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サソリの毒
焦土へのカウントダウン
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「今のパワードスーツ駆動の限界時間は?」
(25CCエンジンを取り込んだ事により、以前の15分から、20分への拡張が為されました。パワーも向上し、スピードも増しています)
「15分から20分に……たった5分の拡張か。今のうちに他のエンジンを取り込んでも良いか?」
(まだ体がこのエンジンに慣れ切っていません。危険です)
自分の身体ながら、なかなか難しいシステムのようだ。俺は椅子に座り、コツコツとボールペンで机をたたく。
「……あのショック・グローブの衝撃、かなりのものだった」
まだ鈍い痛みが腹部に残っている。治癒しつつあるが、アレは当たり所が悪ければ一発で殺されていた。たまたま、ギリギリで急所を逸れただけだ。
(確かに、あの一撃は危険でした。それに、クズハという暗殺者)
「……」
ちく、たく、ちく、たく。机の上の時計が鳴る。俺は自分の身体の特徴を書いたノートを見つめ、最適な戦闘方法を考え続ける。
「……痛いのは嫌なんだけどなぁ」
(皆嫌だと思います。ですが、それに耐えられるとすれば、ご主人様だけでしょう)
「……覚悟を決めるしかない、か」
俺は最終的な戦闘スタイルの結論に溜め息を吐き、ペンを置く。もう少し技術があれば幅広いスタイルで戦えるかもしれないが、今の段階ではそれは不可能だ。これしかない。
「そもそも、俺の出る幕は無いだろうけど」
(それはどうでしょうか。スコーピオンズの解体にあたって、抵抗が無いとは思えません。犠牲を最小限に抑えるためには、ご主人様の協力が不可欠と思われます)
「……どうかな」
どうなるものか。そもそも、ここからの動きは警察の判断次第……
と、そこで俺の携帯が震えた。メールだ。端末を開くと、件名が目に入った。
『件名:すまない』
嫌な予感しかしない。急いで内容を見ると、案の定な内容が書かれていた。
『あの写真は証拠としては不十分と言われた。国の根幹に関わる案件。私のような調査員は奴らにとって邪魔らしい。
まともな文章が書けそうにない。今日は寝る。明日連絡する。すまない 鉄巻 雪より』
……文章からはサッパリ状況が掴めないが、ともかく、俺達が今日頑張って手に入れた証拠写真は使えないという事らしい。俺は眉間を抑え、テツマキさんのメールに返信しようとし、少し迷い、短い文章だけ打ち込んだ。
『なら俺達だけでやりましょう 絶対に負けません』
そのメールだけ送信する。誰の助けも無いというのはかなり苦しい展開だが、それでも何もしないというのは間違っている。何より、シマヨシさんの仇だ。
今日のところは俺も寝ようとベッドに寝転ぶと、携帯が震えた。メールの返信が来たのだ。開くと、一文だけ打たれていた。
『ありがとう』
律儀な人だ。俺は携帯を仕舞うと、目を瞑り、電気を消し、数秒後に眠りに落ちた。
◆
「信じられん」
次の日の朝である。マンションを尋ねた俺を、仏頂面のテツマキさんが出迎えてくれた。
彼女の目の周りは赤く腫れている。いつも通りラフな格好だったが、服の様相は荒れ果ててしまっていた。
「信じられん」
繰り返し呟きながら、彼女はダンベルをせわしなく上げ下げしている。それが彼女にとってのルーチンワークらしく、ダンベルの次はサンドバッグに蹴りを叩き込む。俺はあまりの落ち着きの無さに我慢できず、少しだけ声を掛ける。
「テツマキさん、そんなに苛立たなくても……」
「苛立つなと? これが落ち着いていられるものか! とどのつまり、これは警察の、自衛隊の能力の欠如だ! まるで……まるで、犯罪者を目の前で悠々と泳がせる行為そのままじゃないか!」
激しく叫び、直後にテツマキさんは自分の言葉に傷付いたかのように唸ってうなだれ、サンドバッグに額を預ける。そして細い声で謝罪する。
「……すまん、お前に当たっても仕方ない事だ」
「いや、……すみません、俺も」
「だが、分かって欲しいんだ。私は正義に憧れて……これじゃ、まるで正義の死んだ世界だ」
泣きそうな声を出されると、俺も気まずくなってしまう。テツマキさんは鼻をすすり、目元を拳で拭うと、サンドバッグ目掛けてその拳を叩き付ける。
「……人が死ぬのが見過ごされて、解決の糸口すらも叩き潰されて、そんなものは認められない。良いか、言いたくはないが、恐らく警察の上層部にもスコーピオンズのシンパが居る」
「……まさか」
「私だって信じたくはない。だが、そう考えれば辻褄は合う。アレだけの証拠が認められない事など、まずない」
言いながら、テツマキさんは悔しそうにサンドバッグにフックを叩き込む。拳を受けたサンドバッグが揺れ、軋む。
「……けど、諦めないんすよね?」
「……当然だ。事がここまでになった以上、我々……いや、私がどうにかする」
「テツマキさん」
「お前は来るな。援軍は望めない。……正直、自殺に等しいんだよ」
「スコーピオンズは俺の敵です。それに、恩のある人を助けすらしなくなったら、俺は生きていても仕方ない」
「……お前はもっと冷静な男だと思っていたよ」
失望したような口調に反し、テツマキさんの口元には笑みが浮かんでいる。俺は顔を逸らし、頬を掻いて……大事な事を思い出した。
「そうだ、テツマキさん。昨日の、あの巻物」
「? あぁ、そんなものもあったな。何か分かったのか?」
「アレ、QRコードだったんすけど……『フェスティバル キケン』って書いてありました」
「フェスティバル 危険? ……分からんな、誰からの警告だ?」
「……それも分からないっす」
俺の言葉に、テツマキさんは腕を組んで唸る。彼女はしばらく唸っていたが、やがて溜め息を吐き、口を開いた。
「……文字通りの意味なら、今夜のフェスティバルに危険が迫っているな。クラリス・コーポレーションの運営に警告の電話をしてみる」
「……もしかしたら、それがスコーピオンズの狙いかも」
「だが、市民を巻き込むという選択肢はないだろう。無関係な人々をその場から遠ざけられるなら、最善の選択はこれだ」
テツマキさんは携帯を取り出し、番号を打ち込んでから耳にあてがう。俺は色々と不安に思いながらその動作を見ている。
やがて通話が開始された。テツマキさんは社会人としての仮面を被り、丁寧な口調で話し出す。
「もしもし。はい、少し警告したい事が。……はい、警告です。はい。スコーピオンズがお宅のフェスティバルに関してテロ予告を……は? いえ、悪戯ではありません。違います」
徐々に語調が強くなってきた。テツマキさんの眉間にはシワが寄り、怪しくなる雲行きを感じさせる。
「いえ、証拠は……そうですね、確かにそうですが……しかし、危険が迫っており、ちょっと、聞いていますか? もしもし? もしもし!?」
なんだか予定調和じみたリアクションだが、それでも一応結果を聞いてみない事には駄目だ。俺は、怒れる類人猿じみて携帯を投げ捨てるテツマキさんに声を掛ける。
「その、どうでした?」
「どこの組織も! 上に居るヤツは石頭だらけだ!! 悪戯電話扱いされたぞ!!」
「まあ、無理ないっすよ……」
普通はそうなる。だが、こうなっては八方ふさがりだ。フェスティバルの危険を無視できず、港から輸出される武器も無視できない。
「……もしかしたら、これが奴らの目的かも……フェスティバルに目を向けさせて、輸出を邪魔されずに行うっていう」
「……もしかしなくても、ほぼ確実にそうだろうな」
俺が言うと、テツマキさんは眉間を抑えて嘆息する。民衆と、武器輸出のストップ。どちらを優先すべきなのか、俺達には分かりかねていた。
「……フェスティバルに行きましょう」
考えに考え、俺は結論を出した。テツマキさんは苦しげにぎゅっと目を閉じ、そしてこちらを見る。
「悔しいが、奴らの策に乗るしかないな……」
「大丈夫っす。最速でフェスティバルの安全を確保してから、輸出を止めればいい話なんで」
「……大口を叩く男だな」
あきれ顔になり、テツマキさんが苦笑する。だが俺は冗談のつもりは微塵もなかった。どれも完璧にこなせば、犠牲者は少なく済む。なら、こうするしかない。
「それじゃあ少しでも準備をしないとな。フェスティバルの開始は夜の7時だったか」
「はい。準備?」
「戦闘準備だ」
冷蔵庫から怪しげな球体と手袋を取り出し、テツマキさんはニヤリと笑った。
◆
夜空に満天の星がきらめき、ライトアップされたステージの光がきらめく。タイマー設定された花火が定刻で打ち上げられ、空に輝きを添える。
臨海のアワナミ公園である。凄まじい量の人々の楽しげな声が響く。
『もしもし、こちらテツマキ。異常はあるか?』
「もしもし、テツマキさん。こちらは特にありません、どうぞ」
『そうか。こちらにも異常はない。視認できる範囲が限られているというのが本音だが』
人混みの中を歩きながら、俺は手の中の携帯に報告する。そろそろ充電が気になり始めたが、まだフェスティバルに異常は見受けられない。
まるで縁日のように、出店が沢山出張って来ている。ステージでは超有名バンド『ありげいたー』がヒットシングルを奏でている。
『フェスティバル本来の警備も居る。そちらはあまり警戒しすぎないようにな』
「了解っす」
俺はチラとステージ端に控えた黒服たちを見る。彼らはそれぞれインカムを耳に装着し、一定時間ごとに互いに連絡を取り合っているようだ。
『それにしても、相変わらずのバカ騒ぎだな……お前も、浮かれるなよ』
「俺はこういうの苦手なんすよ……」
『それは何よりだ。……全く、さっきからナンパされて鬱陶しい……!』
「モテると大変っすね……」
「あれ? 堂本くん?」
脱力するようなやり取りを続けていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。昨日も聞いた声だ。
ぎょっとして振り向くと、浴衣を着たイコマ先生が立っていた。長い茶髪をかんざしでまとめ、薄紅色の帯がよく似合っている。思わず綺麗なうなじに視線が吸い込まれそうになり、俺はさっと目を逸らす。
「あ、え、えっと……こんばんは、イコマ先生」
「こんばんは! 奇遇だね?」
『もしもし? クラップロイd』
思いっきり不都合な事を暴露されそうになり、俺は瞬時に携帯の電源を切る。イコマ先生は不思議そうに俺が持った携帯を見、ハッと口を抑える。
俺はその瞬間、先生の手に貼られた湿布に気付く。火傷の痕も見える。まだ、彼女の火事の傷はいえていないのだ。当然だが。
「ごめん、誰かと通話中だった?」
「ああああー、いえ、別にそのそんな事はないっすけど……」
「んん? でも、クラップロイドが何とかって……」
「あ、あの、オタクトークってヤツだったんです。俺、クラップロイドの大ファンなんで……!!」
苦しい言い訳だが、俺の素行が説得力を持たせてくれるだろう。イコマ先生は納得したようにうなずき、くすくすと笑みを浮かべる。
「そっか。クラップロイド、好きなんだね」
「あ、は、はい。カッコいいっすよね、あのアーマーとか……」
(そうでしょう。渾身のデザインです)
うるさい脳内同居者を無視し、何とか誤魔化せそうな流れを作り出す。イコマ先生は柔らかい表情のまま、俺を見詰めて口を開く。
「分かるよ、カッコいいもんね。……でも、危ないところまで真似して欲しくないけど」
「……はい、それは、もう勿論っすよ」
思いっきり視線を泳がせながら、大嘘をつく。クラップロイドは俺だし、何なら今までより危ない事をしようとしている。フェスティバルの安全を確保した後は、スコーピオンズの武器輸出を止めなければならないのだ。
イコマ先生は俺の様子を見て、少し眉をひそめる。俺は自分の嘘の下手さを呪いながら目を逸らす。
「……ホントに駄目だよ、危ない事は。私、生徒の中でも堂本くんが一番心配だよ」
「……すみません」
どうにも、大人相手の嘘というのはうまくいかない。ここで話を終わらせるべく強引に打ち切りムードを……
作ろうとしたところで、ステージで悲鳴が上がった。黒服の警備員が倒れこみ、バンド『ありげいたー』のメンバーたちが頭を抱えて伏せている。
そして、ステージになだれ込んで来る武装した覆面たち。俺は瞬時に悟った。スコーピオンズの作戦が始動したのだ。
周囲では、逃げだす人、まだ状況を理解出来ていない人、祭りの催しだと思って逃げない人が居る。
「えー、これフェスティバルの出し物の一環でしょ? なんで逃げてる人いるの?」
「あはは、すごく気合い入ってるね。今年は」
「オラァ、全員ぶっ殺してやる!!」
覆面達が銃口を客たちへと向け、発砲する。弾丸が一人を撃ち抜き、地面へ倒れさせたところで、ようやく皆がこの異常性に気付き始めた。
「お、おい、なんかやばくない?」
「血、出てるよね?」
「や、やりすぎじゃ……」
「もしもし、テツマキさん! 状況は!?」
『ええいっ、アレは祭りのイベントではない! スコーピオンズだ! クラップロイド、行けるか!?』
「行きます!」
俺はパニックがふつふつと沸き起こりかける会場に突入しようとし、手首を掴まれた。振り向くと、心配と驚愕がないまぜになった表情の先生が俺を見ている。
「何処に行くの、堂本くん!? 逃げないと!」
「……すみません、先生!! パラサイト、スーツアップ!!」
(了解、スーツアップ)
俺の全身が瞬時に銀の装甲で包まれる。先生は掴んでいた手を放し、目を見開いて後退る。
「う、そ……どう、もと、くん?」
『……すみません』
他に言うべき言葉が見つからず、俺は先生を残し、会場内を駆け抜けて行く。俺を見た他の人々がぎょっと止まり、発生しかけたパニックが硬直してゆく。
『テツマキさん、もしもし。煙幕頼みます』
『頼まれた!』
手の中の携帯に言うと、勢いの良いテツマキさんの返事が返って来た。駆ける俺の視界に、ステージの陰から球体を投げるテツマキさんが入る。
そして、球体がステージに叩き付けられ、煙幕が広がった。テツマキさん特性、粘性煙幕玉だ。俺はこの煙に乗じ、ステージへと突入する。
一人をステージへと叩き伏せ、辺りを見回す。
『パラサイト、熱源探知モード!』
(了解、熱源探知の視界に切り替えます)
俺の視界の色が移り変わり、武装した赤い熱の塊が映る。俺はそれに飛び掛かり、次々に殴り倒してゆく。
徐々に煙が晴れて行く。俺は拳を構え、辺りを警戒する。いつの間にかサーモグラフィーゴーグルを着用したテツマキさんも俺の背後で警戒している。
『やりましたかね……』
「油断するな。この程度で終わるなら、陽動にもならんだろう……」
テツマキさんの言葉の直後、ドタドタという足音がステージの裏から響き始める。数秒後、覆面の男達が更に追加で出現した。全員武装しており、中には青いオーラを放つ武器もある。
『クラリス・コーポレーションの武器っす。激戦になりますよ』
「避難誘導がうまくいってないようだ。私がやる、制圧を頼めるか」
『勿論オッケーっす……』
「ところがどっこい、そううまくはいかんのじゃよ」
頭上から、声。俺は瞬時に判断し、振り向いてテツマキさんを突き飛ばす。そしてバックステップする。テツマキさんが尻もちをつく。
直後、ステージの上からするりと影が落ちて来た。彼女は着地し、顔の上半分を覆う狐面で俺を見る。
「おうおう、あの敗北から立ち直るとは……根性だけは一丁前じゃのう、小僧」
『クズハ……!!』
クラリス・コーポレーション本社ビルで俺を叩きのめした暗殺者、クズハだ。彼女は舌なめずりし、ぬるりと立ち上がって優雅に構える。
スコーピオンズは展開し、武器を構えて会場の包囲を始める。が、俺は目の前の強大な敵から目を逸らせない。
『……テツマキさん、会場頼めますか』
「……ああ、だが、お前は」
『コイツは俺一人でやります。平気っす』
「あははは、大口を叩くようになったものじゃ」
テツマキさんはそれ以上何も言わず、立ち上がって会場の安全確保に走る。俺は拳を構え、ジリ、と距離を取る。
「……では、その大口に見合う成長があるか。見せてもらうとしようかの」
『嘗めるなよ、狐女。お前の悪行はここまでだ』
「……くっくっく、参るとするか」
クズハが身を屈め、床を蹴った。俺はパンチを思い切り引き絞った。
(25CCエンジンを取り込んだ事により、以前の15分から、20分への拡張が為されました。パワーも向上し、スピードも増しています)
「15分から20分に……たった5分の拡張か。今のうちに他のエンジンを取り込んでも良いか?」
(まだ体がこのエンジンに慣れ切っていません。危険です)
自分の身体ながら、なかなか難しいシステムのようだ。俺は椅子に座り、コツコツとボールペンで机をたたく。
「……あのショック・グローブの衝撃、かなりのものだった」
まだ鈍い痛みが腹部に残っている。治癒しつつあるが、アレは当たり所が悪ければ一発で殺されていた。たまたま、ギリギリで急所を逸れただけだ。
(確かに、あの一撃は危険でした。それに、クズハという暗殺者)
「……」
ちく、たく、ちく、たく。机の上の時計が鳴る。俺は自分の身体の特徴を書いたノートを見つめ、最適な戦闘方法を考え続ける。
「……痛いのは嫌なんだけどなぁ」
(皆嫌だと思います。ですが、それに耐えられるとすれば、ご主人様だけでしょう)
「……覚悟を決めるしかない、か」
俺は最終的な戦闘スタイルの結論に溜め息を吐き、ペンを置く。もう少し技術があれば幅広いスタイルで戦えるかもしれないが、今の段階ではそれは不可能だ。これしかない。
「そもそも、俺の出る幕は無いだろうけど」
(それはどうでしょうか。スコーピオンズの解体にあたって、抵抗が無いとは思えません。犠牲を最小限に抑えるためには、ご主人様の協力が不可欠と思われます)
「……どうかな」
どうなるものか。そもそも、ここからの動きは警察の判断次第……
と、そこで俺の携帯が震えた。メールだ。端末を開くと、件名が目に入った。
『件名:すまない』
嫌な予感しかしない。急いで内容を見ると、案の定な内容が書かれていた。
『あの写真は証拠としては不十分と言われた。国の根幹に関わる案件。私のような調査員は奴らにとって邪魔らしい。
まともな文章が書けそうにない。今日は寝る。明日連絡する。すまない 鉄巻 雪より』
……文章からはサッパリ状況が掴めないが、ともかく、俺達が今日頑張って手に入れた証拠写真は使えないという事らしい。俺は眉間を抑え、テツマキさんのメールに返信しようとし、少し迷い、短い文章だけ打ち込んだ。
『なら俺達だけでやりましょう 絶対に負けません』
そのメールだけ送信する。誰の助けも無いというのはかなり苦しい展開だが、それでも何もしないというのは間違っている。何より、シマヨシさんの仇だ。
今日のところは俺も寝ようとベッドに寝転ぶと、携帯が震えた。メールの返信が来たのだ。開くと、一文だけ打たれていた。
『ありがとう』
律儀な人だ。俺は携帯を仕舞うと、目を瞑り、電気を消し、数秒後に眠りに落ちた。
◆
「信じられん」
次の日の朝である。マンションを尋ねた俺を、仏頂面のテツマキさんが出迎えてくれた。
彼女の目の周りは赤く腫れている。いつも通りラフな格好だったが、服の様相は荒れ果ててしまっていた。
「信じられん」
繰り返し呟きながら、彼女はダンベルをせわしなく上げ下げしている。それが彼女にとってのルーチンワークらしく、ダンベルの次はサンドバッグに蹴りを叩き込む。俺はあまりの落ち着きの無さに我慢できず、少しだけ声を掛ける。
「テツマキさん、そんなに苛立たなくても……」
「苛立つなと? これが落ち着いていられるものか! とどのつまり、これは警察の、自衛隊の能力の欠如だ! まるで……まるで、犯罪者を目の前で悠々と泳がせる行為そのままじゃないか!」
激しく叫び、直後にテツマキさんは自分の言葉に傷付いたかのように唸ってうなだれ、サンドバッグに額を預ける。そして細い声で謝罪する。
「……すまん、お前に当たっても仕方ない事だ」
「いや、……すみません、俺も」
「だが、分かって欲しいんだ。私は正義に憧れて……これじゃ、まるで正義の死んだ世界だ」
泣きそうな声を出されると、俺も気まずくなってしまう。テツマキさんは鼻をすすり、目元を拳で拭うと、サンドバッグ目掛けてその拳を叩き付ける。
「……人が死ぬのが見過ごされて、解決の糸口すらも叩き潰されて、そんなものは認められない。良いか、言いたくはないが、恐らく警察の上層部にもスコーピオンズのシンパが居る」
「……まさか」
「私だって信じたくはない。だが、そう考えれば辻褄は合う。アレだけの証拠が認められない事など、まずない」
言いながら、テツマキさんは悔しそうにサンドバッグにフックを叩き込む。拳を受けたサンドバッグが揺れ、軋む。
「……けど、諦めないんすよね?」
「……当然だ。事がここまでになった以上、我々……いや、私がどうにかする」
「テツマキさん」
「お前は来るな。援軍は望めない。……正直、自殺に等しいんだよ」
「スコーピオンズは俺の敵です。それに、恩のある人を助けすらしなくなったら、俺は生きていても仕方ない」
「……お前はもっと冷静な男だと思っていたよ」
失望したような口調に反し、テツマキさんの口元には笑みが浮かんでいる。俺は顔を逸らし、頬を掻いて……大事な事を思い出した。
「そうだ、テツマキさん。昨日の、あの巻物」
「? あぁ、そんなものもあったな。何か分かったのか?」
「アレ、QRコードだったんすけど……『フェスティバル キケン』って書いてありました」
「フェスティバル 危険? ……分からんな、誰からの警告だ?」
「……それも分からないっす」
俺の言葉に、テツマキさんは腕を組んで唸る。彼女はしばらく唸っていたが、やがて溜め息を吐き、口を開いた。
「……文字通りの意味なら、今夜のフェスティバルに危険が迫っているな。クラリス・コーポレーションの運営に警告の電話をしてみる」
「……もしかしたら、それがスコーピオンズの狙いかも」
「だが、市民を巻き込むという選択肢はないだろう。無関係な人々をその場から遠ざけられるなら、最善の選択はこれだ」
テツマキさんは携帯を取り出し、番号を打ち込んでから耳にあてがう。俺は色々と不安に思いながらその動作を見ている。
やがて通話が開始された。テツマキさんは社会人としての仮面を被り、丁寧な口調で話し出す。
「もしもし。はい、少し警告したい事が。……はい、警告です。はい。スコーピオンズがお宅のフェスティバルに関してテロ予告を……は? いえ、悪戯ではありません。違います」
徐々に語調が強くなってきた。テツマキさんの眉間にはシワが寄り、怪しくなる雲行きを感じさせる。
「いえ、証拠は……そうですね、確かにそうですが……しかし、危険が迫っており、ちょっと、聞いていますか? もしもし? もしもし!?」
なんだか予定調和じみたリアクションだが、それでも一応結果を聞いてみない事には駄目だ。俺は、怒れる類人猿じみて携帯を投げ捨てるテツマキさんに声を掛ける。
「その、どうでした?」
「どこの組織も! 上に居るヤツは石頭だらけだ!! 悪戯電話扱いされたぞ!!」
「まあ、無理ないっすよ……」
普通はそうなる。だが、こうなっては八方ふさがりだ。フェスティバルの危険を無視できず、港から輸出される武器も無視できない。
「……もしかしたら、これが奴らの目的かも……フェスティバルに目を向けさせて、輸出を邪魔されずに行うっていう」
「……もしかしなくても、ほぼ確実にそうだろうな」
俺が言うと、テツマキさんは眉間を抑えて嘆息する。民衆と、武器輸出のストップ。どちらを優先すべきなのか、俺達には分かりかねていた。
「……フェスティバルに行きましょう」
考えに考え、俺は結論を出した。テツマキさんは苦しげにぎゅっと目を閉じ、そしてこちらを見る。
「悔しいが、奴らの策に乗るしかないな……」
「大丈夫っす。最速でフェスティバルの安全を確保してから、輸出を止めればいい話なんで」
「……大口を叩く男だな」
あきれ顔になり、テツマキさんが苦笑する。だが俺は冗談のつもりは微塵もなかった。どれも完璧にこなせば、犠牲者は少なく済む。なら、こうするしかない。
「それじゃあ少しでも準備をしないとな。フェスティバルの開始は夜の7時だったか」
「はい。準備?」
「戦闘準備だ」
冷蔵庫から怪しげな球体と手袋を取り出し、テツマキさんはニヤリと笑った。
◆
夜空に満天の星がきらめき、ライトアップされたステージの光がきらめく。タイマー設定された花火が定刻で打ち上げられ、空に輝きを添える。
臨海のアワナミ公園である。凄まじい量の人々の楽しげな声が響く。
『もしもし、こちらテツマキ。異常はあるか?』
「もしもし、テツマキさん。こちらは特にありません、どうぞ」
『そうか。こちらにも異常はない。視認できる範囲が限られているというのが本音だが』
人混みの中を歩きながら、俺は手の中の携帯に報告する。そろそろ充電が気になり始めたが、まだフェスティバルに異常は見受けられない。
まるで縁日のように、出店が沢山出張って来ている。ステージでは超有名バンド『ありげいたー』がヒットシングルを奏でている。
『フェスティバル本来の警備も居る。そちらはあまり警戒しすぎないようにな』
「了解っす」
俺はチラとステージ端に控えた黒服たちを見る。彼らはそれぞれインカムを耳に装着し、一定時間ごとに互いに連絡を取り合っているようだ。
『それにしても、相変わらずのバカ騒ぎだな……お前も、浮かれるなよ』
「俺はこういうの苦手なんすよ……」
『それは何よりだ。……全く、さっきからナンパされて鬱陶しい……!』
「モテると大変っすね……」
「あれ? 堂本くん?」
脱力するようなやり取りを続けていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。昨日も聞いた声だ。
ぎょっとして振り向くと、浴衣を着たイコマ先生が立っていた。長い茶髪をかんざしでまとめ、薄紅色の帯がよく似合っている。思わず綺麗なうなじに視線が吸い込まれそうになり、俺はさっと目を逸らす。
「あ、え、えっと……こんばんは、イコマ先生」
「こんばんは! 奇遇だね?」
『もしもし? クラップロイd』
思いっきり不都合な事を暴露されそうになり、俺は瞬時に携帯の電源を切る。イコマ先生は不思議そうに俺が持った携帯を見、ハッと口を抑える。
俺はその瞬間、先生の手に貼られた湿布に気付く。火傷の痕も見える。まだ、彼女の火事の傷はいえていないのだ。当然だが。
「ごめん、誰かと通話中だった?」
「ああああー、いえ、別にそのそんな事はないっすけど……」
「んん? でも、クラップロイドが何とかって……」
「あ、あの、オタクトークってヤツだったんです。俺、クラップロイドの大ファンなんで……!!」
苦しい言い訳だが、俺の素行が説得力を持たせてくれるだろう。イコマ先生は納得したようにうなずき、くすくすと笑みを浮かべる。
「そっか。クラップロイド、好きなんだね」
「あ、は、はい。カッコいいっすよね、あのアーマーとか……」
(そうでしょう。渾身のデザインです)
うるさい脳内同居者を無視し、何とか誤魔化せそうな流れを作り出す。イコマ先生は柔らかい表情のまま、俺を見詰めて口を開く。
「分かるよ、カッコいいもんね。……でも、危ないところまで真似して欲しくないけど」
「……はい、それは、もう勿論っすよ」
思いっきり視線を泳がせながら、大嘘をつく。クラップロイドは俺だし、何なら今までより危ない事をしようとしている。フェスティバルの安全を確保した後は、スコーピオンズの武器輸出を止めなければならないのだ。
イコマ先生は俺の様子を見て、少し眉をひそめる。俺は自分の嘘の下手さを呪いながら目を逸らす。
「……ホントに駄目だよ、危ない事は。私、生徒の中でも堂本くんが一番心配だよ」
「……すみません」
どうにも、大人相手の嘘というのはうまくいかない。ここで話を終わらせるべく強引に打ち切りムードを……
作ろうとしたところで、ステージで悲鳴が上がった。黒服の警備員が倒れこみ、バンド『ありげいたー』のメンバーたちが頭を抱えて伏せている。
そして、ステージになだれ込んで来る武装した覆面たち。俺は瞬時に悟った。スコーピオンズの作戦が始動したのだ。
周囲では、逃げだす人、まだ状況を理解出来ていない人、祭りの催しだと思って逃げない人が居る。
「えー、これフェスティバルの出し物の一環でしょ? なんで逃げてる人いるの?」
「あはは、すごく気合い入ってるね。今年は」
「オラァ、全員ぶっ殺してやる!!」
覆面達が銃口を客たちへと向け、発砲する。弾丸が一人を撃ち抜き、地面へ倒れさせたところで、ようやく皆がこの異常性に気付き始めた。
「お、おい、なんかやばくない?」
「血、出てるよね?」
「や、やりすぎじゃ……」
「もしもし、テツマキさん! 状況は!?」
『ええいっ、アレは祭りのイベントではない! スコーピオンズだ! クラップロイド、行けるか!?』
「行きます!」
俺はパニックがふつふつと沸き起こりかける会場に突入しようとし、手首を掴まれた。振り向くと、心配と驚愕がないまぜになった表情の先生が俺を見ている。
「何処に行くの、堂本くん!? 逃げないと!」
「……すみません、先生!! パラサイト、スーツアップ!!」
(了解、スーツアップ)
俺の全身が瞬時に銀の装甲で包まれる。先生は掴んでいた手を放し、目を見開いて後退る。
「う、そ……どう、もと、くん?」
『……すみません』
他に言うべき言葉が見つからず、俺は先生を残し、会場内を駆け抜けて行く。俺を見た他の人々がぎょっと止まり、発生しかけたパニックが硬直してゆく。
『テツマキさん、もしもし。煙幕頼みます』
『頼まれた!』
手の中の携帯に言うと、勢いの良いテツマキさんの返事が返って来た。駆ける俺の視界に、ステージの陰から球体を投げるテツマキさんが入る。
そして、球体がステージに叩き付けられ、煙幕が広がった。テツマキさん特性、粘性煙幕玉だ。俺はこの煙に乗じ、ステージへと突入する。
一人をステージへと叩き伏せ、辺りを見回す。
『パラサイト、熱源探知モード!』
(了解、熱源探知の視界に切り替えます)
俺の視界の色が移り変わり、武装した赤い熱の塊が映る。俺はそれに飛び掛かり、次々に殴り倒してゆく。
徐々に煙が晴れて行く。俺は拳を構え、辺りを警戒する。いつの間にかサーモグラフィーゴーグルを着用したテツマキさんも俺の背後で警戒している。
『やりましたかね……』
「油断するな。この程度で終わるなら、陽動にもならんだろう……」
テツマキさんの言葉の直後、ドタドタという足音がステージの裏から響き始める。数秒後、覆面の男達が更に追加で出現した。全員武装しており、中には青いオーラを放つ武器もある。
『クラリス・コーポレーションの武器っす。激戦になりますよ』
「避難誘導がうまくいってないようだ。私がやる、制圧を頼めるか」
『勿論オッケーっす……』
「ところがどっこい、そううまくはいかんのじゃよ」
頭上から、声。俺は瞬時に判断し、振り向いてテツマキさんを突き飛ばす。そしてバックステップする。テツマキさんが尻もちをつく。
直後、ステージの上からするりと影が落ちて来た。彼女は着地し、顔の上半分を覆う狐面で俺を見る。
「おうおう、あの敗北から立ち直るとは……根性だけは一丁前じゃのう、小僧」
『クズハ……!!』
クラリス・コーポレーション本社ビルで俺を叩きのめした暗殺者、クズハだ。彼女は舌なめずりし、ぬるりと立ち上がって優雅に構える。
スコーピオンズは展開し、武器を構えて会場の包囲を始める。が、俺は目の前の強大な敵から目を逸らせない。
『……テツマキさん、会場頼めますか』
「……ああ、だが、お前は」
『コイツは俺一人でやります。平気っす』
「あははは、大口を叩くようになったものじゃ」
テツマキさんはそれ以上何も言わず、立ち上がって会場の安全確保に走る。俺は拳を構え、ジリ、と距離を取る。
「……では、その大口に見合う成長があるか。見せてもらうとしようかの」
『嘗めるなよ、狐女。お前の悪行はここまでだ』
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クズハが身を屈め、床を蹴った。俺はパンチを思い切り引き絞った。
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