クラップロイド

しいたけのこ

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歪んだ生物

生物改造事件

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「じゃあ、どうして李徴は虎になったのかな……堂本くん!」


 うとうとしかけていると、思わぬところで指名された。俺……堂本 貴は背筋を伸ばし、黒板と手元の教科書を見比べる。


「あ、はい。えっと……臆病な自尊心と、尊大な羞恥心のせい……?」
「はい、よくできました」


 教卓の前、ニッコリと笑んでいるのはイコマ先生だ。俺は頬を掻き、教室の隅で欠伸を押し殺す。夏場はクーラーがよく効いており、過ごしやすすぎるのだ。

(眠そうですね、ご主人様)
「……しょうがないだろ、昨日だって夜遅くまでずっと戦ってたんだから……」
(この私に掛かれば、この程度の授業など理解は容易いですが)
「いやみなやつだな……」

 俺は独り、頭の中の声とぶつぶつ会話する。この『声』は周囲には聞こえていない。何故なら、コイツは俺の体内から直接語り掛けているからだ。



 説明する必要があるだろう。俺はある日、クラリス・コーポレーションという企業の社会科見学中に、テログループ『スコーピオンズ』の襲撃を目の当たりにした。そこで同級生が巻き込まれたのを見過ごせず、安い正義感で突撃したら……

 なんと、クラリス・コーポレーション社製の『パラサイト』なる化け物が、俺の体内に潜り込んだのだ。寄生された俺のパワーは増幅、ついでにアーマーも手に入れてテロリスト相手に無双した俺は、調子に乗ってさまざまな事件を解決。

 そして大事な人を失った。その人の名はシマヨシさん。クラリス・コーポレーションの研究員だった男だ。世界の良心を集めて煮詰めたような人だったが、俺の力不足で死なせてしまった。


 そこから筋肉停職警官であるテツマキさんの力を借り、火事から救った親子の力も借り、スコーピオンズの武器輸出と野望を止めた。だが、テログループのリーダーだったコラプターは、その最期の寸前に、気になる言葉を遺していた。

『クラリス・コーポレーションは、真っ黒だぜ……果たして、お前に止められるかなァ?』


「……」


 確かに、あの事件を解決しようと動いている最中、気になる点はいくつかあった。一介の地下組織であるスコーピオンズは、どうやって大量の武器を入手したのか。あの武器はどれも、製造中止に追い込まれた非人道的兵器のハズだった。

 また、何故それらが使用可能な状態でメンテナンスされていたのか。この二つを併せて考えると、どう考えても、クラリス・コーポレーションがある程度スコーピオンズに手を貸していた事になる。

 だが、もしそうだとしても、肝心の証拠がない。動機も分からない。情報源であるテログループのリーダーは死んでしまったし、アレ以来警察もだんまりだ。かつて共に戦った警官、テツマキさんは不服そうにしていたが。



 物思いにふける俺の後頭部に、何かがぶち当たった。頭をさすって振り向くと、後ろの席の女子たちがニヤニヤと俺を見ている。床に落ちてはねかえるのは消しゴムである。

 いつものだ。俺は溜息を吐き、視線を前に戻す。このクラスの女子グループはどうにも俺を敵視したいらしく、何かにつけてこういう悪戯をしかけてくる。お陰で日々の学校生活は大変なストレスの源だ。

(ご主人様、スーツアップしましょう。あの女子たちに目にものを見せてやるのです)
「お前、そんなに血気盛んだったっけ……?」

 頭の中のパラサイトが物騒な事を言い始める。自制する俺の後頭部に、次々ものがぶつかってくる。よくもまあ弾切れを起こさないものだ。昨日戦った犯罪者はすぐに音を上げたのに、クラスの女子の方が根気がある。


 結局、授業が終わるまで俺の後頭部への集中攻撃は続いていた。





「うへ、きったね」
「ほっとけ」

 昼休みである。弁当を広げていると、インキな友達が俺の周囲の惨状を見て呟く。確かに、消しカスやらノートの屑まみれだ。まあ、俺から出たゴミではないのだが。


 インキな友達は周囲のゴミを払い、椅子を持って来て俺の机に向かう。そして弁当箱を置くと、開いて食い始めた。

 いつもの事だ。俺は昼休み、いつもコイツと弁当を食う。一年の頃から妙にウマが合い、ずっと一緒に居た俺達にいつの間にか付いていたあだ名はインキキッズ。中学の頃、美人の彼女を作ってバラ色の高校生活にしてやるぞ、と意気込んでいた時が懐かしい。

(美少女の脳内同居人が居ますよ)
「……」

 思わず素でキレそうになり、俺は咳払いして誤魔化す。そして弁当を取り出し、俺も食い始めようとし……。

「あ、そうだ。お前さ、クラップロイドって知ってる?」
「……」

 噴き出しそうになり、ギリギリでポーカーフェイスに努める。インキな友達は、俺の沈黙を否定と受け取ったのか、懐から携帯を取り出して画像を見せて来る。

「見てみろよ、コレ。チョーイカすよな、神出鬼没の自警団ヒーローだってさ」

 友達が手に持つ携帯には、銀色のアーマーに身を包んだ不審者のような男の画像が表示されている。

 何を隠そう、これはアーマーを装着した状態の俺だ。他にも沢山の画像があるらしく、インキな友達が画面をスワイプすると、沢山の画像が出て来る。

「……なんか、不審者っぽいよな。動画に映ってるの見たけど、挙動不審っぽくてキモイし」

 心が痛む自虐をぶちかましながら、俺はあくまで興味なさそうなフリをしてご飯を口に運ぶ。

 が、友達はそれが気に入らなかったらしく、むっとして更に画像や動画を探し始めた。

「お前はにわかだから知らないかもしれないけどな、クラップロイドってすげえ流行ってんだぜ? 周りを見ろよ、クラスの馬鹿共がすごい興味深々だろ」


 ……言われて昼休みの教室を見回してみれば、確かに皆の携帯にはクラップロイドの動画やら、写真やら、可愛くデフォルメした絵やら、キーホルダーやら。

 中身はこんなに人気がないのに、外面は大うけしているようだ。少々複雑な気分になりながら、俺は口を開く。

「……一時の波みたいなモンだろ。皆すぐに飽きる」
「んだよ、お前、妙に達観してるな……」

 友達が呆れて来る。俺はそれ以上の言葉を返さず、モグモグと飯を咀嚼し……聴覚にノイズを感じ、固まった。

(『ざざ……こちらアワナミ駅前! 応援を願います、謎の生物が暴れています! バケモノだ、何人もやられてる……!』)
「……」
(ご主人様、今の警察無線をお聞きになりましたか? アワナミ駅前で謎の生命体が暴れています。鎮圧に行きましょう)
「……悪い、ちょっと外す」

 言いながら立ち上がり、俺は既に精神を戦闘モードに切り替えている。そんな俺の様子を見、友達は面食らっている。

「お、おい、何処行くんだ? もう昼休み終わっちまうぞ?」
「イコマ先生に午後は休むって伝えといてくれ。悪い、『外せない用事』で伝わると思うから」
「おいおい、外せない用事って……おい!」

 駆け出す俺の背後から、声が追いかけて来る。俺は振り向かず、教室から勢いよく飛び出した。

 と、教室の前で誰かにぶつかりそうになり、俺は急停止した。『その人』は、勢いの良い俺を見、ふわりと笑みを浮かべる。

「急いでるねぇ、どこいくの?」
「あ、え、えっと……」

 同級生のカモハシさんだ。彼女は耳元で切りそろえられた茶髪をふわふわと風に漂わせ、ふわふわと俺に尋ねて来る。

「ちょ、ちょっとその、トイレに……」
「そうなの~? でもね、もう授業始まっちゃうから、センセに言ってからの方が良いと思うんだぁ」

 率直に言うと、俺はカモハシさんが苦手だった。何故かというと、この間延びした喋り方! ふわふわしてつかみどころのない感じ! 何か言えばあっちのペースに引き込まれる!

「あの、マジでごめん、漏れるから。じゃあ」
「あ、待ってよぉ」
「ごめんな!」

 適当なところで会話を切り上げ、俺は廊下を全力疾走で走り出す。後ろからまだ視線を感じたが、俺はそれに構わず、下駄箱で靴を履き替え、裏門から道路へと飛び出した。




 アワナミ駅前はひどいありさまだった。バスの横っ腹に突っ込んだ車から黒煙が立ち上り、玉突き事故を起こした車列には気絶した人が乗っている。

通りは逃げまどう人々の悲鳴、警察たちの鎮静化を呼び掛ける怒号がごった返す。数台のパトカーが人の波をかき分けて進む先では、平日にも関わらず多くの人々が訪れていたアワナミ駅の改札口がある。

 その騒動の、中心。ひときわ大きな悲鳴が上がるその場所では、巨大な……人、と思しき何かが、暴れまわっていた。

「ヴォオオオオオオオオ!! ころ、ころっ、殺してっ、や、やる……!!」

 黄色い眼光をギラつかせながら吼える『それ』は、口から二股に裂けた舌をチロチロと覗かせ、全身を青いウロコで覆った、醜く巨大な人型の怪物だった。その体は、2メートルを優に越している。

 彼の周囲では、すでに数人の警官が倒れている。警官だけではなく、市民もだ。その無残なありさまから、ここで起きた凄惨な暴力を想像するのは容易だろう。

「ぐ、ググ、グ……!!」

 彼は笑うように体を震わせると、手近に転んでいたサラリーマン風の男を引っ掴み、その頭を一口で食べようと耳まで裂けた口を開く。


 が、そこへぞろぞろと足音が響いた。それはライオットシールドを構えた警官隊だ。彼らは皆一様に緊張した面持ちで警棒を握り、さすまたを構えている。

 ウロコの男は瞬時にサラリーマンへの興味を失い、放り捨てて吼える。それを見ながら、ひとりの警官が拡声器を片手に歩いてきた。

『そこのお前! 名前は!』

 気の強そうな女性だ。ウロコの男は何も答えず、ぎらつく瞳でじっと女性を睨みつける。睨まれた女性警官は肩をすくめ、諦めずに呼びかける。

『私は鉄巻 雪という! ずいぶん暴れてるが、何か理由でもあるのか!』
「……国家の、犬、共……ググググギギギギギィ……!!」
『そーいうタイプか』

 テツマキと名乗った女性は早々に対話を切り上げ、ウロコ男を包囲した警官隊にサインを飛ばす。


 包囲網がじりりと狭まり、構えられたさすまたがバチリと帯電する。

 ウロコ男は我関せずとばかりに吼え、包囲網の中で最も怯えている警官目がけて突進した! ドシリドシリと床が震え、山のような巨体が迫る!


 怯える警官が跳ね飛ばされ、いともたやすく陣形が崩されかかる! が、

「乱れるな! 盾、出ろ!」

 テツマキが力強く叫ぶと、シールドを持った警官が一列に並び、暴れる男に対して即席の壁を作る!


「前進しつつ電撃で弱らせろ! ペイントボール用意!」

 じりじりと盾が前進し、その頭上から長い柄のさすまたが突き出され、電撃の火花を散らす。威圧的な現代版ファランクスだ。


 しかしウロコ男はこれを鼻で笑い、倒れていた警官ひとりの体を掴むと、思い切り盾の壁めがけて放った。


 互いに密着して完成していたファランクスは、それゆえに一点への衝撃を加えられると弱く、ドミノじみて崩壊が波及する。崩れそうになったそこへ、すかさずウロコの巨躯がタックルを仕掛ける。


 大の大人が次々とはね飛ばされ、テツマキのすぐ眼前までウロコ男が迫る。


 彼女は咄嗟に警戒し、警棒を抜いて打ち振り、伸ばす……応戦が間に合わない……巨体が、テツマキに、直撃しようと……


 直撃しようとした瞬間、風のように銀色の存在が割って入った。どんな強固な盾よりも頑丈に、何人の警官隊よりも力強いその存在は、巨体を受け止め、後ろを振り返った。

『無事っスか!』
「……クラップロイド。来たのか、お前」





 ……非常に気まずい。気まずすぎる。怪物の拳を受け止めている状況だが、俺は場違いな冷や汗をかいていた。


 実は俺は、前のスコーピオンズの事件の調査をしていた時、テツマキさんと『この件が終わったらクラップロイドをやめて普通の市民に戻る』という約束をしていたのだ。ぶっちゃけるとあの時点で約束を守る気はなかった。


 そしてあの事件を解決して以降、できるだけテツマキさんと出会わないように、目立たないように、犯罪を抑制・解決してきたのだが……今日こんな風に出会ってしまうとは。


「…………」
『……』


 きまずい。何か話題を振らなきゃな、と思った次の瞬間、俺は横面を殴られて吹き飛んだ。


「グオオオオオオオオオルッ、く、クラップ、ロイド……!!」


 あの蛇人間の化け物の拳に打たれたのだ。俺は数度地面でバウンドし、転がって衝撃を流して立ち直る。

 テツマキさんはそんな俺を見てため息を吐くと、警棒を伸ばし切り、構えた。


「お前に言いたいことはいくつかある。だが、まずはコイツを片付けるぞ」
『了解っす』

「貴様、ググ、貴様のせいで、我が社は……!」


 聞き取りづらい恨み言を吐きながら、蛇人間は怒りに牙をむきだす。


 俺は膝立ちの姿勢から一気に駆け出し、その腹部目がけてタックルを仕掛ける!


 蛇人間はそれを受け止め、数メートル後ずさる。が、踏ん張りが強く、俺の突進の勢いはやがて止まった。

 顔を上げると、蛇人間の憎しみに燃える瞳が俺をとらえる。改めて巨大な相手だ。しかも……


(ご注意ください、ご主人様。この敵は何かしらのドーピングをしていると思われます)


 パラサイトの分析結果が視界に表示される。蛇人間の体内の血流を観測した結果、異常な数値が検出されたのだ。心拍数も上がっており、その全身の筋肉はめちゃくちゃな膨張をしていると分かる。


『そこまでする意味はあるのかよ、お前……死んじまうぞ、そんな無茶なドーピングは』
「グググ、俺は、強くなったぞ。クラップ、ロイド……お前よりも遥かにな!」


 丸太じみた腕ですくい上げるようにアッパーを食らい、衝撃の中できりもみ回転して吹き飛ばされる。


 俺が地面に墜落するのと、テツマキさんが警棒で相手に殴りかかるのはほぼ同時だった。


 蛇人間は哄笑しながら雑なパンチを繰り出す。
 が、テツマキさんは瞬時にこれを見切り、警棒で叩いて腕を逸らさせる。そして首元目がけて警棒の一撃を食らわせた。


「ッぐ……!?」


 蛇人間はたじろぎ、一歩後退する。


 テツマキさんはさらに一歩踏み込み、惚れ惚れするような鋭さのパンチを敵の喉へ叩き込む。


「ごえっ、貴様ァ!!」


 ここまで食らい、さすがの蛇人間も怒りを覚えたのか、大きく口を開く。


 その喉奥から溢れるのは、毒々しい瘴気を放つ緑色の液体だ! 触れればただでは済まないとひと目でわかる!


 がそこへ俺が割って入る! 倒れていた警官のライオットシールドをひったくり、この液体を受け止める!


 粘性の高い液体はべったりと盾の表面にへばりつき、ボコボコと不吉に泡立っている。


『きったね、なんだコレ……』
(これは毒です。……解析結果は蛇の毒に近いですが、自然界にこのような毒を持った種は居ません)
『毒!? 人間じゃないのか、コイツ……』

「合わせろクラップロイド!」


 脇からテツマキさんが走り抜け、蛇人間めがけて警棒を振りぬく。怪物はそれを掌で受け止め、へし折ろうと力をこめる。


 だがその寸前、盾を投げ捨てた俺が、怪物の肘関節へ手刀を叩き込む。


 痛みに吼え、怪物が警棒を手放す。そして俺を見る。憎しみに燃える瞳が、俺を射抜く。


 一瞬恐怖しそうになった体に鞭打ち、俺はさらにパンチを繰り出す。
 蛇人間はその拳を受け流し、意外にもテクニカルな動きで反撃のショートフックを叩き込もうとしてくる。


 その拳へ、テツマキさんが警棒を叩きつける。衝撃が相殺され、パァン、と乾いた音が鳴り響く。


 俺は体をかがめ、半円を描く足払いを繰り出す。

 蛇人間は跳躍し、俺の顎を蹴り上げる。俺は衝撃にのけぞり、よろめいて後ずさる。



 が、そこで気付く。怪物の膂力が弱まりつつある。それに比例するかの如く、蛇人間の動きは、怪物じみたものから、人間のように理性あるものへと戻ってゆく。


 相手もそれに気づいたようで、小さく舌打ちすると、懐から何かを取り出した。それは……透明な液体が入った、注射器である。


 相手が怪しげな薬品を首筋に注入しようとするのを、テツマキさんが猛連撃で阻止しにかかる。蛇男は苛立たしげな唸り声を上げ、素早く後退しつつ攻撃をさばいてゆく。


 俺は頭を抑え、脳に食らった衝撃をこらえて立ち上がる。そして相手の視界に入らないように迂回し、蛇人間に後ろから飛び掛かった。


『オラッ!!』
「でかした!」

 背後から組み付き、蛇男の首に腕を回して思い切り締め上げる。サイズもどんどん縮んでいるようで、暴れて抵抗する力も弱くなっている。

 テツマキさんはその隙に男の腹に警棒で一撃加え、彼が落とした注射器を取り上げる。男はまだ抵抗するが、もはやロイドモード時の俺の敵ではないレベルまでに力を失っており、そのまま手を捻り上げ、簡単に地面へ抑えつけられた。

『確保! 確保っスよ、手錠お願いします!』
「よしよしよし! でかしたぞ!!」


 テツマキさんが素早く銀色の手錠を取り出し、暴れていた男の両手を拘束する。男はもはやぐったりとしており、白目をむいて倒れている。気絶しているようだ。


『はー、終わった終わった……』
「ああ、まったく疲れる事件ばかり起こるな……」



 遠くから近づいてくる救急車と警察、消防のサイレンを聞きながら、しばし駅前でテツマキさんとぐったりする時間が流れた。


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