クラップロイド

しいたけのこ

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サソリの毒

証拠収集

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「はあっ、はあっ……!!」


 テツマキさんが集合に指定した時間は夜。それまでまだ時間はある。俺は家の近所の空き地に入り、戦闘の訓練を行っていた。


(では、もう一度シミュレーターを起動します。効率の良い戦いを学んでください)


 頭の中のパラサイトが言うと、俺の周囲にホログラムで作られたチンピラたちが現れる。俺は格闘の構えでじっと息を整える。


 そして、瞬きの後、拳が乱舞する。俺は必死に動きながら、クズハに、コラプターに殴られた時の事を思い出す。

「パラサイト、もっとコイツらの動きのスピードを上げろ!」
(本気ですか)
「本気だ! 殴られた箇所に痛みを発生させろ! 容赦するな!!」

 身体はまだ完治してはいない。だが、それでも、俺は寝て治癒を待つなどできなかった。疑似の衝撃が背中を打ち、俺は地面に叩き伏せられる。

(ご主人様、やはり無茶では)
「無茶でも、なんでも、やらねえと……!!」
(……ご主人様、背負い込みすぎるのは、良くない事です)

 俺は地面に手を突き、顎を上げて必死に起き上がる。しかし、背中に立て続けに痛みが加わり、息を吐いて地面に伸びた。

(疑似痛覚を遮断します)
「駄目だ……続けろ、パラサイト」
(皆の心に応えようというのは、理解出来ます。しかしこれでは)
「じゃあ……じゃあ、お前が代わりに戦えるのか、俺の代わりに!!」

 思わず怒鳴りつける。パラサイトが沈黙する。俺は……自分でも信じられないほどの悲しみと怒りの中で、断続的な痛みをこらえる。

 こうして伏せていると思い出す。シマヨシさんを救えもせず、ただ倒れていただけのあの時を。俺は立たねばならない。今度こそ、誰かにとってのシマヨシさんを、ヒーローを救う為に。


「……すまん、冷静じゃなかった」
(分かっています)
「でも、痛みは止めるな。俺は、きっと、これを刻み込む必要がある。この敗北感を覚えている必要があるんだ」
(人間は、時折ひどく理解しにくいです)
「きっと立ち上がる。だから、こんな時は、『頑張れ』とでも言ってくれ」
(分かりました。……頑張ってください、ご主人様)
「勿論だ……!」


 俺は歯を食いしばり、立ち上がる。ホログラムのチンピラたちが一斉に襲い掛かって来る。拳を構え、もう一度それに向かい合った。





「ようやく来たな」


 俺が指定されたコンビニに来た時、テツマキさんは唐揚げを食べながら待っていた。彼女は部屋着とあまり変わらない、かなりラフな格好で立っていた。

「その恰好、蚊に刺されないんすか」
「三か所噛まれた。お前を待っていた代金として塗り薬をもらう」
「分かりました」
「冗談だ」

 真顔で冗談を言うテツマキさんは、肩の赤い虫刺されを掻いている。とりあえず携帯していた塗り薬を出すと、彼女は少し笑ってそれを受け取る。

「準備が良いな。その調子だと、変装セットも持ってきたか?」
「すみません、今日は持ち合わせが無くて……」
「だろうな。このサングラスとマスクを着けろ。顔を見られるわけにはいかないだろう」

 傍から聞けば完全に怪しい会話だ。俺は正義のためだと自分に言い聞かせ、サングラスとマスクを着用する。

 テツマキさんもマスクを着け、スポーツサングラスをかけた。夕暮れを受け、輝くグラス。かなり様になっている。

「じゃあ行くぞ、堂本」
「はい……え、バイクで行かないんですか?」

 駐車場に止めてあるバイクを素通りするテツマキさんに、俺は思わず声を掛ける。そんな俺を、彼女はあきれ顔で振り返る。

「馬鹿を言うな。バイクから身元を特定されてはたまらない」
「……」

 ラフな格好してるのに、気遣いはこまやかなのだ。ギャップに戸惑いながら、先導する彼女についてゆく。

 街の中、車が飛ぶように行き交う。巻き起こる風を受け、立ち並ぶ店の壁に貼られた広告がざわめく。『クラリス・コーポレーション主催 アワナミ・フェスティバル 明日開催』という気合の入ったチラシが目に入る。

「平和に見えるな。表面上は」

 不意にテツマキさんが口を開く。確かに、暮れなずむ街は日常を刻んでいるように見える。だが、軍人達が人々の往来に混じり、銃火器を持って見張りをしている。警察たちもピリピリと苛立ち、普段より一層目を光らせている。

「市民たちは良い意味でも、悪い意味でも能天気だ。自分達の身に危険が降りかかるまで、恐怖を覚える事などない」
「……」
「……だが、本来はそうあるべきなんだ。その恐怖の防波堤になるために、警察は居る」

 俺はチラリとテツマキさんを見る。彼女の顔はサングラスとマスクで覆われ、殆ど表情をうかがい知る事が出来ない。

「お前に頼る事は、ルール違反だ。……だが、私は考えの固い老人ではない。今こそ、私達のように自由に動ける人材が必要だ」
「自由に?」
「この件に関して、警察は酷く動きが硬い。それほどクラリス・コーポレーションは国にとって重要なインフラで、慎重な対処が必要だという事だろうが、それが致命的なんだ」
「……」

 大人の対応というのはちぐはぐだ。俺達のような非公式の存在が動かなければならないというのは、本来あってはならない事態なのだろう。

 テツマキさんは深いため息を吐き、サングラス越しに青い瞳で俺を見つめる。

「……ああは言ったが、お前のような子供を巻き込むのは、悪いと思っている。我々のふがいなさのせいだ。すまない」
「いえ、自分から首を突っ込んでるだけっすよ……」
「だからこそ、この事件が解決した時には……その時には、もうこれ以上危険な事に関わるのをやめろ。恐怖や理不尽を受け止めるのは、お前の役目ではないんだ」

 夕暮れがサングラスに反射し、テツマキさんの目が見えなくなる。俺は倒れて行くシマヨシさんを思い出し、言葉に詰まる。


 俺が何も言えないで居ると、テツマキさんはゆっくりと口を開いた。


「……人生は、贈り物だ」


 言葉の真意が分からず、俺はテツマキさんを見上げる。テツマキさんは俺を見ず、歩きながら街並みを見詰めている。


「きっとそれは、輝く贈り物だ。だから、自分から暗い場所に行くな。お前の人生を謳歌しろ。恐怖や悲しみに振り回されない、お前の人生を送ってくれ」


 ……ああ、と、納得した。俺はまた、律儀な人に出会ったのだ、と。この人はきっと、皆の人生にそう願っている。だから、謹慎処分なんて受けるくらい、勝手に身体が動いてしまうのだろう。


「……分かりました」
「……ああ」


 テツマキさんは相変わらず街並みを見ながら、俺の頭をくしゃくしゃに撫でた。頭を撫で繰り回されながら、俺は俯く。

 分かった、と返事したものの、俺は事件の後の事を全く考えていなかった。このままクラップロイドとして活動するのか。それとも、パラサイトを摘出し、普通の人間に戻るのか。


「……まあ、そもそも、スコーピオンズを止めなければ事件の後も何もないがな。見えてきたぞ、あの倉庫だ」


 潮風がぶわりと吹き抜ける。俺は暮れなずむ港に目をやり、その倉庫を視認した。外部から中身を確認できないように、完璧に封鎖されている。いかにもといった感じだ。

「どうします」
「まずは偵察だ。周りを歩いて、見張りが居ないかの確認を……」
「いえ、待ってください。それなら俺に任せて下さい。パラサイト」
(了解しました)


 俺の視界の色が次々に切り替わり、エックス線での透視、音波の視覚化、熱源探知の三つを複合した情報が計算され始める。俺の隣では、乗り込もうとしていたテツマキさんが困惑している。

「おい、何をしているんだ……?」
「ここからでもよく見えるんです、身体の特徴っすよ。パラサイト、どうだ?」
(見張りは三名。うち二名は銃器による武装あり)
「三人います。そのうち二人は銃を持ってる」

 俺の報告に、テツマキさんは眉を上げて驚いている。俺は視界に三人の見張りを赤くマーキングし、その手に持つ銃器を分析する。……どうやら、クラリス・コーポレーション社製のヤバそうな武器はない。

「突入しますか」
「……いいや、見つからずに侵入するぞ。見つかれば厄介な事になるからな。さあ、行こう」
「了解。スーツアップだ、スニーキングモード」
(了解)

 直後、俺の身体はダークブルーの甲殻じみた装甲に包まれた。テツマキさんは俺を見、首をひねる。

「気になっていたんだが、その装甲はどうなっているんだ? どこから出ている?」
『……実は俺も気になってました』





「ふぁ~あ……戦争で世界を救うなんて、ボスも大きく出たもんだよなぁ」
「コラプターはイカれてんのさ。そろそろ交代の時間だ、行こうぜ」


 見張りの男達が歩いて行く。その後ろ姿を闇の中から見つめながら、俺は手の中の携帯へと話しかけた。


『……チャンスです、テツマキさん。今っす』

 その報告から数秒後、倉庫の扉が音もなく開き、するりとテツマキさんが滑り込んできた。彼女は闇の中の俺の姿を確認すると、頷いて歩き出す。

 すたすたと、足音が大きな倉庫に響く。あまりの広大さ、中の猥雑さに、俺は首を巡らせて見回してしまう。

 さまざまな大きさの箱が置かれている。トラックほどの大きさの箱もあれば、人の小指ほどもない大きさの箱も置いてある。そしてどの箱にも、何の銘も装飾もない。一見すると普通のコンテナに見える。

 それが逆に不気味だ。俺は嫌なものをひしひしと感じながら、鉄の箱を見回す。

「……開くぞ」

 奥に入り込んでいたテツマキさんが、鉄の箱の蓋に手を掛けている。俺は生唾を飲み、僅かに腰を落として構える。

 テツマキさんも警戒しながら力を込め、ゆっくりと蓋を動かして行く。ずずり、ずずりという音が響き、数秒後、床に蓋が落とされ、埃が舞い上がった。


「げほっ、ごほっ、ひどい有様だな……待てよ、これは……」


 手で埃を払っていたテツマキさんが、驚いたように声を上ずらせる。俺はなおも警戒を続け、ゆっくりと歩み寄って行く。

 そして、箱の中身を見た。そこには、青いオーラを放つ機銃のようなものが、何丁も立てかけられていた。

「……クラリス・コーポレーションのマーク?」

 テツマキさんが呟く。確かにその銃には、クラリス・コーポレーションのものと思しき、美麗な花のマークが刻印されている。

『パラサイト、これは』
(クラリス・コーポレーション社製、小型レールガンです。この製品は以前に国連からの警告を受け、生産中止になったハズ)
『……生産中止の品? なんでここに……』

 強烈なデジャヴに襲われながら、俺はエックス線の視界を始動させ、他の箱の中身を見渡す。……どうやら、どの箱の中身も、似たような兵器が押し込められているようだ。中には、俺がかつて戦ったロボットスーツも収納されていた。

『テツマキさん、これは……』
「……証拠写真を撮っていく」


 そう言いつつ、テツマキさんは懐から出した小型のカメラで次々に写真を撮影してゆく。俺は何かを見落としているのではないかという感覚に囚われ、必死に頭を働かせる。


 コラプターは戦争を起こしたい。だからこそこれまでクラリス・コーポレーションを襲い、着々と武器を手に入れて来た。だが、それだけではない、何かがありそうな気がする。


「奴らめ、この武装を何処かに売り飛ばすつもりか」

 テツマキさんの言葉に、俺は我に返る。彼女は撮影した箱を元に戻しながら、思案顔でカメラ内部のデータを確認してゆく。

「つまり、買い手が居るという事だ。……残念だが、警察は国外まで手を伸ばせないがな」

 ……成程、確かにその通りだ。この武器を何処に売るつもりにせよ、そこには『買い手』の存在がある。そうすると、スコーピオンズに賛同する組織、ないしはスコーピオンズの分隊じみたものが存在するという事になる。

『明日、港が貸し切りになるのって、まさか……』
「十中八九、この武器の輸出に使うつもりだろう。……さて、もう少し……」


 そうして、テツマキさんがもう一つの箱に手を掛けようとしたその時だった。俺の聴覚は、近寄って来る足音を捉えた。

『! テツマキさん、ちょっと失礼します!』
「え? うおっ!?」

 一言謝罪し、テツマキさんの身体を抱えて闇の中に飛び込む。数秒後、見張りのうちの一人が巡回してきた。


『……』


 テツマキさんの口を抑え、俺も呼吸音を最低限に抑えて背後を見る。見張りは闇の中のこちらを視認できないらしく、素通りして……


「……んん?」


 ぴたりと、見張りの男が止まった。その視線が注がれる先には……俺は一瞬息が止まりかける……先程まで、テツマキさんが写真を撮っていたあの箱がある。

「なにか、おかしいな……」

 彼は首を傾げ、スタスタと歩み寄って箱を見下ろす。俺はバクバクと高鳴る心臓を抑え、チラとテツマキさんを見る。テツマキさんも、タラリと汗を流し、緊張の面持ちで成り行きを見守っている。

 が、数秒すると、彼は考えるのを諦めて肩をすくめ、歩き出した。


 足音が遠のいて行く。数秒後、俺は大きく息を吐き出し、テツマキさんの口から手を離した。彼女は荒い息を再開し、頬の汗を肩で拭う。

『すみません、咄嗟といえど……』
「構わない、が、ここの見張りレベルを少し嘗めていたな……驚いたよ、まさか気付かれそうになるとは……」
『同意見っす……』

 こういう場の見張りはザルなのがお約束だと勝手に思い込んでいた。俺は闇から一歩出ようとし……何かが足に引っ掛かり、下を向いた。コロリと、何かが蹴り転がされている。

 屈み、それを持ち上げる。どうやらそれは大きな筒のような……いや、巻物?

「なんだそれは?」
『えっと……なんすかね』

 いつの間にこんな巻物が足元に転がっていたのだろうか。俺はそれを開き、顔をしかめる。意味不明な白と黒のドットが巻物の中に広がっていた。

「……なんだ? 印刷に失敗でもしたのか?」
『分からないっす……』
(これはQRコードです。精査の結果、ジャンプ先のURLは無害と判明)
『……読み取れるか?』
(やってみます。……どうやら、文章のようです)

 パラサイトが出した解析結果が視界に浮かび上がる。文字だ。『フェスティバル キケン』。

 フェスティバル 危険。一体どういう意味なのか。

「何か分かったか?」
『……いや、意味不明っす』

 俺はそれだけ言い、巻物を懐に入れる。帰ってもっと詳しく調べる必要があるだろう。だが、今は不味い。

『テツマキさん、見張りが帰って来る音がします。出ましょう』
「む……よし、まあ良いだろう。証拠は撮影できた、これで動かないようなら警察や自衛隊の名を冠する訳にはいかん」


 テツマキさんも納得し、懐にカメラをしまい込む。俺はスニーキングモードを維持したまま、外へと繋がる扉を押し開いた。





「大収穫だったな」
「はい、なかなかでしたね」

 上機嫌のテツマキさんがマスクを外し、道端のゴミ箱に捨てながら笑みを浮かべる。俺もそれにならってマスクを捨て、テツマキさんに並んで歩く。

「晩飯を奢ってやりたいところだが、私はこの証拠を提出する必要がある。行って来るよ」
「分かりました。俺はこのまま帰ります」
「ああ、真っ直ぐ帰れよ。結果は追って報告する」

 その言葉を最後に、俺達は進む道を分かれた。俺は真っ暗になってしまった帰路を歩きながら、ポツポツと輝く街灯の下を歩く。

(巻物の解析が終わりました。何も異常は発見できませんでしたが、一本の髪の毛を発見)
「髪の毛?」
(金髪です。途中で切られたものであり、恐らく故意に混入されたものかと)
「故意……金髪……」

 俺が知っている金髪……といえば、クラリス・コーポレーション本社ビルで激闘を繰り広げた、あの暗殺者しか思い浮かばない。クズハだ。

 だが、もし彼女なら、何を思って警告などする? 危険を前もって知らせる事のメリットは何だ?

(他には何も分かりませんでした。痕跡を殺す事に長けた方が残したのでしょう、ここまで一切のデータが遮断されているというのは珍しいほどです)
「……分からないな……」


 それだけ痕跡を殺しておいて、髪の毛一本は混ぜるとは。ますます分からない。そもそも、このメッセージが俺達宛てなのかすら分からない状況で、これを読み解くのは可能なのだろうか。

「……あまり気にしても仕方ないか。アナグラムを試したりもしてみたか?」
(一通りの暗号解読法は適用しましたが、どれも意味が通る文章にはなりませんでした。やはり、この文面そのままの意味以外は無いかと)
「分かった。ともかく、この文章を心の片隅に置いておこう……」

 フェスティバル。危険。文面通りに受け取るなら、明日のフェスティバルで何か危険な事が起きるという事だ。だが、誰が書いたのかも判然としないこの文章を信じる理由は、何処にある?

 まだまだ解決できていない引っ掛かりもある。クラリス・コーポレーション社製の武器の多さ、スコーピオンズがそれを長期に渡って使用可能な状態にメンテナンスしている事への疑問。武器の買い手の存在。

 混乱しそうになる脳内をまとめつつ、俺は真っ暗な家路を歩く。難しく考えても、出ていない情報は知りようもないのだ。なら、俺の役目は、今回は終わったと言っても良い。

 あとはテツマキさんが証拠を提出し、今回の件は解決だろう。明日の今頃には、スコーピオンズの目論見は打ち砕かれている。一件落着という事だ。


 だが、俺は言葉にならない胸騒ぎを感じていた。明日、全てが解決する。なのに、ちっとも安心できない。嫌な予感ばかりが増して行く。


「……大丈夫、だよな……」


 俺の口から呟きが漏れた。誰も聞いていないその声は、夜の闇へ溶けていった。



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