分泌されて良い物質ではないのは確かだ。

 アーマーに覆われた指で少し掬い取ってみれば、にちゃりと音を鳴らし、糸を引きながら気色悪い感触を伝えてくる。俺はため息を吐き、脳内の同居人に話しかける。

『パラサイト、これの解析はできるか?』
(この粘液を解析した結果、どうやら毒は複数の蛇の分泌液をベースにしているらしいという事が判明しました。主な成分としては、タイパン、コブラ、ガラガラヘビなど)
『……うぅむ……』

 聞くだけでもぞっとするような蛇のオンパレードだ。致死性の高い毒ばかりが選ばれていることから判断すると、誰かが生物兵器でも作りたがっているのだろうか。


『ともかく、これ全部を記録してくれパラサイト。今後似たような事件がもし起きたら照らし合わせてほしい』
(分かりました。ファイル名は何にしますか?)
『……生物改造事件。これで頼む』
(分かりました。今後この事件のことを、「生物改造事件」と呼称します)

 視界に「データ保存完了」の文字が浮かび上がる。近づいてくるサイレンの音を聞きながら、俺はテツマキさんを見る。彼女は倒れている同僚の意識を確認している。

『……それじゃ、俺行きますんで』
「おい」

 さっさと撤退しようとした俺を、テツマキさんの声が呼び止める。彼女は顔を上げ、複雑そうな表情で俺を見ていた。

 徐々にサイレンが近づいてくる中、沈黙が場に降りる。耐え切れず、声を出してしまう。

『ええっと、なんすかね……』
「……あとでな」

 一言だけ、そう告げられる。これは後日にでも色々言われそうだ……俺は曖昧にうなずき、全力疾走でその場から離れた。




「しっかしボコボコにされた……」
(やはりまだまだ格闘戦の技術が稚拙ですね)
「うるせー……」


 俺はアーマーを脱ぎ、忍び込むように学校へ戻っていた。殴られたのは頬と腹部である。胴体の痣なら隠せるが、見える場所にできた傷は隠せない。というか、事件が終わったら地味に痛みが出てきて辛い。

 下駄箱で下履きに履き替え、廊下を歩いて教室へ向かう。今は休憩時間中であり、たくさんの生徒が行き来している。わざわざ隅っこを歩く一人を気に掛けるヤツは居ない。

 どうやら最後の時間割には間に合ったらしく、教室では次の授業への準備が始まっていた。ざわざわと騒がしいので、俺が入っても誰にも気付かれないだろう……そう思っていた時期が私にもありました。


「あ、堂本くんだぁ~」

 間延びした声で話しかけてくるのは同級生のふわふわ女子、カモハシさんだ。ボブカットの茶髪もふわふわしている。席に着く直前だった俺は固まり、必死に適当な言葉を探す。

「……あ、ど、ども……」

 コミュ障全開全力投球な一言を放ってしまった。こんなところで「やあ! カモハシさんじゃないか、ごきげんよう!」とか言えたらカッコいいんだろうけどそうはいかない。なんたって対人経験値が足りない。

 おっかしいなぁクラップロイドとして仮面を被ってる時はあんなに喋れるのに……と思っていると、その様子を不思議に思ったのか、カモハシさんはふわふわと首を傾げ、ふわふわと語り掛けてくる。

「あのねぇ、次の移動教室って私と堂本くんが英語のペアだったでしょ~? だからねえ、帰ってこないのかと思って不安だったんだぁ」
「あ、ご、ごめ……なさい……」
「ん~ん、怒ってないよぉ。でもねえ、おトイレにしては長かったなって……」
「あ、いや~それはですね、違うんですよ。実は下痢っぽくて保健室に行ってて、それでちょっと休ませてもらってたというか……」


 哀れなり俺……どうしてこう言い訳というか、嘘はスラスラ喋れるんだ。これくらいできるなら普通の会話も流暢にこなせるはずなんだけどなぁ。

 カモハシさんは相変わらずふわふわと首をかしげて俺を見ていたが、やがてうんうん頷くと、何事か勝手に納得したようだ。

「そっかぁ、分かった。じゃあ行こうよぉ、今日の発表の打ち合わせしながら」
「あ、はい、了解ですゅ……」

 学校生活との両立が危ういなぁ……と思いながら本日最後の授業へ向かう。廊下を歩いていると、元々孤独だった学校生活に、まるで取り残されているかのような感覚を覚えてしまう。ほんと、授業すらまともに聞けなくなったら学生として終わりだわコレ……。





 はい。案の定打ち合わせ不足でカモハシさんに迷惑をかけてしまいました。わたわたする彼女、わたわたする俺、わちゃわちゃになる発表。悲しい。

 まあいつも通り、本日最後の授業中もさんざん後頭部に消しカスをぶつけられたり向う脛やら蹴られまくり。発表中も茶々を入れられまくるし、席に帰る途中で足は引っかけられるし……。

 女子グループのいじめは苛烈だ……英語の時間中、俺の隣にいるカモハシさんは何も気づいていないけどな! 「すっごく構われるんだね~」とか能天気かよ! 俺の弁慶はもう痣まみれだよ! 後頭部は消しカスまみれだよ! でも放課後呼び出されてないだけまだマシですね。


 放課後に体育館裏へ呼び出されたらそれはもう悲惨だ。複数の女子に取り囲まれてすごい蹴られる。いやまぁ、分かるよ、俺だってこんな奴が居たら蹴りたいもん。

 ともかく、今日は無事に終われそうだ! 良かった良かった、1日ハッピーエンドだな! と帰りのホームルームをやり過ごそうとしていると、机の中から見覚えのないメモが出てきた。『放課後 体育館裏』とだけ書いてある。

 油をさしていない機械じみて、ギギギ……と首を巡らせる。すると、超不機嫌そうな女生徒と目が合った。女子いじめグループのリーダー格、鬼城 灯だ。彼女は俺が自分を見たのに気づくと、恐ろしくゴチャゴチャした怒りを宿す目を細める。

 つまりこうだ。鬼城にとって、俺はイライラすることがあった時の八つ当たり人形。そして今日、鬼城は虫の居所が悪いらしいのだ。彼女の周囲の席では、取り巻きの女子たちがクスクス笑って俺を見ている。

 これは困った。放課後は生物改造事件の調査をしようと思っていたのだが、これでは無理だ。俺は帰宅部だからそこまで長く学校にとどまらなくていいのが利点なのに、これではそれが活かせない。


 教卓では、イコマ先生が連絡事項を述べている。彼女は俺のいじめについて快く思っておらず、目に入る範囲のいじめならば即座に止めに来る。が、逆に言えば、目に入らないいじめに対しては無力だ。やはりそう簡単には人の悪意は根絶できないという事だろう。


(ご主人様、ブッチするべきです)
「……それをやったら明日は俺の四肢が一個失われちまうよ」
(そろそろやり返すべき時です。私の堪忍袋が噴火寸前です)
「いや、お前怖すぎるからな」


 まあ正直、クラップロイドとして受けた身体ダメージをいじめの傷として隠せるようになるため、事件直後のこういった呼び出しはありがたい。存分に殴る蹴るされるとしよう。ホームルームが終わった俺は、立ち上がり、大きく深呼吸して体育館裏へ向かっていった。




「このっ、クソッ、死ねッ」
「……っ、……」


 今日はいつもより三倍くらいねちっこく脇腹を蹴られています。堂本です。芋虫じみて丸まった俺は、数人の女子に取り囲まれ、サッカーボールのように扱われている。俺は犯罪者に殴られるイメージを広げ、いじめられついでに体のダメージを散らす訓練を行う。

「クソッ、オヤジもババアもウザいし、あの新しい担任もうぜえ……! お前が悪いんだろ、クソッ!」

 鬼城は俺には知り得ない怒りを燃やし、俺の脇腹を踏みつけてくる。正直殺す気だろってレベルの力で踏んでくるのでコイツの一撃は一番訓練になる。他の女子は、まあ、鬼城のノリに合わせてるヤツとか、遊んでるヤツとか。たまに金的を蹴るのはやめてほしい。

「う、うぶっ……」
「きったねえな! クソが!」

 とりあえず効いてるアピールのために空気を吐くリアクションをすると、そのまま顎を蹴り上げられた。今のはすくい上げる打撃のサンプルとして良い。次にアッパーを打たれた時に躱せるかもしれない。

「ねえー、アカリー、そいつ死んじゃうって」
「は? うっせえ、死ねばいいだろこんな奴!」

 めっちゃ辛辣すぎる。いやまあ、気持ちはわからんでもないけどさ……俺もこんな奴が居たら死ねよって思いそうだけどさ……。

 後頭部を思い切り踏まれ、地面に鼻から突っ込む。今のは効いた。首の筋肉をもう少し鍛えておかなければ、実戦では脳震盪で戦えなくなっていただろう。

 女子たちは甲高い笑い声を発している。……そこへ、俺の聴覚にノイズが走った。

「!!」
(……ザザッ、こちらアワナミ3番通り南……昼間のものに酷似した怪物が出現、今回は空を飛ぶタイプの模様……応援を願います、速すぎて捉え切れない!)

 警察無線だ。俺は思わず顔を上げ、視界を明瞭にするために頭を振る。視界に浮かび上がるのは、この学校からアワナミ3番通り南までの最短ルートだ。

(ご主人様、事件です。行くしかありません)

「……っ、な……」

 驚いた声を発するのは鬼城だ。それまでやられっぱなしだった俺が急に頭を上げたのだから、まあ当然の反応ではある。

 が、彼女はそれが気に入らなかったのか、瞬時に怒りを燃やすと、大声で叫ぶ。


「ナマイキなんだよ、クソが!!」


 そのまま俺の顔面めがけてサッカーボールキックを叩き込もうとしてくる。が、俺はそれを掌で受け止めると、衝撃を利用してするりと立ち上がる。そして宣言する。

「今日は、用事がある」

 ざわ、と周囲の女子たちがざわめく。俺は呆気にとられているいじめっ子たち、そして鬼城を一瞥すると、そのままくるりと背を向けて鞄を引っ掴み、下駄箱へと走っていった。


「パラサイト、状況を常に俺に伝え続けてくれ。アワナミ3番通りは今の時間帯、人通りはどうなんだ」
(下校中の小中学生などが居り、現場は非常に混乱しているようです。また、数ブロック前から歩行者天国であるため、警察の応援も現場到着まで時間がかかると)
「クソ、急がないとヤバいな……近場で監視カメラの目の届かない箇所を検索してくれ、急いでスーツアップする」
(了解しました。『生物改造事件』ファイルへ、今回の件の記録を始めますか?)
「……ああ、頼む。じゃあ行くぞ」


 靴を履いた俺は、そのままダッシュで校門から飛び出した。

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